軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜との謁見

「ごめんね……カレン。母さんが……貴方の手を離したせいで……」

「ううん、そんな事ないよ。カレンは平気だから」

「でも……うっ!?」

「ああもう! 無理をするなと言っていただろう!」

ようやくカレンは再会を果たし、涙を流しながら手を取り合う親子であるが、母親であるフレンダの容体が芳しくないようだ。

痛みに呻くフレンダを見たデボラは反対側に回り、フレンダに触れて治療魔法を発動させていた。

その御蔭で顔色は多少良くなったが、痛みは治まらないのか辛そうな表情は変わらなかった。

「おかーさん、痛いの?」

「平気……よ。貴方が帰ってきたのなら……こんなの……」

「そうだよカレン。お母さんはお婆ちゃんがすぐに治してあげるから、向こうの部屋で待っていておくれ」

「でも……」

フレンダは娘の前で強がっているようだが、俺たちから見てかなり不味い状況なのがわかる。

このままでは遠からず意識を失いそうなので、悪いとは思うが割り込ませてもらうとしよう。

確かゼノドラは治療魔法や薬の効果が薄い……とも言っていたな。

「あの……」

「すまないけど、話なら後にしておくれ」

「いえ、見たところ魔法の効果はあるようですが、痛み自体が消えているわけじゃないようです。このまま治療を続けても、傷口を何度も抉るような状態にー……」

「なら苦しんでいる娘の姿を黙って見ていろっていうのかい!」

この人は自分の娘が苦しむ姿を見続けてきた上に、さっきまで孫のカレンを失ったと思っていたのだ。

そんなやり場のない鬱憤が溜まっている状態で、余所者から口を出されたら怒りたくもなるだろう。

我が子を心配する親から睨みつけられるのは少し堪えるが、ここで臆するわけにはいかない。

「彼女の体内に何かしらの原因がある筈です。私ならそれを調べる事が出来るので、彼女に触れさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「何を言っているんだい。あんたたちに何が出来る?」

