軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十三話 ふたりの魔女

「あんたと組んだら面白そう。でも残念、こんなことされちゃうと、プライドには傷がつく」

「……そこにいるシュバルツは、俺たちの知人なんだ」

「ああ、傀儡をそういうふうに扱うタイプ? ふふっ……いいお兄ちゃん、善人ってこと? よくそんなのでここまで渡ってこられたね」

「善か悪かなんて、考えたこともないな」

団子のようにまとめた髪を揺らして、リンファは首を傾げる。その目が妖しく輝いたように見えた瞬間――。

「アリヒトに触れたら……その時は、許さないわよ」

エリーティアは剣を抜いてはいない。俺が視認できなかったリンファの手が止まり、距離を詰めようとした彼女が一歩下がった。

「そういう目ができるようになったんだ、エリー。昔は魔物が怖くて泣いちゃってたのにね」

「……そんな頃もあったわね。でも、時間が経てば変わるものでしょう」

「ありがとうエリーティア……俺は大丈夫だ。手出しをして申し訳なかったが、そっちも挑発するような言い方はやめてくれ」

俺よりレベルが高いだろう相手であっても、下手に出るわけにはいかない。しかしもし逆鱗に触れれば、ただでは済まない――それほどに空気が張り詰めている。

その緊張を終わらせたのは、アニエスさんだった。リンファは肩に手を置かれ、俺から視線を外すことはないながらも退いてくれた。

「そんなに強くなったのなら、帰ってくればいいのに。一度も団長はエリーに出ていけなんて言ってないんだから」

「私はアリヒトと、みんなに出会ったからここにいられる。旅団には戻らないわ、ルウリィも」

「……あ~、それはそうなるだろうけど。やっぱり悪役になってるじゃん、私たち」

「ルウリィを切ったのは事実だ。それについては何を言われても仕方ねえ、間違ったことをしたと思ってもいねえんだからな」

ソウガはそう言う――初めて見る他のメンバー三人も、アニエスさんも、否定することはない。

旅団は、ルウリィを見捨てたことについて考え方を変えてはいない。そのことに対してどう思うか。

胸の奥に渦巻くのは激情。だがそれを先に言葉にしたのは俺ではなく、スズナだった。

「エリーさんは……ずっとひとりで戦ってきました。私のことを誘ってくれたときも、思い詰めて……でも、右も左も分からない私と、一緒に強くなりたいと言ってくれたんです……!」

