軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学生たちの競走

学生たちが現実から逃避し、王家が置物になったままでも公爵の暴露は止まらない。

「恋愛脳の王が出ると、判で押したように覚悟と能力に欠ける妃を選ぶため、次代で筆頭公爵家の娘が王家に嫁入りして立て直してきた。我が娘の婚約もそうだ。この国のために婚約させた。娘には初恋の君がいたにも拘らずだ。

すまない、娘よ。お前の幸せより国家の安定を優先してしまった」

公爵が令嬢に顔を向けた。その顔には隠しきれない愁いが浮かんでいる。

恋愛脳の王家や学生にも理解できる分野は何か。恋である。だから娘の初恋に言及した。幼い子どもの淡い恋心。誰にでも思い当たることだからこそ、誰にでも刺さる。そして論理的思考に目覚めた学生たちは正しく理解した。政略結婚の犠牲になったのは王子だけではないことを。

「いいえ、お父様。公爵家の娘として政略結婚は当然の義務ですわ。国交のない他国にでも嫁ぐ覚悟はございました。初恋は叶わないもの。私の場合は夢破れるのが他の令嬢方よりほんの少し早かっただけですわ」

娘は察しがいい。打ち合わせがなくとも自然と話を合わせてくれる。

「殿下とのご婚約はかなり幼い頃ではなかったか?」

「8歳ですわね。お気の毒に。恋に夢見るお年頃でしたでしょうに」

「初恋を諦めて殿下に尽くしていたなんて……」

「子供の頃から殿下をお好きだったのだとばかり思っていましたわ。ずっと追いかけていらっしゃると……」

「あのような態度をとられても、婚約者としての義務を果たしていたとは」

「なんと気高い……」

「政略に潰された淡い初恋」という悲恋は、不発に終わった王子の婚約破棄劇場とは違い、会場に取り残された女性陣(恋愛脳)の共感と男性陣(恋愛脳)の同情を一身に集めた。脳内で一人問答をしていればよかったのに、共感を求めるあまり声に出してしまう。芽生え始めたばかりの論理的思考はまだまだ未熟だった。成人を目前にしてまだ恋に夢見ていた彼らには、公爵の想定より遥かに「初恋の悲恋」が刺さってしまったのだ。

「ふざけるな! 何が初恋だ! 浮気ではないか」

王子がアドリブで公爵令嬢に向かって叫んだ。初恋と政略という彼らの琴線に刺さる言葉に脊髄反射が起きたのかもしれない。

今宵の舞踏会が始まって初めて王子と公爵令嬢の対話が成立する。

「8歳で婚約して以来、私は家族以外の殿方と二人きりになったこともなければ、 挨拶(ハントクス) 以外で触れあったこともございません。婚約者のためにわが身を律するのは当然のことですから。公爵家では政略結婚であろうとも、いえ、政略結婚であるからこそ、相手を尊重し、恋い慕うべきだと教わります。時間をかけて信頼関係を築けば、愛に昇華することはできるはずだと。私も殿下に相応しい妃となるためにもてる時間のすべてを捧げて参りました」

「私以外を好きな時点で浮気だ! 嫌がる私に付きまとっておいて何が愛だ」

「殿下にお会いできる貴重な機会だったお茶会やダンスレッスンは連絡なく欠席され、学園でも避けられておりましたので、お手紙を差し上げたり休憩時間にご機嫌伺いに出向くしかなかったのです。それを付きまといだと仰るとは思いもしませんでした。愛は育むものだと努力してまいりましたが、私の誠意は殿下には欠片も届いていなかったのですね」

令嬢が口を開くほどに会場のどよめきが大きくなっていく。首の皮がつながった安堵と、学生ゆえの脇の甘さで歯止めが効かなくなっていた。親が近くにいればさりげなく止めただろうが、既に退出済みである。国王夫妻は置物状態で、公爵も公爵夫人も止めないためストッパーがいない。

「好きな時点で浮気というなら、身体接触も伴っていた殿下は完全に浮気ではありませんこと?」

「婚約者であってもどうかと思いますのに、婚約者ではないあの令嬢とダンスよりも近づいていらっしゃったわ」

「殿下は学園で唐突に不作法になったわけではなく、昔からそうであらっしゃったのか」

「公然と浮気していたよな、恥ずかしげもなく」

「公爵令嬢は好きでもない殿下を必死で愛そうとしていらっしゃったのに」

「気の毒すぎるわ」

「あんな才色兼備の令嬢に好意を示されて何が不満だったんだ?」

世紀の恋愛が浮気よばわりされるなんて!

