作品タイトル不明
おまけ 起草者の迷走
「ごめんなさいね、あなたにこんな苦労をさせて」
長年の病に負け父が亡くなった時、我が家に残されたのは母と私と家と爵位、本当にそれだけだった。仮にも子爵家だというのに、爵位目当ての男爵や商人すら寄り付かないのだから、我が家にいかに何もなかったか、わかろうというものだ。財産をすべて父の治療につぎこみはしたが借金もなかったのは不幸中の幸いだった。来月の生活費もないけど。
「苦労なんて誰かに聞かれたらどうするの、お母さま。王子殿下の側近候補なんて、なりたくてもなれるものではないんだから感謝すべきよ? この仕事のおかげで王立学園を辞めないですむんだから勉強が得意で本当に良かった。それに王子殿下と公爵令嬢の伝言係なんて、身に余る光栄だわ。本来なら顔もあわせられない殿上人でしょ」
王室始まって以来の異性の側近候補。
それが不仲な婚約者を遠ざけるための殿下と側近たちの稚拙な策略だと知ったのはすぐだった。
殿下は婚約者に伝言などしないし、公爵令嬢はご自分で朝昼夕に殿下のご機嫌伺いに現れるのだ。私の存在意義ある? 殿下が令嬢に「用があるなら伝言係を通せ」と言うためだけの役職だった。正直、令嬢に申し訳なくて胃が痛い。嘘です。お腹がすきました。朝ごはんが食べたい。
「殿下、おはようございます」
「用があるなら伝言係を通せ」
朝の挨拶を伝言する意味ある? 公爵令嬢がおはようございますと仰っていましたと伝えろと?
「殿下、ごきげんよう」
「食事中だ。伝言係に言え」
食べるなよ。婚約者が来るのを待てよ。なに、側近たちと食べてるのよ。側近どもも気まずそうにしてないで進言しろよ。
いけない、殿下と側近たちの下町言葉もどきがうつってきたわ。下町に行くわけでもないのに下町言葉って不良ごっこなの? 安全な学園で悪ぶったところで意味あるの? お手製ゲームブックを作ってみんなで勇者ゲームするの、そんなに楽しい? 学園が作ったツリーハウスに秘密基地を作り、管理された温室で探検ごっこをしている初等部の男の子と変わらなくない? 昨年まで初等部だったのだから仕方ないのかな?
男子は女子より成熟が遅いというけれど、殿下と公爵令嬢では精神年齢に10歳は差がありそう。まるで大人と子供だわ。殿下は融通が利かない公爵令嬢に付き合わされて迷惑だと言わんばかりの態度だけど、我慢しているのは令嬢のほうですよ。
初めこそ殿下の側近の紅一点ともいえる立場を羨む者もいたけれど、嫉妬はすぐに同情に変わった。私の扱いを見れば一目瞭然ではあるが、それでも嫌がらせを受けなかったのは公爵令嬢が第二妃候補の令嬢方に私の役目を説明してくれたかららしい。
失礼ながら殿下には勿体なさすぎるご令嬢だ。第二妃候補の方々も。将来の王妃候補に第二妃候補だから、女生徒の中でも特に大人びているのは当然か。殿下と側近方も、将来の王とその側近候補なんだけど不安しか感じない。
「側近って思ったのと違いました」
「あら、殿下のお傍にいる方は皆さま側近候補であって、側近と決定した方はいらっしゃらないわよ?」
衝撃の事実発覚。
私以外もみんな側近ではなく側近候補でした!
えー、なんか偉そうに雑用を全部押し付けてくるのに、同列の候補でしかないの? 今度から断ろう。侯爵伯爵がなんぼのもんか。みんなスペアの次男三男四男じゃない。子爵家でも私は総領娘だっての。財産ないけど。持参金がいらないからいいのよ。
「あなたが側近候補に選ばれたのは、成績優秀であることも理由だけど、子爵家の総領娘だから間違っても殿下とどうにかなることはないという学園側の意向だと聞いているわ」
加えて家が貧乏で学費を無料にしたら、ほいほい言うことを聞くからですね。わかります。心優しい公爵令嬢はそんなことは言わないけど、学園の経営陣の思惑など見え見えすぎる。
はー、どうしてうちみたいな没落寸前の子爵家にお声がかかったのかよく分かった。だってお金に困っていて辞められないもんね。候補でも何でも給与が出るならやりますよー!
