作品タイトル不明
王子付侍従と起草者の完走
ある日、目を覚ますと白を基調とした簡素でありながら高級とわかる寝具に寝かされていた。
「ここはどこ? 私は誰?」
「まあ、やっと目が覚めたのですね。体を起こせますか? ゆっくりとですよ?」
そこは王宮の医務室で、舞踏会から2日もたっていた。
目の下に隈を作って舞踏会場で立ったまま気絶していたから、おそらく寝不足だろうけど念のためにと、全く目を覚まさない私をずっと経過観察してくれていたそうだ。ありがたい。
そして今はお粥を食べている。王宮はお粥まで手が込んでいて豪華だ。味が違うお粥が3種類も出て来た。ひとつは卵粥で、半熟の卵が目の前でどんどん固まっていく。半熟から完熟まで味わえて一椀で二度おいしい。次は梅粥でさっぱりした酸味が卵で生き返った胃を優しく整えてくれる。これはきっと高級南高梅。最後は軟らかく煮こまれたひき肉が入った甘めのお粥で、動き出した胃の熱い要求に完全に答えてくれる。王宮料理人ぱねえ。
「美味しかったです。こんな豪華な病人食、初めて食べました。ご馳走様でした」
「気にしないで。私も助かったのよ? あの地獄の舞踏会を最速で抜けられたんですもの。あなたの介助を頼んできた王子付侍従なんて、死んだ魚の目をして残ったわ」
私を助けてくれたのは侍従殿だったのか。いい人だったもんな。殿下の侍従にはもったいない。
「今、王宮は大変なことになってるのよ」
ですよねー。食事に集中することで明鏡止水を実現して思考から追い出しておいたけど、そろそろ現実と向き合わないといけないようだ。医務室のお姉さまが細かく説明してくれる。
なんと、すでに殿下は只人になっていた! 早い、早すぎる。公爵家ぱねえ。殿下ざまあみろ。そして私は無職。明日のごはん、どうしよう? お母さまは食べたかな? 心配してるだろうな。
「貴女のことは公爵閣下から指示が出ているの。これを読んで」
高級な封筒を開けると高級な便箋が出てきて、走り書きだろうに流麗な文字が躍っていた。ゲームブックで遊んでいる殿下とは違うのだよ、殿下とは。
・今回の騒動について個別に聞き取りをするので、別途指示があるまで王宮で待機すること
・聞き取りが終わるまでは世話人以外の他者、とくに王子殿下および側近、侍従とは接触しないこと
・体調が戻らない場合は医務室での待機を認める
・ご母堂には連絡済
ですよねー。無職どころか容疑者ではないの。薄々は気づいてた。接触禁止って口裏を合わせないようによね。侍従殿にお礼も言えないのか。お母さまにも連絡するなってことよね。心配してるだろうな。
「そんなに落ち込まないで。公爵閣下はきっと貴女を責めたりしないわ。冷たい方だと思われているけど、とても慈悲深い方なのよ。失敗しても一度はやり直す機会をくださるの」
「殿下は一発で 只人(ただびと) になりましたけど……」
「あれは仕方ないわ……」
お姉さまもかつて王宮で大失敗して一発で首を宣告されたけど、公爵閣下が医務室に移動させてくれて仕事を続けられたとか。医療の知識はなかったけど、病気の弟のためにどうしても仕事が必要で頑張ったそうだ。わかる、王宮ほどの高給取りはないですよね。医師からも貴族女性の世話をできる人がいて助かると感謝されているとか。男性だけだと色々問題あるよね。王宮にいる人なんて大抵貴族だし。
心優しい公爵令嬢は公爵閣下に似たのね。いいなあ、優しいお父さま。私の覚えている父はいつも苦しそうだったから。
「呼び出しがかかるまでここにいるといいわ。寝不足はすぐには解消しないんですって。食欲があるから、夕食はお粥でなく普通の食事を頼んでおくわね」
「お願いします!」
来た! とうとう来た! お呼び出しだ!
