軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113話

今にも駆け出したい焦燥を抑え込んで人気のない廊下を歩く。自分の醜態を晒したくないというわけではなく、努めて冷静であろうとする気持ちの表れだった。危機的な状況だからこそ打開策を見出すために視野を広く持ち、頭を働かさなければいけない。

(とはいえ現状、打った手はじり貧にしかならないわけだけど)

そう考え込みながら、しかし解決策を思いつくことはできずにエルはとある部屋の前にたどり着いた。少しばかり焦った心を落ち着かせようと小さく深呼吸をする。

いつも通りの自分をイメージして、いざ扉にノックをしようとした瞬間――

「人の部屋の前で何をやっている」

「うわっ!」

そう声をかけられ、らしくもない本当に驚いた声を上げてエルは飛び跳ねるように振り向いた。

そこにいたのはまさに今、尋ねようとしていた人物。ハロルドが訝し気な顔をして立っていた。

「げ、元気そうだね」

「五日も眠りこけた俺への皮肉か?」

「きみに喧嘩を売るほど、僕は自分の人生に嫌気が差しているわけじゃないよ」

口で言うほど危険な人物だと思ってはいないが、ハロルドの強さ自体はしっかりと理解している。言動からは想像できないほど穏健な人物だとはいえ間違って逆鱗に触れてその圧倒的なまでの暴力を向けられたら最後、自分の命など塵に等しく消え去るだろう。

悲願の成就のために命を懸ける覚悟はあるが、こんなに無意味なところで死ぬつもりは毛頭ない。

「ふん、まあいい。入れ、話があるから来たんだろう」

「そうさせてもらうよ。報告しなきゃいけないことが山積みだからね」

こちらはそれこそ嫌気が差すほどに、である。

絨毯が敷かれている以外はベッドとテーブル、そして椅子しかない簡素な部屋で何ひとつ笑顔になれない話し合いが始まった。

まあテーブルを挟み向かい合って座った男の笑顔など、嘲笑くらいしか見たこともないのだが。

「さて、お決まりの質問で面白みに欠けるけどちょっと悪い話と、結構悪い話と、とてつもなく悪い話のどれから聞きたい?」

「いい話のひとつも仕入れられないとは腕が落ちたな」

「情報屋の良し悪しは耳ざわりのいい情報を手に入れるかどうかじゃない。正確な情報を掴んでいるかどうかさ」

ハロルドがはあ、と大きなため息をつく。彼の心情を慮れば確かに愚痴のひとつも言いたくなるのはよく分かる。大怪我を負い、五日も意識不明で、やっと体が動くようになったところでこんな話が舞い込んできたのだから。

とはいえそれも元を辿ればハロルドが始めたことであって、エルとしては文句を言われる筋合いなどない。

「でもまあ、そうだね。ライナー達の動向を先に伝えるとハリソン邸を襲撃したことについて罪に問われることはないよ」

相当な大暴れではあったが盗まれた物を取り返すという大義名分はあったし、どちらにも非がある状況で仮にも王族であるアークライトと高名なスメラギの家名は大きなカードだ。

まあ対応に当たったのが騎士団ではなく軍関係者だったこと、そしてライナー達が大して追及されなかったことを踏まえると、ハロルドから聞いていた通り何かあった際は最初からハリソンが切り捨てられる算段だったのだろう。

「尤もその辺りは心配していなかったみたいだけど」

ライナー達がハリソン邸に押し入る可能性については事前に知らされていた。それがハロルドの予測であるにしろ未来予知にしろ、襲撃後の危惧について一切触れていなかったことを考えればここで捕らえられることはないという確証があったように思える。

指示があったのはもし襲撃が起きた際に止めないこと、そして襲撃の後にハリソンが収集したとされる武器を押収することだった。結構な難題であり交渉のためにハリソンを始め関係各位に対して切り札となる情報をかなり集めていたのだが、こちらもあっさり手にすることが出来た。

(一体どこまで想定通りなんだか……)

本来ならあの戦いにハロルド本人が横槍を入れる予定などなかった。しかし予想に反したスピードでライナー達が行動を起こしたために仕方なく、というのが実情である。

彼が描いていた絵図と実際に描かれたものの差異についてはエルが知る由もない。

「武器の押収は成功。あとはタイミングを見てこれをライナー達に……って予定だったわけだけど?」

「俺が直接渡す必要がなくなっただけだ」

「物は言いようだよね」

信頼関係が築けていたのならハロルドから手渡すのが最もスムーズだっただろう。だが今回の敵対でそれは崩れ去った。

ある程度ハロルドの事情に精通しているリーファがいるので全面的に敵視されることはないだろうが、パーティーのリーダーであるライナーが不信感を抱いたままでは不和を生むことも考えられる。

