作品タイトル不明
102 夕駆けの稽古と木のジョッキ
「アデライーデ様! こちらに…居ると聞いて…」
はぁはぁと息を切らせて四阿に入って来たのは、フィリップだった。
「いらっしゃい、ちょうど良かったわ。フィリップ様もおやつを召し上がる?」
「え?」
「あ…父上?」
にこやかにフィリップを出迎えたアデライーデとは、対象的にアルヘルムとフィリップは微妙な顔をしていた。
お互い、なぜここに?と思っているのだろう。
「フィリップ様、馬でおいでなら喉が乾いたでしょう?何を飲まれます?」
「今日は、オレンジスカッシュが飲みたいです」
「そのご様子だと、多めが良いですわね」
「はい!早駆けで喉がカラカラなんです」
くすくすと笑いながら、アデライーデはフィリップに席をすすめるとマリアに先にオレンジスカッシュを大きめのグラスで持ってきて欲しいと頼んだ。
--今日は…だと? それにオレンジスカッシュってなんだ?
フィリップは、勧められた席に座る前にアルヘルムに挨拶をした。
「父上、お久しぶりです」
「うむ、そうだな」
「父上のその格好… お忍びですか?」
「あ、ああ…気晴らしにな。たまにはオリスも走らせてやらないといけないし…」
--なにを言い訳めいた事を言っているんだ。正妃に会いに来るのはお忍びではないのに…。
確かにそうであるが、しっかりお忍び用の格好をしてこっそり城を抜け出して来ている以上、お忍びとしか言えない。
「ところで、フィリップはなぜここに?」
「遠乗りの稽古です。今日は夕駆けの練習なので、今来ました」
にっこり笑うフィリップに四阿の外を見れば、確かにフィリップの乗馬の指南役のギュンター・マルツァーンが控えている。
「そうか…」
フィリップがここに来ているのは初耳だ。レナードからの報告書にも無かったが…
「フィリップ様は乗馬もですが、剣のお稽古も頑張っていらっしゃいますよ。この前も警備隊の訓練に混じってラインハート隊長相手に熱心にお稽古されてましたわ。ちょっと激しくてハラハラする所もありましたが隊長はフィリップ様を褒めてらっしゃいましたよ」
「そうか、警備隊で稽古をつけてもらっていたのか」
--直接練習場に行ったのなら、レナードは知らないかもしれないな。
確かにこの離宮は馬で30分程度の距離だし、遠乗りの練習には丁度良い距離だ。乗馬後剣の稽古をするのは実戦訓練の基礎だからおかしくはない…おかしくはないが納得できない何かがある……。
「貴女はどうして練習場に?」
「お散歩の途中でお会いしましたの。村を案内してその流れで見学になりましたの」
アデライーデがそう答えた時に、ピッチャーに入ったオレンジスカッシュとグラスが運ばれてきた。フィリップは添えられたマドラーで少し炭酸を飛ばすとゴクゴクと一気にオレンジスカッシュを飲み干した。
「お代わりをどうぞ。アルヘルム様もお飲みになりますか?」
「父上、とっても美味しいですよ」
「うむ…」
二人に勧められて口にしたオレンジスカッシュは、確かに美味しい。美味しいが…自分は初めて飲むが、飲み慣れている風なフィリップになんだかもやもやする。
「……オレンジスカッシュは木のジョッキで飲む方が飲んだって気がします」
「まぁ、フィリップ様ったら…女将さんの処で飲んだのが良かったのかしら?」
「稽古の後で、隊長達とジョッキで飲んだ時にすごく大人になったような感じがして…」
--なに? 兵士達ももう飲んでいたのか。
楽しそうに話をする2人をアルヘルムは眺めていると、レナードがパンケーキのプレートを持ってきた。フィリップは歓声を上げてレナードにたしなめれられていたが蜂蜜と生クリームをたっぷりかけてあっという間に平らげた。
少し物足りなそうなフィリップ。
--男の子には少し足らないかもね。食べ盛りだし乗馬もしてるしフイッシュアンドチップスとかの方がいいかしら。
「もっと食べますか?」
フィリップは二つ返事でお代わりを頼むと、今度はフルーツも添えられたプレートが出て来てフィリップは美味しそうに食べ始めた。
そんなフィリップを見ながらアデライーデはアルヘルムに「今度またいらした時に、もっと食べごたえのする別の物をお出しした方がよろしいですわね」と言うと、「それは、貴女のレシピかい?」とアルヘルムがアデライーデに何故か食い気味に尋ねてきた。
「え?ええ フイッシュアンドチップスと言ってお魚とポテトを揚げた軽食ですわ。男の子には食べごたえがあって良いかもと思います」
「揚げた?」
「ええ、衣をつけて沢山の油で揚げたものですわ。お食べになった事はございませんか?」
「無いな。魚はソテーか蒸したものをムースにするくらいか…」
--そう言えば、揚げ物ってここに来てから食べた事が無いような気がするわ…
「それでは、今度アルトに作ってもらいますわね」
「そうだね。フィリップはまだ子供だから初めての異国料理は心配だな。私が試食を済ませてからの方がいいかな」
「はい?」
確かに油っこいもの食べ慣れてないとお腹を下したりするが、それを言うなら、王が異国料理を試食する方が問題ではないのだろうか?
「そうだな…。うん。貴女のレシピのものは、1度私が試してから皆に食べさせようか?」
「……」
うんうんと、1人頷いているアルヘルムになんと言っていいかわからず、レナード達の方に目をやるとマリアはニコニコ笑っているし、レナードはしばらく無表情だったがコホンと咳払いをして一歩進み出た。
「是非、そのように…」
「そう?レナードが良いと言うなら問題ないのだろうけど」
まぁ…普通のお料理のレシピなんだから問題ないと言えばそうだけど…。
「そうだな…今日はここで晩餐を食べて帰ろうか」
「それでは、厨房に用意をさせます」
「父上、ここで晩餐をされるのですか?」
フィリップが自分も参加したげにアルヘルムを見るが「今日は夕駆けの稽古なのだろう?」と言うとフィリップは残念そうに「はい」と答えた。
今日は夕駆けのお稽古と言う名目なので、晩餐には参加出来ずしょんぼりしているフィリップに「フィリップ様、今度はお泊りで遊びにいらっしゃいませ。その時に晩餐をご一緒いたしましょう」と誘うと「ほんとに?離宮に泊まりに来ても良いですか?」フィリップは目を輝かせてアデライーデを見た。
「ええ、私はいつでも。アルヘルム様、フィリップ様のお勉強のお邪魔にならない時によろしいでしょうか?」
「………、もちろんだよ」
「父上、ありがとうございます!」
「良かったですわね。許可がもらえて」
「アデライーデ様、その時に釣りもやってみたいです!」
「良いですわね。村の子供や孤児院の子達も一緒に行ってみますか?」
「孤児院?」
「ええ、アルヘルム様に相談していたのですが今度ここで小さな孤児院をしようかと思ってるんです。まだ誰にも内緒ですよ」
「フィリップは、孤児院の慰問にまだ行った事が無かったな」
四阿で3人で孤児院についてひとしきり話し日が暮れ始めた頃、フィリップはギュンター・マルツァーンに連れられ夕駆けで城へ帰っていった。
「お泊り、楽しみにしてます」と手を振りながら。
アルヘルムとアデライーデがフィリップを見送る後ろでレナードは、アルヘルムの寝室の準備もするように指示を出さねばと思っていた。