軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112話

エリカが目を覚ましたという報せが届いてライナー達には久しぶりに安堵と笑顔が戻った。そう言わざるを得ないほどハロルドと敵対し、そして敗れたという事実は彼らにとって重くのしかかるものだった。

ハロルドを信じていたからこそ裏切られたという思いがあり、また彼の圧倒的な強さを肌で感じて再び敵対することがあった時に自分達は勝てるのか、という不安がどうしても脳裏をちらつく。

そしてエリカが目を覚ましたという喜びさえも間を置かず霧散してしまう。その理由は朗報を届けてくれたはずのリーファの表情が険しかったことである。あまり人の機微に敏い方ではないライナーでさえ気が付くほど彼女の顔は強張っていた。

何かあったのか?と尋ねたライナーに対して、リーファは思いつめたような顔をしたまま答えた。

――エリカから話があるから明日病院まで来て、と。

それは言外に今行くのは止めてほしい、という意思表示だった。

いつものライナーであればどうしてかと聞き返しただろうし、目が覚めたのならすぐにお見舞いに行って無事であることを自分の目で確認したいと主張しただろう。

今回そう言い出せなかったのはリーファの雰囲気から恐らく良くない話だという察しがついたことと、ライナー自身の気持ちが上手く整理できていなかったためである。要するに今はこれ以上悪い話を聞きたくない、と尻込みをしてしまったのだ。

しかしそれはライナーだけではない。パーティーメンバーの全員が多かれ少なかれ心が弱っていたこともあって、誰もリーファに深く追求することはしなかった。

そして翌日、ライナー達は陰鬱に近い心持で病院を訪ねることとなった。

リーファに先導されて到着したのはなぜかエリカが入院していた病室ではなく、病院内にある会議室らしき部屋だった。

コンコン、とノックされた木製の扉が乾いた音を立てる。ノックの主であるリーファの背中が普段よりも小さく見えるのはきっとライナーだけではないだろう。

「どうぞ」

扉越しにエリカの声が届く。その声色はいつも通りで、それが却ってライナー達に違和感を抱かせた。

「失礼するわよ」

いざ扉を開こうとドアノブに手を掛けたリーファの動きが止まる。そして振り返ることなくこう言った。

「皆……特にライナーは何があってもできる限り落ち着いてなさい」

「……どういう意味だよ」

「入れば分かるわ」

ライナーからの疑問に答えることなくリーファは今度こそ扉を開いた。

室内にいたエリカは見慣れた着物姿で椅子に腰かけていた。魔力の枯渇が原因だとは聞いていたが、こうして元気そうな姿を前にするとやはり少しだけほっとする。

だがそれも束の間。彼女の後ろに控えるように立っていた二人の男女を目にしてライナーの心は激情に染まる。

「お、お前らは……!」

そこにいたのはライナーの両親を傷付け、剣を奪った二人組だった。瞬時に武器を構えようとして携帯していないことを思い出す。瞬時に室内を見回しても武器になりそうな物はない。

