軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜族と有翼人

『ゴホン……冒険者たちよ。私の名前はアスラード。この里の長をしている竜だ』

カレンが俺たちを助けようと必死に叫び始めてから数分後……ようやく会話は再開された。

何とか最初の厳かな雰囲気を取り戻そうと、アスラードは真剣な様子で語り始めているが……。

『アスじい! 皆を苛めちゃ駄目なの!』

『ああわかったわかった。彼等を怒ったりしないから落ち着くのだ』

『ですがアスラード様。この者たちが我々に害をもたらす存在ならば、何か口を出さねばー……」

『こら! 黙っていろメジア』

『だから駄目なの!』

……という風に、先程まで実に和やかなやりとりが行われていたので、緊張感がほとんどなくなっていた。

ちなみに騒ぎの原因であるカレンは、現在フィアの横で蜂蜜を混ぜた飴を舐めながら大人しくしている。

周囲の竜たちも口出しすると話が進まないと理解したのか、静かに佇むだけだが……ゼノドラとアスラードと違ってカレンを見る目はあまり優しくない気がするな。

その温度差は気にはなるが、向こうが名乗ってきた以上はこちらも名乗らなければ失礼にあたるだろう。

そのまま俺たちも名乗り、互いの自己紹介が終わったところで突然アスラードは頭を下げてきた。

『まずは我々の同胞であるカレンを守り、連れ帰ってくれた点について礼を言おう』

『アスラード様! 理由はわかりますが、長たる貴方が軽々しく頭を下げてはいけません!』

声を荒げているメジアは余所者を快く思っていないのもあるようだが、それ以前に彼は規律等に厳しい竜だと思われる。

俺たちにとって困る相手でもあるが、集団で生きる以上は厳しい意見を言える者が必要なのも理解しているので、俺は口を挟まず見守る事にした。

『だが同胞であるカレンを救ってくれたのは事実だ。そしてカレンを心配していた親子の心も救われたのだぞ?』

『確かにそうですが……』

『決断するのは最後だ。では先程中断した質問をもう一度するとしよう。我が里を訪れし冒険者たちよ、正直に答えるがいい。お主たちは何をしにここへ来たのだ?』

カレンに向けていた優し気な態度から豹変し、アスラードは鋭い視線を俺たちに向けてきた。

まるで心まで見透かしているようで、下手な嘘をつけば里にいる竜たち全てが敵に回ると思わせる雰囲気である。

要するに何か企んでいるのか白状させる為に脅しているのだろうが、俺たちは隠す事も恥じる事もないので堂々と答えさせてもらうとしよう。

「ゼノドラ様からすでに聞いていると思いますが、俺たちは旅の途中で偶然保護したカレンを母親の下へ送る為にここへ来ました」

『本当にそれだけか?』

「もう一つ付け加えるなら、興味が湧いたからですね。有翼人がどんな所に住んでいて、どんな暮らしをしているのか気になって見にきたのですよ」

『……そんな理由で訪れたと? 我々や魔物に襲われ、死んでいたかもしれないのだぞ?』

「魔物と竜に負けない程度に鍛えていますから。それはあくまでカレンを無事に送り届けるついでの話ですし、これで俺たちの目的はほぼ達成したようなものですね」

そうはっきりと答えてやれば、アスラードはどこか呆れた様子を見せてから、今度は弟子たちに視線を向けていた。

『他の者も同じか?』

「カレンちゃんの為もありますが、私はシリウス様の従者ですので、ただ主について行くだけです」

「私は従者じゃないけど、同じ意見です」

「俺は兄貴についていくだけだぜ!」

「私たちはシリウスを中心に集まった家族なの。だからその質問は無意味に近いわね」

「オン!」

竜という巨体ゆえの圧迫感もあり、常人なら睨まれただけで竦み上がるだろうが、皆は視線を逸らすどころか負けじとばかりに言い返していた。

まあ、俺たちは嘘なんか微塵もついていないからな。

『ふむ……少なくとも嘘はついていないようだな』

『長の目を疑っているわけではありませんが、信じるのですか?』

『少なくとも我々の敵ではあるまい。警戒だけは継続しておくが』

『アスラード様。話の途中で申し訳ありませんが、一つ重大な報告があります。先程迎えに行った時に判明したのですが、この者たちの手によってフレンダの病気が治ったそうです』

