軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

337 指輪とブーケ

「お待ちしておりました。ノイラート卿。そしてアメリー嬢」

鴇羽色のドレスのアメリーに目を奪われていたコーエンはオスカーの小さな咳払いに我に返って、二人の前に進むと出迎えの挨拶をした。

「出迎え、感謝します」

ノイラート卿はにこりと笑い挨拶を返すと、コーエンは二人を自宅に招き入れた。

質素ながらも、隅々まで清掃され暖かく整えられた部屋。花の少ないこの時期に部屋のあちこちに据えられた花瓶には、冬のジャスミンと言われる黄色いオウバイやエリカが活けられていた。

部屋の中央にあるソファを勧められて、ノイラート卿とアメリーが座ると、ノイラート卿が帝国から連れてきた初老の従者が恭しく、4セットの結婚契約書が挟まれた紙ばさみをテーブルに並べた。

コーエン側のオスカーは、そのうちの一つを手に取るとコーエンに差し出し「ごゆっくりお目通しを」と囁いた。

コーエンが先日確認し正式に書き起こされた契約書を手に取ると、メイドのおばあさんが先日手に入れた銀のトレイに銀のポットとティーカップを載せて入ってきた。

壁際に置かれたサイドテーブルにトレイを置くと、蒸らし時間を終らせたお茶をティーカップに注ぐ。

コーエンがめくるぱさりぱさりとした紙の音だけだった部屋に、こぽこぽと紅茶を注ぐ音と紅茶の薫りが満たされていく。

音もなくティーカップがノイラート卿とアメリーの前に置かれ、バルク式に蜂蜜が添えられると二人は何度も飲んだであろう慣れた手つきで紅茶に蜂蜜を入れると、その香りと味を楽しんだ。

紅茶を飲み終わる頃、コーエンは全ての契約書に目を通し「確かに」と言うと、契約書に丁寧にコーエン・シリングスと署名した。

サインされた契約書達はオスカーの手によって、ノイラート卿の前に置かれるとノイラート卿も、感慨深げにゆっくりとディオボルト・ノイラートと署名をする。

「これにてシリングス家とノイラート家のご婚約が整いました。両家の幾久しい繁栄をお喜び申し上げます」

オスカーの祝いの 言上(ごんじょう) に、コーエンとノイラート卿は席を立つと暖炉の前にきてしっかりと握手を交わした。

メイドのおばあさん達もコーエンの両親と兄夫婦もレーアも安堵したような笑顔を浮かべ二人を見ている。

署名された契約書は二通ずつに分けられる。分けられたうち一通をそれぞれの家で保管し、残りの一通を国に届けなければならない。インクが乾いたのを確認してから、オスカーは文箱に。ノイラート卿の従者は黒い革の鞄に契約書をしまった。

「末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ、アメリーをよろしく頼むよ」

「はい。ノイラート卿…」

「何だね」

「今、お渡ししてもよいのでしょうか?」

「あぁ。そうだね。今が良いだろう」

ノイラート卿は微笑みながら、ソファのアメリーをみやる。コーエンはソファに戻るとアメリーに手を差し出した。

アメリーがコーエンの手を取り立ち上がると、濃い灰色の上品なドレスを着たおばあさんがにこにこと銀のトレイを持って二人のそばに立った。

トレイの上には黒いビロードの小箱がある。コーエンは小箱を取り、ぱかと開けると、そこにはオーバルカットのブラウントパーズの指輪があった。

金細工で縁取られた大粒のトパーズは、室内の柔らかな光を集めキラキラと輝いている。

「新年祭では、花もなく求婚をしてしまいました。貴族の結婚では代々の夫人に受け継がれる指輪を贈ると聞きましたが、私ではそれは叶いません。なので、こちらの指輪を…」

「コーエン様…」

アメリーは嬉しさと新年祭のコーエンの言葉を思い出して胸が詰まり、言葉が出てこない。

「帝国では婚約者に自分の色を贈ると聞きました。琥珀とも迷ったのですが、トパーズの名の由来には火を意味する説があると聞きましたので、アメリー嬢に贈るならばこちらと思いました」

濃い黄色が茶の色に近い。だが光を浴びると暖炉の火のような温かみを放つ石をアメリーはただただ見つめていた。

「気に入って頂けたでしょうか」

「えぇ、とても…。とても嬉しいです」

アメリーの言葉を聞き、コーエンは小箱から指輪をとりアメリーの指に滑らせた。

事前にアメリーの指のサイズをオスカー経由でノイラート卿に聞いていたので、ぴたりとアメリーの指にそれは収まった。

そして、もう一人のドレスのおばあさんから差し出されたブーケをコーエンはアメリーに手渡す。

それは、離宮の前庭に咲いていた丸いころんとした赤い冬薔薇と、自分の庭に咲く妖精のクロッカスと呼ばれる薄紫色のクロッカスとアイビーをあしらったブーケだ。

冬のこの時期、バルクに花は少ない。レナードの進言により、アデライーデの許可を得て特別に摘ませてもらった冬薔薇は瑞々しい芳香を放っている。

「披露宴会場までエスコートいたします。婚約者殿」

コーエンが婚約後の決まった言葉をアメリーにかけると、アメリーは目を潤ませながら小さく「はい」と応え手を差し出した。

婚約披露宴会場は、村の酒場だ。コーエンの家からさほど距離はない。本日は天気も良く馬車でなく歩きで酒場に向かうことにした。

「今日もとてもお綺麗です。馬車から降りられた時に見入ってしまいました。そのドレスもお似合いです」

道すがらコーエンが頬を赤くしながらアメリーに話しかけると、はにかみながらアメリーは歩を進めた。

「ありがとうございます。この 鴇羽(ときは) 色のドレスは帝国ではデビュタントで仕立てる未婚女性の象徴となるドレスなんです。母の形見のドレスでお気に入りなのですが、私くらいになると帝国ではなかなか着れなくて…。バルクだし、村の中だけの婚約式ですし…。最後に着たかったんです。母のドレスを…」

アメリーは、こぼれ落ちそうな笑顔をコーエンに向けた。