ならば素手で、と今にも飛び掛かろうとしたところで静止がかかる。

「お待ちください」

エリカは音もなく立ち上がると、その背に二人組を庇うように前へ出た。

無論、それで止まるライナーではない。

「なんでだよ!そいつらは俺の父さんと母さんを傷付けた犯人だぞ!?」

吐き捨てるような言葉に二人組内の一人、少女の肩がビクッと震えた。何かを恐れているようではあったがそんなものライナーにとっては知ったことではない。

そんなことよりもどうしてエリカがその二人を庇うようにしているのかが理解できなかった。もしかしてエリカもあちら側だったのか、という疑念が渦巻く。

「ライナー」

決して凄むような声ではなかった。しかしエリカに名前を呼ばれたライナーは思わずたじろぐ。

エリカはライナーの目を真っ直ぐに見つめたまま問い掛けてきた。

「貴方は彼らをどうしたいのですか?」

「どうってそれは……!」

言い返そうとして言葉に詰まる。許せない、という感情は確かにある。

けれどどうしたいかと問われると上手く言葉にすることができなかった。もちろん二人を許したからではないが、エリカに問われて気付かされた。

彼らがどうなることを望んでいるのかライナー自身も分かっていないことに。

「ただ怒りをぶつけたいだけですか?それとも然るべき処罰を受ければ気が済みますか?」

「お、俺は……」

「……もしもまだ明確な答えが出ていないのなら彼らの話を聞いてみてください。判断を下すのはそれからでも遅くないはずです」

その言葉に促されるようにエリカの後方で控えていた二人が歩み出てくる。

何を聞けというのか、と訝しむライナーの前に立つと、彼らは勢いよく頭を下げた。

「申し訳ありませんでした!」

「ごめんなさい!」

腰を深々と折っての謝罪。予想していなかった行動にライナーを始め、エリカとリーファを除いた全員が面食らう。

しばしの沈黙が病室を包む。頭を下げた二人以外、誰もがライナーを注視していた。

「……何がごめんなさいだよ!お前達は父さんと母さんに怪我をさせた!殺されてたかもしれないんだ!謝られたって許せるもんかよっ!」

ライナーとはどんな人間か。彼のことを知る者にそう尋ねれば誰しもが心根の真っ直ぐな少年だ、という答えを返すことだろう。

正義感が強い、嘘をつかない、卑怯な行いや理不尽な出来事を嫌う。そんな彼だからこそ全く非のない両親を傷付けた目の前の二人を許せるわけがなかった。

「人を傷付けておいて今さら謝るくらいなら最初からするなよ!」

空気を震わすような怒声。それはそのままライナーの怒りの大きさだった。

まだ幼さの残る少女は怒声を浴びせられてその細い体を竦ませる。対してすでに成人しているだろう男の方は腰を折ったまま微動だにせず、しかし思いつめたように言葉を絞り出した。

「君の言う通りだ。私達のしたことは許されることではないし、許してほしいなんて都合の良いことを言うつもりもない」

「……じゃあ何が言いたいんだよ」

「私達が犯した罪……その責任はすべて私が負う。だから彼女は、リリウムのことは見逃してもらえないだろうか」

「ウェントスさん!?」

リリウムと呼ばれた少女は何も聞かされていなかったのか驚いて体を跳ね上げる。その顔には「どうして?」と言わんばかりの表情が浮かんでいた。

しかしウェントスはそんな少女に構うことなく言葉を続ける。

「私達に何があって、どうして強盗などということをしたのか全て白状する。その上で情状酌量の余地があると判断してくれたのなら、どうかリリウムだけは――」

「そ、そんなのダメだよ!ウェントスさんは悪くないのに!」

「……その理屈は彼と彼のご両親には通らない。理由はどうあれ許されない行為をしたのだから誰かが責任を取る必要があるんだ」

「だったらわたしも一緒に責任取るもん!」

突然始まった二人の言い争い。わけが分からずライナーはその様を眺めることしかできない。

そんな空気に耐えられなかったのか、ここまで静観していたヒューゴが口を開いた。

「あーっと、つまりどういうことなんだ?」

「……少し時間を空けましょうか。立ったままというのも落ち着きませんからまずは皆さんお座りください」

あらかじめ準備していたのかテーブルには人数分の椅子が用意してあった。

上座の席にエリカ。その左手側にライナー達四人、右手側にリーファとウェントス、リリウムの三人が腰を下ろす。

そしてエリカは丁寧に人数分の紅茶を淹れていく。それが全員に行き渡るころには彼女の目論み通り、わずかではあるものの空気が落ち着いていた。

「では改めてお話しいただけますか、ウェントスさん」

「……はい。まずは私とリリウムはベルティスの森で生まれ育った 星詠(ステラ) 族でした」

「え?それって……」

ベルティスの森、という単語を聞いてコレットが思わず言葉を漏らす。

言葉こそ発しはしなかったがライナーも嫌な予感を覚えた。

「私達が暮らしていたのはとても小さな集落で、良くも悪くも自然しかないような森の中で平穏な生活を送っていた」

しかし今からおよそ五年前、突如としてその平穏は破られた。そうウェントスは語り始めた。

その内容はライナー達もハロルドの口から直接聞いたことのあるものだった。ユストゥスが陰から主導したベルティスの森での戦い。その際に星詠族が何人も連れ去られ、人体実験が施されたはずである。

