作品タイトル不明
第3話 湖畔の小さな休憩地、開業準備中
翌週、俺は有給を取った。
普段あまり有休を消化していなかったのでかなり溜まっていたが、とりあえず木曜日と金曜日の二日間だけ申請をした。
週末は公休なので実質4日間スキル検証に充てられる。
そして木曜日、朝六時。
俺は東京湾岸ダンジョンの入口にいた。
背中には大型リュック。
手には折りたたみ式の荷車。
中身は、安物の資材ばかりだ。
防水シートに簡易のポール、折り畳みの椅子や、小型の浄水器、キッチン周りの資材や工具、解体用具、魔導ジェネレーターなどを荷車に載せている。
大手企業の店舗とは比べ物にならないが、一人で持ち運べるには限界があるし、何よりも危険なダンジョン内での移動だ。
すぐに応戦できる余裕も残しておきたい。
それに検証が上手く行けば、もしかすると資材は置きっぱなしでよくなる可能性もある。
「……よし」
俺は十階層へ向かった。
途中に寄ったダンジョン都市は、大手店舗の看板が並んでいて、今日も相変わらずの活気がある。
『第十階層公式休憩ステーション』
『探索者食堂・ダンジョン亭』
『東京ダンジョンマテリアル臨時買取所』
『装備メンテナンス三十分受付中』
人も多く、探索帰りと思われる探索者や、荷物運搬業者、素材を運ぶドローンやギルド職員の姿も目にした。
この周辺に個人が店を出すのはまぁ無理だ。
空きもなければ、資金もない。
そもそも個人で割り込める場所ではない。
俺は広場を抜け、湖の北側へ向かった。
そしてダンジョンに入場して四時間ほどかかったが、無事、昨日スキルを入手した湖畔の傍にある草地へと到着した。
いくらレベルで強化された肉体であっても、あれだけの重量物を運ぶとなると相当に疲れる。
着いた頃には汗だくになっていて、息も少し上がっていた。
だが、湖畔の草地に立った瞬間、疲れが少し軽くなる。
ここはやっぱり、悪くない。
水源が近く木陰もあり、風も通る。
一番の問題は、安全ではないことだが、俺のスキルがそれを解消してくれる。
今日の検証は、俺のスキルがその問題をどこまで解決できるか、である。
【休憩地】
足元から淡い光が広がる。
前回より、少し広く半径六メートルほどあった。
中心点から木々が半分入る程度の場所に、休憩地スキルを展開している。
俺はその中心に、折りたたみ式の収納ボックスを置いた。
まずはタープだ。
防水シートより少し厚手のものを広げ、伸縮ポールを二本立てる。
反対側のロープは近くの木に結び、ペグを打って張りを調整した。
湖からの風が抜ける向きに、布の屋根が斜めにかかる。
日差しは遮れるが、景色は塞がない。
次に折り畳みローチェアを二脚置いた。
中央に小さな折りたたみテーブルを設置して、木と木の間には、持ってきたハンモックを吊った。
奥には地面から少し浮く簡易コットを置き、その上に薄手の毛布を広げる。
横には携帯コンロ、風防、鍋、折りたたみ式の水タンク。
まな板代わりにもなるアルミの作業台を開き、解体と下ごしらえに使えるようにした。
見た目は、宿屋というより簡易テントを設置した一人キャンプみたいだった。
ちゃんとした施設とかではないが、ただ荷物を置いただけの野営地とも違う。
そんな一人キャンプ状態だが、光の円の中に物を置くと不思議と場所が締まって見えた。
『設備候補を検知』
『登録候補:タープ屋根/ローチェア/ハンモック/簡易コット/簡易キッチン/作業台』
『一括登録しますか?』
一括登録…何に登録されるのか分からないが、変なことにはならなさそうな気もする。
「登録」
表示が次々と出る。
――――――――――――――――――――
仮設休憩地
設備登録数:6
成立コンボ:休息コンボ