というか早い。まだ3日目よ。もっと清潔で寝心地のいい寝台を堪能したかった。これが最後の別れだなんて悲しい。殿下のあの発言は間違いなく私の草稿をそのまま読んでいた。次は牢屋かもしれないんだから、あと1年くらい病人でいたかった。
もしかしたら子爵位も返上になってしまうかも……。ごめんなさい、お母さま。
「お化粧をしましょう。病人化粧よ。まだうっすら隈が残っている病人なんだから、皆様にそれがわかるようにね」
お姉さまたち、優しい。王宮女官の皆様が集まって渾身の化粧をしてくれた。舞踏会の夜なみに隈が濃くてまさに病人。さすが王宮女官、化粧技術もぱねえ。舞踏会で私がやった隈隠しなんてまさに児戯だった。廊下で落ち合った侍従殿がぎょっとしたのが忘れられない。
元気ですよー。その節はありがとうございました。医務室を出るときからずっと見張りがいるから言えないけど。侍従殿のほうが病気ですよね。私と違って化粧ではないだろう。
残念ながら王宮女官渾身の化粧も公爵閣下には見破られている気がする。
「そちらの女学生は、殿下の側近で唯一の女性だね。娘との連絡係とするために異例の女性側近候補となった」
「ふぁいっ!」
噛んだ! 初っ端からやらかした。もう終わりだ。死ぬ。お母さま、ごめんなさい。先立つ不孝をお許しください。
「西方の銘菓は好きかね?」
「ふぁい! ……はい?」
ああ、また、噛んでしまった! ……銘菓? 公爵令嬢の御墨付のお菓子? 緊張し過ぎてお腹空いてきたし、この部屋でお腹が鳴ったら、お姉さまたちまで連座されてしまう。頂くしかない。
「とても美味しいです、公爵閣下。カラメルより甘いのに後味がさわやかで、ほのかに香る柑橘の香りが橙色と相まって酸味まで感じられる気がします。形が楕円形なのも異国の柑橘を模しているのでしょうか」
流石は公爵家。おいしい。公爵令嬢のお茶菓子の出どころだけある。学園での小茶会だから学園のお菓子かと思ったら、なんと公爵家から運び入れていたのよ。さすが高位貴族は格が違うわ。
「それは良かった。残念ながらこの銘菓が模している果物は足が早くて輸入できないのだよ。私も見てみたいのだがね。この銘菓もあまり数が出ないのだが、娘に頼まれるとついつい手を尽くしてしまうんだ。世の父親と言うのは娘には甘いものだ。私も娘には弱くてね」
父親は娘に甘い。それは私に向けて言っているのだろうか。きっとそうだろう。私の家庭状況などとうにご存じのはずだ。元気で生きていたら、お父さまもお菓子を沢山食べさせてくれたんだろうか。
隣に座る侍従殿も閣下の勧めでふたつめに手が伸びている。酷い顔色で心配だったけど食欲が出てよかった。
お腹がくちくなって手が止まると、舞踏会の話になった。
「断片的には当日の殿下の動きについても聞き及んでいるんだ。ただ、どうにも因果の不明なことが多くてね。特にあの婚約破棄宣言だ。側近たちによると、確かにあやふやな計画らしきものはあったが、それにすら合致していないと、何がどうなってああなったのかわからないと彼らでさえ首をかしげている。だから君たちからも詳細を聞きたくてね」
ですよねー。私も不思議です。殿下がなぜあんな暴挙に出たのか。殿下が公爵令嬢を同伴せずに会場入りした時は、渾身の力作も花畑には届かなかったかとがっかりしたけど、子爵令嬢も同伴しなかったから引き分けだと自分を納得させたのに。
私は同伴相手がそもそもいませんけどね。財産もない、寄ってくる男子もいない。泣ける。側近候補の仕事があるから同伴者なしと言い訳できなかったら即死だった。
「君たちはなぜ、この草稿を読んだ殿下がこの婚約破棄をそのまま実行しようとしたと思う?」
閣下の質問に答えたいけどわからない。学園の試験なら答えられない問題なんてないのに。
「……わかりません。殿下には破滅願望があったのでしょうか?」
殿下はお花畑に住んでるからそうは思えないんだけどなー。侍従殿も理解できないそうだ。うんうん、常識人にはわかりませんよね。
侍従殿は国王夫妻への伝言のために控室から離れていたのか。その場に殿下と法務孫とその他が残ったと。側近候補ごときが国王夫妻の控室に近づけるわけないから仕方ないんだけど、最悪の面子を残してしまったわね。
その頃には私も、雑用担当なので殿下と同時に入場する立場にないと控室を出ていた。本当は、あくまで学園がつけた側近候補であって王宮で働く立場にないからです、と言いたかったが、仕事があるから同伴者がいないという言い訳と矛盾するので使用は控えた。
そもそも学園がつけただけの学内側近候補が王宮の殿下の控室に入れたのがおかしい。あれで殿下は私を側近候補と認識していたらしい。殿下も悪い方ではないのだけどね。いいところを全部塗りつぶすくらい、悪いところが多すぎるだけで。
それにしても両陛下、これから舞踏会なのに水菓子を下賜するって嫌がらせなの?
