軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

114話

新たなモンスターの大群を発見したというエルからの報告はハロルドにとってまさしく寝耳に水の事態だった。当然ながら原作にトラヴィス以外の町がモンスターに襲われる描写や情報は存在しない。

しかしだからと言ってこれもハロルドの行動によって生まれたイレギュラーな展開だと安易に考えるのも疑問が残った。その最たる部分は『坑道内に手を加えられた形跡が十年ほど前からある』という点。

仮に十年前から何かが行われていたとすれば平沢一希がハロルドとして目覚めた時期より二年も前だ。加えてユストゥスがハロルドの存在を知ったのはハロルドが騎士団と関わった五年前からのはずである。

つまり原作に変化があったのではなく、存在はしていたが描写外での出来事という可能性も考えられる。そしてもしそうだった場合、バーストンの町で秘密裏に何かを行うだけの理由があるはずだ。

(まあそれも犯人がユストゥスであれば、って話なんだが……)

内心でそんな保険をかけるハロルドだったが、状況的にほぼユストゥス絡みとみて間違いないだろう。それに確証はなくとも原作の情報から推測できることもある。

物語の終盤で登場する空中要塞。それを浮上させるためのエネルギーを送るポータルが存在する。元を辿れば要塞やポータルは遺跡同様古代の遺産なのだが、それらを稼働できるレベルまでに修理を施したのはユストゥスだ。

もしバーストンの地下深くにそのポータルが眠っているのだとしたら。十年前から秘密裏にユストゥスが暗躍していたとしても不思議ではない。

(問題はそのポータルがどういう代物かまるで分からないってことだ)

ゲーム内では数回『エネルギーポータル』という単語が登場するだけで、それがどこに設置されていてどのような形状であり、どのような原理で働いているかなどは一切不明だ。まあ原理を説明されたところでハロルドが理解できるような代物ではないだろう。

気にかかる点は他にもいくつかある。とにかく最悪を想定して動くしかない。

「何か考え事ですかい旦那」

エルからの報告を受けてから一週間ほど。馬で駆け、鉱山の麓に到着して山道を登るハロルドにそう声をかけてきたのは同行しているフリエリのメンバーであるキースだった。

親玉のハロルドと指揮を務めるエルを除けばリーダー格の男だ。実際、現場の人間をまとめているのでリーダーや隊長と呼んで差し支えないだろう。自称傭兵崩れだけあって腕はそれなり以上に立つし、意外と言っては失礼だが教養もある。

エルが「在野に転がっていたのは幸運だったね」と評するほどだ。言葉は粗野だが優秀な男である。

「下らん主張が耳に入ってくるだろうからな。どうやってバカな連中を追い出すかその方法を吟味していたところだ」

「避難といやぁ聞こえはいいですが要するに立ち退きの勧告ですからねぇ。反発は少なくないでしょう」

「それだけ状況を理解できない愚か者がいるということだ」

自分でもめちゃくちゃなことを言っているのは理解しているが、エルが誤情報を掴んでくるとも思えない。モンスター達が活動を開始すればバーストンの町は壊滅的な被害を受けるだろう。

生き残ったとしても再びバーストンで生活するのは難しい。

「生きるために故郷を捨てる。たったそれだけの判断もできないバカの相手はうんざりだ」

「はは、ちげぇねぇ!……って、根無し草の俺らにゃ簡単な話ですがね。平和ボケしてる人間には通じねぇ理屈でしょうな」

「ふん」

彼の言い分は尤もである。いくら危険が迫っていると訴えられたところでそれを実感できなければ言葉でいくら町を出ろと言われても納得はしないだろう。ましてやハロルドやフリエリは公的な人間や組織でもなんでもないのだ。

町人からすれば不審な連中に四方山話としか思えない理由で退去を迫られるようなものであり、そんなものに素直に従うはずがない。

「まあいい。まずはこの目で確かめるのが先だ」

「ですなぁ。お、ちょうど見えてきましたぜ」

キースの視線の先に目をやれば遠目ではあるものの、木の向こう側に石壁と建造物が見え始めた。バーストンの町までもう目と鼻の先のところまで来たようだ。

エルからはいつモンスター達が動き出すかは分からないと釘を刺されているが今のところその事態には至っていないようだ。ひとまずそれに安堵しながら町の入り口に到着する。

山を開拓して出来上がった町だけあって立派な石壁が町を囲うように建てられている。大型のモンスターでもない限り易々とは突破できないだろう。上に視線を向ければ石壁の頂上部には所々に櫓らしきものも設置されていた。

(石壁でモンスターを足止めしている間に上からの攻撃で仕留めるのか?)