『何だと!? メジア、お主も見たのか?』

『は、はい! 完治したかまではわかりませんが、俺から見てもフレンダは苦しんでいなかったです』

「悪いものはお兄さんが取ってくれたから、もうおかーさんは平気なんだよ!」

『ご覧の通り、カレンもその状況を確認しているのです。救われた同胞の恩に報いる為、私はあの者たちを歓迎すべきだと提案します』

一歩前に出ながら進言したゼノドラだが、周囲に控える竜たちの目は厳しい。

そもそも原因は俺たちのように外から入ってきた余所者のせいなので、ゼノドラのように賛同出来ないのだろう。

そんな中、アスラードは俺たちを一瞥してから、最後にゼノドラを真っ直ぐ見据えていた。

『ゼノドラよ。確かに同胞を救ってくれたが、その者たちとは出会ったばかりであろう? 里へ連れてきたのもお主らしいが、やけにこの者たちを評価しておるな?』

『そうだ。我々に害する存在ではないと何故言い切れる?』

『敵ではないと納得出来る材料が揃っているからですよ。もしこの者たちが有翼人を狙っているのであれば、カレンを連れてくる必要がありません』

『この里まで案内をさせる為ではないか?』

『それならばカレンを脅せば十分だし、ここまで懐かせる必要はない。何より我々に睨まれるとわかっていながら、フレンダを治療する必要はあるまい』

『フレンダが本当に治ったのかまだ判明しておらんぞ。そうやって我々の信頼を得て、隙を狙っている可能性もある』

『何だ? 我々は人族の策を見抜けないどころか、隙を見せれば容易くやられるような脆弱な存在だったのか? それにアスラード様が嘘はついていないと判断した以上、これからじっくりと見極めれば良いだけの話だろう』

他の竜による追及も続くが、ゼノドラの説得は続いた。

それにしても……ゼノドラが俺たちを庇ってくれるのは嬉しいのだが、何故彼は俺たちをこんなにも評価してくれるのだろうか?

『この者たちは人の身でありながら、我々に囲まれても臆する様子すら見せておりませぬ。そして伝説とも呼ばれる百狼が心を許している時点で、今まで見てきた愚かな余所者とは明らかに違う筈』

『ふむ、確かにな』

『何より……面白そうではありませぬか。かつての男のように、我々に何か新しいものを見せてくれるかもしれませぬ。長ならばわかる筈です』

『……そうだな』

『とにかく彼等の希望を聞くべきです。どちらにしろ我々の協力がなければ、この里から出る事も叶わぬのですから』

この辺りが落とし所だと言わんばかりにゼノドラが振り向いたので、俺は軽く頭を下げてから一歩前に出ていた。

ゼノドラも何か思惑があって俺たちの味方をしているようだが、その言葉と態度から怪しい気配は感じないので今は信じても大丈夫そうだ。

微妙に見え隠れした様々な事情は後で聞くとして、今は俺たちの要望を伝えるべきだな。

『ゼノドラの言う事も道理だな。では聞くが、お主たちは我々に何を望む? 金が欲しいならば、この洞窟から掘れた宝石をくれてやってもよいぞ?』

「でしたら、里での滞在許可を数日程いただきたいのです」

『滞在許可だと? 理由を聞かせてもらおうか』

「フレンダさんの経過を確認しておきたいのもありますが、ここに住まう人たちの生活を見てみたいのです。私は珍しいものや景色だけでなく、そこに暮らす人々を見て回る為に旅をしているので」

