軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十二話 再びの迷宮/旅団の別働隊

迷宮の入口に向かう前に、俺たちのもとにクーゼルカさんがやってきた。遅れてホスロウさんの姿も見える。

クーゼルカさんの面持ちは真剣そのものだ――俺も襟を正し、彼女と相対する。

「アトベ殿たちに通達があります。白夜旅団との面談についてですが……『神戦』の内容について、審議会による討議が行われることになりました」

「審議会……俺たちの昇格を決めたっていう組織が、『神戦』にも関わっているんですか?」

「はい。審議会はギルド管理部と旧王宮、そして神殿の代表などから成る機関です。『神戦』が迷宮国内で行われるときは、ほぼ全てが神殿によって関知されています」

迷宮国はギルドの上位組織である『管理部』によって治められている――ルイーザさんはそう説明してくれた。彼らは秘神の存在、そして神戦のことを知っていて、それに干渉できる立場にあるということだ。

俺たちがアリアドネと契約していなければ、審議会の存在を関知する機会すらあったかどうか――管理部に属しているというユカリは自分の考えを明かさないし、彼女のスタンスがそうそう変化するとは思えない。

「アトベ君たちが秘神と契約している以上は『神戦』は避けられない。白夜旅団はおそらくその機会を待っていた……上の区に行く実力があってもあえて留まるというパーティはいるが、彼らは目的に準じて力を蓄えていたと、そういうことだな」

そのために『色銘の装備』を集めていた――エリーティアの剣にもまだ執着しているようだが、それも取り返す機会を 窺(うかが) っているのだろうか。だとしてもおいそれと渡すことはできないが。

「俺たちと神戦をして、何かを奪おうとしているってことですか?」

「そういった内容の神戦は存在するが、今回のケースはそれとは違い、特殊なものだということです……申し訳ありませんが、今は詳細までは説明できません」

「今、ちょうど出るところだったみたいだな。旅団も好きに動いてるようだが、今度戻ってきたところで審議会が行われる。アトベ君たちも一度迷宮に入った場合、戻ってきたら呼ばれると思っておいてくれ」

「わかりました。来たるべき時に備えるっていうのもあるんですが、一つ気がかりがありまして……途中で探索が止まっていた迷宮に、もう一度行ってきます」

『猿王』を倒したあとに一度姿を見せたが、すぐに立ち去ってしまったというリーネさんのことが気にかかっているというのもある。

「いや、本当に驚くほどアトベ君たちは常に動いてるな……俺なら神戦なんて控えてたら、羽休めでもしてるところだぜ」

「ホスロウさんは、秘神については……」

「若い頃にちょっとな。契約していたというか、あれは何だったのか……神ってのは人間の考えが及ばない存在だ」

「……ホスロウ、それは彼らには必要のない情報です」

「おっと……申し訳ありません、クーゼルカ殿」

ホスロウさんがクーゼルカさんに対して畏まった呼び方をするが、彼女をふだん『お嬢』と呼ぶのはなぜなのか。上官と部下というだけでなく、この二人には何か別の関係性があるように思える。

「審議会には私たちと、ディラン司令官も同席します。そういった面々には『銀の車輪』が秘神と契約していることが共有されておりますが、それについてはご了承ください」

「分かりました。隠してるわけじゃないですが、広く知らせることでもない……でも、把握している人たちはいるわけですね」

「そうなります。秘神と契約しているパーティ同士がなんらかの形で戦わなければならない……そのルールについて全く知らない状態では、ギルドにとって不測の事態が起きてしまいます」

上位のパーティ同士が争い、結果として何が起こるか――場合によっては、敗北したパーティが探索を継続する上で支障が出る。クーゼルカさんが言わんとしていることは、そういうことだろう。