恐らくは籠城戦を想定しているのだろう。外部からの脅威に対しては一日の長があるとみて間違いないはずだ。

まあ今回は内部から食い破られる危険性があるのが最たる問題なのだが。

「お待ちしていましたよ」

町の中に入ってすぐ、そう声をかけてきたのは四、五十代の男。顔を見たことはないが誰なのかはすぐに分かった。

「エルの手の者だな」

「はい。聞いていたより数が少ないようですが」

「この寂れた町に人間が大挙すれば怪しまれるだろう」

初っ端から町の人間に警戒されたくなかったハロルドは先陣と後陣に部隊を分けて目立たず潜入することを選んだ。先陣のおよそ二十人もそれぞればらけさせ、時間差で町の中に入る徹底ぶりだ。

悠長なことをしている時間はないという考えも当然あった。最悪間に合わなければ即戦闘に入って後陣の到着と町民が避難する時間を稼がなければいけなかったが、前倒し気味とはいえハリソン邸襲撃から二週間かそこらでそこまで物語が進むとは考えにくかった。

加えて後陣には必要なアイテムを揃えてもらう役目もある。先陣は取り急ぎすぐ手に入る数だけ持って来ているので充分とは言えない。

「それよりさっさと坑道に案内しろ。貴様は他の奴らと合流して待機だ」

「承知いたしました」

「了解。旦那もお気を付けて」

「ふん、誰に物を言っている」

もちろんこれは「ありがとう」の返事である。しかしキースも慣れたもので嫌な顔ひとつ見せることなく、ギッフェルトの息がかかっている合流予定の場所へ向かって行った。

「ではこちらへ」

そしてハロルドも男に連れられて坑道へと足を向ける。

周囲に人影は少なく、特に注目されていないのを確認してからハロルドは尋ねた。

「モンスター共の様子はどうなっている?」

「依然活発なままです。発見当時はほとんど動くこともなくたまに唸ってるくらいでしたが、今や叫び声を上げてお互いに威嚇しているような状態です」

「そのまま潰し合ってくれれば楽なんだがな」

「本来生活圏も種族も異なるモンスター達ですからそうなるのが自然なのですがね」

まあそうなっていないから管理下に置かれていると判断したのだろう。何よりこれまでの経験上、こういう面倒事が楽に片付くはずがない。

唯一の救いは最初から面倒だと分かっているだけもしもの時の精神的被害が少ないことである。

「まあいい。そいつらが動き出す前に坑道の入り口を塞ぐ案はどうなった?」

「費用を無視しても埋め立てる時間と人員は微塵も足りません。町の許可を得ずに始めたとしても難しいでしょう」

「魔法ならどうだ?」

「聞き及ぶ貴方の実力なら入り口を崩落させることは可能かもしれません。しかし掘削計画を無視して拡張されているせいで連鎖的に町の地下の地盤まで崩れる可能性も否定できないでしょう」

最悪町全体が地下に飲み込まれる、ということだ。町民の避難が済む前に行うにはリスクが高すぎる。

とはいえモンスターが町中に湧き出すまで手をこまねいているわけにはいかない。

「到着しました。あれが坑道の入り口のひとつです」

民家もほとんどない町の外れ。山に沿うように建つ石壁に、木枠で縁取られた長方形の穴が開いていた。一応立ち入りを防ぐための柵もあるが気休め程度の作りだ。

当然ながら坑道の中からモンスターが飛び出してくると想定した防衛はなされていない。

「あなた達!そんなところで何をしているの!?」

いざ坑道内に踏み込もうとしたところで呼び止められる。

振り返ればメガネをかけ、藤色の髪をなびかせたハロルドよりいくつか年上の女性が仁王立ちしていた。見覚えもなく原作のキャラではない。

その女性は気が強そうな目をさらに吊り上げてツカツカと歩み寄ってくる。

「今坑道内に入ろうとしていましたね?危険なのでそれは禁止されています」

「ええ、承知していますとも。しかし我々はその危険性を調査するために訪れていますので」

「坑道の調査……?そんな話は聞いていませんが」

「大々的にする話ではありませんからね。しかしもちろん町からの許可は得ていますよ」

そう言って男は懐から一枚の紙を取り出して女性に手渡した。恐らくそういう名目で得た認可証か何かだろう。

エルの同族だけあって手の早さも準備も抜かりがない。

「これは確かに……しかしなぜ今さら」

「私としては遅いくらいだと思いますがね。まあ閉山もあって後回しになったのでしょうけど」

ハロルドは腕を組んで石壁に背を預けながら二人のやり取りを見守る。下手に口を挟むよりは任せておいた方がスムーズに事が進むと判断した。

しかしそれでは失礼します、と男が背を向け再び坑道に入ろうとするともう一度呼び止められた。

「お待ちなさい」

「まだ何かあるのか?」

ここでたまらずハロルドも口を開く。黙っているのが正解なのだとは思うがいち早く内部を確認したい焦りがあった。そんな苛立ちからついつい相手を邪険にするような声が出てしまう。

