作品タイトル不明
133 見習い職人と悪徳商人
「では、ご報告なのですが…」
ドレスと豊穣祭への出席がアデライーデ以外の皆で決められた後にタクシスがおもむろに商会の話を切り出した。
既に出席と、ドレスに関しては決定事項なので、アデライーデは抵抗を辞めて流れに身に任せることにした。
商会の会頭はアデライーデ。実務はタクシス配下の通商部門の者たちが任命されたと言う。
取り扱い商品は炭酸水がメインだ
「アデライーデ様。村の鍛冶屋に色々お頼みになりましたね?」
「? ええ、マデルやマニー達には頑張って貰ったわ」
「今、それらの調理器具を使った料理がバルクの貴族の間で大流行しているのはご存知でしょうか?」
「はいぃ?」
離宮で食べたフィッシュアンドチップやポークカツレツ…とんかつ……を、アルヘルムが晩餐会で貴族達に振る舞ったところ、たちまち人気になり貴族達はこぞって自分達の料理人にも作らせているのだと言う。
今や夜会やガーデンパーティに、フライドポテトは欠かせないメニューとなっているという。
「目ざとい貴族達は、領地で今秋からのじゃが芋の増産や養豚に力を注いでおります」
「本当に?」
「本当だよ。フライドポテトはあっという間に広がったんだけど、フィッシュフライやポークカツレツの方は中々同じようにはいかないらしい。皆、私に聞いてくるんだよ」
アルヘルムは、おかしそうに笑ってレナードから渡されたコーラを飲んでいる。
少ない油やバターであげ焼きする料理法は知られているが、たっぷりの油で揚げるのは、また違った料理法なのだ。
「アデライーデ様の許可を頂ければ、フライヤーも商会で扱いたいと思います。最近王宮にフライヤーが入ったのを聞きつけた者がいるようですので、情報が漏れる前に商会で売り出せればと思います」
ちょっと待って…。フライヤーは機密でもなんでもなくただの調理器具だ。
「あの…そんなに人気なら教えてあげれば…」
「とんでもない。せっかくの人気なのですから王宮御用達の商会で売らなくてどうするのですか」
いい笑顔で言うタクシスの顔は、宰相ではなく 商人(あきんど) の顔をしていた。それにいつアリシア商会は王宮御用達の商会になったのだ。
「それに王宮の料理長に聞きましたが、薄く食材の皮を剥ける調理器具や均一に食材の大きさを整える器具も、なかなかの出来だと…これも貴族だけでなく庶民にも喜ばれるでしょうなぁ。無駄なく食材を活かせますからね」
そう言って笑うタクシスが、アデライーデには 悪徳商人(あくとくあきんど) にしか見えなくなってきた。
「て…適正価格でお願いします…」
アデライーデは、絞り出すようにタクシスに願った。
タクシスは既にマデル達には使いを出し、タクシスの息がかかっている工房にはいつでも増産できるように話はつけている。
タクシスからの使いに話を告げられた際、マデルはしばらく口をパクパクさせてゆっくり気絶した。
村で生まれ育ち、人見知りが激しく預かり弟子の期間もそこそこに修行も父親の元で行ったマデルには、噂でしか聞いたことのない有名工房の指導に行くなんて天地がひっくり返るような話だったのだ。
離宮に呼ばれてアデライーデに依頼を受けた時に、人生でこれほど驚くことは二度とないだろう思っていた。それが半年も経たないうちにこんな話が舞い込んで、マデルのライフは既に0になっていた。
マデルがノビている間、奥さんが使者と交渉を始めた。
「使者様。うちの旦那は腕は良いがノミの心臓なんですよ。そんな御大層な工房になんぞ行った日にゃ、縮こまっちまってナイフの1本も作れませんよ」
「しかし、宰相閣下直々のご命令で…」
「代わりと言っちゃ何ですが、息子のマニーを行かせますよ」
「か…母さん」
「お黙り!父さんは村の外では使い物にならないよ!」
この家の 決定権所持者(オピニオンリーダー) は、奥さんなのだ。
「この子はフライヤーも作るのを手伝っていたし、ピーラーはこの子が作ったんですからね」
「ふむ…それであれば…。工房の者をここに来させて仕事を覚えさせるのはどうであろう」
「それは、構いませんよ。1人2人なら旦那も気絶しないでしょ。倒れたらひっぱたいて起こしますから大丈夫ですよ」
「……奥方も、大変でございますな」
「あらやだ、奥方だなんて…おほほほ」
マデルの奥さんは奥方と呼ばれて上機嫌になっていた。
本当に大変なのはマデル殿の方かも知れないがと使者は思ったが、それは言わずに笑っていた。
国の宰相からの依頼をマデル達は断ることはできない。
村に鍛冶屋が居なくなると村の刃物や農具の手入れが困ると言う名目で、王都の工房に指導に行くのはマニーに決まり、マデルの所には見習いが来ると言う事で落ち着いた。
早速やってきた壮年の見習いが、その有名工房長と知りマデルがぶっ倒れるのは工房長が見習い期間を終え、暇の挨拶をしたときだった。