軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131 赤ワインとひとり酒

--なんだか最近忙しいわ。

陽子さんは、久しぶりにワインを口にしながらソファで伸びていた。

口にしたのは帝国で飲んでいた、あのワインである。

厨房の下の冷蔵室に保管されていたワインボトルはワインクーラーに収まってうっすら汗をかいている。

--でも、どれも言い出しっぺは私なのよねぇ。そろばんも、フライヤーもピーラーも炭酸水も孤児院も全部私から言い出した事が、何故か大きな話になるのよねぇ。

最近毎日のように、コーエンやマニー達職人との試作の打ち合わせが続いていた。

その合間に、50年くらい前のそろばん教室の教本を必死で思い出しながら、そろばんの使い方の教本を陽子さんはコツコツと作っていたのだ。

試作はまだいい。職人のコーエン達にこんな感じと言うと彼らは工夫して改良してくるが、そろばん教本は陽子さんしか作れない。

下手な絵を書きながら、やっと先日足し算と引き算の教本をかきあげた。出来上がった教本を眺めて、これを今度王宮の財務部の文官に見せるかと思って落ち込んでいたら、マリアが「ティオ・ローゼンを呼べばいいのですわ」と言い出した。

「彼女でしたら、きっと素敵な教本に仕上げてくれますわ」

「わざわざ帝国から呼ぶなんて、彼女は帝国でも人気の挿し絵画家なのだから仕事があるでしょう」

「今は、心惹かれるお話がないからお休みしているようですわ」

あれから、マリアはティオと文通していると言う。

--どうりで最近エミリア達と新刊の恋愛小説の話で盛りあがっていたのね。

「是非また呼んでほしいと言っていたのですから、聞いてみるだけでも聞いてみましょう」とマリアが笑顔でぐいぐい言ってくる。

ミア達も後ろでコクコクと激しく頷いている。

あまりの迫力に「聞いてみるだけなら」と言ったら早速手紙を書いて、村に滞在している皇后陛下の使者に手紙を託したようだ。使者は快く手紙を従者に持たせてティオに届けさせると約束してくれたという。

ボトルからワインをグラスに注ぐと、くーっと飲んでグラスをテーブルに置いた。

最近は暑さに負けて、チューハイやコークハイばかりを飲んでいた。

おつまみとして、プレートには料理長直伝の小魚と玉ねぎのマリネと、茹でた小エビのカクテル、鳥軟骨に軽く塩を振り揉み込んで下味をつけてコーンスターチの衣をつけてカリカリに揚げてもらった鳥軟骨唐揚げが芸術的センスで盛り付けられている。

鳥軟骨なんて料理したことありませんと、不安げなアルトを説得して作ってもらった鳥軟骨はコリコリして美味しい。

アルトは恐らく、遠慮して言ったのだろう。

高貴な方はカトラリーを使って食べられる食材でしか食事をしない。

手づかみで食べなければいけない骨が付いているような肉や臓物は庶民の食べ物だ。軟骨を王族であるアデライーデの食事に出して良いのか悩んだのだと思う。

昔はそう言う習慣を聞いて高貴な方々はなんて贅沢な事を言うのだと思っていたが、年をとって少し考えが変わった。

高貴な方が一部しか食べなければ、それ以外は捨てられるのではない。使用人には賄いとして、または安く売られて庶民の口に入る。回り回って皆の口を豊かにするのだ。

炭酸水も陽子さんにしてみたらとんでもない値段だが、タクシスが言うように産業が生まれてバルクの国民を豊かにする可能性があるのだろうと思ったら、商会の話は断れなかった。

--皇后様からからわざわざ指定してきた値段なのだから、バルクの為になると何か思うことがあっての事よね。

ソファに寝転がって、足を肘掛けに投げ出しながら天井を見つめた。「レナードが見たら卒倒しそうね…」と思うが根が庶民なのだから、誰もいないときくらい羽を伸ばしたい。

バルクに輿入れと聞いて、どうせ愛のない政略結婚ならそれもそれで良いなと思っていた。親戚つきあいのような適度に距離のあるお付き合いならお互いの為だ。

そう思って離宮に引っ込んでスローライフを目指したのに、思いの外アルヘルムから大切にされている。

--なんにもしない正妃なのに…

たくさん持たされた持参金の使い道も無いのだから、せめて村や孤児の子供たちに還元しよう慈善なら貴婦人としての使い道としておかしくないと思っていたら、アルヘルムに孤児院をプレゼントされた。

--お金使わせちゃってるわよね。それも大金を。

持参金を使うのは気をつけないと、アルヘルムに余計にお金を使わせる事を今回学んだ。

--それなら自分のできる事で、アルヘルム達や皆が喜んでもらえる事をするべきよね。今でも十分スローライフなんだから。

陽子さんは、起き上がると鳥軟骨を口に放り込んだ。

--お醤油欲しいな。塩味の唐揚げも美味しいけどにんにく醤油の唐揚げを食べたいわ…

ひとり酒の夜は更けていく。