作品タイトル不明
132 豊穣祭の話とドレス
「アデライーデ様、アルヘルム様よりお手紙でございます」
午後のお茶の時間に、レナードが銀のトレイに乗せてアルヘルムからの手紙をアデライーデに差し出した。
磨かれた年代物のトレイには、白い封筒に赤い封蝋が垂らされバルクの紋章が押されていた。
華奢な女持ちのペーパーナイフを取り封を切ると、几帳面な文字で時節の挨拶から始まるアルヘルムの手紙には予定より訪問が3日ほど早まるが、仕方なく本当に仕方なく次の訪問にはタクシスを連れて行くが折をみて、1人で会いにゆくよと綴られていた。
「ねぇ、レナード。アルヘルム様の今度の訪問にはタクシス宰相がご一緒なのね」
「そのようでございますな。私へもタクシス様より手紙がございました」
タクシスの監視が厳しく中々抜けられないので、最近アルヘルムはよく手紙を送ってきている。
--電話やメールが無いと、やっぱりお手紙しかないわよね。
この世界、それでも手紙を送れる人は限られる。郵便のシステムがないので確実に相手に送るには従者を使うしかないからだ。
アルヘルムはいつもより3日早く離宮にやってきた。
「アデライーデ、すまない。今回は仕事の話が多い」
アルヘルムはアデライーデの額にキスをしながら、本当に残念そうにチラとタクシスを見た。
タクシスは澄ました顔でアルヘルムを無視するとアデライーデに挨拶をした。タクシスにとってアルヘルムの機嫌は関係ないらしい。
2人を応接間に通すと、タクシスは従者に持ってこさせた箱をアデライーデに差し出した。
「工房から瓶が届きましたので、ご覧になっていただきたく…」
差し出された箱を開けると淡い蒼の瓶は細長くした三角フラスコのような形で上部に小さな濃い青華の装飾がいくつも施され瓶の裾には砕かれた青ガラス粉をまぶした綺麗な瓶が入っていた。コルクの栓には金色の王冠が模された飾りが更に高級感を醸し出す。
「皇后陛下への贈り物の50本の瓶です」
瓶そのものが芸術品である。
バルクの産業の1つであるガラスだが、今までは窓ガラスや普通の瓶を作っていた。今回、瓶自体を装飾品として作るようにとのタクシスの依頼にガラス工房は彫刻家達と意見を交わして作り上げた瓶なのだ。
「すごくきれいだわ。これなら瓶だけでも価値があるわ。飾っておきたいくらいだわ」
アデライーデは、持ち重りのする瓶を手に取りしげしげと瓶を見る。
細かいサファイアを散りばめた様な瓶は、炭酸水を入れるのにはもったいないくらいだ。
窓からの陽射しにキラキラと輝いている。
「きれいね。宝飾用のガラスなの?」
「? いえ、ただのガラスでございますが」
「そう…でもとてもきれいだわ」
アデライーデは瓶を満足そうに眺めていた。
「皇后様への贈り物用には、これが良いと思うわ」
ひと目で瓶を気に入ったアデライーデは、1つもらっても良いかとアルヘルムにねだった。
--花瓶にしたら素敵よね。
「アデライーデ…。宝飾用のガラスとはなんだい?」
「ガラスを宝石のようにカットすればアクセサリーになるでしょう?小さなものはドレスにつけたりしてたと思うわ。ねぇ、マリア」
「ガラスを宝石代わりに…」
「……」
「タクシス…後で話そう」
「わかった」
アルヘルムとタクシスは顔を見合わせていた。
「……アデライーデ様。アデライーデ様のドレスに使われているものはすべて水晶でございますわ」
「え…そうなの?」
「宝石以外のもので、アデライーデ様のドレスについているのもはございません」
「ごめんなさい…知らなかったわ」
「ええ…よろしいんですのよ」
マリアは何故か座った目をして微笑んでいる。
「アデライーデ様は、ドレスにあまりご興味がございませんもの。バルクにお輿入れされてから1枚も…ええ、1枚もドレスをお作りになってません」
「だって、ドレスを作っても着ていく先も無いし、もったいないじゃない?」
「そうではございますが、お作りになったのはお忍び用の庶民の服だけで、最近はそればかりお召しでございますわ」
マリアは静かに不満をぶちまけた。
バルクに嫁げばバルクのドレスを仕立てて、アデライーデを着飾らせたかったのだ。だってアデライーデは美しい。仕立てた庶民の服を着ていても大変可愛らしいがドレス姿のアデライーデは誰より美しいと思っている。
「本当に1枚もドレスを作ってなかったのかい?」
「ええ。たくさん持っていますし、着ていく先もありませんもの」
「すまなかった…私が気が利かなかった。ドレスを贈らせてほしい」
「必要ないかと…」
「いや…私が贈ったドレスを着た君を見たいんだ」
妻にドレスを贈るのは夫の権利であり義務である。
節目節目のドレスは夫が贈り、妻は自分の好みのドレスを普段自由に仕立てるのが普通である。
アルヘルムもそう思っていたが、マリアからの暴露でアデライーデが1枚もドレスを仕立ててないと聞いて慌ててしまった。貴族社会では妻を蔑ろにしていると言われてもおかしくない事なのだ。
--聞いてる?着ていく先がないのよ?見る為だけのドレスなんてどんな贅沢なのよー!
ドレスはお高い。王が贈るドレスともなればどんな金額になるかわからないものを、見る為だけに仕立てるだなんて庶民の陽子さんには理解できず、ぷるぷる首を振っていた。
「陛下。秋の豊穣祭に贈られたドレスでアデライーデ様のお出でを願うのはいかがでしょう」
「それは良いお話ですな」
「ええ、ご結婚の時以来ですわね」
「そうだな。豊穣祭…。普段離宮から出ないのであれば気晴らしに良いかもな」
「今年は実りが期待できますから、例年より盛大になると思います。それにアデライーデ様にお出でいただければ民の皆も喜びましょう」
「そうだな」
「………」
アデライーデを置いてけぼりにして、皆で話がどんどん進んでいく。マリアなんて、やっとドレスを仕立てる話が出て笑顔満面だ。
--好きで離宮にいるんですよー。ノンストレスで気晴らしなんて必要ないですー。スローライフを楽しんでるんですー
心で叫ぶが、声には出せなかった。
なんせ、なんにもしない正妃なのだ。民が喜ぶなんて言われた日にはお断りできない。
--どうしてこんな話に?瓶の話じゃなかったの?
陽子さんはそう思ったが、瓶からドレスに話を振ったのは紛れもない陽子さん自身である。