軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49話

ハロルドとの出会いを果たした翌日、リーファの姿は騎士団が管理しているギラン雪山の入山関門の前にあった。当然ハロルド、そしてなぜか性別不明の人物も一緒である。名前はエルというらしい。

リーファ達の三歩ほど前を歩いていたハロルドは、行く手を阻もうとした騎士に胸元から取り出した一枚の羊皮紙を突きつけた。相手がハロルドだと分かってか初めは敵意を浮かべていた騎士達も、それを目にして顔色が変わる。

何が書かれているのかリーファには知る由もないが、騎士達は憎々しさを隠そうともせず、山に踏み入るハロルドに厳しい視線を向けていた。

しかしそんな彼らのことなど気にも留めずハロルドはずかずかと進んでいく。まるで頂上までの山道を知っているかのようだ。

そんな背中を眺めながら、あそこまで騎士に毛嫌いされるハロルドとは何者なのだろうか、という疑問がリーファの頭をよぎる。昨日の食堂での反応やエルの話からしてもかなり有名なようであったし、騎士殺し《ナイトキラー》という異名も冷静に考えると物騒極まりない。

リーファの目的は 氷竜(ヒュドラ) のデータを記録することだが、ハロルドという人間にも興味が湧いた。

そしてリーファは知的好奇心を抱いたままにしておけるほど自制の効く人間ではなかった。

ところどころ雪が残る山道を歩きながら口を開く。

「ねぇハロルド。なんでアンタは“騎士殺し”なんて呼ばれてるのよ?」

「周りが勝手に囃し立てているだけだ」

「そのきっかけになったのは五年前の出来事だったっけ?」

会話に割り込んできた、そして何やらハロルドの過去について知っているらしい口振りのエル。ハロルドは黙れとでも言うかのようにエルを睨み付ける。

肝が座っているという自負のあるリーファをもってしても身震いするほどの迫力だった。これが“殺気”というものなのかも知れない。

しかしハロルドが言葉を発することはなかった。

木々の奥から唸り声をあげて、ホワイトウルフの群れが現れたのだ。縄張りでも侵してしまったのか、向こうはすでに戦闘体勢に入っている。

ホワイトウルフは新雪のように真っ白な体毛が美しいモンスターだ。

そんな見た目とは裏腹に性格は獰猛。一体一体ならば大して強くもないが、群れる習性があるので大型の群れに遭遇した際は注意が必要。

リーファは頭の中で情報を整える。

ギラン雪山に分布しているとされるモンスターについては事前に調べて対策済みだ。白衣の内側に右手を忍ばせて、三本の試験管を指の間に挟みながら取り出す。

それを無造作にホワイトウルフの群れへめがけて投げつけた。

大雑把な狙いでは当たるわけもなく、ガラス製の試験管は地に落ちてパリンと割れる。

次の瞬間、轟音を上げながら爆発が起きた。爆発の炎に飲み込まれたホワイトウルフ達は肉片となって飛び散る。

たったの一投で戦闘は終了した。

「まあまあの威力ね」

満足げにリーファはうんうんと頷く。

元より大型モンスターである氷竜にダメージを与えることを念頭に開発した攻撃である。小型モンスター程度は一撃だ。

「初めて見る魔法だ。どうやったのかな?」

「企業秘密よ。まあただの魔法じゃない、とだけ言っておくわ!」

腰に手を当ててふんぞりかえるリーファ。

魔法という分類に当てはまるかは意見が別れるだろうが、彼女としては自信作である。エルに感心されて悪い気はしなかった。

対してハロルドは無関心だ。それどころかリーファへ向けて苦言を呈する。

「その程度の玩具ではしゃぐとは底が知れるな」

「なんですって?」

自信作を玩具呼ばわりされては黙っていられない。

しかしリーファが食ってかかろうとした瞬間、目を刺すような光で視界が塗り潰される。たまらず瞼を閉じたリーファのすぐ横を何かが通り過ぎた。

