作品タイトル不明
15 サラ様、目にゴミが?
一日実家に帰って羽を伸ばしたエイヴァは、嫌々‘’聖女様の侍女‘’に戻って来た。
(またあの平民の相手か)エイヴァ自身は単なる伯爵令嬢だが、婚約者がレイモンドの従弟の侯爵家の者で、聖女についておぼろげに聞かされていた。エイヴァが聖女の侍女に任命されたのは、その関係でレイモンドの推薦があったからだったが、彼女はそれでレイモンドを恨んでいた。
ちなみにアンナがサラの侍女に選ばれたのは、アンナの家が末端過ぎてどの貴族家ともつながりが無く、聖女についての話が漏れないと判断された為だ。
「おはようございます」ただでさえ機嫌が悪いのに、挨拶をしてきた新興男爵家のアンナが、今日に限って妙に美しいのも気に障った。
(なんなの、この娘。昨日は一人であの平民に仕えた割に、妙に元気そうで肌がつやつやしてるわね)イライラしたエイヴァは、アンナにからんだ。
「アンナ。あなた、昨日はちゃんと聖女様にお仕えしたの。サボってたんじゃないでしょうね」
「いえ、きちんとお仕えさせていただきました」面食らうアンナにエイヴァは「ふうん。じゃあ、どうして全然疲れていないの。もしかしたら、あなた一人で聖女様の侍女の仕事は足りるのかしら。それなら私なんてお役御免ね」とわざとらしく萎れてみせた。(そうよ。これでアンナ一人で良いって事になれば、私は元の殿下の侍女に戻れるんじゃないの)
ちょうどそこに、サラの新しいドレスの打ち合わせをしたいとルーカスがやって来た。
「聖女様は起きておられるか」
彼は昨日サラから、昼過ぎに迎えに来いと釘をさされたのはすっかり忘れて、朝食を終えたタイミングで乗り込んできたのだった。
「王太子殿下申し訳ございません。聖女様はまだお休みです。昨日お疲れだったので、午前中はどなたにもお目にかかれないとおっしゃっていました」
アンナが答えると、ルーカスは(そういえばそんな事を言っていたな)と思い出した。しかし不機嫌な顔を隠そうとはせずに「そうだったか。では仕方ない。また後で来よう」と立ち去ろうとした。
するとエイヴァが「あら、アンナ。聖女様に聞きもしないでそんな風に言うものじゃないわ。王太子殿下は、とても忙しい方なんだから。私は今まで殿下の侍女だったからよく分かっているの。…殿下、私が聖女様を起こして参ります」
「あ、ああ。そうか。そうしてくれると助かる」気を良くして返事をするルーカスに、上品に微笑み、エイヴァはサラの部屋に入ってベッドへ近づいた。
「聖女様。お目覚めの時間です。王太子殿下がいらっしゃっています」
布団にもぐりこみ惰眠をむさぼっているサラに声をかけたが、返事はない。
「聖女様。起きてください」今度は声を大きくして呼びかけてみたが、反応が無いため、エイヴァはイラっとして遂に布団の上からサラを乱暴に揺さぶった。
『起きろって!言ってんのよ!』罵声を浴びせながら何度も揺さぶると、布団の隙間から黒い瞳がのぞいてエイヴァをにらみつけた。
「聖女様に対する態度とは思えないね」サラの迫力ある声がして、揺さぶっていたエイヴァの腕を掴んだかと思うと、横に向かって回転させ、そのまま上に乘って抑え込んだ。腕を掴まれたまま床にねじ伏せられ、エイヴァは大声を上げた。
「痛い、痛い、誰か!助けて!」
「あんたに蹴り飛ばされたあの子は、こんなもんじゃ無かったはずだよ。大げさ過ぎ」
エイヴァの大声に、廊下にいたアンナとルーカスが慌てて部屋に駆け込むと、寝技を決められて半ば失神しかけているエイヴァを、涼しい顔で押さえこんでいるサラがいた。
「な、なんだ。これは。どうしたんだ」『この女、どこまで野蛮だ。恐ろしい』
「あら、ルーカス。ごきげんよう。私、昨日疲れたから今日は昼過ぎに来るように言ったわよね。まさか忘れちゃったの?
じゃあ、エイヴァはあなたの為に私を起こしにきたのかしら。不審者かと思ってやっつけちゃったわ」
フフッと笑ってみせると「わ、私は出直すと言ったんだ。それなのに、その侍女が勝手に聖女様を起こすと言って…」
サラは、怯えたルーカスの言い訳を遮った。
「そうだったの。それじゃあエイヴァが悪いわね。ねえ、ルーカス。私、主の希望を聞けない侍女なんていらないわ。元々自分の事は自分で出来るし、侍女はアンナだけでたくさん。エイヴァはクビにして。二度と私の目の届かない所にやってくれる?」
「いや、しかし、エイヴァは伯爵令嬢で、レイモンドの従弟の婚約者で」
王宮の侍女をクビになったら経歴に傷がつき、婚約も危ういと分かっていたルーカスは、さすがにエイヴァを庇おうと声を上げた。
「だってエイヴァは、あなたが出直すって言ったのに、聞かなかったんでしょ。王太子の言葉も、聖女の言葉も聞かない侍女なんて王宮に必要?
それとも、あなたは聖女より伯爵令嬢の方が偉くて大切だって言うのかしら」
エイヴァを抑え込みつつ、挑戦的な目で自分を見据えて言ってくるサラが恐ろしくて、ルーカスはもうこれ以上逆らう事が出来なかった。
「分かった。エイヴァはこれをもって王宮の侍女を辞めてもらう。気を失っているようなので、後で迎えを寄越そう。私は、昼食後にまた君を迎えにくる」
『くそ、くそっ!エイヴァを推薦してきたレイモンドが悪いんだ。俺のせいじゃない』
ルーカスが去った後、騎士達がやって来てエイヴァを運び出した。
アンナと二人になったサラは「あーあ。目が覚めちゃった。アンナ、朝食をお願い」と言いながら『ミルコの仇は取ったわよ』と念を送ってウインクをした。
「サラ様、目にゴミが?」
ウインクを見て心配そうに尋ねるのに『これは、うまくいったね!って合図だよ』と教えると、アンナはホッとしたように
「それにしてもサラ様。あんなにお強いなんて思いませんでした」と、今さらながら驚きを露わにした。
「あれね、ブラジリアン柔術っていうの。小さい頃から鍛錬したから、王太子位ならあっという間にやっつけられるよ」サラが胸を張るとアンナは笑って、自分も不器用に片目をつぶってみせた。