軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

225 噂と愛想笑い

小柄なアデライーデを取り囲むようにぐるりと貴族達が立っているのに気がついた時にはすでに遅かった。

どの国の王宮でも共通のマナーとして、身分の低い者から高い者へ声はかけない。

ただし、夜会のダンスが始まってからは少し事情が変わり、爵位に関係なく声をかけることが許される。

それは夜会のダンスで結婚相手を探すためにである。高位貴族の三男や三女以下の子息子女は親が結婚相手を見つける事が多いがそれほど爵位の高くない貴族の子女は夜会で相手を見つけるのだ。

それでも、男爵の子息が公爵の令嬢にダンスを申し込むことは余程の事がないとできないのではあるが…。

「アデライーデ様、お輿入れのダンス以来でございますな」

好々爺といった風情の白髪の老人がアデライーデに声をかける。

--えっと…この方は確かカール・オイゲン侯爵…北の方に領地を持っていて材木とガラスの原料の鉱山を持っていた方よね。

王宮に来る前に、バルク国内の高位貴族をレナードに叩き込まれていた陽子さんはすぐに彼を思い出した。国内でも指折りの権力を持つものである。

「オイゲン侯爵、お久しぶりですね」

「おお…、正妃様に覚えていていただけるとはありがたき幸せでございます」

オイゲン侯爵はそう言うと、ホッホッと笑った。

すぐに周りの彼の一族がオイゲンに紹介をねだると、彼は手慣れた様子で紹介を始めた。

紹介された者たちは、口々にアデライーデが炭酸水を帝国に広めた事を褒めそやし始めた。

彼らにとって炭酸水を始めとした輸出やペルレ島の開発に関われて、領地はまたとない好機に湧いているのだ。そして今日またアルヘルムの言うバルクの主力になるクリスタルガラスの輸出にも大きく関われる。

彼らにとって、アデライーデはまさに黄金の女神以外の何者でもなかった。

「アデライーデ様、この夏より国内で盛んに食べられるようになったフライドポテトのフライヤーは、アデライーデ様のご考案とお伺いしましたが」

「えぇ…。村の職人に作ってもらいましたの。腕の良い職人で私の希望を話すとすぐに叶えてもらいましたわ」

「なんと素晴らしい! 民草と直に触れ合っておられるのですか」

「え?えぇ」

「王よりアデライーデ様はご実家の大切なレシピを惜しげもなくバルクの為に渡され、より一層のバルクの発展のために、離宮に研究室を 設(もう) けられご研究をされていると伺っておりますわ。その話をお聞きして私はもう涙が溢れてきて止まりませんでしたのよ。これ程バルクを愛される方が帝国よりいらしていただけたなんて…。バルクの未来に繁栄と豊かさが約束されたものですわ」

ちょっと…いや…かなりぽっちゃり目で羽飾りを付けてゴテゴテと着飾った貴婦人が、どこで息継ぎをするのかというくらいに一気にアデライーデを褒めあげる。

「私もお聞きいたしましたぞ。何でも最近塩漬け以外でも魚を長く保存できるようにして輸出できるようにされたとか…」

「ええ、私もお聞きいたしましたわ。でも、私がお聞きしたのは誰も見たこともないお菓子をお作りになったとか…。残念ながら私はまだいただいた事は無いのですが、ふわふわとしたケーキだとか」

「燃える菓子とお聞きいたしましたわ。青い幻想的な炎にオレンジの香りが部屋を満たして、とても素晴らしいものだとか…私もぜひいただいてみたいものですわ」

こぼれ落ちそうな胸をした細身の貴婦人が扇で口元を隠しながらにっこりと微笑んでアデライーデに色っぽい流し目をした。

--なにこれ…これが噂の褒め殺し?て言うか、どれだけ情報通なのよ。クレープシュゼットなんて、数日前の話でその場には給仕とメイドさん達しかいなかったはずよ?!守秘義務はないの? 一体誰が何を喋っているのよ〜。

その噂はナッサウがわざと使用人たちを使って…いや、流れるのを止めずにいた噂だがそんな事は知らない陽子さんはこれが王宮の噂の恐ろしさかと、陽子さんは身震いするのを隠しながら愛想笑いをしていると人混みがすーっと左右に分かれていった。

アルヘルム達のダンスがやっと終わったのかとそちらを見ると、そこには美女と野獣ならぬメラニアとタクシスが連れ立ってこちらに近づいてきた。

タクシスより年下と聞いていたメラニアは、もうすぐ20代の終わりのはずだが、まるで少女と変わらないような可憐さで薄いオーガンジーのような 紅(くれない) 色の生地を重ねたドレスは歩くたびにゆらゆらと揺れメラニアの可憐さをより一層引き立てていた。

「お久しゅうございます。アデライーデ様」

メラニアはアデライーデのすぐそばまで来ると、タクシスのエスコートから離れふわりと軽やかな淑女の挨拶をした。

--結婚披露の宴の時に一度挨拶を受けただけだったけど、本当におきれいね。タクシス様が溺愛しているって話も 頷(うなず) けるわ。

お久しぶりとアデライーデがメラニアに挨拶を返したちょうどその時にダンスが終わり、アルヘルムとテレサはアデライーデ達のところへと帰ってきた。