直後、背後から悲鳴のような声が聞こえる。

一瞬の閃光が収まり、振り返ればホワイトウルフ……だったものが焼け焦げて死んでいた。どうやら挟み撃ちにされ、背後から攻撃をしかけられていたらしい。

リーファはその気配を察知することができていなかった。ハロルドがいなければ自分はここで死んでいたかもしれない。

「優れた攻撃手段を持っていようが戦闘中に油断するなら三流以下だ。無駄死にが望みなら他でやれ」

「うぐっ……」

それだけ言うと、ハロルドは踵を返して再び歩き出す。

癇に障る言い方だが、確かにその通りだ。ハロルドの言葉には言い知れない重みがあった。それだけに優れた攻撃手段という評価は素直にうれしくもある。

そう感じるのも彼が歩んできた人生の重みなのだろうか。平穏無事に生きてきたのならば“騎士殺し”などという異名を付けられるようなことにはならないだろう。

「気になる?彼の過去」

ハロルドには聞こえないように、エルが耳元でそう囁いた。

気になるかならないかで言えば、当然気になる。

「そりゃ、まあ……」

リーファらしくない、何とも歯切れの悪い返答。

興味はあるが、どう考えても普通ではない過去を背負っていそうなハロルドだ。その過去を本人ではなく他人から聞き及ぶのは後ろめたさを感じる。

好奇心と倫理観がリーファの中でせめぎ合う。

「言っておくけど、ボクが彼について知っているのは重大な秘密とかじゃないよ?」

エルの話ではハロルドに関する逸話や噂が多く存在し、それが真実であるかどうかはまた別である、とのこと。何よりリーファが知らないだけでハロルドが巻き起こしたとされる事件はその詳細が公開されているらしい。

つまりは誰もが知ることのできる事実と、その細部を補完するため真しやかに広まっている噂程度の内容でしかない。

「思っていたより憶測の比率が高いけど、エルはハロルドの知り合いってわけじゃなかったの?」

「とんでもない。君と同じく昨日が初対面だよ」

エルはあっけらかんとそう言い切った。しかしだとすれば疑問が残る。

「じゃあどうしてあたし達と一緒にきたわけ?」

「色々と訳ありそうな彼には以前から興味があってね。直接話が聞けるまたとない機会だったから」

「そんな動機でよくこんな危険地帯まで着いてきたわね」

「正直ボクとしてもこんなにあっさり同行を許可されるとは思ってなかった」

あははー、と気の抜けた笑い声を上げる。

旅人だと言っていたしまるで戦う術を持たないということはないだろうが、発言と見た目が相まってエルが猛獣のテリトリーをのんきに散歩する小型の草食獣に見えた。少し目を離した隙に補食されてしまいそうである。

「まあそんなことはさて置き。どうする?」

(……ハロルドとはこれから数日間一緒なわけだし、聞いておいても損はないわよね?)

結局好奇心に負けたリーファはそう自分を納得させるのだった。

ハロルド・ストークスという人物について語る上で、必ずついて回るのが“史上最年少で騎士団へ入団した”という文言。当時は天才少年と謳われたが、その期間はごくわずかだった。

入団から数ヶ月後に行われた初任務。そこで彼は上官の停止命令に背き敵前逃亡。さらには発見時にサリアン帝国の軍服を着ていたことから間諜容疑が掛けられた。

これによりハロルドは斬首の刑に処される……はずだったのだが、そこに待ったがかかる。

その声を上げたのはハロルドの実家であるストークス家や、長女がハロルドと婚約関係にあったスメラギ家。また騎士団の一部だった。

特にスメラギ家は名門貴族と名高く、また人徳に優れた当主のタスクの訴えもあって減刑へと繋がる。

その後、再審議の結果ハロルドの身柄はとある研究所に移された。そこで行われていた研究の実用化実験。その被験体としての適性を見出だされ、無償で協力することを条件に極刑はおろか実刑まで避けられたのだ。

