軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

239 彫刻刀とソープカービング

「本日はアデライーデ様をお迎えしてのお茶会へ、ようこそ」

テレサの挨拶の言葉で、午前の茶会が始まった。

今日は国内の高位貴族の夫人だけを招待した茶会である。

--皆さんタフねぇ。豊穣祭から、昨日のメラニア様のところの夜会と今日の茶会と3日連続のはずなのに、疲れたって微塵も感じさせないわ。普段の社交で鍛えられているからかしら…

離宮で気ままに過ごしているせいか、決められた予定をこなさなければという気の張りや慣れない正装と、人疲れで陽子さんはいささかお疲れ気味である。

それでも、テレサやメラニアがいてくれるおかげでアデライーデは、笑顔と無難な受け答えだけで和やかに進んでいった。

夫人達は、お菓子を褒め炭酸水バブルに始まった好景気により、どれだけバルクや自領が恩恵を受けたかとアデライーデへ感謝の言葉を口にした。

「アデライーデ様は慈善も熱心にされていらっしゃるようで私達も見習わないといけませんわと、話しておりましたのよ」

お年を召した侯爵夫人のその言葉をきっかけに、アデライーデが離宮に小さな孤児院を持っている事と、教会で石鹸を売り出させている事が話題となった。

洗濯石鹸は庶民でも普及しているが、洗顔や手を洗う石鹸は高級品に部類される。

しかし、フライヤーで使った油のリサイクル石鹸が安く売られるようになって庶民の間でも利用され始めてきたのだ。

「石鹸が少しでも売れれば教会も資金になりますから…」

アデライーデがそう答えると、老伯爵夫人は我が意を得たりとばかりに頷いて言葉を続けた。

「我が家でも、少しでもご協力できればと教会から購入して使用人に使わせておりますのよ」

「まあ…侯爵家のお屋敷でもですか?我が家も購入して親戚や領地で庶民に配っておりますの」

どうも、石鹸の売上げがとても良いのは貴族達の大量購入のおかげもあるらしい。

「ご親戚にもお配りに?」

「えぇ、アデライーデ様。あの石鹸はラベンダーの香りが良くてもっと欲しいと言われますの」

「贈り物でしたら、少し形を変えた物を作ってもらうようにしましょうか?」

「アデライーデ様、それは…どのようなものですの?」

それまで、隣でお茶を飲んでいたメラニアがティーカップをソーサーにそっと戻して、わくわくした顔で声をかけた。

「石鹸を削ってお花の形や動物の形を作るのですわ。形が変わるとまた可愛らしくて喜ばれるかと…。今度お見せしましょうか?私はあまり上手ではありませんが、職人さんに作って貰えば…」

「まぁ…アデライーデ様はお作りになった事がございますの?」

「えぇ、以前少し作った事がありますわ。簡単なものですが…」

「できれば、今拝見したいわ」

「え?今ですか?でもお茶会…」

「皆様も拝見したいですわよね」

「ええ!是非」

「………」

声を揃えて返事をするのは、お約束なのだろうか…。メラニアだけでなく他の夫人達も興味津々で断れる雰囲気でなくなってしまった。

--また、やってしまったかも。うう…ここで拙いソープカービングを披露するハメになるとは思ってなかったわ。

陽子さんは薫が小学校の時に夏休みの図工宿題で、ソープカービングの講習会に一緒に参加したことがある。小さなペティナイフの様な小刀一本で出来るソープカービングは、初心者でも簡単に始められ楽しめる。

極めるのはもちろん職人技になってしまうのだが…。しばらく夢中になってやっていたが、それもウン10年昔の事でうまく彫れるだろうと心配になってきた。

テレサが控えていたナッサウを目で呼ぶと、アデライーデはこのくらいの大きさの石鹸と、薄く短い彫刻刀のようなものがあれば、それを用意して欲しいと告げた。

--急に言われても、王宮にそんな物は無いわよね。

「承知いたしました。しばらくお待ちを」

--ええ…。あるの?!

ドキドキしながら待っていると、しばらくして銀のトレイに教会謹製のラベンダーの石鹸と薄い刃の彫刻刀を恭しく載せてナッサウが戻ってきた。

王宮には 営繕(えいぜん) 部門があり、日々の細かな修理…ソファのガタつきや壁のひび割れ補修等をやっている職人達がいることを、陽子さんは知らなかったのだ。

ティーカップが片付けられ、大きめのナプキンが目の前にひかれた時には陽子さんは覚悟を決めた。形が悪くて失笑されるかもしれないが言ってしまった以上、仕方がない。身から出たサビである。

いざ、と彫刻刀を手に取ろうとした時にナッサウが「これをお使いください」と左手用の真新しい白い革手袋を差し出した。

「御手がお怪我されるといけませんので」

「ありがとう、ナッサウ。よく見つけてきてくれたわね」

「いえ、アデライーデ様のサイズは存じておりますので先程つくらせました」

「……、ありがとう」

渡された手袋をはめると、薄く柔らかいなめし革の手袋は左手にぴったりである。

王宮には服飾部門もあり、王族の衣装を管理している。どうもアデライーデのスリーサイズはもちろんの事、手のサイズまで情報は共有されているようだ。

気を取り直して石鹸を手に取り、一心不乱に彫刻刀を奮って薔薇の花もどきを彫りあげた。