見聞を広める為の旅なのだから、有翼人や竜族との関係を調べてみたり、ここでの暮らしを是非体験してみたいのだ。

そんな俺の言葉に、メジアともう一体の竜が怪しむような視線を俺たちに向けてきた。

『知ってどうするのだ? 我々の暮らしが知りたければ一日もあれば十分だろう』

『それにフレンダの治療が本当に済んだと言うならば、経過を見る必要もあるまい?』

「怪我や病気を甘く見ないでもらいたいですね。強靭な貴方たちと違い、人に近い有翼人は完治するまで油断するべきではありませんから。そして何より、原因が体内にある異物だと気付けなかった人たちに、フレンダさんを委ねるのは心配なのですよ」

『何だと!』

所詮俺は余所者だし、そちらの言い分もわかるが……フレンダは俺とリースで治療した患者でもある。それに彼女は俺たちの妹分でもあるカレンの大切な母親だからな。せめて歩けるようになるまでは様子を見たい。

別に医者でもない俺がそう口にするのは傲慢かもしれないが、こちらとしても譲れないものはあるし、舐められたままってのも癪だ。

挑発するような言葉に竜たちは苛ついていたが、俺は構わず言い返してやる。

「ついでに知るというのは本や人伝で聞いた情報だけではなく、己で直接見て、感じ、体験するからこそ本当に理解するものだと私は思っているからです。竜族にとって私たちは小さい存在なのでしょうが、何でも優れていると思わないでもらいたい」

『ぬぐ……口だけは回るか』

『同胞を救っていなければ、我が牙で食い千切ってやったものの……』

「牙は俺の方だ! そっちこそ食い千切られても知らねえぞ!」

「ガルルルル……」

「喧嘩は駄目なの!」

戦い……とまではいかないが、若干険悪な雰囲気となり、レウスとホクトだけでなくカレンも俺たちを庇うように前へ立っていた。

こんな状況でも全く物怖じしないカレンに苦笑していると、経緯を見守っていたアスラードが突然大声で笑い出したのである。

『ふははは! 下がれお前たち。こちらの負けを素直に認めるがよい』

『……長がそう言うならば』

『くっ! 竜族たる我々がここまで言われて引き下がるわけには……』

どうも元から本気で俺たちを憎んではいないらしく、今は負けた事に悔しがっているようだ。竜族は結構負けず嫌いでもあるらしい。

『なに、しばらくこの者たちは里にいるのだ。負けたと思うなら、後で何かしらの勝負を挑めばいい。そして先程の大口が嘘ではないと、我々の目でじっくりと見極めてやろうではないか。お主たちが、我々を見るようにな』

「アスラード様。それでは……」

『ああ。我々はお主たちを歓迎し、里の滞在を許可しよう』

「ありがとうございます。ですが四六時中観察されても困りますから、程々にお願いしますよ」

「……もう大丈夫って事なんだよね?」

「ええ、私たちはカレンと一緒にいられるって事よ」

「アスじい!」

フィアに太鼓判を押してもらった事により、喜んだカレンは前に伸びていたアスラードの尻尾に飛び付けば、尻尾が持ち上げられてカレンは掌の上に乗せられていた。

竜の大きさからして相当な高さであるが、カレンが喜んでいる点から慣れたものらしい。何とも仲がよろしい事で。

『しかし私が決定したとはいえ、里には外の者を警戒する同胞が多い。問題は起こさぬように気をつけるのだぞ』

「わかりました」

『それでしたら、私がこの者たちを案内したいと思います』

『うむ、客人への対応はゼノドラに任せる。ではこれで解散だ。皆の者、竜族の名に恥じぬ行動を心掛けよ』

『『『はっ!』』』

アスラードの号令により、各々の竜が背を向けて洞窟の入口へと歩き去っていく。

しかしその途中でメジアだけ振り返り、俺たち……いや、俺だけをじっと見つめてきたのは何故だろうか?