もちろんこの条件を破れば再び極刑が下される。そのため今日に到るまでハロルドはその研究所の被験体として生き長らえてきた。

「とまあ、これが一般的に知られているハロルドの人物像かな」

「何よアイツ最低じゃない」

日も落ち、これ以上の登山は困難ということで野営のために張ったテントの内部。

ハロルドが離れた位置にテントを設営し、そこで火の番をしている。その隙に、エルとリーファは一つのテントの中で声を潜めながら会話をしていた。

ちなみにリーファはエルと同じテントであることをまるで気にした様子はない。まだ性別を教えていないのだが。

「しかも恩人であるスメラギの顔に泥を塗るおまけ付き。なんとハロルドは再審議後に婚姻を白紙にしろと訴えた」

「もうあれね、最低を通り越してクズだわ」

エルが語るハロルドの人間性に、リーファは軽蔑を含んだ声でそう吐き捨てる。まあこれだけを聞かされればそんな反応になるのも無理はない。

だが、エルの口はこんなところで止まりはしなかった。

「今聞いてもらってハロルドが各所から毛嫌いされてる訳は分かった?」

「イヤというほどね」

「でもさ、この話には不可解な点が多すぎる」

「不可解な点?」

「うん。そしてそれこそボクが彼に興味を抱いた理由でもある」

審議所が下した判決を聞いてエルが真っ先に思ったこと。それは貴族の息子をこうもあっさり極刑に処するか、ということだ。

「ハロルドが犯したのってさ、言ってしまえば敵前逃亡だけなんだよね。それも初任務で哨戒活動中に起きた突然の実戦。怯えた新兵が逃げ出すなんて珍しいことじゃないのに」

「それはハロルドが帝国の間諜だったからでしょ?」

「正しくは間諜“容疑”だよ。実際のところ、ハロルドが帝国の工作員だったという証拠もなければ被害も出ていない」

「……どういうことよ」

「ハロルドは帝国の軍服を着ていただけで、その理由は一切不明なのさ」

「そんなの間諜だからに決まってるじゃない」

「だったらそう明記すればいいのに判決文書にはあくまで“容疑”としてしか書かれていない」

明らかにおかしいのだ。犯した罪に対して処される刑が重すぎる。

間諜が事実なら判決文書に明記するべきであるし、仮に事実だったとしてもあまりに性急だ。

「ストークス家は影響力のある家じゃないけど歴とした貴族。その家の嫡男に、たった二週間の審議で極刑を下すなんてことがあり得ると思う?」

「それは……」

「だいたい間諜が事実だったなら殺すよりも情報を引き出すことが優先される。それすら放棄しての極刑なんてボクは聞いたことがない」

前例のないことだ。

まるで理由などは二の次で、最初から判決ありきのようであるとエルには思えてならない。

いや、その判決さえも覆されるのが前提としか……。

「おかしいってのは分かったけど、なんでエルはそんなに詳しいのよ?本当に初対面?」

「本当さ。でも旅人なんてやってると顔や繋がりが広くなってね。色んな人から話を聞けたりするんだ」

正確には聞くための手段があるのだ。

時として旅人に、商人に、貴族に、新聞記者に成りすます。偽りの肩書きを用意するなどお手のものだ。

そして対象に近づくための伝手を多く持っている。今回ハロルドの居場所を掴めたのも同業者の情報網に引っ掛かったからだ。

「ふーん。じゃあハロルドの知り合いから聞いた話とかはないの?それなら少しは真実が見えてきそうだけど」

「あるよ。ならハロルドの上官だった人に語ってもらった当時の話をしようか」

エルが彼と会ったのは三年ほど前になる。ハロルドの上官であり、彼の極刑が決まった際に騎士団内の誰よりも早く抗議の声を上げた男。

コーディー・ルジアル。その気怠げそうな顔を思い出す。

酒場で出会ったコーディーは深酔いしていて、それでもハロルドの名前を出すと彼は覚束ない口を必死に動かしながら思いの丈をぶちまけていた。

『仕事柄、オレは山ほどバカな野郎を見てきたよ……。“正義感に凝り固まった猪突猛進なバカ”に“自分のことしか考えないバカ”。あとは“ただ単にバカ”……』

右手にグラスを握りながら逆の手で己の知るバカの種類を指折り数えていくコーディー。そして一気にグラスの中身をあおり、酒気を帯びた息を吐き出す。

最後に彼はこう付け足した。

『アイツは“自分の身を顧みないバカ”だ』

そんな彼の言葉で物語の幕は上がる。

これはハロルド・ストークスという男の苛烈な半生を彩る、その序章である。