それはハロルドとしても望ましくないだろう。

「俺が渡そうが貴様が渡そうが結果は変わらない」

「だといいけどね……とまあそろそろ本題に入るけど、まずはそのライナー達についてちょっと悪い話だ」

さっさと話せ、とハロルドの目が先を促してくる。

「きみの話ではトラヴィスにモンスターの大群が押し寄せてくる危険がある。それをライナー達と騎士団に対応させるとのことだったけど……猶予はあまりないかもしれない」

「どういうことだ?」

「モンスターの動きがかなり活発になってきてる。今まさに動き出しても不思議じゃない」

これもハロルドからの情報でだいたいどの方角からモンスターが侵攻してくるかは伝えられていた。それを元にギッフェルトの情報網とフリエリを総動員して事前にモンスターの大群を発見したのが十日ほど前。

状況としてはスメラギ領での様相に近しいが、問題はモンスター達が息を潜めている場所だった。

そこは高レベルのモンスターが蔓延るあまり国が探索を禁止にした巨大遺跡。常に光る王国軍の監視の目を掻い潜り、フリエリのメンバーが命懸けでなんとか確認したのだが、万に及ぶのではないかというほどのモンスターがひしめき合う光景はかなり衝撃的だったと聞いている。

「だとしてもトラヴィスへの到着はアイツらの方が速いはずだ。それよりも騎士団の奴らはどうなっている?」

「それなりの人員を確保して空船まで引っ張りだそうとしているレベルで本気だね」

「……つまりユストゥスの嫌疑に対する裏が取れたということか?」

「そこまでは不明だけど先日騎士団が踏み込んだ時点で博士の研究室はもぬけの殻になっていたらしい。そしてこの動きということはその可能性が高いんじゃないかな」

ユストゥスが消えたのと同じようなタイミングで活発化し始めたモンスターの大群。推測の域を出ないが警戒を強めるのは当然だろう。

「あの男が分かりやすい証拠を残すとは思えないが」

「データはともかく施設そのものを消し去れるわけじゃないさ」

人体実験ともなればそれなりの設備が必要になる。研究所を木っ端微塵に吹き飛ばさない限り物証は残るのだ。

そしてユストゥスがそれを許容したということは騎士団からの追っ手など些事にしかならないところまで計画は進んでいるとみるべきだろう。

「……何にせよ想定内だ。悪い話というほどじゃない」

「ふむ、じゃあ次だ。モンスターの大群をもう一団確認した」

この一言に、さすがのハロルドも面食らったのか動きが硬直する。

そしてこの反応を見るにこちらは彼にとっても想定外らしかった。やはり未来を予知しているのだとしてもそれは完全ではないようである。

「……それが『とてつもなく悪い話』か?」

だいぶ間を空けてからハロルドがそう尋ねてきた。

それに対してエルはいっそ清々しいほどきっぱりと答えを返す。

「残念。これは『結構悪い話』さ」

「チッ」

露骨に舌を打ちながらハロルドは考え込む。絶望的な状況に陥っても決して思考を止めないのがハロルドという男だ。

すぐに気持ちを切り替えたのか必要な情報を求めて口を開いた。

「その大群とやらの数はいくらだ?」

「目視では五千ほど。トラヴィスに向かうとされている数よりは少ないよ」

とはいってもとても軽視できる数ではない。直接的に、というのはかなり難しいが何かしらの対策を取らなければ甚大な被害をもたらすだろう。

二ヵ所に存在するモンスターの大群。それらが無関係であるはずがない。

「一応騎士団には君の名前でその報せも送っておいたけど、トラヴィスへの対応に追われる中でそちらにも人員を割けるかどうかは微妙なところかな」

「それでも何もしないよりはましだ」

「まあそうだね。でもここで『とてつもなく悪い話』をしようか」

そう言ってエルが鞄から取り出したのは二枚の地図だった。一枚は王国全土が記されたもの。そしてもう一枚はとある町のものだ。

まずは王国全土の地図をテーブルの上に広げる。

「新たなモンスターの大群が発見された街の名前はバーストン。王国北西部に位置する山間の町だよ」

エルが指で地図をなぞりながらそう説明したのは、ハロルドやリーファと出会ったアティスよりもさらに奥まった土地にある自然の深い町だ。

最新の記録では人口三千人ほどだったが、それも数年前のものなので今ならもう少し少なくなっているだろう。

「この地図にある通り山間部の町でね。何かあっても空船を利用することはできない」

つまり町を防衛するにしろ住人を避難させるにしろ人員や資材の運搬が困難なのである。

安全性を確保するならアティスの南側に広がる平原を使うしかないが、そこからでもバーストンまで直線距離にしても百キロは下らない。どちらも現実的とは言い難いが、それでも選ぶならまだ避難の方が上手くいく可能性は高いだろう。