「私やリリウムもその内の一人だった。他にも多くの仲間がいたが……」

言葉を濁したウェントスだったが、その結末は語らずとも誰もが理解できた。

きっと誰も帰っては来なかったのだろう。恐らくはこの二人もハロルドが連れ出さなければ他の星詠族と同じような末路を辿っていたのかもしれない。

「フロイント博士の下でそういったことが行われているという話は聞いたことがある。差し支えなければ具体的に教えてもらえないだろうか」

「何か分からない液体を投薬されたり、頭部に装着する機械で激痛と吐き気に晒されながら気を失うまで電流のような刺激を与えられたり……それから鮮明な記憶はないですが、恐らく頭部を切開されて何かしらの施術も行われていたと思います」

フランシスの質問に返ってきた答えはどれか一つを取っても人道的とは言い難いものだった。

想像するだけで胸糞悪いものであるし、コレットは顔を青くして聞いている。

「そういった実験をくり返されていく内に私は何も感じなくなっていった。苦痛も、恐怖も、絶望さえも自分とは関係のない他人事のように」

「苦痛から逃れるために脳の働きが鈍くなった、ということかい?」

「いや……数々の実験は私達の感情を抑制し、何も考えられないようにするためのものだった」

そう言い放ったウェントスの言葉はおいそれと納得しかねる内容だった。感情を抑制したり思考能力を奪うなどそうそうできるはずがない。

だがライナーは覚えている。彼らと初めて剣を交えたあの夜、フードの奥に隠れていた無機質な瞳と、生気を感じさせなかった表情を。あれが常人のものとは到底思えない。

「そして自分の意思を失った私やリリウムはユストゥスという男の使い勝手のいい手駒となった」

ただユストゥスの命令を聞くだけの操り人形。何かを考えることも、罪悪感や嫌悪感を覚えることすら許されなかった。そう淡々と語るウェントスの隣では俯いたまま瞳に涙を溜めていた。

彼の語ったことが事実ならまだ少女と呼べる年頃のリリウムにとっては相当辛い経験だっただろう。例え許せない相手だろうとその苦痛を推し量れないライナーではない。

「ちょいと聞きたいんだが、その口振りからするとアンタらは何も考えられなかった時の記憶もあるのか?」

「あった、というのが正しいと思う。今はその時の記憶を思い出すことができた」

「思い出したってどうやってだ?」

「ハロルド様のおかげだよ」

ウェントスの口から飛び出したハロルドという名前にライナーの体が硬くなる。怒りや悔しさ、悲しみといった感情がない交ぜになって心をかき乱す。

しかしそれを堪えて彼の話に耳を傾ける。

「貴方達も見ていたと思うがハリソンの邸で戦っていた時に私とリリウムが剣の柄で打撃を与えられただろう。あの瞬間、まるで記憶がフラッシュバックするかのようにこれまでのことを思い出したんだ」

「つまりハロルドがアンタらを助けた、と」

「そうだ。あの人は最初から物言わぬ私達を人間として扱い、助けようとしてくれていた。何より私もリリウムもハロルド様のおかげで最後の一線だけは超えないで済んだんだ」

「あの、最後の一線って、もしかして……」

「……想像の通りだよ。ユストゥスからの命令には相手の生死を問わず、というものが多くあった」

生死を問わず。それはつまり命令を達成するためなら平気で人を殺していたかもしれない、ということだ。

「ライナー、君のご両親は本当に強かった。体を弄られ、戦闘能力を向上させられた私達を相手に互角に戦っていた。ユストゥスの命令に従っていればお互いに無事では済まなかったと思う」