王子にとっては青天の霹靂だった。心中は穏やかならず、しかし言葉は出ない。アドリブに弱い王子は台本のない舞台は不得意だった。唐突に空気を読まない発言をしては国語教師やマナー教師に厳しく添削された少年期、進んで置物化を選んで台本を読む役者になってきた。彼なりの処世術であるが、当然のように思考力が全く鍛えられていない。理不尽だと思いつつも、何をどう理不尽だと思うのか、自分はどうして欲しいのか、深く考えられなかった。ただ理不尽に責められたと被害妄想を強めていく。

そして真打が登場する。

「王子、なんと愚かなことを」

「それをあなたが仰るのか王妃陛下」

一人息子の危機に舞台に躍り出た王妃を、公爵が秒速で撃ち落とす。

「王太子に言い寄られて能力もないのに結婚して、努力をするわけでもなく王妃でい続ける貴女が。せめて死ぬほど努力してくださればよかったのに。王妃に相応しい能力もなく、それを改善するための努力もしない貴女が王妃でい続けることで、殿下もそれが王族だと勘違いしてしまったのです。怠惰な性質という遺伝だけでも苦労せざるをえない王子を、王族に努力は必要ないという間違った環境遺伝によって更に歪めたのです」

「そんな、酷い……」

王子と同じく適切な思考訓練から逃げ続けた王妃は、自身の考えを伝えることが苦手だった。二語文になっている。そもそも考えの整理もできておらず、感情を言葉にしているだけだ。

「王子殿下の何が愚かで、私の言葉の何が酷いのか、どうぞ具体的に仰ってください。そうすれば殿下も私も改善できるかもしれませんから」

「そんなこと……」

王妃の視線が助けを求めて夫である国王に縋った。

王妃でありながら公の場で自身の考えを述べることもできない。もしもの時は王妃となる存在として選び抜かれた公爵夫人とは教育も質も格が違っていた。

「第二妃ならなんとかなったのに、国王陛下が妃は一人だけと抜かすからこの様だ。王妃にふさわしくない娘と結婚したいなら継承権を放棄してくれれば真の純愛だったろうに。なあ、従弟殿よ。相応しくない王妃を選ぶなら何故王籍を返上しなかった? 王妃の分まで血反吐を吐いてでも働かなかった?」

最愛の王妃が非難されている。止めなければ。置物を極めた王がついに立ち上がった。話の矛先を王妃から替えようとするが、王子と同じく思考訓練が足りないために、よりにもよって最悪の言葉を選択した。

「公爵は王位を望んでいたのか?」

「私が王位を狙っていたなら貴方は王になっていない」

王妃と王子のために全力で立ちあがった国王の渾身の問いも公爵に秒速で打ち返される。はったりでもなんでもなかった。公爵なら継承法の変更くらいお手のものだったろう。継承法を変更して王位を継いでいれば、今こんな目にあっていなかったのに。辣腕の公爵ですら10年後の未来は読めなかった。

「王位を狙っていないからこそ国王陛下を支え続けたのだ。問題ばかり起こす 従弟(じゅうてい) 夫妻と 従甥(じゅうせい) をな。

私たちの世代でも国王夫妻に感化され愛に生きた愚か者が続出した。伝染病に指定すべきだったよ。国ごと感染して恋愛脳で滅亡する前に。今この場にいる学生たちの数を見るに、次世代の未来も楽観視はできない。『政略を越えた世紀の恋愛』の悪影響を食い止めるために、大臣から末端の公務員まで一丸となって対策に取り組んだというのにこれだ。学年が違えば影響がかなり薄まることだけが幸いだ」

言われてみると、すでに学園を卒業し成年貴族として参加していた兄姉たちは軒並み両親と一緒に退出していた。連れて行ってくれよ。内心だけでなく泣きそうになる学生たち。親と違って貴族標準の厚い面の皮もまだ備えていない。弟妹はまだ参加資格がなかったので影響は不明だが、汚染されていないことを祈るばかりだ。

「だが、学生諸君は引き返せる。幸い、殿下以外は少なくとも公の場で一方的に婚約破棄など宣ってはいないだろう。内々にしでかした者はいるかもしれないが、内と外の差は大きい。内々なら重傷ではあっても致命傷にはならない」

学生たちの生存が確定した。

安堵のためか、ひとりの令嬢がとうとう失神する。つられるように近くの令嬢が次々と倒れていく。失神した令嬢たちを会場外に連れ出すべく周囲の学生が動き出すが、どう見ても一人に対して連れ添う人数が多すぎた。

「親友なので」

「婚約者だから」

「従妹なので」

「寄親ですので」

「淑女を助けないなど紳士としてありえないので」

遅かりしも先人に習って大脱出を始めた学生たち。侍従長の目配せを受けた使用人が彼らを大広間の外に誘導していく。公爵による赤点補講はぎりぎり合格となった。