軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48話

アティスはリーベル王国の北西に位置する、決して大きくはない街である。田舎とはいえない規模だが緑豊かで、晴れた日には湖の先に広がる標高数千メートル級の山脈を一望できる風光明媚な土地だ。

そんなアティスの街の一角にある食堂。昼時を少し過ぎた時間帯ということもあり人が疎らな店内で、一人の少女が恨めしそうな声を上げていた。

「もー、どうして通れないのよ!?」

カウンター席に座り、酔っているわけでもないのに先ほどから同じような文句を繰り返す少女。

その姿を見かねてか、食堂の店主が少女に声をかける。

「大層ご立腹みたいだな、嬢ちゃん」

「怒りもするわよ!遠路遥々アティスまで来たのに、目前で足止めを食らうなんて……」

「足止めって?」

「あそこに行きたいの」

少女は窓の外、山脈の象徴でもあるギラン雪山、その山頂を指差しながらそう答えた。

この返答には店主も大袈裟なほど驚く。

「ええっ!?嬢ちゃん、ギラン雪山に入るつもりなのか?」

「そうだけど?」

「止めときなって!何が目的かは知らないがあの山にはモンスターがごまんといるんだから」

「知ってるわよ。だから入山規制されてることもね。そのために雇ったっていうのにアイツらときたら……!」

思い出し、怒りがぶり返してくる。

ギラン雪山は標高4000メートルを越え、頂上付近1000メートルからは常に雪に覆われている、リーベル王国内でも最大級の山だ。ただ登ることだけでも困難なのに加え、雪山には強力なモンスターが跋扈している。

だから護衛という名目で五人の傭兵を雇ったのだ。アスティスに到着するまでは順調だったのだが、ギラン雪山を登るということを伝えた途端に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