「……待ってくれ。あの時、ハロルドもいたのか?」

「ああ、いたよ。あの夜はハロルド様と私達の三人で行動していた」

ライナーの脳裏をよぎる違和感。仮にあの場にハロルドがいたなら静観を決め込むような男だろうか。ライナーの思考は否、という答えを出す。

例え戦闘になったところでハロルドならライナーの両親を無傷で制圧することも可能だ。そして彼の無駄を嫌う性格上、大人しく戦いを見守っているわけがない。

「じゃああの時、ハロルドは何をしてたんだ?」

「……それは分からない。君のご両親の相手は任せる、ただし殺さず傷を負わせる程度に留めろ、という指示を受けた」

ウェントスが最後の一線を超えないで済んだ、と言っていたのはハロルドのそういった指示のことだろう。

だが今はそれよりも気になることがある。それは指示を出した後のハロルドの行動だ。

順当に考えれば二人が戦っている内に剣を盗んだのだろう。しかしそれはライナー自身が否定できる。なぜならあの時、剣の入った箱を目の前にいるウェントスが持っていたのをその目で見ているからだ。

「そもそもどうして戦うことになったんだ?ハロルドやお前達なら物音を立てずに倉庫から剣を盗むくらいわけないだろ」

「理由までは聞いていないが、ハロルド様は不測の事態で発見された、と言っていた」

ハロルドほどの実力者が寝静まっている元冒険者に気付かれるなど悪い冗談にしか聞こえない。

だが、もし仮に両親とウェントス達を戦わせることがハロルドの目的だったとしたら?そのためにわざと気付かれたのではないか?その結果、自分はどんな行動を取り、そしてどこで、どうやってハロルドと再会した?

耳の奥で響く鼓動がうるさい。嫌な汗がじんわりと染み出してくる。それでもライナーは聞かなければいけなかった。

「剣を盗んだ後、俺はお前達に追いついた……いや、追いつけた。それはなんでだ?」

ライナーの記憶が正しければ道中で休憩を挟むことなく到着した夜中のフォグバレーは視界が悪く、疲労もあってまともに進める状況ではなかった。だがそれは相手も同じだろうと考え少しだけ休むつもりで、気が付けば明け方まで寝過ごしてしまったはずである。

これまでは相手も同じく休息を取っていたから運よく追いつけたのだと思っていた。

けれどこうして話を聞いてみれば操り人形に等しい当時のウェントス達が逃走中に休むだろうか?誰かからそうしろ、と言われない限り足を止めないはずだ。

「ハロルド様に指示を受けたからだ。『俺が合流するまでフォグバレーで待機していろ』と」

その一言で、ライナーの中で全ての点と点が線で繋がった。

ハロルドが参戦せず、両親が怪我をしたことで強盗を追いかけるのはライナーしかいなくなった。

ライナーが追いつけたのは本来なら不休で逃走するはずのウェントス達がハロルドの指示であそこに留まっていたからだ。

村に残っているはずのコレットがライナーの元に駆け付けたのはハロルドに背を押されたからだと聞いている。

そしてあの場で、ハロルドはあまりにもタイミング良く助けに現れた。

しかしその直前、ライナーとコレットが対峙していた、絶対に勝てないと思わされた、圧倒的強者のプレッシャーを放つ相手がいたはずだ。

そいつはウェントス達と同じローブで姿を隠していたが、あの時ライナーは一瞬、けれど間違いなくこう考えていた。

この強さ、そして速さは、まるで闘技大会で目にしたハロルドのようだ、と。

もしもあれが勘違いではなく本当にハロルドだったとしたら?あの視界の悪さとローブに身を包んだ状態であれば姿が消えた瞬間に入れ替わることも容易いのではないか?

そうする目的も必要も分からない。けれど浮き彫りになったハロルドの行動とそれによってライナーが取ってきた行動を照らし合せると、彼に誘導されているかのように思えてならない。

まるで最初からライナーを今の状況に追い込むために、ハロルドが裏から手を引いていたのではないか。もしそうだとしたら

――仲間だって、友達だって思ってたのは俺だけかよ

ライナーはその悲痛な思いを飲み込んだ。まだ心のどこかでハロルドを信じていた。信じていたかった。

ボタンの掛け違いが起きているだけで、次に顔を合わせたらまた仲間として肩を並べられるかもしれないと、そんな希望を抱いていた。

悔しいのか、悲しいのか、自分でも分からない。

ただ小さな声で、ちくしょう、とだけライナーは呟いた。