だが向こうも俺と同じ感覚らしく、結局メジアは何も言わずに首を傾げながら洞窟を出て行った。

そして洞窟に残ったのが俺たちと、アスラードとゼノドラだけになったところで、これからについての話し合いをしていた。

『さて、次はお主たちの寝泊まりする場所だが……』

「カレンの家!」

『うーむ……それが妥当だろうが、あの家に五人は狭いかもしれぬな』

「私たちには野営道具がありますので、寝床がなければ外で寝ますから大丈夫ですよ」

「家に皆が入れなかったら、毎日交代するようにすればいいしね」

「むしろ私は狭い方が嬉しいです。そうすれば合法的にシリウス様の傍で寝られるー……むぐ!」

余裕が出てきたせいか、暴走し始めたエミリアの口は何とか塞ぐ事が出来た。ここ最近はカレンを気にしてなのか、甘え方が控え目だったからな。

カレンを無事に送り届ける事が出来たので、気が緩んで素が出始めているのだろう。今夜辺り、寝床に潜入してきて俺の首や肩を甘噛みしてくる可能性が高い。

「ねえ、里の人たちがあまり近づかない建物ってあるかしら?」

『そうだな……村の外れに倉庫として使っている小屋がある。夜になれば誰も近づかぬから、散らかしたりしなければ自由に使っても構わないぞ』

「うん、後で確認する必要があるわね。声なら私の風で何とかなるし、軽く掃除もしておいた方が……」

「こっちはこっちで何を話し合っているんだ!」

普段は一緒にツッコミ役をしてくれるフィアだが、そっち系になると非常に積極的になって止まらない事が多々ある。最近はカレンを見ているせいか特に激しい。

今の俺たちに足りないものはツッコミ役なのかもしれない。

そして俺たちは再びゼノドラの背に乗ってカレンの家へと戻ってきた。

家の外でのんびりと座っていた三竜がホクトの姿を確認するなり、直立不動で並んで迎えてくれた光景には思わず苦笑が漏れてしまう。

『『『おかえりなさいませ!』』』

「オン!」

まあ……三竜も嫌がっているわけじゃないので問題はあるまい。

外はホクトに任せ、人の姿へと変わったゼノドラを連れて家へと入れば、料理の芳しい匂いと共にデボラが笑顔で迎えてくれた。

「おかえり。無事に帰ってこれて何よりだよ」

「心配おかけしました。長からここでの滞在許可を貰う事が出来ました」

「カレンと一緒にいられるんだよ!」

はしゃぐカレンを落ち着かせてから結果を報告し、しばらくフレンダの経過を見たいと伝えれば、デボラは呆れた表情で溜息を吐いていた。

「はぁ……冒険者ってのは本当に妙な奴ばかりだね」

「だろう? まるであいつの再来だ」

向かい合って苦笑するデボラとゼノドラが気になったが、同時にリースとレウスの腹が盛大に鳴り響いた。途中で食べていた干し肉で誤魔化すのも限界のようだ。

「ははは、まずは夕食だね。あんたたちの口に合うかわからないけど、沢山作ったから遠慮なく食べておくれ。ゼノドラ様もどうですか?」

「そうだな、ならばご馳走になろうか。皆とはまだ話したい事があるからな」

「俺もです。それより外で待機している三人はー……」

「あの馬鹿共はもうしばらく放っておいて構わんよ。私が帰る時にでも解散させるさ」

反省の意味も込めてらしいが、まあ……何だ。もう少しだけ頑張れ三竜よ。

とりあえず、後でこっそりと差し入れくらい持って行ってやるとしよう。

一応フレンダに異常がないか確認した頃には準備が終わり、少し狭いながらも全員がテーブルに着いてから遅い夕食となった。

食の傾向なのだろう、全体的に肉より野菜を使った料理が多く、特に芋を使ったものが大半を占めていた。

「これかい? そいつはこの辺りで採れるモッドという実で、私たちがよく食べているものさ。味はそこそこだけど、量だけは沢山あるんだよ」

有翼人は農業をしているようなのでパンもあるようだが、里ではこのモッドという食材が主食らしい。

一個が俺の掌で握れる程度の大きさで、表面がデコボコした丸い形の実だ。それを手頃な大きさに切って焼いたり、煮込んだりする点からして前世で見たジャガイモに近い食材のようだ。