未成立コンボ:食事コンボ / 解体コンボ
現在の解放機能:疲労回復速度微増
備考:休憩設備としての基礎構成を確認
――――――――――――――――――――
その瞬間、休憩地の光が少しだけ濃くなった。
椅子に座ってみると、思った以上に快適さを感じる。
「……いいな」
自分で作っただけなのに、少し感動した。
とはいえ、まだ足りない。
宿泊施設と言うなら、最低でも食事か飲み物がほしい。
そこで俺は午前中に倒したホーンラビットを解体した。
一般的にホーンラビットの肉は市場価値が低い。
硬く臭みがあり、食用加工にも向かない。
素材会社では、角と皮だけ取って、肉は廃棄されることが多い。
だが、解体していると分かる。
全部が駄目なわけじゃない。
背の内側に、ごく小さな柔らかい部位がある。
処理を間違えなければ、臭みも少ない。
それにこの骨も使い道はある。
俺はその部分だけを切り分け、薄く刻んだ。
そしてここに来るまでに採っておいた、ダンジョン内で自生している香草を少量刻む。
携帯コンロで湯を沸かし、骨を入れダシを取った後に、一度濾して、その後に肉と草、塩少々入れる。
たいした料理ではない。
ホーンラビット肉の薄切りスープ。
けれど、ダンジョンの中で温かい汁物が飲めるだけで価値はある。
「……うん。悪くない」
いや、正直に言うと、かなり美味かった。
疲れていたからかもしれない。
湖畔で飲んでいるからかもしれない。
あるいは、休憩地の中だからかもしれない。
だけど、この環境の中で自分が作ったスープを飲むのは格別な感じがした。
スープを置くと、また表示が出た。
『休憩用食事を検知:簡易食事』
『登録しますか?』
「……登録」
『設備登録数:7/食事コンボ成立』
『成立条件:簡易キッチン+作業台+休憩用食事』
『効果:食事による休憩満足度上昇補正↑』
なるほど。
このスキルは、登録した物によって補正コンボがかかる仕組みになっているのか。
ただの空間ではなく、休憩地として整えるほど効果が上がる。
俺は少し笑った。
これはゲームみたいで、でも現実的だ。
条件を満たせば追加効果が発動する。
使えばその分経験値が溜まっているのか、基本性能があがる。
「……休憩地、か。休憩に沿った隠し効果がまだまだありそうだな」
その時だった。
森の方から、荒い足音が聞こえた。
「こっち! こっちに抜ける!」
「無理だって、湖側は行き止まりだろ!」
「でも後ろ来てる!」
草むらを破って、3人の探索者が飛び出してきた。
男二人、女一人。
ぱっと見、装備は安物。
動きから見ても良くて五級、そんな所だろう。
その後ろから、ワイルドボアが二体迫っていた。
ワイルドボアは十階層ではそこそこ厄介なモンスターだ。
サイズがあり、突進力があり、正面から受けると骨を折るどころでは済まない。
「おいっ! そこの三人!! こっちだっ!!」
俺はナイフを抜いて大声で叫ぶ。
三人はこちらを見て、戸惑う素振りを見せるが、慌ててこちらに飛び込んでくる。
そして俺の休憩地スキル範囲内に入ると、突然ワイルドボアが急停止した。
光円から距離はあるが、こちらを睨み、そして鼻を鳴らす。
前足で地面を掻く。
何度か突っ込もうとするも、円の中には入ってこない。
三人の探索者は、それを見てその場にへたり込んだ。
「え……?」
「なんで、入ってこないの……?」
「ここ、何?」
俺も実は少し驚いていた。
ホーンラビットだけではなく大型種でもあるワイルドボアにもスキルがしっかりと効いていた。
少なくともこの結果を見る限りでは、十階層の魔物は休憩地を嫌がる。
様子を少し見ていると、やがてワイルドボアたちは諦めたように森へ戻っていった。
三人は、まだ息を荒くしている。
