作品タイトル不明
224 初めての夜会
「今年も豊穣祭前の宴を迎えられた事を嬉しく思う。今年はアデライーデを帝国から正妃に迎え、バルクは今までになく栄えた年であった。バルクはこれから今まで以上に栄えるであろう。それらを 我(われ) は皆と分かち合いたい」
主だった貴族達が一堂に会したバルク王宮の1番大きな広間で、アルヘルムが王として威厳を持って言葉を紡ぐ。
分かち合いたいとの言葉を合図に、給仕達が一斉に広場に入り高位の貴族から銀のトレイに載せたワインを満たしたクリスタルガラスのグラスを配り始めた。
広間に静かなどよめきが走る。
「なんと…透き通るようなグラスなのか」
「こんなに薄く、そして美しい」
「ガラス?いや…水晶細工か?」
「透けるワインがこのように美しいとは」
「あぁ、このようなグラスは見たことがない」
「これは…、なんという薄さだ。まるで池に張った薄氷のようではないか」
グラスを手にした貴族達は、口々に周りの者とグラスを見せあった。グラスを軽く振りワインの揺れるさまを眺める者、シャンデリアの明かりに透かす者、グラスの縁を触り薄さに驚く者と様々にグラスを確かめあっていた。
「静粛に!」
タクシスの一声で前の方から広間に静寂が戻ってきた。
「これは最近我がバルクで開発された『クリスタルガラス』だ。耳の早いものはバルクが皇帝陛下に献上したクリスタルガラスで出来たサンキャッチャーの話を聞いておろう。我が国の特産であるガラスは長い間、板ガラス等で諸外国に輸出をしてきたがこれからはこのクリスタルガラスが我が国の代名詞となるであろう」
アルヘルムは、そう言うと控えていたナッサウが持っていた銀のトレイからグラスを手にとった。
続いてテレサと、アデライーデも同じ銀のトレイからグラスを手に取る。3人は合わせたように 臙脂(えんじ) 色の衣装を身に纏っていた。
アルヘルムの深い臙脂の上服には金糸で豪華な刺繍が施され、その両脇にいるアデライーデとテレサも同じ臙脂色のドレスを身に纏っていた。
テレサはデコルテが大きく開いた艶のある落ち着いたドレスに銀糸の刺繍を散りばめデコルテには大粒のルビーのネックレスを飾り、アデライーデは明るい臙脂のドレスにテレサと同じ銀糸の刺繍をしているが、可愛らしいデザインになっていた。そしてネックレスは帝国から持ってきたエメラルドのネックレスを飾っていた。
毎年豊穣祭前の夜会では王族は、その年のワインの出来が良くなるようにと臙脂かワイン色の衣装を纏う。今年アルヘルムとテレサとアデライーデは揃って同じ色で皆の前に現れたのだ。
どんな言葉より、それは王家の結束を示していた。特に全く同じ色を纏った正妃と王妃は、二人の間に上下の差はなく同等であるという事を雄弁に物語っている。
貴族たちは、数日前の晩餐会の話と今朝のアデライーデ達の茶会の話を小声で囁きあっていた。
「テレサ様とアデライーデ様が反目しあっていると言うのはやはり噂か」
「全く同じ生地のドレスとは…」
「ええ、デザインはお年に合わせて変えてらっしゃいますが同じものですわ」
「使用人達の話では、晩餐会と茶会ではまるで家族のように和やかに過ごしていると聞いたぞ」
そんな貴族達を前に、アルヘルムは一歩前に進み出た。
「今、諸侯らの手にあるのがクリスタルガラスのグラスだ。今年の豊穣とこれからのバルクを栄えさせ富と栄誉をもたらすグラスにワインを満たし今宵の宴を祝おうと思う」
アルヘルムの言葉に貴族らがグラスを少し掲げた。
タクシスの乾杯という言葉とともに、皆がグラスに口をつける。そしてその薄さに改めて驚きの声が上がるのを聞いてアルヘルムはテレサとアデライーデの前にグラスを差し出した。
軽く小さな高い音が3つのグラスから聞こえ、3人から笑みが溢れる。
アルヘルム達が乾杯を終えると、すぐに高位貴族から挨拶が始まった。どの貴族もアデライーデに丁寧な挨拶をする。帝国と同じで大勢の貴族から挨拶を受ける王族の負担を少なくする為短い挨拶をするのだが、国内の主だった貴族の挨拶を終わらせるのに軽く1時間はかかっただろうか。
最後の男爵一家の挨拶が終わる頃には、アデライーデの頬はひきつるほどであった。
--ほんっとに離宮ぐらしで正解だったわ。こんな夜会を月に何度もこなしているなんて、アルヘルム様もだけどテレサ様もすごいわね。
挨拶にひとこと言葉を返すだけであったが、アデライーデを気遣いテレサが給仕を呼んで炭酸水を手渡した。
「喉が乾かれたでしょう?」
「ありがとうございます。もう喉がカラカラですわ」
「私も最初は緊張で喉が乾いて仕方なかったですわ」
渡されたグラスの炭酸水で喉を潤すと、アルヘルムが最初のダンスにアデライーデを誘いにやってきた。夜会では王のダンスから貴族たちのダンスが始まる。
今まではアルヘルムとテレサのダンスから始まったが、アデライーデがいる夜会では正妃であるアデライーデとアルヘルムのダンスから始まり、続いてテレサとのダンスと続くのだ。
一曲アルヘルムと踊ってテレサと交代し、さて数歩先の自席に戻ろうと振り返った時にアデライーデは、貴族達に囲まれているのを知ったのである。