「ひとまず、今は話はこれくらいにしておこう。俺たちも今は街にいなきゃならないが、必要なときはまた声をかけてくれ」

「はい、ありがとうございます」

クーゼルカさんがホスロウさんをじっと見ている――これは叱責かと思ったが、そうではなかった。

「……『猿王』を倒すためにともに戦い、私にも……誤解を恐れず言えば、アトベ殿の……仲間、であるという意識はあります」

「ぬぉっ……ク、クーゼルカお嬢が……軟化した……!」

「えっと……空気を読まず、言っちゃってもいいのかな? クーデレカさんって」

「ミ、ミサキちゃん……そういうのは、たぶん通じないっていうか……」

『クーデレ』なんて単語は迷宮国にはもちろん無いはずだが――なんとなくでも意味は通じてしまったのか、クーゼルカさんはかすかに目を見開く。

「……数回一緒に戦っただけで仲間というのは、烏滸がましいでしょうか」

「そんなことないです、凄く嬉しい……クーゼルカさんは凄く強くて、私もそんなふうになれたらって思っていたんです」

「キョウカ殿……」

五十嵐さんがクーゼルカさんと握手をして、その手を両手で包み込む。厳格な軍人という印象のあったクーゼルカさんが、今は年齢相応の表情に戻っていた。

「やはりこのパーティは、良い意味で引っ張られるところがありますね」

「ええ……そうですね、セラフィナ中尉。いえ、正式に辞令が下ったら大尉と呼ぶべきなのですが」

「っ……な、なぜそのようなことに? 私は現在、アリヒト殿のパーティに所属して……」

「あなたの籍はギルドセイバーにもありますし、『猿王』の討伐に参加したことが評価されているので、当然の措置です」

「まあ貰えるもんは貰っとくといい。もう一つで『竜階級』に上がるな……そうなるとできることも増える。ギルドの召集令が厄介ではあるが」

「……はっ、不肖ながら、承らせていただきます」

敬礼をするセラフィナさん――クーゼルカさんとホスロウさんも、同じ挨拶を返した。

「…………」

「テレジアさんも敬礼をしてくれるのですね。あなたのことを、私は一時的とはいえ拘束などして……」

クーゼルカさんが謝罪しようとするのを察したのか、テレジアは首を振ってみせた。

「…………」

「……ありがとう。私は個人的な立場から、あなたを応援している。これからもそうであることを許してくれますか?」

テレジアはこくりと頷く。そしてクーゼルカさんが差し出した手を握り返した。

初めは硬質な話し方をしていて、感情が表に出ない人物だと思っていた。だが、それは大きな勘違いだった。

軍人としての彼女だけではなく、違う一面も見せてくれた――テレジアに対して労るような言葉は、そう感じるには十分だった。

「……コホン。それでは、無事で帰還するようにお願いします。もし帰還が遅れる場合、私たちが救助に向かいますので」

「あ、ありがとうございます……お手数をかけないよう努めます」

話は終わり、俺たちは探索メンバーの9人で『夕闇歩きの湖畔』に向かう。テレジアが一度振り返ったのでそれに倣うと、クーゼルカさんとホスロウさんはずっと敬礼を続けていた――ずっと真剣なクーゼルカさんと対照的に、ホスロウさんは笑っていたが。

◆◇◆

『夕闇歩きの湖畔』の入口前まで来ると、周囲が何やらざわついている。

「旅団の連中、定期的にこの迷宮に潜るよな。巡回でもしてるのか?」

「規模が大きいから複数パーティを常に動かしてるだけだろ」

「滅多に見られない団長は今日もいなかったな。ヨハンって本当に強いのか?」

「奴は六番区の闘技会で優勝してる。そこまで磨いた実力を簡単に衰えさせることもないだろう」

闘技会――まだ俺たちが足を踏み入れていない六番区では、そういった催しがあるのか。探索者同士が戦うというのは基本的にイレギュラーな事態だが、試合という形式なら可能なのだろうか。

「エリちゃんの兄上、なんか噂されちゃってるね。みんなおっかなびっくりって感じ」

ミサキは『奇術師装備』をしているが、一番上から『バットレザー・マント』を羽織っている。戦闘中はさすがにマントにくるまったままではいられないが、腹は括っているようだ。

「……兄が何を考えているのか、私にも分からないから。兄は『群青の礼剣』という呪いの武器を使っていて、その呪いを解くことができた。旅団を率いているのは、単純な理由……彼が一番強いから」

それほどの実力を持ちながら、ルウリィの救助は行わなかった。俺たちも『猿王』を倒せたのは幸運も味方した部分があるが、旅団ほどの組織なら不可能ではなかったはずだ。

「でも今の私は、兄に今も凌駕されているとか、そんなふうには思ってないけれど」

「……エリーティア」

「心が引け目を感じていたら、それは負けてもいいって思っているようなものでしょう」

「その通りですね。旅団の方々が今迷宮に入っているのなら、戦う姿を見られるかもしれません。競う相手のことを知っておくのは、悪くはない」

セラフィナさんも闘志に火がついている――力強く拳を握る姿をみるだけで、こちらまで鼓舞されるものがある。

「よし……それじゃ、中に入ろう。セレスさんの立ち位置は、俺より少し前くらいで良いですか? 俺の前にいてくれれば支援をかけられるので」

「うむ、分かった……ん? シオン、乗せてくれるのか?」

「バウッ」

「……いいわね、三角帽子の魔女さんがワンちゃんに乗ってるのって」

「シュタイナーさんからシオンちゃんに乗り換えるなんて、セレスさんも罪な人ですねー」

「まあ確かに、シュタイナーはわしの乗り物のようなものじゃがのう……そんな、愛らしいものを見る目で見られても困るのじゃが。わしの方がキョウカよりはお姉さんなのじゃぞ?」