女探索者を見ると、膝が震えていた。
男の一人は腕を押さえており、打撲か、軽い裂傷を負っている。
俺はナイフを鞘に納めると、声をかけた。
「みんな怪我は?」
「あ、えっと……たぶん大丈夫です」
強がっているのか、それとも気を使っているのか。
「腕、見せて」
男は警戒しながらも腕を出した。
裂傷はやはり浅く、そこまで出血もしていなかった。
これならわざわざポーションを使わずとも、消毒して布を巻けば問題ないだろう。
俺は応急セットから薬品を取り出し、応急処置を施す。
「…あの、ここ、ギルドの施設ですか?」
「いや。テスト運用中の個人スペースみたいなものだ」
「個人……?」
三人の視線が、周囲を見回す。
確かに、施設と呼ぶにはあまりに小さい。
けれど、彼らは今、明らかに安心していた。
女探索者が、ぽつりと言った。
「なんか……ここ、随分と居心地がいいっていうか…」
「少し休んでいくといい。スープならある」
「いいんですか?」
「テスト運用中だからな。感想をくれるなら」
三人は顔を見合わせた。
そして、恐る恐る椅子に腰を下ろす。
俺は紙カップにホーンラビットのスープを注いだ。
「ホーンラビットから取ったスープだ」
湯気が上がる。
女探索者が一口飲んだ瞬間、目を丸くした。
「……おいしい」
「え、ホーンラビットですよね、これ?」
「なんだろう…鶏がらスープっぽい味がする。この肉も程よく柔らかい…」
「なんでもそうだが、部位を選べば食えるもんは多いんだ。もちろん処理を間違えなければな」
三人は無言でスープを飲んだ。
やがて、腕を怪我した男が小さく息を吐いた。
「助かりました。中央広場まで戻る体力、正直なかったんで」
「ここ、いつもあるんですか?」
「まだ分からない。今日が初日だ」
「初日……?」
女探索者が、湖を見た。
風が吹き、タープが揺れる。
休憩地の光は、彼らの足元を淡く照らしていた。
「また来てもいいですか?」
その言葉に、俺は少しだけ返事が遅れた。
胸の奥が、妙に熱くなった。
会社でいくら素材を売っても、こんなふうに言われたことはなかった。
自分のスキルで作った場所に、誰かが戻りたいと言った。
ただそれだけのことが、思った以上に嬉しかった。
「ああ」
俺は頷いた。
「まだ仮だけどな」
「名前はあるんですか? ここ」
「名前?」
考えていなかった。
店名どころか、営業するかどうかも決めていない。
けれど、三人は待っている。
俺は湖畔を見た。
森と湖の間。
誰も使わなかった空き地。
けれど今、ここには確かに休む人がいる。
「……湖畔休憩地」
口にしてから、少し照れた。
「仮だけど」
女探索者が笑った。
「そのままですけど…わかりやすくて、いい名前だと思います」
その瞬間、ステータスが開いた。
『利用者数:4』
『初回利用者の再訪意思を確認』
『仮設休憩地の名称が登録されました』
『湖畔休憩地』
『休憩地Lv.1 → Lv.2』
足元の光が、ふわりと広がった。
俺はその光を見つめた。
まだ宿屋とは呼べない。
店でもない。
看板もないし、資金もなければ後ろ盾もない。
あるのは、世界で俺だけのスキルと、安物の資材と、ホーンラビットのスープだけだ。
けれど……
◇
探索者たちは、帰り際に何度も頭を下げた。
「本当に助かりました」
「また来ます」
「次、仲間連れてきてもいいですか?」
その背中が森の向こうへ消えるまで、俺は黙って見送った。
湖畔に風が抜けていき、タープが応じるようにはためいた。
鍋の中では、まだ少しだけスープが湯気を立てていた。
「……始めるか」
誰に言うでもなく、俺はつぶやいた。
ダンジョン湖畔の休憩地。
その第一歩は、たぶんここからだった。