作品タイトル不明
国王一家の敗走中
「意外だな。学生諸君が王家と我が公爵家の関係を認知していたとは」
それでなぜこんな茶番劇を?
言葉にせずとも伝わる公爵の詰問に学生たちの背に汗が滴った。肌着が吸い取れる限界を超えている。
「諸外国の大使方を前にここまで国の恥をさらしてしまうとは、王立学園の教育課程はもとより国の教育政策も根幹から考え直さなくてはならない。法の整備に続いて教育改革、大仕事だな」
教育近代化待ったなし。王立学園のカリキュラム改変に闘志を燃やしていた文部大臣も、法務大臣と並んで歴史に名を残せそうである。過労死しなければ。ぜひ労働環境も近代化願いたい。
「だが、君たち学生の過ちを公職に就く成年貴族と同等に扱うのも酷だろう。君たちは確かに今宵をもって成年を迎える予定だが、その証となる国王陛下の祝辞はまだ行われていないのだから」
一部の学生が生気を取り戻した。
このまま会場に留まれば学園卒業の資格は得られるかもしれないが卒業後の進路はない。留年は不名誉だが、文部大臣が死に物狂いで作成するだろう新カリキュラムをもう1年受ければ、本来の予定より遥かに格下であっても就職できる可能性は残る。わずかな可能性であっても、どちらを選ぶかなど自明の理だった。
多少冷静になった頭で考えると、今回の件はあまりにも咎人が多すぎる。全員に厳しい沙汰をくだすのは難しいはずだ。公爵につるし上げられた重鎮を全員降格などしたら国政が麻痺しかねない。現実として一罰百戒を選ぶしかないはず。問題はその一罰が誰にいくのかだ。王家は確実。残りの候補はこの杜撰な断罪劇をしかけた王子の側近候補あたりか。群衆役に過ぎない我々の首は皮一枚で繋がっているのでは? 考えろ、今打てる最善手を。今から急病になるか? 今からかかれる自然な病はどれだ? たいていの病は成年貴族らが退出の言い訳に使ってしまった。貴族たるもの危急存亡の 秋(とき) のために持病の一つや二つ用意しておくべきだった。いっそ国王がこのまま人事不省になって退出してくれれば……。
学生たちが不穏さを隠しきれない視線を上げるも、公爵と目が合ってすぐに下げた。
「顔を上げたまえ、諸君。これから私が語ることは国の恥ではあるが、成人前に君たちも理解しておくべきことだ。王家の体面を 慮(おもんばか) り、学園で事実を教示してこなかった我々の怠慢がこの国辱を招いた。各家の情報格差、教育格差を埋めるための学園だったというのに、これでは本末転倒だ。それは必ずしも君たちだけの責任ではない」
風向きの変化を察して、そろそろと顔をあげる学生たち。
「皆も承知の通り、我が国は男系長子相続を絶対とする国だ。そして王制には珍しく国王の恋愛結婚が多い。一部では愛の国と揶揄されるほどに。それは間違っても賞賛の言葉ではないのだ」
愛の国。語呂はなんだか素敵。なのに「政略を越えた世紀の恋愛」と違って聞いたこともない。不穏だ。遅ればせの生存本能がようやく警告を発する。だいぶ鈍いがその直感を大事にしろ。貴族たるもの常在戦場である。
「男系長子相続の国で、第一王子に国王たる資質が欠けていたらどうなるか? 君たちも想像できるだろう」
皆の目線が自然と王子に集中する。あと、国王。
「第一王子が有能ならいいが、そうでなければどうするか? 代々の第二王子が婿入りまたは養子に入った筆頭公爵家が国政を動かす。第二王子不在の世代もあるため、公爵家嫡男は王と王太子が健在であっても王子に匹敵する帝王教育を受ける。不測の事態に備えるとはそういうことだ」
今度は目線が公爵家嫡男に集中した。さすがは最後まで残った空気の読めない学生たち、腹芸ができなさすぎである。
「我が国の王族における王の資質欠如にもっとも多いのが恋愛脳だ。言葉の通り、国政より自身の恋愛感情を優先する疾患だ。発症すると、厳然たる契約である婚約も国内の序列もすべて破壊する。具体例をあげると、幼い頃より王妃教育を修め、外交、社交に明るい高位貴族令嬢との婚約を解消し、学園で出会ったそれまで王子の交友範囲にはいなかったがゆえに目新しいだけの下位貴族令嬢を正妃に据えたりする」