「ですが魔法や薬草の効果が薄いと、事前にゼノドラ様から聞いています。他に有効な手段がないなら、私に任せてくれませんか?」

「けど、貴方たちは……」

賊の放った矢が刺さってからすでに数日が経過しているし、この苦しみようからしてすぐに診断するべきだろう。

俺も負けじと真剣に睨み返せば、デボラに迷いが見られた。まあ愛娘となれば迷って当然だろう。

もう一押しといったところで、近くに立っていたフィアがカレンの肩に触れていた。

「……カレン。こうなったらデボラさんの動きを止めちゃいなさい!」

「うん!」

「こ、こらカレン! 何をするんだい、早く離れなさい!」

「嫌! おかーさんを助けてもらうの!」

フィアの指示により、カレンは見事なタックルー……もとい、デボラの正面から抱き付いて動きを止めていた。

孫を無理矢理引き剥がすわけにもいかず、デボラが戸惑っている隙に俺はフレンダの枕元に立った。

「……誰……なの?」

「貴方の娘さんを保護し、連れて来た者です」

「カレン……を?」

「はい。それと貴方の治療も頼まれました。突然で申し訳ないですが、腕に触れますよ」

デボラの動きを封じた点も含めて少々強引であるが、今は彼女の治療が最優先だ。

返事も聞かずにフレンダの腕に触れて『スキャン』を発動させてみれば、予想通り体内に異物の反応が感じられた。

場所は脇腹の奥深くだが、反応の形からして……。

「ま、待ちなさい! その子から手をー……」

「フレンダさんが矢を射られたのは、この位置……この角度からで間違いないですね? それと怪我をした時に治療魔法をかけたのはデボラさんでしょうか?」

「え!? そう……だけど……」

事前に話を聞いていたとしても、服で見えない状態で傷の正確な位置と向きまで伝えれば、デボラも妙だと思ったのか素直に答えてくれた。

「刺さった矢は治療時に抜いたのでしょうか?」

「そりゃあ抜いたさ。じゃないと治療出来ないじゃないか」

「矢の先端に付いていた、 鏃(やじり) は見ましたか?」

「いや……よく見ていなかったけど、何も付いていなかった気が……」

「ならその時に取れたのでしょう。安物でも使っていたか、取り付けが甘かったか……」

「まさか……」

「そうです。フレンダさんの体内に、鏃が残っている可能性が高いのです」

先端を削って尖らしただけの矢なんて珍しくないし、それに治療の状況から相当慌てていた筈だ。

体調を崩していたのも毒によるものだと思っていれば勘違いしてもおかしくあるまい。これも魔法に頼る世界だからこそのミスだろう。

これがもう少し外側に残っていれば違和感が残る程度で済んだかもしれないが、彼女の場合は異物が絶妙な位置に残ってしまったので、治療魔法で治っても身動ぎ一つで鏃が臓器を抉って新たに傷を作ってしまうのだ。魔法をかけても苦しんでいたのはそのせいだろう。

最悪、激痛によるショック死もあり得たかもしれないが、治療魔法をかけ続けたからこそ今まで生き延びてこれた可能性もある。

とはいえそんな事を繰り返していれば、その者の寿命を確実に削るだろう。

「鏃とは限りませんが、とにかくここにある異物がなくならない限り彼女は苦しみ続けるでしょう」

他にも異常がないか調べながらそう説明すると、デボラは苦い表情で頭を抱えていた。

得体の知れない男の言う事を信じたくはないが、完全に否定するのも難しいのだろう。

「なくならない限りって事は……まさか!?」

「御察しの通りです。体に穴を開けて、取り出す以外に方法はないかと」

「娘の体を切るのかい? 理屈はわかるが、そんな事をすればこの子が……」

「どちらにしろ、このままでは彼女が苦しみ続けるだけです。そして俺はこの手の経験がありますので、最低限の痛みで済ませる事が可能です」

リースの姉、リーフェル姫と初めて出会った時と同じような状況だが、違う点は患者の体力が心許ない点と異物がある位置だ。

更に異物の反応は脇腹の奥深くから感じ、そこは腕や足と違って重要な器官が多い。切断面が最小限なのは当たり前だが、感染症も考慮して処置する必要がある。

「初対面の俺たちを信じろと言われても難しいと思いますが、カレンを送り届けた事を証として、どうか俺に任せていただけませんか?」

「……何でそこまでするんだい? 私の娘とは初対面の筈だろうに」

「カレンの泣き顔が見たくないのもありますが、一番の理由は……母親を失う悲しみと辛さを知っているからですね」

「シリウス様……」

「兄貴……」

俺にとって母親だったエリナが亡くなった時の辛さは、未だに忘れられない事だ。

そして治療とはいえ、フレンダを無闇に傷つけてしまえば、ここにいる全ての竜たちに追われるなんて可能性もあるが……関係ない事だ。

俺自身がそうしたいと思っているし、何より俺は弟子たちの師として恥じぬ男でいたい。

「そんな辛い思いを、ようやく母親と再会出来たカレンに味わせたくありません。それに災害だとかどうしようもない状況ならまだしも、目の前にはまだ救える命があるなら救うだけの話ですよ」

