作品タイトル不明
12 可愛いあの子は魔王様
イーサンのエスコートを受け、ルーカス達四人の後ろを歩きながら、サラはイーサンへテレパシーで愚痴をこぼした。
『こいつら、歩くの遅すぎない?』
イーサンの口元が一瞬緩んで『彼ら人間は全く鍛錬をしていないからな』と言葉が返って来た。
『へえ、他国に攻め込まれるとか、なんかそういうのは無いの』
『魔王様の魔力や我々の力を使えば、あいつらは何もしなくとも安泰だ』
『なるほど』
やっと六人は頑丈そうで巨大な扉のある部屋の前にたどり着いた。扉にはドアノブは無く、目の高さに何かをはめ込めるような四角いくぼみがあった。
ルーカスが扉を開ける前に、イーサンの方を見て言った。
「イーサン。お前はここまでにしておく方が良いだろう。いくら今は敵とはいえ、昔の主の惨めな姿を見たくはなかろう」『魔族をこの部屋に入れたなんて知られたら、俺が父上に叱られる』
イーサンが何か答える前に、サラが口を挟んだ。
「あら、それは困るわ。私、こんな長いスカートの服を着た事なんて無いんだもの。魔王のいる部屋で転んだりしたら、何が起こるか分からないじゃない。
私を大切にしてくれないなら、ちゃんと結界?っていうのに力を入れられるか分からないわ」
『こいつ、俺を脅す気か?』ルーカスから激しい怒気がほとばしったが、マリアンがのんびりした口調で「良いじゃないですか。聖女様がこうおっしゃるなら、ご希望通りにしなくては」『もう、こんな事やってるの時間のムダ。何で私がずっと付き合わなきゃいけないの』と言うと、そんなマリアンをデレデレと見たレイモンドも「そうですね。ルーカス様。ここは聖女様の意見が第一かと」と援護した。
ジャネットは不機嫌に黙り込んでいて、味方のいないルーカスは仕方なく「分かりました。その代わり何も触ったりするなよ、イーサン。お前は聖女様の事だけ気にかけろ」と板のような魔道具を扉のくぼみに押し当てた。
扉は静かにゆっくりと開き、その先にある大きな光の球が皆の目に入った。
イーサンの瞳孔が細長く伸びるのを、サラは見ていた。
「ルーカスは、ここに来た事があるの?」球体へ向かって進みながら、サラは尋ねた。
「王太子に任じられた時、陛下と一緒に一度だけ。これで二度目です」
「我々は初めてです。これからルーカス様と共に国を支える者として、陛下から聖女様と行動を共にするよう、命じられました」
「初めて見るけど、なんておぞましいのかしら。聖女様の結界がないと、あれが外に出て来てしまうんでしょ」ジャネットが大げさに身を震わせ、マリアンは「これが魔王なのねえ。初めて見たけど、何だか貧弱な子どもじゃない」と馬鹿にしたような声を上げた。
サラは、イーサンと共に進み、光る球体の正面までたどり着いた。
『魔王様』震えるような声がイーサンから聞こえた。
『魔王様。イーサンです。お守りすることが出来ず、申し訳ございません』
球体はその真下の床に描かれた大きな魔法陣の上で輝きを放ち、その中には黒髪の少年が胎児のように身を丸めて眠っていた。
(あれ、あの子、昨日の夢に出て来た子じゃない)サラに手を伸ばして母上と言って泣いていた子。
『イーサン、魔王の目は何色?』
『あなたと同じ黒です』
『私、昨日あの子を夢で見たよ。私を母上って呼んでた』
イーサンの金の瞳がゆっくりとサラを見下ろしたが、彼はその時は何も言わなかった。
「聖女様。これが封印されている魔王です。子どもの様に見えますが、油断してはなりません。これは仮の姿で、結界が破られればすぐにおぞましい魔の姿に変わります」
『俺は見た事ないけど、本に書いてあったからそうなんだろう』レイモンドの説明を受け、サラは大げさに怖がってみせた。
「そんな恐ろしい者に、私が太刀打ち出来るのかしら」
「大丈夫です。私たちが付いていますから。さあ聖女様、この球体が結界です。今までの聖女様もこの球体に触れ、結界に力を込めたと言われています。どうぞ直に手で触れ、結界が強くなるようにと祈ってください」『結界に聖女が触れて強化するよう祈れば、その力は結界へ働く。聖女が何を望むかが大事なんだ。この女、変な事を望むなよ。結界強化が終われば、それ以後の余剰魔力は、魔法陣に吸い込まれて俺たちのものだ』
「分かったわ。やってみる」
『強化するつもりか?』イーサンが念を送ってきたが、『大丈夫、信じて』サラは答えて球体へ向かって手を伸ばした。
(私の望み次第なら、強化を願わなければ良いんでしょ。結界にも魔法陣にも、私の力を与えてなんてやらない。そうだ、この結界を作っている聖女の力を吸い取りたいって願ってみよう)
頭の中で掃除機を弱モードで使うイメージをして、サラは結界に手を触れた。
すると触れている場所から少しずつ、自分の中にあるのと同じ魔力が身体に入ってくる感じがした。それと同時に結界が弱まって、球体の輝きが若干薄れたような気もする。
(吸収成功。でもこのままだとバレちゃうから、ちょっと細工するか)
サラは(キラキラ明るく光れ~)と光をまぶすような魔法を、球体の1ミリだけ外を覆う様にして展開した。
(球にくっつくと、魔力を吸われちゃうかもしれないからね)
ルーカス達は、輝きを増した球体を見て「おお!」と声を上げている。
「私、何だか疲れてもう無理みたい。ちゃんと出来たのかしら…」
イーサンの腕にすがってよろめいてみせると、ルーカスが興奮したように「素晴らしいです。さすが聖女様」と褒めたたえ、イーサンに向かい「聖女様はお疲れだ。お部屋にお連れしろ」と命令した。
「どうぞごゆっくりお休みください。明日もよろしくお願いします」と声をかけてきたので、「明日の迎えは昼過ぎからにしてね」と釘を刺しておいた。