五十嵐さんはよほど気に入ってしまったのか、セレスさんを見る目が輝いている。スズナも嫌いではないようだ――モフモフとした大きな犬に乗るというのは、やはり女の子の憧れなのか。

『ライドオンウルフ』はセレスさんが騎乗しても使えるはずなので、その旨について説明しておいた。一層から油断できない敵が出るので、被害を出さず切り抜けたいところだ。

◆◇◆

迷宮の入口――岩窟を抜けると、すぐに気がつく。

激しい金属音。まだ距離は離れているが、誰かが戦闘している――そしてその音には聞き覚えがある。

「アリヒト、あれはきっとシュバルツの剣戟の音……誰かがシュバルツと戦ってる……!」

「事情は行ってみないと分からないが……それは、放ってはおけないな。みんな、行くぞ!」

『はいっ!』

音が聞こえてくるのは、前方にある湖畔を東側から回り込んだ先だった。見覚えのある姿――『スケアクロウ』に挑んでいるのは、白夜旅団の一員であるソウガだった。

「おぉぉぉらぁぁぁぁっ!」

◆現在の状況◆

・『ソウガ』が『旋風斧』を発動

・『?スケアクロウ』が『ウィローウィンド』を発動 →『旋風斧』を受け流し

「俺の斧を……っ、てめえ、面白いじゃねえか……っ!」

「ソウガ、ここで戦っている場合ではありません! 退いてください!」

「そいつは聞けねえ相談だ……っ!」

『スケアクロウ』――シュバルツが、受け流しから流れるように反撃に移ろうとする。ソウガはアニエスさんの制止を受け入れず、退くどころか前に踏み出した。

「はぁ、しょうがない……早く済ませなよ」

「(っ……!)」

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『鷹の眼』を発動 → 状況把握能力が向上

・『リンファ』が『不可視の魔針』を発動 → 『?スケアクロウ』の状態異常耐性が低下

ソウガたちの戦いを遠巻きに見ている一人――前にも姿を見たことがある少女が『何か』をした。

極めて視認が難しい攻撃。それがシュバルツに向けて放たれ、命中する――あれほどの猛者であるシュバルツでも、ソウガと相対しながらでは不意打ちを避けられなかった。

「シュバルツ……ッ!」

「――ウォォォォッッ!!」

◆現在の状況◆

・『ソウガ』が『ウォークライ』を発動 →『?スケアクロウ』がスタン 『ソウガ』の攻撃力が上昇

ソウガの咆哮がシュバルツの動きを止める。次に繰り出そうとした技が強制的に中断される――その隙が見逃されることはない。

正しい判断は何なのか。幾らの猶予もなく導いた結論は――信条に従うこと。

「――貰ったっ!」

「シュバルツ、『支援する』っ!」

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『アザーアシスト』『支援防御1』『支援高揚1』を発動 →対象:『?スケアクロウ』

・『?スケアクロウ』が士気を使用して『スタン』から回復

・『ソウガ』が『ビーストストライク』を発動

・『?スケアクロウ』が『ガードスタンス』『十字受け』を発動

スタンから回復した直後、シュバルツはソウガの強烈な振り下ろしを受け止める。巨大な戦斧を止めるには、シュバルツの双剣は心もとなくも思えた――しかし。

「受けた……っ!」

セラフィナさんの言う通り、シュバルツは無傷だった。ソウガは爛々と眼を輝かせながら押し切ろうとするが、シュバルツは地面に足をめり込ませながらも受けている。

「……ハァッ。リンファ、なんで邪魔した?」

「力押しじゃそのカカシはやれないでしょ。私の方が相性いいよ」

「てめぇ、ざっけ……」

「もういいでしょう。彼らも来ているのよ」

ソウガはリンファに食ってかかろうとしたが、その勢いは俺を一瞥するなり消えてしまい、斧を背中に背負って一人で歩いていく。

「あー、拗ねちゃった」

リンファがそう言った直後、一瞬姿が見えなくなった気がした――そして。

「やっぱりあんたってなかなかやるじゃん、あの距離で何かしたでしょ?」

「っ……」

「あ、あなたっ……!」

五十嵐さんが声を上げる――距離があったはずのリンファが、俺の目の前に現れ、下から覗き込むようにしていたからだ。