軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

336 婚約式とお買い物

アメリーとコーエンの婚約式の朝は、この時期には珍しく暖かい天気に恵まれた。

冬日和(ふゆびより) の朝、この日ばかりはコーエンの自宅一階の作業場の全ての材木と作業台は片付けられ、チリ一つ残さぬようにおばあさん達に掃き清められた作業場には、離宮から貸し出された古いソファセットが、これまた離宮から借りた古い絨毯の上に据えられていた。

このソファと絨毯は、おばあさん達が村長経由で借り受けたものだ。

作業場には職人達が使う個別の作業台しかなく、作業場の端に置かれていたソファセットは婚約式の結婚契約書にサインするには、少しばかり不向きだったのだ。

村長からの頼みを聞いたレナードは、離宮の倉庫にしまってあった古い小客間用のソファセットを貸し出してくれメイドのおばあさん達によりぴかぴかに磨かれた。

コーエンの父親はコーエンの叙爵の時に借りた服を着て緊張気味に台所と窓の間をウロウロとしていた。

「お父さん、少しは落ち着いて座っていたら?」

コーエンの妹のレーアは呆れ気味に父親に、窓辺に置かれた花瓶の花をいじっていた手を止めて声を掛ける。

「あぁ」

父親は気持ちのない返事をすると、借りてきた猫のように大きな体をちんまりとさせ、ソファの片隅に座った。

レーアがやれやれといった顔をしていると、元王宮に勤めていたというおばあさん達がテーブルの上にインク壺と羽根ペンを置きながら二人に声を掛ける。

「緊張するのも仕方ないですよ。年をとっても初めての事は緊張するものです」

「そうそう、息子の嫁を迎えるのは二回目とはいえ相手は帝国の男爵家の方だからね。勝手が違うものだわねぇ」

そう言いながらおばあさん達はテキパキと、ノイラート卿達を迎える最終チェックをしていった。

今回の婚約式の準備は、ほぼこのおばあさん達とイザークとオスカー達が取り仕切ったと言っていい。

コーエンの両親は貴族の作法はわからないし、ノイラート卿は帝国でも婚約式をするので、今日の婚約式はバルク式に合わせるとの事だったので、おばあさん達の趣味全開でサクサクと決まっていった。

一代貴族の婚約式は滅多になく、これと決まった決まり事はない。

帝国もバルクも貴族の結婚にまつわる決まり事は、ほぼ同じだ。男性側が女性宅に出向き、婚約式に伴う書類にサインをして女性宅で婚約披露宴となるがノイラート卿はタクシスの別邸に滞在している。

タクシスの別邸で、今バルクで話題のコーエンとアメリーが婚約式をするとなれば、耳ざとい貴族達が何かにかこつけて婚約式に出たがる事となるだろう。

コーエンはいずれ二国の貴族となるが、今はまだ世間的には叙爵したばかりの一代男爵だ。そんなコーエンが侯爵家の別邸で婚約式など、目立ち過ぎる。

村での婚約式は本人達の希望でもあったが、村であれば人の制限もきく。今回の婚約式には両親とコーエンの兄のオーティス夫婦、レーアとコーエンの師匠と、その娘夫妻、コーエンの兄弟子達だけのこじんまりとした招待だけだ。

「一代男爵とはいえ、押さえるとこは押さえないとね」

「ほんにねぇ、幸いお菓子はアデライーデ様がご用意くださって助かるねぇ」

「会場も村の酒場だから、食器も花瓶も最小限で済んだしねぇ」

「メイド服がまた着れるなんて…。作り変えなくてよかったよ」

「だよねぇ。長生きはするもんだよねぇ」

口も動くが手も動く。おばあさん達は部屋に置かれた花瓶やテーブルの羽根ペンやインク壺の位置をぴしりと整えていた。

総勢7名のおばあさん達のうち5人は、メイド服に身を包み残り二人は濃い灰色の上品なドレスを着ている。

本日を迎えるにあたり、ご老人達はコーエンを連れ王都に必要な物を揃えるために繰り出していた。

店主が勧める値段が高いだけの茶器セットは笑い飛ばして、中古だが品の良い銀のトレイと茶器セットに目をつけ、銀のティースプーンも買うからと値段交渉をしてお得に手に入れた。

「コーエン様、良いですか? これから買い物をする時には必ずわたしらの誰かを連れてくんですよ。でないとボラれるか紛い物を高く買わされますからね」

「そうそう。貴族向けの商会はみんな貴族の名前はわかってるんですから、叙爵したばかりの新男爵で紹介じゃなく飛び込みだなんて良いカモなんですから」

「紹介の商会でも気を抜けないけど、あの茶器は、酷かったねぇ。なーにが男爵様にはぴったりのお品だよ」

「全くだよ。先代は良かったのにねぇ。あの店の先はないね」

「はい…」

かしましく喋るおばあさん達の気迫に圧倒されながらコーエンはこくこくと頷いた。

「さて、次はちょっと良い茶葉とリネンだね」

「じゃ、ヤンの店とソフィアの店だね」

「あとは…、マルクスの店だね」

長年王宮勤めで物をみる目を肥やし、使用人用に出入りする商会が持ってくる物と値段を知っているおばあさん達は、そこいらの商売人より余程確かな目利きをしている。

おばあさん達は、ヤンの店で茶葉を。ソフィアの店で新品のリネンを手に入れると、ウキウキとマルクスの店にコーエンを案内し、その日コーエンは人生で初の買い物をした。

約束の時間少し前、コーエンが仕立てたばかりの貴族服で降りてくると、タイミングよくイザークがノイラート卿の来訪を告げた。

家族一同で家の前に並ぶと、4頭立ての馬車が滑るように乗り付け、静かに止まった。先にノイラート卿が馬車から降りアメリーをエスコートする。

アメリーは 鴇羽(ときは) 色のドレスを纏い、馬車からふわりとコーエンの家の前に舞い降りた。