そうはっきりと口にすれば、デボラは抱き付いて必死に押し止めていたカレンに逆らうのを止めていた。

溜息を吐いている点から完全に納得は出来ていないようだが、カレンの頭をゆっくりと撫でる姿は慈しむように穏やかである。

「このままだと変わらないのも事実……か」

「お婆ちゃん……」

「そんなに自信があるのなら、やってみておくれ。ただし……何かあったら私の魔法を叩きこんでやるからね」

「ええ、その時は遠慮なくどうぞ。では早速始めるとしましょう」

何も知らない者からすれば怪しい事ばかりだろうが、ここまで来たのならやったもの勝ちだ。

フレンダの体力も含め、デボラの気が変わらない内に済ませるとしよう。

「それじゃあ、軽く綺麗にしちゃうわよ」

「ちょっとごめんな。兄貴、ここでいいのか?」

まずは準備からという事で、フィアが風を起こして部屋の埃を外へ吹き飛ばし、レウスがフレンダをゆっくりと抱えてベッドから清潔な布を敷いたテーブルの上に乗せる。

事前にスリープフライの粉で眠らせているが、フレンダをベッドから移動させた点にデボラは眉を顰めていたので、エミリアが準備を続けながら説明をしていた。

「シリウス様とリースが治療をする際には、全身が水で濡れますのでベッドだと都合が悪いのです。よろしければ、フレンダさんの上着を脱がすのを手伝ってもらってもよろしいでしょうか?」

「それはいいけど、この子の肌を晒すのはちょっと心苦しいねぇ」

「大丈夫だよ、デボラさん。俺はすぐ外に出るから」

「そして私はこうします」

「は?」

レウスが部屋から出て行ったと同時に、俺は布を巻いて目を完全に塞いでいた。

少し間抜けな格好であるが、気配と『サーチ』の反応を活用すれば周囲の状況は判別出来るし、処置をするのは体内だから視界の情報は必要ないからだ。

つまり俺からすれば見ても見なくても一緒なので、どちらかといえば礼義の為にやっている感じだな。

絶句しているのか、それとも止めるべきか迷っているような視線を背中に感じつつ、俺はテーブルに乗せられたフレンダに近づいた。

「さてと……ここまで本格的な手術は初めてだな。リース」

「うん、行くよ! 水よ、汚れから守って……」

準備の間に魔力を集中させていたリースが魔法を発動させれば、フレンダの全身が水の膜で覆われていた。

この水の膜によって全身を消毒するだけでなく、傷口から雑菌の侵入を防ぎながら出血を押さえる役割があるのだ。更に呼吸を妨げないよう、鼻と口だけ覆わないようにする技術も見事である。

かつてリーフェル姫の時に何も出来なかった悔しさから生まれた魔法だが、体内から異物を摘出する技術を持つ俺にとって非常にありがたい魔法だ。

首尾よく異物の摘出に成功したとしても、この魔法で保護していなければ何らかの感染症を引き起こす可能性も十分あっただろう。

「麻酔処置完了。後は……」

水の膜に手を突っ込んでフレンダの体に触れた俺は魔力を流し、いつもの麻酔を施してから、消毒を済ませたナイフを脇腹に軽く突き立てた。

傷の大きさは異物が通れる大きさに留め、背後に控えるエミリアにナイフを渡した。ここから先は精密な作業だけなのでナイフは必要ないからな。

さて……ここからが本番だ。

「摘出完了……と」

傷口から侵入させた幾つもの『ストリング』により、負荷にならない程度に周囲の臓器を押しのけたり、異物を掴んで体内を傷つけないように摘出されたのは、手術を始めて三十分経った頃だった。

その間、 並列思考(マルチタスク) で『ストリング』を個別に操り、外から見えない体内と異物の位置を正確に知る為に『サーチ』を発動させ続けていたので、非常に疲れた。