「それが悪い話の原因か?」

「理由のひとつではあるけど本題は別だよ。こっちを見て」

用意していたもう一枚、バーストンの地図を重ねて広げる。

「バーストンは決して大きくない町だ。そして周囲に大量のモンスターが姿を隠せるような場所はない」

ではどこに、どうやって数千ものモンスターが潜んでいるのか。

その答えはしっかりと地図に記されていた。

「けれどバーストンはかつて 白金(プラチナ) をはじめとする稀少な鉱石の採掘で栄えた鉱山の町。岩盤の崩落事故が発生するまでは際限なく掘り進められていたせいで鉱山内だけでなく町の地下にまで何本もの坑道が通っている」

崩落事故とその数年後に訪れた資源の枯渇によって今や衰退の一途を辿るバーストンだが、当然ながら過去に掘られた坑道が埋められているわけもない。

「つまり坑道の奥深くにモンスター共がひしめいていると?」

「ご明察。でも君はこう思ったはずだ。『坑道として使われた程度なら大型モンスターの出入りは不可能だろう』ってね」

「いちいち答えを勿体ぶるな。必要なことだけ言え」

「閉山後、坑道およびその内部に手を加えられた形跡があった。具体的には地下深くに採掘でできたとは思えない大穴が存在している」

「そこがモンスター共の寝床か」

「そういうこと。しかも鉱山の記録と照らし合せてみた結果、存在しないはずの坑道……あの大きさだと最早通路って言った方がいいのかな。そういうものがいくつか見つかった。大抵のモンスターなら通れるだろうね」

人工的な通路に、開けた窪地だったスメラギ領のように自然とモンスターが集まる環境でもない。

明らかに人間の管理によって、何かしらの目的のために用意されている。

「……気にかかる点がいくつかある」

「答えられるものには答えるよ」

普段ならここで「当然だ」と嫌味のひとつも飛んでくる場面だが、すぐに質問を始めるところを見るにハロルドとしても緊急事態なのだろう。

「鉱山に手を加えられた形跡があったと言っていたがいつ頃からだ?」

「詳しくはもっと調べないと分からないけど、劣化具合からすると十年程度は前だと思う」

「坑道内にスメラギと同じような瘴気はあったか?」

「あったよ。ほとんどは地下の大穴に溜まっていて、坑道だと結構奥まで進んでやっとうっすら漂うくらいだけど」

「そいつらが地上に湧いて出るとしたらどれほどの規模になる?」

「分からない。モンスターが管理されているのは確かだけどどれほどの統制が取れるのかにもよるから……ああ、でもモンスターの出入りができそうな通路は今のところ三つは確認できたから、迎え撃つには三面作戦になるかもね」

言外にそれは無理だけど、という意味合いを込める。当然の話だ。

仮にハロルドであれば湧いて出るモンスターの五百や千を相手にできるかもしれないが、残り二つの対応は不可能だ。そして騎士団を含め常人がそれだけの数のモンスターを相手にするなら最低でも三百人規模の人員が必要になる。

トラヴィスにも危機が迫っている中で騎士団、もしくは彼らと同レベルで集団戦闘に長けた人間を合計六百人も集めることなどできない。

「……避難の完了までにかかる時間は?」

「目算で二日。高齢者の割合が多いからもう少しかかるかもしれない」

要するにいざモンスターが動き始めてから避難を開始したのでは間に合わないということだ。

「かつてとはいえ鉱山の町だったなら山の麓まで資源を運ぶ運搬設備があるはずだ」

「確かにあったよ。数年前の土砂崩れで運搬車用の線路が流されるまではね」

不便な土地で、経済的にも苦しい状況にあっても住処を移さない人がいたのはその運搬車を利用して比較的安易に近くの町へ出ることができたからだ。

しかしそれもなくなり、特に若者はバーストンを離れて行った。その一方で長くあの土地で暮らしてきた年配の人間は不便さを愛着が上回るのか、進んで離れていく数は多くないようだった。

「……ハロルド?どうかした?」

なんとかして状況を打開するために思考を巡らせていたハロルドが、気が付けば王国全土の地図を手に持って食い入るように見つめていた。

あれに何かヒントになるようなものがあっただろうか、と考えてみてもエルには思いつかない。

「エル、ここからバーストンまでは馬と荷馬車でそれぞれ何日かかる?」

「馬なら三~四日。荷馬車は積むものにもよるけど七日前後かな。ただこれは馬や荷馬車でバーストンまで近づける距離であって、そこから山道を登るのに丸一日はかかるだろうね」

「なら馬を可能な限り用意しろ。フリエリの連中を連れて行く」

「今からかい?」

「その前に必要な物を集めろ。数が揃い次第すぐに出る」

「了解したよ」

迅速な行動は美点だけれど、それに付き合うのは中々に骨が折れる。

それがハロルドに賭けた自分の宿命なので仕方ないのだが。

(それにまあ、手詰まりの状況で頭を捻っているよりは遥かにましさ)

そう納得して物資の手配に奔走し始めたエルの表情は、緊急的な事態を前にしても少しだけ安堵していた。