旅団の誰も口を開かなかった。正も負も、どちらの感情も出さずに、ただスズナを見ていた。

「……みんな、先に行っていて」

「待てよ、俺はまだそいつと……」

「ソウガ、もういいでしょ。腕試ししたいなら、奥で『名前つき』でも探しなよ」

リンファに止められ、ソウガは他の四人と共に歩いていく。一人残ったアニエスさんは、シュバルツがいる場所の向こうに広がる林に視線を送った。

「向こうの庵で暮らす『ウィッチドクター』……そしてあの『スケアクロウ』のことを、あなた方は知っているのですか?」

「はい。俺たちにとっては恩人です」

リーネさんのおかげでテレジアの呪詛を解くことができたのだから、そう言う以外にはない。

「ソウガは『スケアクロウ』を強者……手合わせの相手として捉えてしまった。そのことについては、お詫びしなければいけません」

「謝る必要はないよ」

シュバルツの後ろから、リーネさんが姿を現す――彼女の気配は声を発するまで完全に消えていて、皆が虚を突かれていた。

「スケアクロウの装備が欲しかったんだろう? 『巡礼者の双剣』は、君たちが欲しがるようなものではないけどね」

旅団は呪いの武器を集めている――シュバルツの持つ双剣が呪われているのかは知らないが、武器の収集をしているのであれば、目をつけても不思議ではない。

「シュバルツが倒されていたら、その時は進呈しても良かったけどね。アリヒトが援護に入ったけど、そっちも何かしていたからおあいこかな」

「……申し訳ありません、通りすがりで喧嘩を売るようなことをして」

「時折シュバルツも肩慣らしが必要だからね……もう行った方がいい、仲間が待っているよ」

アニエスさんは一礼して仲間たちの後を追う。彼女の履いている靴――グリーブが一瞬淡く輝いて、地形の歩きにくさを緩和していた。

「ふぅ……なんだいセレス、静かに帰ってあげたのに」

「そのようなこと、頼んでおらぬが……お主こそ、アリヒトが心配で見に来たのじゃろう。挨拶くらいしたらどうじゃ」

「安否を確かめられればそれでいい。そう思っていたけど、もしアリヒトが私とシュバルツの力を必要としているなら、いつでも馳せ参じるよ」

「っ……い、いえ。気持ちは有り難いですが、今のところは……」

「リーネさん、一つお願いしたいことがあるの」

エリーティアが前に出る。リーネさんは三角帽子のつばに触れながら、興味深そうにエリーティアを見た。

「ふぅん……なるほど。一度シュバルツに技を完封されているから、もう一度戦ってみたいんだね」

「あの時よりは強くなれてると思うから……シュバルツの強さはよく知ってるし、まだ絶対に勝てるとは思ってない。でも、試してみたいの」

「負けん気が強いね。まあシュバルツなら壊されることはないと思うけど、こちらからの手加減も十全にできるかはわからないよ」

「ええ……ごめんなさいアリヒト、大事な時に我が儘を言って」

「いや、エリーティアにとって大切なことなら、悔いのないようにするべきだ。本気の手合わせで言うことでもないけど、ケガはしないようにな」

「付近の魔物はしばらく出ていないから、邪魔が入ることはないだろう。私の庵で待っていようか」

エリーティアはシュバルツと、自分の技のみで戦いたいと望んでいる――今回ばかりは手助けしたいという気持ちは抑え、リーネさんの案内で庵に向かう。

「――はぁぁぁぁっ!」

エリーティアの気合いの一声、そして金属がぶつかり合う音。一度振り返って見たエリーティアは、シュバルツの突きを紙一重で避け、鋭い返し刃を繰り出していた。

◆◇◆

以前にも入った林に分け入り、霧の中を抜け、茅葺き屋根の家に辿り着く。中に入るとどこかに座るように勧められる――俺は適当な大きさの樽に腰掛けさせてもらった。

「短い間に、あの子は見違えるほど強くなったね。すでに開花のときは来ていて、きっかけを待っていただけだったのかな」

「そうですね……エリーティアは窮地を打破するために、いつも強くあろうとしている。そんな彼女を、今後も支えたいと思ってます」

「お兄ちゃん、その言い方は誤解を招いちゃいますよ?」

「ミ、ミサキちゃん……アリヒトさんが言ってるのは……」

「二人とも、あんまりそわそわしないの」

五十嵐さんのお咎めを受けて、ミサキとスズナが静かになる。そんな三人を見て、リーネさんは――ずっと無表情だったはずの彼女が、いつの間にか微笑んでいた。

「やれやれ……昔は自分たちもこうだったと思うなんて、私には似合わないのに」

「そのようなことを考えておったか……まあ、否定はできぬか」

「格好をつけてるけど、セレスがここにいる理由は聞いてもいいのかな? 想像はついているけどね」

「ぐっ……底意地の悪い。今のままではレベルが足りないので、上げなくてはならんのじゃ。一度の探索で上げるのは難しいかもしれんがの」

「レベル5から8くらいまではそう難しくはないけど、一日でということなら『名前つき』を倒す必要があるだろうね」

「一度の探索を区切りとして1レベル上がるという認識だったんですが、そうとも限らないんですかね」

尋ねてみると、リーネさんはセレスさんの様子を窺う――セレスさんは何か言おうとするが、途中でやめて曖昧に笑ってみせる。

「一度上がったレベルを元に戻すというのは、眠ってしまった力をもう一度起こすということだからね。勘を取り戻すのが上手く行けば一気に上がるし、逆に上手くいかない場合もある。セレスの場合、年齢の問題はまだ無いだろうし、今回の探索でどんな経験をするかだね」

「年齢の話は余計じゃ……と言いたいが、わし自身が日頃から年長じゃと言っておるからのう。まあリーネの言う通りじゃから、何度もアリヒトたちの手を煩わせぬように頑張るつもりじゃ」

「こちらこそ、できるだけセレスさんに経験を積んでもらえるように考えて動きます」

なるべくセレスさんに攻撃に参加してもらうことで、貢献度が入るようにする。それが経験を積むことに直結するはずだ。

セレスさんとリーネさんについてまだ気になることはあるが、他にも聞いておきたいことがある。

「リーネさん、この迷宮にいる『名前つき』のことは知っていますか? 一体は『水蛇の崇拝者』で、俺たちが倒してますが」

「ああ……あれには驚かされたね。二層を覗いたらだいたい『崇拝者』の視線を感じたものだけど、それが消えていたから。『水蛇』を遠くに見ながら、三層の入口まで散歩できたよ」

「三層はどんな場所なのでしょうか? この迷宮は、一層と二層でかなり環境が違いますが……」

リーネさんは何も答えず、こちらを見ている。そして口元に手を当て、少し考えるようにしたあと、再びこちらを見て首を傾げた。

「いいのかい? 言ってしまっても……と言いたいところだけど、私も三層の探索はろくにできていないんだけどね。何度か挑んではいるけれど」

「確かに初見の感動みたいなものはありますが、話に聞くのと実際に見るのとは違うと思いますし……参考にさせてもらいたいです」

「リーネは『写影機』の類は持っておらぬのか? あれならリーネの見たものを映し出せるじゃろう」

「あれは私たちの村、『水晶郷』の特産物みたいなものだからね。一応材料になる石を持ち出してはいるけど……そうだ。これを君たちに一つ譲ろう。申し訳ないけど、有償でね」