「ふむ。種明かしをするとね、殿下はあの草稿の冒頭の婚約破棄宣言しか読んでいなかったのだよ。大変感銘を受けて、そのまま実行したそうだ」
「……は?」
あ、公爵閣下にまで「は?」とか言ってしまった!
「はあああああああああ?!」
一拍遅れて、侍従殿の叫びが広い室内に響き渡った。これで私の「は?」は消えた。よし。
気持ちはわかります。いいえ、自惚れではなく、私より今の貴方様のお気持ちをわかる者はいないでしょう。あれはもう二人の合作とも言える作品だから。
あの小説は前半後半で二分されていて、前半は王子の婚約破棄宣言と一方的な断罪、後半は日が変わって大人が出てきて王子への断罪となる。
それはそうでしょ。貴族子女の婚約は家と家の婚約、円満解消だろうが破棄だろうが最終的には当主が出てくるのだ。子供が騒いだところで契約はどうにもならない。嘘を百回言っても法律は変わらない。独裁国家ではないのです。
だから後半は容赦なく、法と大人たちによって王子と浮気相手と側近たちが裁かれる。廃嫡され、個人資産は慰謝料に没収され、生涯幽閉だ。王城の舞踏会、つまりは他国の使節の前で世継ぎが横紙破りをしでかしたらそうなるでしょう。病死にされなかっただけ 有情(ゆうじょう) だ。どれだけ国の名誉を毀損したのか、考えるだに恐ろしい。
前半の間抜けな断罪劇がまかり通ったのは、学生は成人の日なのに学生気分のままだったし、大人は常識の範疇外の事態にそれこそ演出かと疑っていたから。地の文にきちんと書いてあるからー!
割とリアリティのある設定に出来たのは、侍従殿のおかげです。
どうすれば殿下(と浮気相手と側近候補たち)に大人になってもらえるのか、毎日毎日考えて気づいたのだ。お花畑にはお花畑、恋には恋で説得するしかないと!
「うむ、私も同じ結論に至ったよ。気があうな、起草者殿」
?
??
???
横を見ると横も見ていた。侍従殿と目があう。閣下に何か報告なさいましたか? そう目線で問うたつもりだったが、多分相手も同じことを聞いている。
やたらゆっくりと侍従殿の顔が正面に向き直り、閣下に質問した。
「恐れ入りますが、閣下。同じ結論ですとか、起草者殿とか、どちらでお聞き及びでしょうか?」
「この部屋に来てから、君たちが口に出したな」
頭の中が阿鼻叫喚。地獄はここにある。悲鳴をあげたくてもあげられないのは、くしゃみが出そうで出ない時なみに苦しい。知らなかった。
「落ち着きなさい。君たちは舞踏会前からよく眠れていないのだろう。時々、声に出ていたんだよ。断片的な言葉でも、この草稿と合わせれば言わんとすることはわかるさ。不敬罪にも問わない」
恐ろしい、公爵閣下に隠し事は出来ない。さすがは公爵令嬢のお父さまです。人間も出来ていらっしゃる。
「今日は君たちを責めるために呼んだわけではないんだ。君たちが出来る限りの忠言を繰り返していたことは、普段の言動とこの草稿でわかっているからね」
やだ泣きそう。涙をこらえようとしたら、閣下の手が眩いばかりの白いハンカチーフを差し出してくださった。
うわあ、本当にこんなシチュエーションが世の中に存在するんだ。王子と側近たちを見ていたらあり得るとは思えなかったわ。お花畑で浮気相手とやってるかもしれないけど。
あまりの白さに汚してしまうと受け取るのをためらっていると、閣下が備え付けのちり紙を箱ごと渡してくれた。本当に心を読んでいませんか?