少し独特な食感でもあるが、シチューで煮込む事によってちょうど良い塩梅に仕上がっている。

「味が染み込んでいて、とても美味しいです」

「美味い! おかわり!」

「おかわりお願いします」

「私も結構好きな味だけど、お腹に溜まるせいかあまり沢山食べられそうにないわね」

弟子たちも中々気に入っているようなので、里を出発する時に分けてもらうとしよう。

こんな山奥になると香辛料があまり存在しないので全体的に薄味だが、俺も結構気に入っていた。家庭の味というか、こう……食べていると落ち着く味ってやつだ。

うちのハラペコ姉弟が次々とおかわりを量産する中、一杯目のシチューを食べ終わったカレンもまた皿をデボラへと差し出していた。

「おかわり!」

「あら、カレンがおかわりするなんて珍しいね。いつもならもうお腹一杯だろうに」

「カレンはお姉ちゃんたちみたいになりたいから、沢山食べて早く大きくなるの」

「ふふ、嬉しい事を言ってくれるじゃない」

「ですが食べ過ぎも駄目ですから、一杯目の半分くらいが良いと思いますよ」

「食事は楽しく食べるのが大切なんだよ。お腹一杯で苦しむなんて勿体ないからね」

「うん! お婆ちゃん、半分おかわり!」

「……あいよ。カレンの好きな具を入れてあげるからね」

カレンがいつもより食べているのは、家族が作った料理なのもあるだろう。

先程の口振りからして本当に珍しいのか、デボラは驚きながらも笑みを浮かべて皿を受け取っていた。それ以外にも何か気になっているようにも見えたが、深刻さは感じられなかったので放っておいて大丈夫だろう。

ちなみに、リースがお腹一杯で苦しむ姿を一切見た事がない点については触れないでおいた。

しばらくして夕食が終わり、テーブルに満載されていた料理は綺麗さっぱりなくなっていた。

そして食事が終わるなり、すぐにフレンダの下へ向かったカレンとリースを除いた俺たちは、エミリアが淹れた紅茶で食後の休憩をしていた。

「エミリアから沢山食べるとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったね。家の備蓄が空になっちまったよ」