とにかく異物は摘出成功したが、処置はまだ完全に終わっていない。

何度も損傷と治療を繰り返した臓器を再生活性で回復させ、現在は異物によって生まれた雑菌をリースが操る水で洗浄しているところだ。

「……本当に、こんな物があの子の中に入っていたんだね」

「尖っている部分が多いし、こんなのがあったら痛いのも当然よね」

摘出した異物はエミリアが用意してくれた小さな容器に入れたのだが、予想通りそれは鏃だった。

鉄製の鏃には当然返しが付いているので、鏃だけが抜けても納得は出来るな。

デボラが鏃を睨んでいる中、不安気な表情をしたカレンが俺の袖を引っ張ってきた。

「おかーさん……大丈夫?」

「後は傷を塞ぐだけだから、もうちょっと待っていなさい」

それからリースの処置が終わり、切った部分の治療と傷痕を消せば終わりだ。後の処置は皆に任せて問題あるまい。

エミリアが濡れたフレンダをタオルで拭いてから服を着せ、フィアと協力してベッドに戻したのを確認してから、俺は目隠しを外して近くの椅子へ座っていた。

リースもまた隣の椅子で呼吸を荒くはしているが、その表情は満足気であった。

このまましばらく休んでいたいところだが、まずは結果の報告だな。

「カレン。これでお母さんの悪いところはなくなったから、もう心配する必要はないぞ」

「本当!?」

「ああ、起きた時にはきっと痛みが消えているだろうさ。けどしばらくは目を覚まさないと思うから、カレンも休んでいた方がいい」

「ううん、おかーさんの傍にいる」

すでに外は暗く、今日は朝から森を進んだりして疲れている筈なのだが、カレンは椅子を持ってきて母親の近くに座っていた。

そしてエミリアがレウスを呼びに行ったところで、俺は向かい側にある椅子に座ったデボラに視線を向けた。

「体力が心許なかったようですが、手術は成功しました。療養していれば順調に回復していくと思います」

「本当に……もう大丈夫なんだね?」

「はい。ですがフレンダさんはかなり衰弱していますので、しばらくは碌に体が動かせないと思います」

「構わないさ。あの子が無事なら……それでいいんだよ」

今まで張り詰めていた気が緩んだのか、デボラは脱力しながらも穏やかに笑っている。これなら落ち着いて話を聞いてくれそうだ。

そのまま姉弟が戻ってきたところで俺たちは互いの紹介を済ませ、奴隷だったカレンを保護してここに辿り着くまでの状況を説明した。

奴隷にされていたと聞いた時は驚いていたが、心身共に深い傷はないと伝えれば安心するように息を吐いていた。

「はぁ……そんな事があったんだね。何はともあれ、私の娘と孫を助けてくれて本当に……ありがとう」

「カレンを放っておけなかっただけですよ」

「そうね。私たちはやりたいと思った事をやっただけだもの」

「それでも礼はさせておくれ。それと……最初は辛く当たってすまなかったね。どうも私は冒険者があまり好きになれないのさ」

「やはりこの里に住む皆さんは、外の者を快く思っていないようですね」

カレンを拾った連中のように、欲深な奴等ばかりが竜の巣へ入ってくるので仕方がないともいえる。

だが俺の言葉にデボラは苦笑しながらゆっくりと首を横に振っていた。

「いや……確かにそれはあるけど、私の場合は個人的な事があるんだよ」

デボラが語るべきかどうか迷いを見せていたその時、まるで計ったかのように腹の虫が三方向から聞こえ、リースとレウスが恥ずかし気に笑っていた。

外はもう暗いし、夕食の時間もとっくに過ぎているから仕方がないだろう。ちなみにカレンからも聞こえたが、自分じゃないと言わんばかりに視線を逸らしているのが微笑ましい。

「これはしまったね。私とした事が恩人をもてなしもせずに話しこんでいたよ。あまり贅沢なものは用意出来ないけど、まずは食事の用意だね。言っておくけど、今更遠慮なんてしたら逆に怒るよ」