私はあくまで学園が用意した学内側近候補なので、王宮でまで側近をやらなくていいのは幸いだ。ほんともう、あの悪ガキノリ、きつすぎる。
「勝手に会いに来るな。私に用があるなら伝言係を通せ」という定型伝言を持っていくたびに、公爵令嬢がお茶と茶菓子をふるまってくれることだけが毎日の癒しだ。
毎日言わせるなよ、定型文。伝言ってそうじゃないだろ?
でも茶菓子はカロリーも高くて腹の足しになるし、珍しいお茶も飲めるし、令嬢方は私ごときでは知るはずもなかった色々なことを教えて下さるし、殿下と側近候補たちがいなかったらいい仕事なんだけどなー!
あ、殿下がいないと仕事がなかったわ。
帰りにお土産の茶菓子を持たせてくださるのもポイント高い。惚れそう。私、女性が好きなのかしら? 殿下も側近候補どもも基本スペックは高いのだろうけど、惚れる要素がひとつもない。むしろ男性に幻滅する一方だ。結婚できなかったらどうしてくれる。どこかにお金を持った大人の男性落ちてないかなー?
3度目の春が来て、元から残念な殿下の頭にお花が咲いた。
「今日はこんな可哀想なことがあったんだよ」
「まあ、かわいそうですね」
「そうだろう」
「本当にかわいそうです」
「だから私が花をあげたんだ」
「わあ、殿下はおやさしいですね」
花畑が見えるわ。ここは学園内の王家のための特別室で、室内なのにおかしいわね。
唯一調度品のない側の壁の前に立ったまま、お花畑を見つめる。
なんだろう、幼児が話してるみたい。え、同じ年よね? え、私がおかしいの? 頭がおかしくなりそう。公爵令嬢にお会いしたい。令嬢方の優雅で知的な会話をむさぼるようにあびたい。成績が下がりそう。
自称側近たちも役に立たないな。秘密基地を侵す女がいるんだから追い出しなさいよー!
「殿下の立太子が延期されたわ」
「は?」
あ、公爵令嬢に「は?」なんて言ってしまった! 殿下方に毒され過ぎよ。
「大変申し訳ありません」
「よろしいのよ。驚くのも無理はないわ。15歳で立太子式が行われないなんて異例だもの」
まったくね。理由は多分あれだろうけど。頭にお花が咲いてしまったら、王太子にするのは躊躇しちゃうよね。まあ、立太子延期なんて大恥だし、これで殿下も大人になるでしょう。
「肩の凝る式典が延期になったんで気が楽になった」
大人になってなかったー!!! いっそこのまま安楽になってくれます? いや私の仕事がなくなるから学園卒業までは長生きしてください。でも公爵令嬢にはご負担よね。悩ましい。公爵家で雇ってくれないかな?
「そうですか?! それは良かったです」
側近候補の一人がバグっている。焦ったんだろうけど良かったはまずいでしょ。気付いて汗だくになっているわ。あいつも長くないな。
側近候補と言う名の伝言係になって早3年、どうして殿下の側近候補に全くときめかないのか、よく分かった。殿下と同レベルで遊べる人しか残らなかったからだ。
誰もが童心にかえって無心に遊べるわけではないし、たまには良くても連日はきつい。殿下はあれでいて、すごく察しがよくて、男の子の遊びに飽いた男子の楽しそうなフリを見抜いてしまうのだ。私の目にはみんな、すっごく楽しく遊んでいるように見えるんだけど。
殿下が「バカにするな」と言うと、側近候補が一人減るのだ。
辞めた人が学内カフェで婚約者といちゃいちゃしていたら察しもする。色づいた男から抜けていくのね。お年頃だから仕方ない。これからは側近候補の入れ替わりも増えるかもしれない。というか、入って来る人がいるのかしら?
よく考えたら初等部からいた殿下の側近候補って単なる遊び相手だったのでは? 男の子のやる集団遊戯のために沢山いただけで。だって側近候補って普通はもっと将来を見据えた感じの布陣じゃない? 護衛候補、軍人候補、文人候補って感じで。殿下のはなんか違うわよね? 悪ガキと手下?
そんなこんなで殿下だけは永遠の初等部生かと思ったけど、色づくを通り越してお花畑になったのは驚いた。こうなると側近候補が減ってよかったのかもしれない。ただでさえ野郎どもの体がどんどん大きくなって広いはずの部屋が狭苦しく感じるのに、この上さらに局地的には暑苦しいとか嫌すぎる。花畑は春じゃないの?
