軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50話

――五年前。

ロアイザ暦九三三年。王都アマジール。

ハロルドに斬首の判決が下され、その身が審議所地下の牢屋へと強制的に連行された数時間後。コーディーの姿はフィンセントの事務所にあった。

「どうしてハロルドが処刑されなきゃならないんだ!」

そこで事務所の主を問い詰めるコーディー。その顔はいつになく険しい。

対して詰め寄られているフィンセントも、その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

「コックス団長を含め、私以外全員が一致しての判決だ。まだ事実確認すらできていないというのにこの判決は重すぎる……」

確かにハロルドには不審な点もあるし間諜の疑いもかけられている。それでも今回下された判決は踏むべき段階を飛び越えたもので、とても正当とは言い難いというのは共通の認識だった。

「……つまり審議員に手を回した奴がいるってことか?」

「恐らくはそうだ。ハロルドの処刑を止めるにはその人物を探し出すしかない」

フィンセントとしてもハロルドについて思うところはあるが、彼が殺されるに値する罪を犯しているとは考えていないのだろう。コーディーからも事のあらましを伝えている。

疑いは完全に払拭できていないかもしれないが、それでも処刑には反対の立場だ。

「期限は一週間か……」

あまりにも時間が足りない。その間に探りを入れて黒幕とその狙いを炙り出せとは無理難題だ。それに黒幕を探し出したところで止められるとも限らない。

しかしそれをやらなければハロルドは死ぬ。ならば無理でも何でもやるしかないだろう。

そう意気込み動き出すコーディー達だったが、翌日になると事態はさらに悪化していく。

処刑が決定してから、ハロルドに関する悪評が騎士団内、そして市井へと瞬く間に広まっていったのだ。それも今回の審議内容を悪意的にねじ曲げたものや、まるで事実無根なものまであった。

これにより何者かがハロルドを殺そうとしているのだとコーディーは確信する。処刑されるのは妥当だという空気が出来上がってしまった。

そしてそんなことになってしまえば、彼女の耳にもその悪評は届くのは当然だった。

「連日の急な訪問で申し訳ありません」

そう言って頭を下げたのは、ハロルドの婚約者であるエリカ。彼女が再びコーディーの元を訪ねてきた。

理由は分かりきっている。ハロルド処刑の真偽や出所不明の悪意ある噂についてだろう。

正直コーディーも状況を把握していないので語れることは多くない。ハロルドに下された斬首の判決は事実だが、それを彼の婚約者でありまだ子どものエリカに伝えるかは非常に頭を悩ませる問題である。

来客ということで、ひとまずは昨日と同じ客室にエリカを通す。従者の女性は一言も話さずエリカに付き従って入室すると部屋の角を陣取る。

向かい合わせに座ると、コーディーはすかさず切り出した。

「今日は何のご用……なんて聞くだけ野暮か」

「はい。ハロルド様がどういう状況なのか、審議所から公表された判決を踏まえてお教えいただきたいのですが」

「……はっきり言って状況はすこぶる悪い。それでも聞く?」

「お願い致します」

全く躊躇することなくそう答えるエリカ。最悪の事態も想定しているのかもしれない。

この年にして大したものだ。

「まず斬首の判決は事実だ。このままなら六日後、ハロルドは処刑される」

コーディーの言葉にエリカは気持ちを落ち着けるように目を閉じ、小さく息を吐いた。

次に開いたその瞳に動揺はなく、まっすぐな視線をコーディーに返す。

「……“このままなら”ということは、現状を覆す手段があるということですか?」

目の前の少女は冷静に、コーディーの言葉に隠された真意を読み取った。

さすがハロルドの婚約者なだけはある。素直にそう思わされた。

「期待させて悪いけどあるとは言い切れないんだよねこれが。かなり分の悪い賭けだ」

「それでも構いません。一縷の望みでもハロルド様を救える可能性があるのなら」

絶望的な状況を理解していないわけでも、受け入れられていないわけでもないのだろう。全て事実だと受け止めた上で、それでもエリカは揺るがずにハロルドを助けることしか考えていない。