「怒られるなら仕方がないですね。ご馳走になりたいと思います」

「ああ、任せておきなさい。カレン、お婆ちゃんがすぐにご飯を用意するから、もう少し待っていておくれ」

「うん!」

やはり家に戻ってきた御蔭か、いつもより若干口元を緩ませたカレンが元気よく頷いていた。

そして隣の部屋にある調理場へ移動しようとするが、さすがにこの人数を一人で用意するのは大変だろう。特に俺たちにはよく食べるハラペコ姉弟がいるからな。

「料理でしたら俺も手伝いー……」

「私が行きますので、シリウス様はそのまま休んでいてください。もちろんリースもですよ」

短い時間とはいえ疲れたのは事実なので、俺もエミリアの言葉に甘える事にした。

眠ったままだが若干顔色が良くなったフレンダと、それを見守るカレンの様子を眺めながらぼんやりと椅子に座っていると、向かいの窓からホクトが顔を突っ込んできたのである。

「オン!」

外の警戒をホクトに任せていたとはいえ、一仕事を終えて気が緩んでいたようだ。

とにかく『サーチ』を発動させれば、こちらに近づく大きな反応を二つ捉えたのである。

「……どうやらゼノドラ様のようだが、話し合いが終わったのか?」

「私たちは敵じゃないって理解してもらえたかな?」

「わからんが、もう一つ同じような反応を感じるし、いきなり攻撃される可能性もありそうだ。何かあった場合に備えておくとしよう」

「そうね。逃げる準備だけはしておきましょうか」

何があっても対応出来るようにと、エミリアにも『コール』で伝えたところで、家全体が軽く揺れる地響きが起こった。

おそらく二体が着地したからだろうが、ゼノドラの着地は静かだったので、おそらくもう片方が荒かったのだろう。

そう思いながら待っていると、扉が開かれて人の大きさになったゼノドラが現れた。

「待たせてすまんな。頭の固い連中への説明に少し手間取った」

別れた時と違って少し疲れた様子は見られるが、敵意や緊張は感じられないので、すぐに逃げる必要はなさそうだな。

「いえ、問題ありませんよ。それより俺たちの事はどうなりましたか?」

「それなんだが……これから私についてきてくれぬか? どうも疲れているようだが、長がお主たちの顔を直接見たいらしくてな」

「断わるのは許さんぞ?」

ゼノドラは申し訳なさそうにしているが、遅れて入ってきたもう一人の竜族は鋭い目つきを向けてくる。

全身が赤い初対面の竜族だが、俺たちを非常に警戒しているようだ。

「そんなに睨む必要はあるまい。何をそんなに気を張っておるのだ」

「黙れ。逆に貴様は余所者に気を許し過ぎだ。余所者は我等に不幸しかもたらさない愚かな連中だぞ?」

「不幸だけではない。見ろ、あんなにも苦しんでいたフレンダが穏やかに眠っておるでないか」

ゼノドラが到着してこの部屋に来るまで時間があったので、すでにデボラから顛末を聞いているらしい。

それから二人は少し言い争っていたが、ゼノドラの方が冷静で口が上手いのか、次第に赤の竜族の口数が減っていった。

そして赤の竜族がようやく静かになったのを確認したゼノドラは、俺たちに笑みを向けてくれたのである。

「それよりデボラから聞いたぞ。お主たちはフレンダの命を救ってくれたそうじゃないか」

「俺たちの出来る範囲で治療しただけですよ」

「ふん、本当に治ったかどうかわからぬがな」

赤の竜族は騙されないと言わんばかりに睨んでくるが、ゼノドラは気にせずに話を続けていた。

「失敗していれば、我等全てが敵に回ったというのに平然と抜かすか。だがこれで話がスムーズに進む筈だ。すぐに行くとしようか」