学生たちの目線がまた王子と王に戻る。あと王妃。
「第二王子以降に恋愛脳が発症するならまだいい。筆頭公爵家が頼りなくても王家が健在ならどうとでもなるからだ。だが第一王子が恋愛脳なら話は別だ。恋愛脳の王子に真面な判断など求めるべくもない。恋愛が少しでも絡めば対応をことごとく誤るからだ。国内貴族でも問題だが、他国の王族・貴族を相手に真実の愛を発症して追い回したり、当事者とはならなくとも相手の自由恋愛を後押しして婚約や婚姻を破壊してしまったら国際問題になる。
王妃も同様だ。下位貴族の令嬢が簡単に習得できるほど王妃の仕事は甘くない。その言葉選びひとつが、国内貴族の勢力図を書き換え、外交においては最悪戦争の火種となる。
だからこそ恋愛脳の王子が王位に着く場合は、元老院の裁決を経て筆頭公爵による王権の代行が決定する」
学生たちの目線が王に集中した。絶対されてますね、代行。
「現王陛下も恋愛結婚であることは、国民の誰もが知っているだろう。なんせ『政略を越えた世紀の恋愛』だ。次世代が王子一人にも拘らず、王妃以外を娶らず第二妃が存在しない。これこそ純愛だ。だが、次世代を複数残すことも王の責務のうちなのだ。諸国との婚姻政策をなしとしても、たった一人の王子にもしものことがあればこの国はどうなる? 王妃が多産なら問題ない。しかし一人しか望めない場合は第二妃を奏上することこそが王妃の義務だ」
たった一人の王子にもしものことがあれば、王位継承権第2位の筆頭公爵が即位するのだろう。むしろ積極的にそうしてほしい。この期に及んで一言も発しない王への不安は我が国最高峰より高くつのっている。
「残念ながら恋愛脳の王は恋愛脳の王妃と結婚する。恋愛脳でなければ、教育も受けていない、能力もない、努力も続けられない人間が、一国の王妃になろうとは考えないからだ。辞退するか、血反吐を吐いてでも努力するかだ。恋愛脳の場合は辞退もしなければ努力もしない。出産も努力しないし、第二妃策定の努力もしないことで分かるだろう。よって王家の出生率は低い。
その補填で、我が筆頭公爵家は第二夫人を娶ることが義務となっている。婚姻政策には複数の子が必要だし、いつもいつも身分も国籍も越えて恋に落ちる王のせいで、外国に嫁いだ王女の子孫らに継承権を主張されかねないから」
なけなしの王家への敬意も剥がれ落ちた公爵が、身も蓋もなく内情をぶちまける。
突然変異による恋愛脳ならまだしも、代々恋愛脳を多発させる家系が王家で在り続けられたのは、公爵のような逸物も頻出する家系だからである。現公爵も各所の舵取りに苦労しつつ、正妻をたて、第二夫人をたてて、家政と国政を切り回してきた。筆頭公爵家の義務も果たして子沢山。それでいて異母きょうだいの仲もいい。公爵の涙ぐましい努力の賜物である。
虚飾を剥ぎ取られた王家の真実に学生たちの表情が死んでいく。ああ、筆頭公爵家の皆さまの無表情ってそういうこと……。
学園で「政略を越えた王子の純愛」を称えてしまった学生にいたっては貧血で倒れそうである。気絶すれば地獄の舞踏会から逃げられるのに抵抗してしまう。どうしようもなく空気が読めない。
現実から逃避すべく学生たちの頭にとりとめもない雑事が浮かんでは消えていく。
これは末端貴族は聞いてはいけない話ではないか? 聞いていなかったから大惨事を引き起こした。静聴します。
そういえばうちの国の直系王族は極端に少なかった。子が少なくても第二妃がいないことが多いからだね。笑えない。
男系長子相続なんて止めればよかったのに。それはそれで血みどろの継承争いが勃発しかねないか。軽い神輿を担いで能臣が実務を担当するほうが平和だったんだろう。でも軽すぎる神輿は斜め上に吹っ飛んでいった。筆頭公爵家ってものすごく重いのにな。
二代続けて安定の恋愛脳とか、王家には何か呪いでもかかってるのだろうか。おそらく遺伝という呪いだな。恋愛脳が次男以降に出た世代は平和だったに違いない。国王が真面なんだから。
どうしようもなく空気が読めなかった学生たちに論理的思考が芽生えていた。