「っ……本当ですか? ぜひ、それは拝見させてもらえれば……」

リーネさんが家の奥に入っていき、再び戻ってきて、俺に何かを差し出す。

「この『思念石』を使えば、今想像しているものをそのまま念写することができる。それだけではなく、こうやって対になっている石同士は、空間を隔てていても『接続』ができる……つまり、対話ができるっていうことだね」

「そ、それって……ビデオチャット的なことができちゃうんですか?」

「ビデオ……ああ、転生する前にそういうものがあったのか。それに似ているかもしれないし、ライセンスの機能で連絡ができる人もいるようだから、唯一無二のものでもないけど。何かの役には立つかもしれない」

アリアドネを『霊媒』したり、彼女と契約していることで離れていても声を聞けたり――マドカは『商人』の能力でライセンスを使って取り引きができるし、それは遠隔で他者とやりとりができるということだが。

『思念石』による連絡は、もしパーティが分断されたときなどに役に立つだろう。『幻想の小島』で泉の中から転移したときなどが、まさにそういう状況だった。

「そんな魔石が、私の気まぐれ価格で金貨五枚……というのはどうかな?」

「い、いや、その値段では安すぎます」

「ふふっ……それくらいが必要な金額なんだ。少し、装備の手入れをしたいだけだから」

リーネさんはシュバルツを見やってから、俺に手のひらを差し出してくる――その上には、薄紫の宝石のような石が二つ載っていた。

「ひとまずアリヒトと……あと一つあるから、できれば念話に感応することに慣れている人が持つといい。慣れていないと頭痛がすることがあるからね」

「分かりました。スズナ、持っていてもらえるか?」

「はい、責任を持ってお預かりします」

スズナは『思念石』を受け取ってポーチに仕舞う。魔力を込めれば使えるとのことで、リーネさんから簡単にレクチャーしてもらった。

「リーネ、シュバルツの装備を修理するのなら、わしとシュタイナーに任せれば良い。昔のよしみじゃ、金は取らんぞ」

「……いいのかい?」

「わしはお主に追いつくことができなんだ落伍者じゃ。じゃが、だからこそアリヒトたちに会うことができた。そして拾ってもらい、ここまで来ることができた……正直な気持ちを言うなら……」

その先は声にはならなかったが、リーネさんには何を言おうとしたか伝わったようだった。

どこか似た雰囲気があるが、リーネさんの眼光は鋭く、セレスさんには人懐っこさがある。その対照的ともいえる二人が、今は姉妹のように微笑み合っている。

「アリヒト、この話をしたのは、三層のことにも関係している。これまでも君たちは転移を経験しているだろうけれど、三層で起こる現象は気まぐれな『漂流』だ。それ自体では傷を負ったりはしないが、想定していなければ混乱させられるだろう」

「漂流……どこかに、流されるってことですか?」

「その現象を起こしているのは魔物なのか迷宮なのか分からないけど……慎重に歩くことだよ。この迷宮の名前の通り、夕闇の中を恐る恐る歩くようにね」

「あまり脅かすものではない……と言いたいが。リーネ、お主はやはり底意地が悪いな」

「私には踏破できなかった。そこに求めているものがあるかもしれなくても、脱出を優先した……いつだって、引き返さずに進んだ先に、大事なものが埋まっているのにね」

「……分かりました。『白夜旅団』も奥に進んでますし、俺たちもできる範囲で探索してみます」

旅団の名前を出すと、リーネさんはまた少し考えて、家の奥に入っていき、そして今度は革張り表紙の本を持って戻ってきた。

「……『白夜旅団』について、私も少しだけ話を聞いたことがある。彼らは前にもこの迷宮に入って、二層まで降りてから出ていった。彼らは五番区にある全ての迷宮を巡って、何かを探しているんだ」

旅団が五番区序列一位でありながら、留まっている理由。それは五番区をまだ離れることができないから――探しているものがあるから。おそらくはそういうことだ。

「彼らは『色銘武器』を集めていると聞きました」

「探し物はそれかもしれない。ただ前回二層まで潜って戻った彼らが、今回は三層まで降りている……『漂流』が起こるような場所だと知っているなら、そこに何かがあると睨んでいる。そういうことになるんじゃないかな」

「なるほど……教えてくれてありがとうございます。参考になりました」

「もしどうしようもなくなったら、そのときは帰還の巻物を使うんだよ」

必要な素材を採るためには、『漂流』と呼ばれる現象が起こる三層を探索しなくてはならない。

旅団がこの迷宮に入った理由も判明するかもしれない――探りを入れるわけではないが、相手のことを何も知らないままよりは、少しでも分かった方がいいだろう。