「わかりました。全員……ですかね?」

「当たり前だろうが! お前たちが好き勝手にしないように、俺はついてきたのだぞ」

つまりこの赤の竜族は監視役といったところか。

きちんと話は通すべきなので行くのは構わないのだが、交渉に失敗すれば戻って来られないのが痛い。

フレンダの経過を見る為にも、せめて数日は残れるようにお願いしたいところだな。

ついでに言うなら皆……特にリースとレウスもお腹が空いているだろうし、夕食だけでも済ませておきたいところだったが、この際仕方があるまい。

ゼノドラたちは外で待っていると言って出て行ったので、俺たちは一旦デボラに事情を説明しに向かった。

「そうかい。長が決めたのなら仕方がないね」

「すいません。いつ帰って来られるかわかりませんので、俺たちの食事はまた今度でー……」

「いや、娘と孫を救ってくれたあんたたちならきっと許してくれるだろうさ。沢山のご飯を作って待っているから、こっちは気にせず行っておいで」

「ありがとうございます」

さっぱりとした笑みを浮かべて見送ってくれるデボラに、気付けば少しだけ穏やかな気持ちになっているのに気づいた。どうやら俺は母親的な存在に弱いのかもしれない。

最後にカレンへ一言伝えようとしたが、どういうわけか姿が見当たらなかった。

まあ家に帰ってきた以上どこかへ行くとは思えないし、『サーチ』の反応でもすぐ近くから感じられたし問題はあるまい。

そう思って外へ出たのだが……。

「カレンも行く!」

カレンが竜の姿になったゼノドラの背に縋りついている光景が飛び込んできたので、俺は少し呆気に取られてしまった。

ゼノドラから話を聞いてみれば、どうも先程の会話を聞いて不安になったのか、心配で飛び出して来たらしい。

「おかーさんはもう平気だってわかったから、次はお兄さんとお姉ちゃんたちの番!」

「せっかくお母さんに会えたんだろう? ならお婆ちゃんと一緒に待っている方がー……」

「行くの!」

中々に頑固な子である。

しかし俺たちを心配しての行動なので、喜ぶべきかどうかの判断が難しいところだ。

どうするか困っているとデボラが家から出て来たので、カレンの説得を頼むとしよう。

「……連れて行ってあげておくれ」

「いいのですか?」

「ああ、この子はフレンダと同じようにあんたたちを心配しているんだ。それに長の所なら安全だからね」

『そうだな。カレンが無事であったと、長たちに直接姿を見せるのも良いだろう。ところでシリウスよ、フレンダはすぐに目覚めるのか?』

「少なくとも明日、明後日までは目覚めないかと」

『なら今夜中に帰らせれば問題あるまい。まあお主たちの言葉通りなら、ここはデボラ一人で大丈夫であろう』

『ゼノドラ様。それでしたら……』

『我々はこのままここに残り……』

『何かあれば報告に向かうというのはどうでしょうか?』

すると三竜が、名案とばかりに尻尾をピンと立てて前に出て来た。

確かにフレンダが予期せぬ事態で苦しみ始めたら連絡してくれると助かるが、ゼノドラは鋭い視線を三竜へと向けていた。

『……長たちと顔を合わせるのが嫌なだけではないだろうな?』

『そのような事は!』

『決してありませぬ!』

『我々はフレンダ殿を心配しー……!』

「オン!」

『『『すいません! 怒られたくないんです!』』』

俺たちがフレンダを治している間も教育されていたのか、ホクトの前では素直になる程に調教されていた。

後に判明する事だが、フレンダが襲われて過敏になっていたとはいえ、相手を碌に確認もせず襲い掛かり、なおかつ森を焼いてしまう炎のブレスを連発したのが不味かったらしい。

