軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵令嬢の快走

公爵家の豪華な馬車が暗い夜道を走る。座席には公爵と令嬢が向かい合って座っていた。

「突然、初恋の話なんて心臓に悪かったですわ」

「恋愛脳の学生にも理解しやすい説明だったろう?」

「私の友人たちは必死で笑いをこらえていましたのよ。後で苦情を言われてしまいます」

「それはすまなかった。月初めに西方の銘菓が手に入りそうだが、茶会にどうだ」

「3種あるなら許して差し上げましょう」

会場で一族揃って無表情を貫いたとは思えない朗らかさである。この場に異母兄である公爵家嫡男がいれば、自分にも賠償をよこせとごねただろう。嫡男は令嬢の初恋の相手である。

嫡男は第一夫人の息子で、令嬢は第二夫人の娘だ。妹であるという自覚が薄かった幼い令嬢は、少し年上で、紳士教育の行き届いた異母兄に恋をしたのだ。娘の幼い恋に気づいた公爵は、自身の失策に胸を痛めた。公爵家が代々複数の妻をめとる原因となった歴代王家への怒りも燃えた。

さいわい、娘には早々にきょうだいの自覚が芽生え、初恋はなんの問題もなく終わった。

そして初恋相手が異母兄だったことは、令嬢にとってお茶会での「とっておきの話」となった。もちろん開帳するのは信頼できる友人だけである。どこかに話が漏れた場合は、友を政敵もしくは口が軽く信用できない相手と判定する罠でもあった。今のところ、とっておきの話は茶会を出ていない。彼女の人を見る目は確かだった。次の茶会は特別な内緒話で今までになく盛り上がるだろう。

なにせ王子の言動には幼い頃より難儀していたが、不貞が始まってからの苦労はその比ではなかった。王子をやんわりいさめようとしては追い返され、協力を仰いだ王妃には不貞と理解してもらえず、王子に当てられて風紀の乱れた学園でいざこざが起こると最も身分の高い女性として調停に駆り出された。

それも今夜で終わりだ。道ならぬ恋に浮かれていた学生たちも明日には大人になっている。

「お父様、次の婚約はどうなさいますか?」

「想定通り、伯爵位を授ける。婿を取れ。無論、お前の選んだ相手とだ」

未来の王妃から伯爵夫人へ、格下げのはずが令嬢の顔には隠しきれない安堵が浮かぶ。窓掛のかかった二人きりの車内であるため、公爵も喜びの表情を露にした娘を嗜めなかった。

公爵の第一夫人は今宵の付き添いであった親族ともうひとつの馬車に乗っている。婚約破棄が覆される要素はないにせよ法的にはまだ確定していないため、未婚の男性である親族を令嬢と同じ馬車には乗せなかった。彼が令嬢の選んだ子爵家三男である。

「彼にはそのための教育も施してあるのだ。どんな好条件の申し込みが来たところで替えはしない」

三男には伯爵に相応しい教育を施してある。令嬢と王子との婚姻が結ばれれば、三男はそのまま伯爵領の代官となる予定だった。不確定な未来のために人生を拘束することへの褒賞である。

彼は表向きは主家の代官を目指すという立場で厳しい教育に耐え、公爵令嬢とは挨拶以外に接することなく、ましてや不貞に走ることもなく、常に自身を律し努力し続けた。公爵も次代たる嫡男も、伯爵領と令嬢を任せるに足る人間だと判断している。

万が一のための婿候補を選んだのは3年前。不貞が始まるより前であったが、王子の態度を鑑みて公爵が決定した。王子との婚姻が続行する可能性もあったため、一門でも高位の子息を候補とすることは憚られた。せめてもと候補の中から令嬢に選ばせたのが、乳母の子であり幼馴染である子爵家三男であった。

「本来なら時間をおくところではあるが、国内外からの介入を避けるために、明日中に殿下との婚約を解消して新しい婚約を結ぶ。発表は半年ほど待つが、その間に婚約の申込があれば既に婚約した旨を返信する。自身が早々に婚約を申し込んできて、婚約が決まっている事を早すぎるとは言わんだろう」

もしそのような誹謗中傷が出回れば、婚約を申しこんだ誰かが自分を棚に上げていると反撃されることになる。泥仕合ではあっても負ける要素はなかった。

「ありがとうございます。彼となら、今は恋愛感情がなくとも、お互いを尊重し、よき家庭を築けるでしょう」

新しく息子になる予定の男は、父親のひいき目をなしにしても娘に好意を抱いている。それを表に出すような愚か者ではないし、そんな教育もしていないが、私の目はごまかせない。災い転じて福となす。面倒な王位が転がり込んではきたが、娘には幸せな結婚を贈れそうだ。持参金も増えたことだし、王宮で式をあげてもいい。他国の王族との婚姻も選べるところを、王家の顔を立てて伯爵夫人まで下げるのだ。文句は言わせない。

翌日、令嬢が目を覚ますとすでに昼を過ぎていた。自覚はなかったが、昨日の唐突な茶番劇でかなり疲れたのだろう。

殿下との婚約解消と彼との婚約手続きはもう終わったろうか。誕生日はまだだが、慣習では昨夜の舞踏会で成人なのだから私の署名も必要では? ……そういえば、国王陛下の祝辞がなかったから私たちの成人は棚上げかもしれない。

王子との関係が切れて軽くなった気持ちとは裏腹に頭は重い。侍女を呼ぼうと天蓋の布を開くと、ベッドの横のチェストに籠に入った花束が置かれていた。父からだろうか? 自分好みの小さな白い花が一種類だけの花束だ。公爵家の令嬢であることから、大輪の豪奢な花束を贈られることが多いが、自分の好みはこちらだった。

籠を手に取ると、ほのかな香りがして頭も軽くなった気がする。深呼吸しようと顔を近づけると、小さなカードが挟まっていた。

婚約者殿へ 愛をこめて

どうやら婚約はもう成立したようだ。

これからの人生を想像して、勝手に笑ってしまう顔はすごく熱かった。

めでたしめでたし。

おまけ

舞踏会前日

起草者「一週間徹夜して婚約破棄小説を書き上げたわ! 何をどう申し上げても聞き入れて下さらなかったけど、これを読めば殿下もわかってくださるはず!」

舞踏会

殿下「婚約を破棄する!」

起草者(立ったまま気絶)

王子付侍従「……彼女を医務室へ」

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王子と不貞相手

「今日はこんな可哀想なことがあったんだよ」

「まあ、かわいそうですね」

「そうだろう」

「本当にかわいそうです」

「だから私が花をあげたんだ」

「わあ、殿下はおやさしいですね」

王子と公爵令嬢

「今日、こんなことがあった」

「なんと痛ましいことでしょう」

「だから花を渡した」

「素晴らしいですわ。殿下の優しさに彼女も慰められたことでしょう。寡婦への保護政策を殿下のお名前で推進するとよろしいかと。たとえば(法律用語)……」

「バカにしているのか?」

王子と令嬢

「今日、こんなことがあった」

「まあ、かわいそうですね」

「だから花を渡した」

「わあ、殿下はおやさしいですね」

「バカにしているのか?」

国王と公爵

「今日、こんなことがあってね」

「なるほど。寡婦には家を借りる権利がないと。賃借制度の法改正が必要かと」

「花を渡したんだ。ちょうど持っていたから」

「陛下からの下賜はご婦人の心の支えになるでしょう」

「そうであるといいな。未亡人が生きやすい世の中になるといいね」

「法務大臣、福祉大臣、厚生大臣と早急に協議し、草案を提出させます」

「頼むよ。公爵がいてくれてよかった。ありがとう」