「公表されている通り、殿下は王位継承権と王族籍剥奪となった。我が娘との婚約も解消、 件(くだん) の子爵令嬢と婚約を結んだ。子爵家には跡取りがいるので婿入りはなく、無位無官の国王子息夫妻となる。今年度の成人の日は学園卒業式と決まったので、成人の日までは殿下と呼ぶことを許すが、以降は敬称の殿下も認めない」
殿下、婚約おめでとうございます。まことにお似合ですね。まさかお花畑が実を結ぶことがあろうとは、この起草者の目を持ってしても読めなかった。
お腹もくちくなったし、閣下の慈悲で物理的に首は繋がりそうだし、安心したらちょっと眠たくなってきた。この3日ほとんど寝てばかりだったのにまだ寝られるとは、人体の不思議。
「侍従長」
公爵の声がして、目の前に大変美味しかった緑茶のおかわりが置かれた。一口含んだらちょっと目が覚めたわ。未来の国王陛下にとんだ醜態をさらすところだった。
「これだけ聞けば終わりだから、がんばってくれたまえ。君たちの処分だが……」
目が覚めた! 殿下が王族籍剥奪ということは、卒業後のお仕事もなくなったんだった!
「ことは継承権および王族籍の剥奪だ。さらには国王の退位まで。誰も責任を取らないと言うわけにはいかない。そもそも王子付である君たちの仕事はすでにないんだ。殿下には侍従の代わりに政府が用意した最低限の下級使用人が専属ではなく交代でつくことになる。今後は子爵家相当の生活に早く慣れてもらわないといけないからね」
嘘! 卒業前から仕事がなくなった。残りの学費どうしよう。
「それに対外的にも殿下一人の責とはいかない。関係者はみな責任を負う。一部の侍従は免職となるし、側近の学生たちは無位となる殿下の側仕えが決定している。殿下を諫めていたとはいえ、君たち二人だけが何のお咎めもなしでは彼らの恨みを買いかねない。何より、君たちが王位簒奪のために殿下を陥れたと責める口実を与える」
王位簒奪! まずいなんてものじゃないわ。助けて、お父さま。
「とはいえ、殿下を諫めようと奔走した君たちを懲戒免職とはしたくない。今後に影響するからね。だから君たち自身の意志を問いたい」
侍従殿と私の返答がきっちり重なった。辞職します、と。
為政者に都合のいい理屈と思わないでもないけれど、閣下の仰ることは事実だろう。下手をしたら命を狙われる。学生たちよりその親に。
それに免職より自主退職のほうがいいに決まっている。もう官公庁への就職は全滅としても民間企業なら公職を退職しただけと言い張れるはず。でも今回は事が大きすぎて噂の的だろうから就職先があるだろうか。
学内側近候補なんて訳のわからない仕事を目先のお金目当てに引き受けたのが間違いだった。でも学費がなかったら学園を初等部で卒業だったからどの道つんでた。せちがらい。
「少し脅かしすぎたね。心配せずとも起草者殿以外の側近は殿下について行くから居場所はあるし、殿下は愛する子爵令嬢との婚姻も間近だから復讐など考えないだろう」
あ、殿下方の心配はしてませんでした。きっとお花畑の中で幸せに逝かれるのではないでしょうか?
くっ、殿下が浮気相手に貢いだ宝石のひとつでもくれていたら心配もしたのに。
「その親も私と敵対してまで君たちをどうこうはしないから安心していい。ただ付け入る隙を与えないために、私が表立って君たちを支援するわけにもいかないんだ」
公爵家が黒幕と思われてしまいますからね。公爵閣下は次代の王になられるのだし。
すでに用意されていた退職願に名前を書き入れる。日付は3日前になっていた。遡って退職していたことになるんですね。さすが政治家、汚い。
「2年後に陛下が退位し私が国王となる。同時に私の長男を王太子に 冊立(さくりつ) する。侍従長は続投するが侍従も大幅に入れ替わり、縁故採用で仕事に向いていなかった者たちは退職となる。人手不足は確定しているんだ。大々的に侍従を募集することになる」
2年後、侍従に応募しろということですか? 政治家と公務員の口約束なんて信じませんよ? 巧妙に言質を取られないように話していらっしゃいますね? 2年後に雇うなんて一言も言ってないし。
でも他に道もなさそう。2年後かー。2年耐えたら返り咲けるって、その2年が致命的なんですけど!
退室の許可が出たけど嬉しくない。物理的に首が繋がったし、懲役も罰金刑もないんだから、この部屋に入った時より状況は好転したのにな。
公爵閣下が残りの銘菓を年かさの侍従さんに包ませてお土産にくださった!