「すいません。明日になったらすぐに食材を確保してきますので。なあレウス?」

「おう! 狩りなら俺に任せとけ!」

「ははは、そんなに気にする必要はないよ。何せカレンがいなくなってから、私も娘も碌に食事が喉を通らなかったからちょうど良かったものさ」

備蓄していた食材が腐るより遥かにマシだと、デボラは大口を開けて笑っていた。

出会った当初は精神的に疲れていたせいもあって俺たちを怒鳴ったりしたものだが、これが本来のデボラなのだろう。気風の良い、肝っ玉母さんという感じである。

「それに食材は探せば幾らでも手に入るけど、私の娘と孫はもう二度と手に入らないんだ。数日分の備蓄くらい微塵も惜しくないね」

「ですがしばらく厄介になるわけですし、色々と手伝わせていただきますよ」

「律儀だねぇ。それじゃあ無理のない範囲で頼んだよ。ちょっと狭いかもしれないけど、自分の家だと思ってくつろいでおくれ」

食事の間に、カレンの要望もあってこの家に居候させてもらえる許可はすでに貰っている。

そのまま里での生活についてゼノドラとデボラから色々と聞いていると、途中でリースだけが隣の部屋から戻ってきた。

「カレンはどうしたんだ?」

「フレンダさんの顔を見ている内にすぐ寝ちゃったから、隣のベッドに寝かせてきたよ」

「今日は色々あったし、お腹一杯になったら当然かもしれないわね」

「カレンを任せちゃってすまないね」

「私が好きでやっている事ですから気にしないでください。それに寝顔が可愛いし……」

エリュシオンでは姉によく甘えていたリースだが、リーフェル姫と出会う前の生まれ故郷では下の子の面倒を見ていたので、密かに子供の扱いが上手なのである。

そして満足気に微笑むリースが椅子に座って紅茶が用意されたところで、玄関の方から扉を叩く音が聞こえたのである。

外にいるホクトと三竜が騒いでいない時点で敵ではないようだが、気配を探ってみれば意外な人物がやってきたようだ。

「邪魔をするぞ」

デボラが返事をする前に扉が開かれ、俺たちの前に現れたのは……人の姿となった竜族の長アスラードだった。

家に訪れるのは慣れ親しんだご近所ばかりなので、最低限の合図をすれば勝手に家へ入っても問題ないらしい。

「アスラード様!?」

「なに、治療がされたフレンダとお客人の様子を見にきただけだ。個人的な用だから、固くならずいつものようにしておくれ」

「わかりました。それではすぐに飲み物をー……」

「私にお任せ下さい」

見た目は杖を突いていてもおかしくない老人だが、自然と醸し出す存在感と纏う雰囲気からして、あのアスラードで間違いないようだ。

そして老いを感じさせないしっかりとした足取りで近くの椅子に座れば、エミリアがすかさず紅茶を用意していた。

「ははは、お嬢さんみたいな綺麗な子に淹れてもらえるなんて光栄だよ。おお……見事だ。こんなに美味い紅茶は初めてだ!」

「お口に合ったようで何よりです」

「美味い紅茶を淹れられるだけでなく、器量も良いときたか。エミリアよ、これからは私だけの為に紅茶を淹れてもらえぬか?」

「私の一生はシリウス様に捧げると誓っておりますので、お断りします」

「これは手強そうだ。だがこう見えて私はまだ男として優れておるし、女性を幸せにする度量には自信がー……」

「すでに幸せですから、お断りします」

何か……いきなりエミリアが口説かれていた。

竜の姿で会った時は、里の為に尽力する真面目そうなイメージがあったが……。

「もしかして、こっちが素か?」

「そうだ。これが本来のアスラード様……いや、私の爺さんだよ」

子供だけじゃなく、無類の女の子好きらしい。

ついでにゼノドラの肉親というのも判明した。どうりで雰囲気や口調で似ている部分があるわけだな。

「どうしても駄目か? 老い先短い爺の頼みだと思って、少しだけでも……」

「駄目です」

「……見ての通り、子供も好きだが女好きでもあるのだ。おそらく他の女性にも声をかけてくるから、あまりにもしつこかったら私に教えてくれ。場合によっては叩いても構わないぞ。竜族は体が頑丈だからな」

「覚えておきます」

エミリアがはっきり断っても、懲りずに誘い続ける爺さんだからな。

フィアは大丈夫だろうが、悪意のない頼み事には弱いリースは要注意だ。気をつけておこう。

「それより爺さん、目的を忘れてないか?」

「む!? そうだったな。デボラよ、ちょっと奥へ入らせてもらうぞ」

どうやらここへは何度も訪れているようで、迷う事なくフレンダとカレンが眠っている部屋に入ったアスラードは、すぐに出てきて安堵の息を吐いていた。

「ふむ、確かにフレンダから生気を感じるな。あの様子ならもう大丈夫だろう」

「うーん、やっぱり長となると大変なんだな」

「当然だ……と言いたいところだが、私にとってフレンダとカレンは少し特別なのだよ。里を纏める長としては失格だろうがな」

「そういえば、カレンちゃんがお爺ちゃんって凄く懐いていたよね? でも種族が違うし……」

「いや、私とカレンとは血の繋がりは一切ない。そうだな……お主たちは色々知りたがっていたし、少しだけ教えるとしよう。デボラも構わぬか?」

「はい。彼等なら私も構いません」

許可を得れたところで、アスラードは遠い目をしながら語り始めた。

「私が二人をー……いや、カレンが産まれる前だから、フレンダを気にかけるようになったのはほんの数年前からだな。あの日は里の平和を守る為、私が空から周辺を警戒している時だった」