それだけ危険な行為だという証左だが納得はいかない。前金で報酬の半額を払っていたが道中には大きな危険もなく、持ち逃げされたようにしか感じられないのも原因だろう。

とにかく様々な理由で少女――リーファは憤っていた。

「この街の腕利きだっていう連中にも断れたし……」

リーファは吐き捨てるように、根性なしめ、と毒づく。

それを見た店主は苦笑い浮かべた。アスティスに住んでいる者だからこそギラン雪山の危険を身に染みて理解しているのだ。

「仕方ないさ。ギラン雪山に登るためには騎士団に許可をもらわなきゃならないんだから」

入山許可の判断を下すのが山の入り口を封鎖している騎士団員達だ。しかし生半可な戦力では許可は降りない。

そのためリーファは奮発して傭兵を雇ったというのに、逃げられてしまっては許可が降りる降りない以前の問題だ。

ここまできて打つ手なしになってしまった。

「どうにかして入れないかなー……」

カウンターテーブルにぐたっと突っ伏すリーファ。

そんなことをしていると、カランカランとベルを鳴らしながら店の扉が開いた。そしてしばしの間を空けてどよめきが広がる。

その異変を察知してリーファは振り返った。

第一印象は黒。冷然とした雰囲気をまとった青年が立っていた。

店内の客はそんな彼を遠目に見ながら何事か囁き合っている。感じの良い空気ではなかった。

「誰よアレ?」

周囲の客に釣られて小声になったリーファは店主にそう尋ねる。しかし答えは違う場所から返ってきた。

「彼はハロルド・ストークス。“騎士殺し《ナイトキラー》”の異名を持つ、この国随一の剣士だよ。以前は“悪童ハロルド”なんて呼ばれていたね」

「ふーん……で、アンタは?」

「ボクはしがない旅の者さ」

灰色の髪に蜂蜜色の瞳をした中性的な容姿と声。大きく膨らんだ黄色の帽子が目を引く。

年の頃はリーファとそう変わらないようだが、少年か少女かは判別がつかない。

「そんなことより、ハロルド・ストークスと言えば悪名高いことで有名だ。ご存じ無いかな?」

「残念だけどあたしの住んでる村までその悪名は届いてないわね」

正確に言うと、リーファは故郷の村で変わり者として孤立しているのでそういった類いの情報を伝え聞くことはほとんどない。

自分の興味があることには貪欲だが、それ以外はシャットアウトしている。騎士殺しなどという物騒な異名は今が初耳だった。

しかしリーファにとってはそんなことはどうでもいい。重要なのは次の一点。

「アイツはこの国随一の剣士だって言ったわよね。強いの?」

「それはもう。精鋭である騎士団を数十人相手取っても無傷で勝てると言われているくらいさ。その強さは現騎士団長のフィンセントに迫るとか」

「つまりアイツは個人で最強クラスの人間ってわけね」

リーファの瞳が妖しく輝く。

それほど強いならギラン雪山への入山許可が得られるかもしれない。

「おいおい、嬢ちゃんまさか……」

そんなリーファの考えを見透かして店主が止めようとするが、そんな声は彼女の耳を素通りしていく。

勢いよく立ち上がるとズカズカと歩み寄り、ハロルドの前に立った。

180センチはあるだろう長身のハロルドを、140センチほどしかないリーファが見上げる。しかしそこに臆した様子は微塵もない。

「ちょっといい?」

「……誰だ貴様は?」

「あたしはリーファ。アンタはハロルドで間違いない?」

「……」

ハロルドは否定も肯定もせず、無言。

だがその顔を苦々しげに歪めた。先ほどの話では有名らしいが、名前が知れ渡ることを嫌っているのだろうか。

そんな疑問を感じつつリーファは話を進める。

「ハロルドを見込んで依頼があるの。もちろん報酬は出すわ」

「依頼だと?」

「そうよ。あたしの護衛として一緒にギラン雪山に登ってほしいの!」

お下げに結われた胡桃色の髪。ブラウスに赤を基調としたチェック柄のミニスカート、そしてニーソックスというあざとさ満点の服装。そして何より特徴的な、膝丈まで届く白衣を羽織っている。

リーファ・グッドリッジ。

自称天才発明家にして主人公パーティーのロリ担当とも呼ばれる原作キャラに、ハロルドは遭遇した。しかも護衛を依頼されるおまけつき。

(飯を食いに来ただけなのにどうしてこうなった……)

リーファはここアスティスではなくヴァイス村の人間である。どうしてこんなところにいるのか定かではないが、ハロルドとしても仕事中の身であり彼女の依頼を聞く必要はない。

ないのだが、奇しくも目的地は同じギラン雪山。

年は三つしか違わないはずなのに、大人と子供ほどの身長差があるリーファを見下ろす。

その体格に似合わず堂々とハロルドの目を見つめている。頭頂部からピョンと立つ二本のアホ毛もどこか誇らしげだ。

「貴様のような小娘があの山に登るだと?笑わせるな」

「あたしはこれでも十五歳よ!」

それは知っている。年齢の割りに身長を含めて様々な部分が発育不良の傾向にあるが、歴とした十五歳なのは確かだ。

プロフィールの設定でもそうなっている。

「大体何が目的だ?あの山には玩具も遊技場もないが」

「 氷竜(ヒュドラ) の生体データを取りたいの。可能ならサンプルも」

リーファの発言に、ハロルドのみならず店内にいた全員が言葉を失った。

氷竜とはギラン雪山の主。早い話がボスモンスターである。その辺の傭兵や騎士でも虐殺されるのが関の山だ。

ゲーム的にはパーティー平均20レベルもあれば普通に戦っても勝てるだろう。

しかしそれはあくまで集団で挑む場合だ。リーファが一対一で挑むのは死の危険がある。

そもそもとして一人では氷竜の元まで辿り着けるかどうかも怪しい。ギラン雪山はモンスターとのエンカウント率が高いのだ。

そういった意味ではハロルドに護衛を依頼するのは正しい選択と言える。

「俺に貴様の頼みを聞いてやる義理はないが?」

「別に無理強いはしないわよ。他を当たるから」

「そう簡単に自殺志願者が見付かるとは思えないがな」

「……一ヶ月でも半年でも粘るわ。あたしにはそうしなきゃいけない理由があるんだから」

頑な意思が感じられる。ハロルドに蹴られれば言葉の通り何ヶ月でも探し続けるのだろう。

だがそれでは困る。今はもう 原作開始(・・・・) の 直前(・・) なのだから。

本来ライナー達と出会うことになるヴァイス村にリーファが不在となれば原作パーティーに大きな違いが出る恐れがある。ゲームでは彼女が仲間になることで“調合”のコマンドが使用可能になるのだ。

下手をすればアイテムの作成や武器の強化等が行えなくなるかもしれない。最悪スメラギ領で発生している瘴気や、ユストゥスの計画阻止にも支障をきたす。

彼女の魔法と科学の知識はストーリーにおいて重要な役割を果たすことになるのだ。

つまるところリーファがアスティスで足止めされているのはあまり都合がよくない。

ならば自分の仕事ついでに依頼を受けて、さっさとリーファを送り返すべきだ。

「……いいだろう。条件を飲めば俺の力を貸してやる」

「えっ、本当!?やったー!」

条件を聞き出そうともせず諸手を挙げて喜ぶリーファ。そんな彼女を前にして、また厄介事が舞い込んできたかもしれない、とハロルドは嘆息した。

そして話がまとまりかけたところで横槍が入る。

「興味深い話をしているね」

リーファと同様にゲームで聞き慣れた声。

キャスケット帽子に黄色いオーバーオール。その中には衣服を身に着けておらず、胸にはサラシが巻かれているだけ。そして肩には物がパンパンに詰まった肩掛けのカバンが下げられている。

美少年とも美少女とも言える端正な顔にニコニコとした笑みを浮かべている十五、六歳の彼または彼女。

「もし良かったらボクも一緒に連れていってほしいな」

いつの間にかすぐ隣に立っていた情報屋ギッフェルトは、笑みを崩すことなくそう言い放った。