コーディーは周囲の気配を探り、誰にも聞かれていないことを確認する。これなら話しても大丈夫だろう。

「普通なら審議所の判決は覆せない。けど今回の審議は普通じゃなかった」

コーディーは事の経緯を包み隠さずエリカに伝えた。

判決があまりに性急すぎること。審議においてハロルドの発言や行動がまるで顧みられなかったこと。それどころか処刑という判決ありきで進められたと思われること。

それを聞くエリカとその従者の顔が段々と強張っていく。

「……これがハロルドの置かれた状況だ。間違いなくハロルドを殺そうとしている奴がいる」

「それが何者かは?」

「残念ながら」

お手上げのポーズを取りながら首を左右に振るコーディー。

情けない話だが本当に一切見当もついていない。

「だが残された時間でそいつを探し出さなきゃいけない。できたところでハロルドが助かる保証もないわけだけど」

はっきり言ってほとんど詰みの状態だ。ここから盤上をひっくり返すのは不可能に近い。

それが分からないエリカではないだろうに、彼女は悲しみや絶望に屈しはしなかった。

「でしたら今すぐに動かなければなりません。コーディー様、今回の審議で判決を下したのはどなたでしょう?」

「えっ?あー、確か審議所の人間六人と騎士団の団長、副団長、遠征部隊の隊長の三人。その内処刑に反対なのは副団長だけ」

審議所では奇数の審議員が集められ、彼らが議論を重ねた末に判決を下す。九人というのは審議員の数としては最大だ。

それだけ重大な審議であるにも関わらずたった二週間で判決が下るのは異常なのである。

「コーディー様はどちらのお立場ですか?」

「正直勝ち馬に乗るのがオレの主義なんだけどねぇ。今度ばかりは負け戦だろうと殿を務める覚悟はあるよ」

困ったように苦笑するコーディー。それを見て、本当に小さな笑みをエリカがこぼした。

信用を得られたのだろうか。

「ではひとつお願いを。処刑に賛成した者のリストをいただけますか?名前と役職、経歴があれば充分です」

「それくらいならまあ用意できるけど……」

「ではお願い致します。ユノ、あなたは空船の乗船手続きを。後で私も向かいます」

迷いなく指示を飛ばすエリカ。従者は頭を下げると足早に退出していった。

コーディーも「ちょっと待ってて」と言い残し自室へ戻る。集めた資料の中に審議人の一覧もあった。

それを持って客室に引き返し、エリカに手渡す。

「はいよ。んで、それでどうするつもり?」

「……悔しいですが私には事態を好転させる力はありません。このリストを父に届けて判決の撤回と再審議の働きかけを行ってもらいます」

タスク・スメラギ。王都の人間でもその多くが名を知っているスメラギ家の現当主。影響力は並みの貴族の比ではない。

スメラギ家が大きな声を上げればそれに付き従う貴族もいるだろう。それだけで判決が覆るか、といえば答えはノーだが。

「あとは審議員の身辺調査も平行して行います。判決が下される前に誰と接触があったかを可能な限り調べ上げて洗い出すしかありません。悪評の出所から辿るのは時間が足りないでしょうし……」

「そこはオレが任された。住民独自の情報網にしか引っ掛からない話ってのもあるからねぇ。これでも街の連中には顔が利くんだぜ?」

日頃の巡回中に休憩と称したサボリで様々な店に立ち寄っている賜物だ。

決して褒められたものではないが、そのおかげで他の騎士と比べてコーディーは王都住民と広く繋がっている。

「団長には副団長のフィンセントが探りを入れてる。そっちはアイツに丸投げでいい、できる男だ」

フィンセントならば何かしらの情報を手に入れてくるだろう。そういう信頼がある。

それを感じ取ってかエリカも頷いた。

「ってなわけで団長についてはフィンセントが。部隊の隊長と悪評の出所はオレが探る」

「残る審議員の説得と調査はスメラギ家が全力を以てあたります」

最後にそれぞれの役割分担を確認する。不在のフィンセントも組み込まれているが奴なら事後承諾で問題ないだろうとコーディーは判断した。

ともあれ今ここにハロルド救出同盟が結成された。まともに寝れない一週間になりそうである。

「それでは私は失礼致します。たくさんのご協力ありがとうございました、コーディー様」

「あー、ちょい待ち」

逸る気持ちを抑えきれないようなエリカをコーディーは呼び止める。余計なお世話かもしれないが、これだけは行っておきたかった。

「焦るなってのは無理な注文だろうけど、それでも焦んないように。たとえダメでも最終的にゃ審議所に乱入して助ければいい、くらいの余裕を持ってた方が頭は回るし視野は広くなる」

「そんなことをしたらコーディー様まで騎士団から除籍されてしまいますよ?」

「そうなったらスメラギさん家で雇ってくださいよ。剣の腕には自信があるからそこそこ役には立つんで」

「ふふ、そうですね。その時は父にも相談しておきます」

性別年齢を問わず、見る者を魅了するような笑顔。少しはエリカの緊張をほぐすことができたかもしれない。

ハロルドの状況を伝えた時、表情こそ平静だったが両手の白くなるほど強く握りしめられていた。ハロルドを失う不安や絶望を必死に堪えていたのだろう。

肩も微かに震えていた。

そんな彼女のことだ。襲いくる恐怖を振り払うために周りが見えないくらい猛進してしまいそうな気がした。

だがハロルドを救うには冷静にならなければいけない。

活路はとても細く、ひどく不安定だ。勢い任せでは渡りきれないだろう。

「そういう感じでどうかひとつ頼むよ」

「はい。ありがとうございます」

ゆっくりと一礼して、客室を後にしたエリカ。その背を今度こそ見送った。

「……強い子だねぇ」

一人になった部屋でコーディーは自然とそんな言葉を漏らした。

力や戦闘能力のような外面的な強さではなく、魂にしっかりとした芯が通っているような内面的な強さ。

ハロルドのことを余程大切に想っているのだろうに、そんな愛しい人間の窮地でさえ冷静に努めようとする。いや、窮地だからこそ、なのだろう。

中々できることではない。

ハロルドのためにも、エリカのためにも、絶対に救い出す。そんな思いが湧き上がってくる。仮に騎士団を除籍されることになっても上等だ。

残酷な現実から逃げずに立ち向かうその姿には心に響くものがあった。

「頑張ってる子どもの力になってやるのが大人の役目、ってね」

もしかしてこれが親の気持ちなのだろうか。ふとそんなことを考えた自分に鳥肌が立つコーディーだった。