「違うぞ爺さん。暇だからと、我々に黙って勝手に空の散歩へ出かけた時だ」

余計な事を言うなとばかりにアスラードは尻尾を振るうが、ゼノドラもまた尻尾で一撃を受け流していた。実に自然なやりとりである。

「ゴホン……とにかく私が空を飛んでいると、地上で何か争う様子が見られたのだ」

そしてアスラードが地上に目を凝らしてみれば、数人の冒険者に追われるフレンダの姿があったそうだ。

「冒険者たちは希少な有翼人を求めて潜入してきた連中でな、森で食材を確保していたフレンダを偶然見つけて捕まえようとしていたのだ」

空を飛んで逃げようとしたフレンダは風の魔法によって落とされ、逃げられないように麻痺毒を塗った矢で射られそうになった。

だがその時……冒険者たちの中から一人の男が飛び出し、放たれた矢をその身で受け止め、更にフレンダを背にして庇い始めたらしい。

「その男は武器を持った連中を相手に一歩も引かず、必死にフレンダを守ろうとしていた。私が地上に下りたのはその時だ」

その場に介入したアスラードはあっという間に冒険者を排除し、麻痺で苦しんでいる男を見下ろしていた。

行動はどうあれ、一緒に行動していた点から仲間なのは間違いないと、アスラードは始末しようと考えていた時……。

「だが奴は笑っていたのだ。私が問い掛ければ、フレンダが無事で良かったと……心の底から安堵していたのだ」

詳しく聞いたところ、男は有翼人を見たいという純粋な興味でやってきたらしく、他の連中は護衛や案内人として雇っていた冒険者らしい。

しかし偶然にも竜族に見つかる前に有翼人を見つけてしまい、雇われた連中は欲望を抑えられなかったというわけだ。

「その男の名はビート。人族の男で……カレンの父親だ」

つまりビートは、俺たちみたいに見聞を広める目的で旅をしていた男というわけか。

アスラードやゼノドラが俺たちの言葉に呆れるだけでなく、どこか懐かしがっていたのはそういうわけだ。

「更に聞けばフレンダに一目惚れだったらしくてな、何だか毒気を抜かれた私はビートを連れて帰る事に決めた。里の皆はビートを不信に思っていたが、助けられたフレンダは満更でもなくてな、気付けば二人は結ばれていたわけだ」

「一部の同胞は余所者を快く思っていなかったが、ビートがもたらした外の知識で暮らしがが楽になったのも事実だ」

「カレンは人族と有翼人の間に産まれた子だったのね」

「あれ? でもカレンちゃんの父親って……」

「うむ。フレンダがカレンを身籠ったと同時にビートは体調を崩し始めてな、カレンが生まれる少し前に亡くなってしまったのだ」

冒険者と聞いてデボラが複雑そうに見えた理由もわかった気がする。

理由はどうあれ、娘と孫を置いて先立ってしまった相手と同じだからだろう。

「私が連れてきた以上、どうも放ってはおけぬのでな。それからフレンダと産まれたカレンを気にかけている内に、気付けばカレンが私の事をああ呼ぶようになったのだ」

「本物の孫には厳しいくせに、カレンには甘い爺さんだよ」

「やかましい! 男より女の方が可愛いからに決まっておるだろう。それに竜族として厳しく鍛えなければならんから、厳しくなるのも当たり前だ」

再び二人が尻尾で打ち合う中、今の話を聞いて俺は色々と納得していた。

実は俺たちが使って良いと言われた部屋には手書きの本が数冊置かれていたのだ。おそらくあれはカレンの父親であるビートが書いたものだろう。

本には世界の珍しい出来事や現地での体験談が書かれており、おそらくカレンはあの本を読む事によって好奇心が旺盛な子に育ったと思われる。まあ、あくまで俺の想像だけどな。