もちろんカレンやフレンダを心配しての事だろうが、残ると言い出したのはそういうわけか。

「万が一に備えて伝達役がいると安心ですし、私としては残ってもらった方がいいですね」

『それもそうだな。どうせ怒られるのが先か後かの話だからな』

「駄目な感じなのか?」

『駄目だな』

『『『…………』』』

レウスの言葉により、説教は確定であると判明した。

こうして落ち込んでいる三竜は置いていく事に決まったところで、俺たちはゼノドラの背に乗った。

まあ俺の場合はホクトが背中に乗れと鳴くので、ホクトに乗っているともいうが。

『遅い! いつまで長を待たせるつもりだ!』

『そう焦るな。長もそこまで気が短くない』

全身が血のように赤い竜に怒られつつも、俺たちは来た時と同じように空へと舞い上がった。

しかし空を飛ぶのは目的地が遠いからではなく、飛ばないと辿り着けない高台にあるからだ。面倒な気もするが、竜も有翼人も空を飛べるので不便ではないだろう。

そして僅かな空の移動を終えて辿り着いたのは、高台に掘られた巨大な洞窟だった。

『ここは我々が会合等で使う洞窟でな、今は長と周辺の竜族を纏めているリーダーが集まっている。ちなみに隣にいる頭の硬い奴……メジアもその内の一人だ』

『貴様! 余所者に俺の名前を勝手に教えるんじゃない!』

『お主がいつまでも教えぬからだ。さて、それでは私についてきてくれ』

洞窟は竜の姿でも十分通れる広さなので、メジアと呼ばれた赤の竜はそのままの姿で洞窟内へと入っていた。

そんなメジアに呆れた様子を見せるゼノドラから下りた俺たちは、先導する青い巨体の後ろをついて歩いていたが、途中である事に気付いた。

「ゼノドラ様。長と会うにあたって、気をつけなければいけない作法とかはありますか?」

『私と同じように接すれば十分だ。老いぼれと馬鹿にしない限り、女と子供には甘い爺さんだよ』

笑いながらそう言うので、そこまで身構える必要はなさそうだ。

だけど警戒は緩めずにレウスを先頭にして俺たちは歩いているのだが、あまりにも広く様々な装飾が施された洞窟の物珍しさに思わず視線が彷徨ってしまう。

「それにしても広い洞窟ー……というか、もはや神殿に近い構造ね。こんなのどうやって掘ったのかしら?」

「土魔法が上手な長が、ずっと前に作ったって聞いたよ」

『うむ、よく知っているなカレンよ。お主の言葉通り、数十年前に長が手と魔法でコツコツと掘ったのだよ』

「これを手と魔法で……途方もない労力と魔力が必要ですね」

『竜族の長はここから中々離れられないからな。長の話によれば、暇潰しに掘っていたと口にしておったな』

「私たちからすると竜って怖い存在だけど、何だか印象が変わっちゃうよね」

「長ってゼノドラの兄ちゃんより大きい竜なんだろ? どれだけでかいんだろうな」

そんな風に話しながらしばらく歩き続けると、通ってきた通路より何倍も広い広間へと出た。

広間の奥には巨大な竜の石像が建てられているが、その石像を背にして座る黒い竜の姿があった。

その黒竜はゼノドラとメジアより一際大きく……何より存在感が違うので、あれがまさしく長であろう。

他にも広間の中心には岩で作られた大きな器に火が焚かれ、ゼノドラと色違いの竜たちが車座になって座っている。

『アスラード様! 件の余所者たちを連れてきました』

『……来たか』

メジアが敬服するように頭を下げれば、アスラードと呼ばれた黒竜はゆっくりと頷いた。何というか、王様と謁見しているように厳かな雰囲気である。

そして巨大な竜たちの視線が一斉に俺たちへと集まり、緊迫した空気が流れる中……。

「アスじい!」

『……よく来たな冒険者たちよ。私の名前はアスラード……この里の長をしている』

「アスじい! お兄さんとお姉ちゃんたちは悪い人じゃないよ!」

『お主たちを呼んだのは他でもない。この里へ何をしに参ったのか、お主たちから直接聞きー……』

「色んな事を知ってて、カレンに教えてくれたんだよ! だから苛めちゃ駄目!」

だが空気を全く読まないカレンにより、先程まであった厳かな雰囲気は霧散しかけていた。

果たしてアスラードは、この空気を保ったまま会話を続けられー……。

『なあカレン。爺ちゃん、ちょっと大事な話をしておるから、もう少し静かにー……』

「駄目なの!」

すでに遅かったようだ。