それにしても恋をしたなら精神も大人にはなってほしいものだ。誰とは言いませんが公爵令嬢に土下座して人生をやり直してください。
ある日、伝言の中身が変わって、公爵令嬢が食堂に来る前に「子爵令嬢と食事をするので来るな」と伝えるようになった。おかげで公爵令嬢に無駄な時間を取らせなくなったのはいいけれど、そんな言葉を復唱する私の身にもなってほしい。2回目からは「昨日と同じです」で済ませた。
公爵令嬢が昼食に誘ってくださるようになって最高です。お茶菓子も美味しいけど、やはり食事が一番だわ!
公爵家は絶対にうちの経済状況まで調べつくしてるわね。さすがにわかる。毎回公爵令嬢のおごりだし。公爵家に惚れそう。家って擬人化したら男性なのかしら?
「来年には卒業だというのに、まだ立太子の予定が立たないのは流石にまずいのではないか?」
「それはそうだが、肝心の殿下が子爵令嬢に夢中だしな。子爵令嬢と別れないかぎり王太子 冊立(さくりつ) もなさそうだ」
「公爵令嬢の父上は筆頭公爵閣下だからな。閣下が止めていらっしゃるのなら俺たちに出来ることはないな」
「子爵令嬢と別れさせようとしたら、すぐに側近候補を首になるだろうしな」
「ここまで耐えたのにここで首とか、時間を返してほしいわ」
「そろそろ親もうるさくなってるんだよな」
「うちも側近を辞退しろって」
この二人、今頃気が付いたのか。殿下がお花畑入りした時に気づけ。でも、みんなそれなりに大人になったのね。なんで年の離れた弟が成人した姉の気分になってるのよ私は。一人娘だっての。
あと、その話は隠れてしろ。今はお花畑はいないけど私がいるでしょうが。容赦なく公爵令嬢に報告するわよ。いつも人のことを使用人扱いしているから目に入っていても内緒話なんてしてしまうのよ。彼らに出世はないな。ざまあみろ。
「どうしようもないよな」
「早くに抜けた奴らが正解だったか」
「そうだ、ゲームブックを作ってみよう」
「今さら? 殿下ももうゲームブックで遊ぶような年じゃないだろ?」
「15歳まで遊んでいたのもかなり遅いぞ。そうじゃなくて、殿下ってかなり記憶力がいいだろ?」
「応用は全く出来ないけどな」
「おい、不敬だぞ」
「丸暗記した祝辞をカンペなしで述べている時とか、未来の名君を見た気になるよな。あれで毎年新入生が騙される」
「だから! その記憶力を生かしてもらうんだよ。今の殿下のままでは公爵閣下に認められることはないだろ? でもゲームブックで正しい婚約者への態度を場面ごとに例示すれば、応用の苦手な殿下でも会話が成り立つというか」
「殿下がのるかな?」
「やらないよりはましじゃないか?」
「なんにしてもこのままではダメだしな。やるだけやってみるか」
迷走しすぎだろ。婚約者交際ゲームブック。絶対に子爵令嬢向けに使うわ。そして彼らの忠誠心が折られて、ましな側近候補からいなくなる。私にはわかる。
側近候補たちの作った婚約者交際ゲームブックは案の定、子爵令嬢との交際に活用され、彼らの忠誠心は粉々になった。
ドレスを贈ったり宝飾品を贈ったりと不貞相手でなければ微笑ましい交際がどれだけ彼らの心を折ったのか、殿下も子爵令嬢も法務大臣の孫どもも、わからないだろう。いや、孫はわかってそうだから余計に 質(たち) が悪い。
ところで、その贈り物のお金どこから出てるんですかね? まさか婚約者予算じゃないだろうな? と公爵令嬢に報告したら、公爵家調査の結果、殿下の個人資産から出ていたそうな。よかった。いや、全然よくはないけど。婚約者に贈れよ。
そして誰もいなくなった。
……なら良かったけど、あんまりよろしくない側近候補が残ってるのよね。
法務大臣の孫とか、公爵家に対抗心抱きすぎじゃない? 法務大臣も侯爵家の当主もご祖父様であって自分は単なる孫の一人のくせに次期当主気取りか。父親嫌いなの?
