軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241 彫刻刀と職人

「そのままで…」

にこやかな笑顔を振りまきながら、アルヘルムはサロンへと入ってきた。

立ち上がりかけた夫人達は、テレサの目配りを受けそっと座り直してアルヘルム達の様子を伺っている。

テレサとメラニアは、それぞれの夫を笑顔で出迎えた。

「まぁ…、お茶会にお顔をお出しになるなんて珍しいですわね」

「あぁ。一日がかりの茶会と聞いてタクシスが是非にと興味を持ったので、案内をしたんだよ」

「………」

隣でタクシスは無表情にアルヘルムの言葉を聞いていた。確かにメラニアが美しいものに夢中になって、アデライーデや夫人達を長時間引き止めてなにかやらかしてないか心配であった。

すぐにここに来ようと思ったのは間違いなく自分の意思であるが、お前に案内を頼んだ覚えはない。

勝手についてきたくせにと口から言葉が飛出そうだったが、その言葉は飲み込んで愛しいメラニアに目を向けた。

「何やら夢中になっていると聞いたが…」

「えぇ、とても素敵で楽しいものですわ。ご覧になって」

ブルーノの腕をとってメラニアは楽しそうに、テーブルまで 誘(いざな) うと、1つの石鹸を手にとった。

「これは?」

「石鹸で作る薔薇ですわ。アデライーデ様によると、ソープカービングと言うものなのですって!素敵でしょう」

「ふむ…確かに」

「これを皆で作っておりましたのよ」

ブルーノは、紫のソープカービングの薔薇を手にするとまじまじとそれを見つめた。彫刻家の作ったそれは繊細な花びらをいくつも持ち、まるで本当の薔薇のようにラベンダーの香りを放っていた。

テーブルの上には、白と紫の薔薇が咲き乱れている。紫は教会の石鹸で白は数が足らずに追加で用意された王宮の石鹸である。

「女性にも手軽に彫刻を楽しめるなんて、素敵でしょう?」

「確かに石鹸であれば、力はいらず女性でも彫れるようだな」

「でしょう?それで皆で楽しんでおりましたのよ。ね、皆様」

メラニアの呼びかけに夫人達は、それぞれいかにソープカービングが楽しかったかと話し始めた。先程の年若の公爵夫人は特に熱心にソープカービングの楽しさを口にした。

「私、是非これからもソープカービングを楽しみたいと思いますの。早速この彫刻刀を作ってもらいますわ」

公爵夫人に教えていた職人に目配せすると、職人は黙って頷いた。それを見ていた他の夫人達も我も我もと自分に教えていた彫刻家や職人に目配せをする。

「皆様、普段の茶会よりも派閥の垣根を越えてお楽しみになられたようですわ。もちろん私もメラニアも、とても楽しかったですわ」

テレサがそっとアルヘルムに耳打ちするとアルヘルムも石鹸を手に取りながら、そのようだなと呟いた。様々な薔薇が咲き誇っているテーブルを見ればどれだけこのソープカービングが夫人達の心を掴んだかわかるようだった。

「ところで、そのソープカービングを夫人方に流行らせた主役はどこに?」

「アデライーデ様でしたら、手を洗いに席を外しておりますわ。もうそろそろお戻りになられるかと…」

テレサが言葉を言い終わらないうちに、ガチャと扉が開いてアデライーデがサロンに戻ってきた。

「あら…アルヘルム様。それにタクシス様も…。どうかされましたか?」

「茶会が盛況だと聞いてね。いや…手芸会かな。このような事も貴女は得意だったのだね」

「……得意…ではありませんが、昔少し教わった事が…」

「ほぅ…」

--まずいわ!

「是非、アルヘルム様やタクシス様もやってみませんか?楽しいですわよ。ね、メラニア様?」

誰に教わったのかと聞かれて答えられるはずもないので、陽子さんは慌てて話の水をメラニアに向けると、メラニアはそれはいい考えだとすぐに誘いに乗った。

「よろしいですわね。ブルーノも挑戦してみては?」

「いや…。私は芸術は見る方が専門で…」

「何事も挑戦よ」

メラニアから強引に席につかされたブルーノを見て、そっと 踵(きびす) を返そうとしたアルヘルムの腕をテレサが優しくとった。

「陛下も是非」

「あー、いや…」

「宰相様もお楽しみになられておりますのよ。あとでお話が弾みますわよ」

テレサの笑顔には逆らえずアルヘルムはタクシスの横に座り、2人は夫人方のアドバイスで「松ぼっくりのような」薔薇を彫り上げた。

学院時代から剣技は得意であったが、芸術系は鑑賞するものと決めている部類の2人である。

夫人達から男の方にしてはお上手と、慰めに近い褒められ方をして苦笑いをしながら「夜会にはならないように」と言葉を残してアルヘルムとタクシスはサロンから去っていった。

程なく茶会はお開きとなったが、この日をきっかけに高位貴族の夫人を中心にソープカービングが流行ったのは言うまでもない。

早速夫人達は、その日に教わった職人や彫刻家に自身が使う彫刻刀1式を注文した。夫人達用の彫刻刀は柄にきれいな装飾を施され、それがまたあちこちで開かれるソープカービングの会で話題となった。

贈り物に手彫りのソープカービングが流行り、あまり上手くない夫人達は職人に依頼したり、型押しで自家の紋や好きなモチーフの石鹸を作らせ使うようになっていくと、すぐに裕福な庶民にも同じようにソープカービングや型押し石鹸が流行っていった。

人気が出れば、それを専門に作る型職人やソープカービング職人が出てくる。特にソープカービング職人は女性が多くなりバルクでは女性の職人が増える一因となった。

型押し石鹸は普及品として、ソープカービングの石鹸は高級品として、アリシア商会やナジーンのユシュナ商会を通じて各地で広く普及していくのはもう少しあとの話である。

ところで…。

アルヘルムのつくった「松ぼっくりのような」薔薇は記念にと、きれいにガラスケースに収められ宝物殿に。ブルーノのつくった薔薇は籠に収められ夫婦の寝室に飾られているという。