まったく国王陛下や王妃陛下にもこの気遣いを見習ってほしいものだ。殿下の尻ぬぐいを散々してきたのに、菓子のひとつももらったことがない。私の雇い主は学園だったけど、王立学園だったから究極を言えば陛下が頂点だし、親としてもどうなんですかー。
お土産を下げて扉を開く前に閣下からお声がかかった。
「起草者殿。君のこの草稿、私に任せてもらえないかな?」
「今回の件はこれで殿下を説得できるなどと思い上がった私の浅慮が招いたこととも言えます。いかようにもなさってください」
「では、これは私が預かるよ」
公爵閣下に、いかようにもと言ったら婚約破棄系恋愛小説が本名で出版されていた。
何を言っているのか私にもわからない。
聞き取り調査が終わってお土産を持って家に帰って、母と銘菓を楽しんでいたら出版社が訪ねてきた。あれよあれよと言う間に契約して即金で前金をもらいました。本来は処女作に前金など払わないそうですが、今回は特別だそうです。わかります。特別な方の口利きですよね。迂回して賄賂。さすが政治家、汚い。
公爵閣下に、いかようにもと言ったら本名で出版された婚約破棄系恋愛小説が大当たりしました。
何を言っているのか私にもわからない。
印税も本来はかなり後で支払われるそうですが、特別に毎月払われています。わかります。特別な方の口利きですよね。翻訳されて各国でも出版されて、印税見て死にそう。
公爵閣下に、いかようにもと言ったら本名で出版された婚約破棄系恋愛小説が舞台化されました。
何を言っているのか私にもわからない。
2年間作家活動に忙しかったです。貴族夫人やご令嬢方に大人気でお茶会に呼ばれ放題。公爵令嬢が学園でお茶をおごって下さる度に礼儀作法をそれとなく教えてくださっていてよかった。心遣いが神。
その公爵令嬢も愛読者だそうで、招かれたお茶会にいらっしゃいました。直接呼ぶのは憚られるから、第二妃候補だったご令嬢に頼んでくださったとか。もう公爵家に足を向けて寝られないわー。
なんか公爵令嬢に続いて王太子妃殿下(予定)までいらっしゃるんですけど。兄嫁でお義姉さまですしね。不思議はないですね。
もう就職も結婚もしなくてもいいかなー。
「君、子爵家の婿になる気はあるかね?」
久々に友人に誘われて料理店に行くと公爵閣下がいらっしゃって婿になるか聞かれた。
何を言っているのか私にもわからない。
友人は逃げた。気持ちはわかる。閣下の頼みを断れないよな。でも私を騙した償いはしてもらうぞ。
「その子爵家は前当主が病にふせって亡くなり困窮していたんだ。借金はないが財産もない状態で、残されたのは夫人と総領娘だけ。今は特例で夫人が子爵代行となっている。婿入り希望がない理由は、当主に短命の呪いがかかっていると噂になったからだ」
「ばかばかしいですね」
王家の恋愛脳も呪いだとまことしやかに囁かれていたな。この現代で呪いとか。遺伝病のほうがまだありうる。なるほど遺伝病なら婿には関係ない。息子に遺伝する可能性はあるだろうが、血は薄められる。成り手がいないから無職の私にもぴったりと言うことか。
「全くだ。不幸にも2代続けて早世したに過ぎない。王城保管の家系図を見ればわかる。ただ、間が悪かった。領内で質の悪い風邪が流行ってね。それが原因で財産も切り売りされ、まさに名前だけの子爵家になったというわけだ。前当主が早世したのは、その心労もあっただろう。
令嬢は昨年、学園を卒業した19歳だ。君と少し年は離れているが13歳差くらい珍しくもない。年上の男性を望んでいるので君と相性もいい」
「ありがたいお話です。ご令嬢は私の事情をご存じなのでしょうか?」
あの世紀の醜聞に関わっているのだ。子爵家の事情を考えてもいい相手とは言えないだろう。
「もちろんだとも。これは強制ではないので気負うことはない。うまくいかなくても、次の候補を紹介するだけだ、どちらにもね。会う気はあるかね?」
2年を待たずに紹介されたと言うことは、未来の侍従への応募はなしと言うことだろうか。それも仕方ない。自分が非常に扱いづらい立場の人間だという自覚はある。いつまでも引きずっていては、作家として華々しく活躍する起草者殿に合わせる顔もない。
「ぜひお会いしたいです」
「よかった。呼んでくれたまえ」
個室の隅に立っていた従僕が音もなく出ていく。さすがは公爵家の従僕、しつけが行き届いている。というか、見合い相手もここに来ているのか。さすが公爵閣下、仕事が早い。
「失礼します」
入室した女性は、私と目があうと「は?」とつぶやいた。
君を起草者と呼ぶよ
これは単なる小説ではなく、王子を説得するための宣言文だからね