「私も同行します」

「却下だ。意味が分からん」

「意味ならあります。私はこれでも町議の一人なので」

「……何?」

女性の年齢は二十代前半だろう。いくら日本とは制度が異なり過疎化の進んだ町とはいえこれほど若くして町議会議員などに選ばれるものだろうか。

可能性としては彼女がそれだけ有能であるか、町議に選ばれるだけの人気があるか、この町の上層部とのコネを持っているかなどが考えられる。そのどれの場合であっても彼女を引き込めばもしもの時に鶴の一声になるかもしれない。

「それにこの巨大なバーストンの鉱山をたったお二人で調査するのは骨が折れるでしょう?」

言外に「怪しんでいます」と言い切られた。男は視線でどうするか聞いてくる。

彼も連れて行くリスクとリターンを把握しているだろう。その上でハロルドに判断を委ねたのなら迷うことはない。

「付いてこい。遅れれば捨て置くぞ」

フィオナ・グウィンは眼前の二人を油断なく、その一挙手一投足を注視していた。それだけこの男達は怪しかった。

坑道内の調査というのは多少不思議に思うが分からない話ではない。気がかりなのは数少ない町議である自分までその話が降りてきていなかったこと、そして調査というにはあまりにも少人数で装備も整えていないことだった。

下調べとは言っていたが中年の男は地図とランプくらいしか携帯しておらず、自分よりも若いだろう長身の青年は何も持っていないだけでなく、一目見て上物だと分かる黒い外套を纏っており調査に赴くような格好ではない。

(町長や副町長の息がかかった者達か?だとしても秘密裏に坑道を調査する理由が見えてこない……単純に危険性を探るだけなら町議に話を通すくらいはするはず)

自分が堅物であり、少しだけ面倒臭い性格をしているのはフィオナ自身自覚しているが、だからこそ正当性のある意見に感情で反対するようなことはしない。

今回の件も本当に危険性の調査だというなら話があっても異議は唱えなかっただろう。町長達もそれくらいは理解しているはずである。

(その上で隠しているならやはり何か秘密があるのか、下に話す暇もないほど緊急性の高いものだったか……最悪、その両方もあり得る)

坑道の危険性と言われてまず思いつくのは十年以上前に起きた岩盤の崩落事故。フィオナもそれで 鉱夫(こうふ) だった父親を亡くしている。

だがバーストンの鉱山は閉山して久しい。今の状況で崩落を危惧するということは、それだけの規模のものが起きる可能性がどうしても首をもたげる。

そんな不安に駆られながらも進むことしばらく。調査というには脇目も振らずに地下深く進んでいく。

「つかぬことをお聞きしますが」

ふと、ランプを手にした男が前を向いたままそう尋ねてきた。

「何か?」

「失礼ながらグウィン様はおいくつなのかと。町議としてはかなりお若いようですが」

「二十一です。選ばれたのは叔父である前町長の影響でしょう」

フィオナは二年前、叔父が引退することで行われた町議選に立候補した。自分の意思というよりは薦められた形だったが、この町は好きだし、自分のような若い世代を外に逃がしたくないという人達の気持ちも理解していた。

それでも選ばれたことにはやはり驚きがあったが、やるならば全力で務めるのがフィオナの性分である。

「そんなことよりもどこまで行くつもり?」

「……貴様はおかしいと思わないのか?」

質問に対して質問を返される。丁寧な中年の男とは違い、話し方を含めて失礼な男だ。

しかしフィオナはぐっと堪えて聞き返す。

「おかしいって何が?」

「坑道の広さだ」

言われて気が付く。確かに入り口に比べると幅も高さもかなり広がっていた。

スペースを確保するにしてもこの開け具合は非常識的だ。

「加えて……」

そう言いかけて青年は外套を開ける。そしてその中から引き抜かれた物にフィオナは瞠目する。

暗闇の中でランプの光に照らされて反射するそれは間違いなく剣であった。

「あ、貴方は何を……!」

「騒ぐな、黙っていろ」

まさか自分は誘い出されて、ここで切られるのか。そんな光景がフィオナの脳裏に浮かぶが、青年はそんな彼女のことなど気にも留めずに坑道の壁を切りつけた。何事かと思いつつその様子に危害を加えられることはなさそうだと落ち着きを取り戻し、彼らの後ろに立って切られた岩壁に目を向ける。

そしてそこにあるものを認識して、フィオナは愕然とした。

「何、これは……」

容易く岩の壁を切り裂いた男の技量にも驚きだが、何よりも崩れ落ちた岩壁の奥から現れたものに驚愕する。

フィオナが知る限り坑道の壁や天井というのは基本的に岩盤が剥き出しであり、崩れそうな部分に補強を施すというものである。しかしそこにあったのは坑道内に似つかわしくない、極めて人工的なレンガ壁であった。