作品タイトル不明
22 魔王の国の聖女
「母上、着きました。ここが今日から、我らの新しい住まいです」
金色の光に包まれ、目を閉じて浮遊感に身を任せたのち、魔王に声をかけられたサラは、足の下に地面を感じて目を開いた。
すると、自分をしっかり抱きしめる魔王の顔が目に入ってしまい、再びぎゅっと目をつぶった。
(無理無理無理、顔が良すぎて目が潰れる)
元々うんと綺麗な顔で可愛い男の子だったが、もはや自分が母上と呼ばれる要素は髪と目が黒だというだけで、それなら日本にいれば全員が父上か母上という程、二人に共通項はない。
サラが、魔王の腕に抱かれたまま現実逃避していると「魔王様。サラが困っていますよ」イーサンの声がした。
魔王が「おや、母上。何かお困りですか」と顔を覗き込む気配がしたので、サラは薄く目を開き「魔王…様。ちょっと私を離してもらえませんか」と申し入れた。
心なしかシュンとした様子で魔王が腕を緩めたので、サラは素早く魔王から距離を取り、辺りを見回してみて驚いた。
「ここって、さっきまでいた王宮にそっくりだね」
「ああ。魔王の城は基本的に、全て同じ構造だからな。
魔王様は皆同じ記憶を持っているから、同じ構造なら新たに覚える必要がないだろう。無論何か欲しい設備があったり、興味のある物があれば、いつでも魔法で加えられるぞ」近寄ってきたイーサンが、そう説明してくれた。
「母上も何か欲しい物があれば、遠慮なくおっしゃってください。すぐに作ります!」
魔王がニコニコと申し出てくれたが、サラは「いや。ありがたいけど、私ここに長居するつもりは無いの。さっきもちょっと言ったけど、出来れば元の所へ返してもらいたんだよね」と希望を述べた。
途端に魔王の顔が曇り、イーサンの瞳の金色も暗い色になった。二人が何か言いかけた所へ、アンナとミルコが手をつないでやって来た。
「サラ様!」「聖女様!」
駆け寄って来る二人を見ると、アンナの隠していた短い尻尾がスカートからのぞいて、リズミカルに揺れている。もちろんミルコの可愛い白い尻尾も健在である。
「アンナ!ミルコ!」サラも二人に駆け寄り、新しい世界が実現した事を祝ってハグした。
「サラ様のおかげで私も家族も、自分を偽らないで暮らせるようになりました」
「私も家族も奴隷じゃなくなって、普通に暮らせます。ありがとうございます。聖女様」
「良かったね、ほんとに。…二人は、これからどうするの?もうお城で働かないで、自分達の家に戻るの?」
サラが尋ねると二人は顔を見合わせた。それからアンナが「私たち、このままサラ様にお仕えしたいと思っています。ミルコの家族は元々住んでいた街に戻りますが、ミルコはサラ様と一緒にいたいと言うので、私と一緒に王宮に住まわせてもらえればと思い、こうしてお願いに来ました」と言い、二人揃って頭を下げた。
それを聞いたサラは、申し訳なさそうに眉を下げ「そう…。実は、今イーサン達にも話していたんだけど、私、出来たら元の場所に帰りたいと思ってるんだ。だから二人が王宮に残ってくれても、いなくなっちゃうかもしれないの」と答えた。
話している途中で、ミルコの尾がどんどん下がっていくのが見えて、心が痛む。
すると、イーサンが口を挟んできた。
「サラはそう言うが、元の世界に戻る方法は今のところ分からないだろう?
召喚する方法を研究すれば、何らかのヒントがあったのかもしれないが、実を言えば二度とあいつらが召喚出来ない様に、神殿にあった文献を全て消去してきてしまった。
残しておくと今後も、いや、あいつらの事だからすぐにでも、新たな聖女を召喚しないとは限らないと思ってな」
すまなかったと言うイーサンに、サラはその心配はもっともだと思い、怒る事は出来なかった。
「そうだったんだ。イーサン、あの短い間に良くそこまで考え付いたね。
確かに神官達は自分がピンチになったと思えば、すぐ違う聖女を呼んだかもしれないもんね。
イーサンのした事は正しいよ。…それじゃあ、帰る方法が見つかるまで、またしばらくここでお世話になろうかな」
「じゃあ、まだ当分はここにいて下さるんですか」目を輝かせるアンナとミルコに、サラは「うん。また二人にお世話してもらえると嬉しい」と答え、魔王に向かって「二人がここに住んでも良いかな」と尋ねた。
「もちろんです、母上。もし出来れば私も母上に、国の結界の事でご相談したい事があります。良かったら聞いて頂けますか?」
「うん。私にまだ出来る事があるなら、何でも言って」
魔王はありがとうございます、と微笑んで「ではまず、母上の部屋にご案内しましょう」とサラの手を取り歩き出し、その後にイーサン、アンナ、ミルコが続いた。
魔王は記憶を取り戻しているからか、迷いのない足取りで王宮を進んだ。
「魔王…様の持っている記憶は、どんな種類の事なの? 今まで生きていた事全部が、頭の中にあるの?」そんな膨大過ぎる情報が入ってきたら、正直言って自分は嫌だなと思いながらサラは聞いた。
「基本的には魔法についての記憶ですね。知識と言った方が良いでしょうか。記憶を取り戻せば、それまでの生で使っていた全ての魔法が自然に使えます。
後はイーサンの様にずっと一緒にいた者の事や、世界の成り立ちなど普遍的な知識は戻ります。
個々の細かい記憶までは残りません。しかし、母上の事は自分が経験した事ですから、あの結界の中でもずっと覚えていましたよ」魔王は優しくサラを見下ろした。
その視線にドギマギしながら「いや。何度も言うようだけど、それは私の事じゃなくて最初の聖女の事だからね。あの子もなんだかんだで、魔王様に悪いことしたって思ってたみたいだから、もう認めてやってよ。…そうだ、恋人とかいなかったの? イーサンの事を覚えてるんなら、魔王様が結婚ってあるのか分からないけど、王妃様みたいな人の事とか覚えてないの?」
魔王は遠くを見る様な目をして「私たちは元々、そういう繋がりを誰かと持つ事はないようです。…ただ、母上は別だったんです。
本で読んで知った母という存在が、自分には無い事は分かっていましたが、異界から来た聖女に会った時感じた魔力は、私の魔力とひどく似ていたんです。髪と目が同じ色で、魔力の質も同じ。これは、魔族にとっては特別な事です。だから、あなたは私の母上なんですよ。サラ」