軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

238 ゴブレットと長い茶会

「それで?」

「ワイングラスだけでなく、ゴブレットもあれば良いそうなんだ」

「ふむ」

昨晩、夜会の途中でナジーン達と大まかな商談をしたタクシスが数枚の紙を差し出した。メラニアが描いたゴブレットの鉛筆画だ。

メラニアは自身も絵画を嗜む。幼い頃から最高の絵や彫刻を見ていただけに、絵のセンスは抜群である。本人に言わせれば子供の落書きと同じと言うがなかなか上手いものであった。

「こちらの大陸ではなく、かの大陸での販売を一手に引き受けたいとの申し出だ。どうする」

「………」

あれはまだ先代が生きていた頃、ナジーンがまだアルヘルムより少し若く、初めて中古の船でこの大陸に商売をしにやってきた頃だから20年ほど前だったろうか。

他の船より小さく古い船はこの大陸にやっと着いたと言う風情でメーアブルグの沖合に停泊し、ナジーンはすぐさまヴェルフのいる代官所に出向き停泊の許可を申請してから食料や水、薪などの必要品を買い込んだ。

今でもそうだが、南の大陸から商船を出すのは 大店(おおだな) で、安全に海峡を越えられる大型船でやってくるのだ。

ナジーンが乗ってきた中型より一回り小さい船で、この海峡を越えるのは賭けである。積み込めるだけ荷を積んで来たのだろう。メーアブルグに着いた時には食料も水もぎりぎりだった。

ナジーンはそれが縁で、船を大きくした後もメーアブルグに定期的にやってくるようになったのだ。いつの間にかナジーンではなく若い船長に変わっていたが…。

「ナジーン会頭が1番長く港を利用しているのか?」

「そうだな。約20年か…、他の二人は12年と8年だ」

「他にもいなかったか?それより長くメーアブルグに来ていた商船もあったはずだが…」

「あるにはあったが、商会が無くなったり船を大きくしてメーアブルグには寄らなくなっているな。最近また寄港し始めた商会もあるが、船を大きくしても途切れずメーアブルグに寄港している商会で1番古い付き合いなのはこの3つの商会だ」

「では、この3商会に専売の許可を与えよう」

「良いのか?」

「あぁ、義理堅いようだし、事前に王都で調査し血赤珊瑚を2つ献上する慎重さも気に入った」

ナジーン達の王都入り後、こっそりとつけられていた監視人から、彼らが王宮の噂を集めていたとの報告をアルヘルムとタクシスは受けていた。

献上品は2つとないものでございますと献上される事が多い。王都でテレサとアデライーデの話を聞き、それでは献上品が 諍(いさか) いの元になるかもしれぬと、同じ物を差し出した機転と最上品を2つ差し出せる財力がナジーンにあると踏んだのだ。

「それに、1つの商会だけでは海でなにかあった時に我が国は取引相手を失うからな。まずは信用できる商会が3つあればいい」

「わかった。早速そのようにしよう」

タクシスはそう言うと、棚から蜂蜜酒を取り出しグラスに注いでアルヘルムに渡した。そのワイングラスも、試作のクリスタルガラスで2つは少しデザインが違う。

「面白いな。グラスの足に彫刻か?」

「あぁ、メラニアが彫刻家に依頼した特注品だ」

タクシスは自慢げにそう言うと、契約の成功を願ってと言い蜂蜜酒を飲み干した。

「ところで、ガラスの村の話だがどうするつもりだ」

「その事だが…。最初は突拍子もない夢物語と思っていたがペルレ島の開発の目処が立ち次第、取りかかろうと思うのだが…どうだろか」

「そうだな。まずはペルレ島の事だが以前より人手がかなり増えて、もうすぐ検疫を兼ねた大浴場と娼館が完成する。豊穣祭も終わったし、これから続々とメーアブルグに人が集まるようになるだろうから、商船の寄港を見込んでさらに港の拡充工事をして倉庫を作ろうと思っているんだ」

「早いな…」

「あぁ、3交代でやっているからな。最初はどうかと思っていたが、以前より格段に事故も人夫同士の喧嘩も少なくて助かっている。この手法で国内の工事をこれからもやろうと思っているくらいだ」

タクシスはそう言うと、空になったグラスに蜂蜜酒を注いだ。

「ところで、アデライーデ様はどうしてらっしゃる?社交続きでお疲れではないのか?今日も王宮でメラニア達と高位貴族の夫人方と午前の茶会だと聞いているが」

「あぁ、それなのだが…。ナッサウによれば今も続いているようなんだ」

「今も?! おい、もうすぐ夕刻だぞ。大丈夫なのか?アデライーデ様は社交はあまりお得意ではなかったはずだが」

口に含んだ蜂蜜酒にむせそうになりながら、タクシスが驚いて窓の外を見ると、まだ明るいが日が落ちはじめていた。

「……茶会と言うか。最初は茶会だったのだが、昼食を挟んで、何というか。手芸会のようなものになっているらしい」

「手芸会?刺繍でもやっているのか?」

「……メラニアとテレサが夢中になっているらしい。それにメラニアが呼んだ彫刻家だとか、細工師が来てサロンから誰も出てこないらしいのだ」

「メラニアが…」

そう言うと、タクシスはこめかみに指を当てため息をついた。あのメラニアが夢中になるのなら、きっとなにか美しいものに違いない。そして、きっと今も時間を忘れて過ごしているはずだ。

しかし、彫刻家を呼び出して何をしているんだ。貴婦人の中には絵画を親しむ婦人はいるが、彫刻を親しむ婦人はいない。貴婦人がノミとハンマーを持つなどありえないのだが…。

しかし、美術をこよなく愛する「あの」メラニアだ。

タクシスは、すくと立ち上がり姿見で身なりを整えるとアルヘルムに「いつもの部屋だな?」と聞いてドアノブに手をかけた。

「待て、私も行こう」

アルヘルムは飲みかけのグラスをテーブルに置くと、タクシスの横に並び肩を叩いた。

「奥方様達が何に夢中になっているか、夫として見にいこうじゃないか。夫より夢中になるような事だと一大事だからな」