作品タイトル不明
240 手芸会と卓上の薔薇
「できました…」
コトリと彫刻刀をナプキンの上に置いて告げると、少し離れた席で、創作の邪魔になってはいけませんわと固唾をのんで見守っていたメラニアとテレサがワクワクとした顔でやってきた。
「拙いものですが、このように彫って楽しむのです。柔らかい石鹸ですから女性でも簡単に作れますのよ。もちろん職人さんに作っていただければもっと素敵なものができますわ」
うん10年ぶりに作ったにしては、申し分ない出来である。ちゃんと薔薇の形になってるし、思うよりずっと花びらをきれいに彫り出せた。
出来上がった石鹸をテレサに手渡すと、テレサは目を丸くして薔薇の石鹸を眺めている。
「紫の薔薇ですわね」
「薔薇に見えますか?」
「もちろんですわ!素敵だわ…。花びらが繊細で…使うのがもったいないくらいですわね」
そう言ってメラニアに手渡すと、メラニアは目を輝かせてそれを受け取った。
「素敵だわ…石鹸でこんなに美しいものが出来るなんて…。それに石鹸であれば、女性でも小刀一本で彫刻を楽しめますわね」
「えぇ、ちょっとした贈り物としてご自分で作る事もできますし…」
「ご夫人の中には楽器や絵画を嗜む方はいらしても、彫刻は中々手が出せなかったのですが…これであれば…」
石鹸を手にとっていたメラニアの目が一層輝いて、振り返ると夫人達にも声をかけ始めた。
「皆様もご覧になって!こんなに素敵なものをアデライーデ様がお作りになりましたわよ」
それまでテレサとメラニアに遠慮して遠巻きに見ていた夫人たちがわらわらとメラニアの傍によってきた。
「まあ…なんと素敵な」
「あの短時間でこのように素晴らしいものをお作りになるなんて…」
「石鹸とは丸か四角いものしかありませんでしたものね。でも、このように彫刻されたものでしたら、贈り物にぴったりですわね」
夫人達は、口々に石鹸の薔薇を褒めそやしていた。
「あの…アデライーデ様。私にもできますでしょうか?私このような小物が好きで、いつか自分の好きなものを作れたら良いなと思っていましたの」
「もちろんですわ。誰でも気軽に楽しめますわ。失敗したら使えば良いんですもの。たくさん作れば自然と上手になりますし…」
夫人たちの中で一番年若の公爵夫人の一人がおずおずとそう言うと、アデライーデはにっこり笑ってそう答えた。
「今から、皆様もお試しになりません?」
「良いですわね。皆様、いかが?」
テレサがにっこり笑って皆を誘うと、メラニアが嬉々として賛成をした。
「もちろんですわ。是非にともやってみたいですわね。あぁでも、アデライーデ様のように上手くできないかもしれませんわ…」
「アデライーデ様に教えていただければよろしいのでは?」
「そうですわ。是非ご教示いただければ…」
「アデライーデ様から、教えて頂けるなんてなんと言う僥倖でしょう」
夫人達は、アデライーデそっちのけで一気に盛り上がり始めた。
ちょっと待ってほしい。
作ってみせてほしいと言われて作ることはなんとかできたが、人に教えるほどの腕前ではないのだ。
慌ててお断りの言葉を口にしようとしていた時に、両脇からテレサとメラニアが扇子で口元を隠しながら、アデライーデにそっと耳打ちした。
「アデライーデ様、ぜひそのソープカービングを彼女達に教えてあげてくださいな」
「え…、でも。私は人に教えるほど上手くは……あの…、ちゃんとした職人さんや彫刻家の方に教わる方が…」
「彼女達は国内でも有力な貴族の夫人方ですのよ。とても良い事に全ての派閥の方がお揃いなのです。アデライーデ様に直接教われたと言うのは、夫人たちにとって何よりの 誉(ほま) れですのよ。それに派閥を超えてご夫人方の輪を結べる良い機会ですわ」
ささやかな抵抗は、王妃の顔のテレサにやんわりと封殺されてしまった。すると、今度は横からメラニアが囁く。
「もちろん、今から私の懇意の彫刻家や職人を助手として呼びますわ。アデライーデ様は教えるというより、このようにすればよいとお話をしていただくだけで良いのですのよ。細かい事は彼らに任せれば良いのです」
宰相夫人としてのメラニアの笑顔にアデライーデは、ここは社交の場であったと思い出し、観念して引きつった笑顔で頷いた。
--ただのお茶会じゃないわよねぇ。やっぱり…。
2人はすごいわ。あっという間に、私をエサに派閥の隔たりを飛び越えるつながりを作ろうとしているわ…。ここは協力しなくちゃだめよねぇ。
観念した様子のアデライーデを見て、テレサは早速用意をナッサウに頼むと、ナッサウは少しお時間をちょうだい致しますので、その間に軽く軽食をご用意いたしますと席を外した。
メラニアはお付きの女性使用人に何事が囁くと、コクリと頷いた女性使用人は部屋から出ていった。
残った夫人達は代わる代わる薔薇の石鹸を手に取りながら「私にもできるかしら」「みな初めてなのですから、大丈夫ですわ」と、きゃっきゃっとはしゃいでいた。
すぐに軽食が用意された部屋に通され、夫人達は期待に胸を膨らませつつにぎやかな時間を過ごすが、アデライーデは大事になったと、味のしない食事を飲み込んでいた。
軽食が済むとアデライーデは先にすっかり用意の整ったサロンに通され、メラニアが呼んだ職人や彫刻家達を紹介された。彼らはまだ無名だが、メラニアがその才気を見込んだ者たちだ。
「彼らは、これからバルクで有名になる才能を持っている者たちですわ」と、1人1人を紹介してゆく。
彼らがアデライーデに丁寧に挨拶をすると、メラニアに言われてお手本にと彼らの前でもう一度、薔薇の花をカービングする事になった。
--うう…本職の方の前で素人がお手本だなんて…なんて恥ずかしい事をしなくちゃいけないの…。
しかしこんな事になったのも、自分が言い出してしまった事だと覚悟を決めて一心不乱に彫るしかなかった。冷や汗をびっしょりかき、彼らから食い入るような目で見つめられつつ、やっとの思いで1つ薔薇を彫りあげた。
彼らは、すぐに用意された彫刻刀を手に取り思い思いに薔薇を彫っていく。流石メラニアが才気を見込んだだけあって一度見ただけなのに、素晴らしい薔薇を彫り上げた。
満足げに見つめるメラニアが、すぐに夫人達をサロンに呼びソープカービングの講習会が始まった。
夫人1人1人に彫刻家達が付き教え始めると、意外に皆さん器用に薔薇を作ってゆく。中には中々上手くいかない夫人もいたが、アデライーデが声をかけ彫刻家達が少し代わって彫ると見栄えの良い薔薇がいくつもテーブルを埋めていった。
「なんて楽しいのでしょう」
「ええ、刺繍も楽しいですが、ソープカービングも出来上がってゆくのが早くて楽しいですわ」
「ええ、本当に。これは他の皆様にもお教えしなくては」
「リスやうさぎのモチーフで可愛くてよろしいわよね」
テーブルがいっぱいになり、それぞれ作ったソープカービングを褒め合っているときにサロンの扉がかちゃりと開いた。
「まぁ…陛下」
テレサの声に皆が席を立とうとしたが、アルヘルムがやんわりとそれを止めた。