学生の政治ごっこが本物の政治家相手に通用するわけないでしょうが。逆鱗に触れないうちに大人になることを推奨するね。忠告しないけど。殿下と並んで悪ガキノリの中心人物だったから嫌いだし。公爵令嬢にはきちんと報告しておくので感謝の言葉はいらないわ。たいしたこともない情報だけど、いつも奢ってくださる食事代の足しになるかな。
「これはいい! よくやった!」
「ありがとうございます。手間はかかりましたが、出来には自信があるんです」
殿下と法務大臣の孫と数人が盛り上がっている。いや、一部はちょっと引きつってるかな。
絶対ろくなことじゃないな。今度は何をしでかすつもりなのか。
「殿下、その本はそんなにすごいのですか?」
「ああ。これさえあれば公爵令嬢をぎゃふんと言わせられる」
ぎゃふんと言わされそうな予感しかしない。
「すごいですね」
「ああ、すごいだろう。試しにやってみよう。おい」
「はい。殿下、未婚のご令嬢と過度に接触するのは控えたほうがよろしいかと」
「おい」と言えば「はい」と言う。法務孫が公爵令嬢の真似(まったく似てない)を始めた。嫌な阿吽だな。
殿下がぺらぺらとゲームブックをめくる。めくる。……めくる。
該当箇所をなかなか探せないんだな。うん。
「あった! 醜い嫉妬はやめろ。お前の心が嫉妬にまみれているから、ただ隣にいるだけで過度な接触に感じるのだ」
困っているだけで嫉妬なんかしてないだろ。殿下を真似たとんちき学生たちが修羅場を繰り広げて公爵令嬢の手を煩わせてるんだよ。
それに「お前」だと! 殿下でも失礼なのに法務大臣の孫め! 殿下はそのまま読んでるだけなんだから、お前が書いたんだろうが、お前って。無礼千万、許しがたい。
「ダンスでもありませんのに、体に触れるのは過度な接触でしょう」
続きやるのかよ。その裏声気持ち悪いわ。せめて隣の子爵令嬢にやらせろよ。絶対にあの気品を再現できないけどな。この公爵令嬢にいただいた茶菓子をかけてもいい。
「危うく転びかけた彼女を支えただけだ。人助けに文句を言うとは恥を知れ」
お前が恥を知れや。
今度は返答が早かったのは会話の続きの選択肢があったからか。ゲームブックだし。
公爵令嬢と会話するたびにアンチョコを取り出して調べてから言い返すのか。どこの猿芝居よ。
でも殿下は記憶力だけは確かだから、あの程度の本、丸暗記してしまうんだろうな。そして公爵令嬢の警告に、一見筋の通った返答をしているように装えると。
入学式の祝辞と同じく新入生が騙されちゃうな。殿下は頭がきれる人だって。詐欺すぎる。
ろくなことしないわ、このどら孫め。気が重いけど公爵令嬢に報告しておかないと。今日のお茶菓子、何かなー。
「は?」
また公爵令嬢相手に「は?」なんて言ってしまった。
「謝らなくていいわ。気持ちはわかりますもの。殿下は私にドレスも贈ってこないし、迎えの予定もないの」
「記念すべき人生初の舞踏会ですよね。慣習的にはこれで成人と認められる」
「その舞踏会よ」
「婚約者ですよね」
「解消はされていないわ」
「ありえないーーー!!!!」
なんとかせねば!
殿下が地獄に堕ちるのは構わないが、記念すべき成人舞踏会で公爵令嬢に恥をかかせるなんてありえない!!
しかし、あの殿下の頭に真っ当な忠告の入る余地はない。どうすれば、あのお花畑どもに理解できるのか?
そうだ、ゲームブックだ! ずっと慣れ親しみ、今も書き足しては活用中のゲームブックなら殿下も読むに違いない。婚約者への礼儀や道理を説いたら頭が拒否するだろうから、恋愛ものにすればいけるだろう。ゲームブックなんて作ったことないから小説なら書けるかな?
あと一週間、何が何でも常識を殿下の頭に叩き込んでやる!
「公爵令嬢、私、がんばります!」
「? がんばってね?」
「はい!」
眠い。だが書き上げた。書き上げたのだ。明日の夜に舞踏会。ぎりぎりにも程がある。
殿下をお迎えに来る侍従殿が協力してくれたので、学生の手慰みを越えるリアリティあふれる貴族社会となっているのは間違いない。
前半はとんちき王子の婚約破棄劇場、後半は大人たちによって前半の愚かな言動が全て間違いだと突き付けられ、王子と浮気相手と側近が法で裁かれる。これを読めばお花畑の住人でもわかるでしょう!
眠い。死ぬ。
「諸侯たちに告げる! 今、この場を持って、第一王子たるこの私は、公爵令嬢との婚約を破棄する!」