これで疑問が幾つか解けたが、リースは少しだけ悲しそうに一人呟いていた。

「もしかして、カレンちゃんの父親が人族だったから、翼がああなっちゃったのかな?」

「それは関係あるまい。私の爺さんの爺さんが、そういう有翼人を見た事があると言っていたしな」

「関係ないわよ。私たちが気にしても仕方ないし、翼が何だろうとカレンはカレンなんだから」

「そっか……そうだよね。カレンちゃんは私たちの妹みたいなものだもの」

種族の違いだとかそういう理由ではなく、突然変異みたいなものというわけか。

カレンの場合は更に無属性という、ある意味奇跡的な存在でもあるようだな。

だがフィアの言う通り、俺たちが気にしても仕方がない。ありのままのカレンを受け入れ、いつも通り接するだけの話だ。

むしろ外見なんかで決めつけるアホな奴を見極めるという、判断材料として使うぐらいに心が強くなってほしいものである。

カレンには滞在中も色々教えていくとして、ついでにこの場所があると聞いた時から浮かんでいた疑問について質問してみる事にした。

「一つ質問があるのですが、何故竜族は有翼人と共に暮らしているのでしょうか?」

個々の能力や体格は当然として、空が飛べる以外に共通点が全く見られない。

それにデボラから聞いた感じだと、主と奴隷のような厳しい上限関係もなく、非常に仲良く共存しているようだ。

「ふむ、確かに竜族は能力に優れた種族であるが、他と致命的に劣っているものがある。何かわかるか?」

「数……ですかね?」

「そうだ。竜族は出生率が非常に低い。寿命が長いせいなのか、子を成す事が非常に稀なのだ」

「エルフと同じような状況なのね。でも竜族はエルフより数が少ないようだし、私たちより出生率が低そうだわ」

「その通りだ。竜族がまだこの里に住んでいなかった頃、我々の先祖は様々な大陸を巡って他の種族と試してきたそうだが、どれも竜族の子を成す事はなかった。だがその中で唯一、有翼人だけが子を成す事が出来たのだ」

絶対ではないが、十人に一人の確率で竜族が生まれてくるらしい。

そして元から数が少ない種族同士という事で、互いに助け合いながら共存する事を決めたというわけだ。

「…………」

「シリウス様、どうかされましたか?」

「いや……大丈夫だ。それより、もう一つだけ質問させていただいてよろしいですか?」

竜族と聞く度に、過去にエリュシオンにある学校の迷宮で出会った竜族……ゴラオンを思い出す。

奴は敵だったとはいえ、俺は数少ない竜族を殺してしまったわけだ。

始末した事を後悔はしていないが、手を下した者として最後を報告する義務があるのかもしれない。

「ゴラオン……という名に聞き覚えがありませんか?」

「「っ!?」」

その名を出せば、二人の竜族はこの里を訪れてから一番の反応を見せていた。

特にアスラードは真剣な表情をこちらへ向けており、少し冷静なゼノドラが俺に問い詰めてきた。

「シリウスよ、その名をどこで聞いたのだ?」

「数年前、ゴラオンと名乗る竜族が私たちの前に現れたのです。そして……」

ギルドで指名手配されている殺人鬼で、ただ快楽の為に弟子たちの命を狙ったので俺が倒したと説明した。

二人の表情から俺へ復讐するといった様子が皆無だからこそ、一切誤魔化さず語れたとも言える。

「……というわけです。弟子を助ける為とはいえ、私は貴方の同胞に手をかけたのです」

「いや、禁忌を犯したゴラオンは死ぬべき 運命(さだめ) でもあったのだ。むしろ竜族の誇りを汚した奴を止めてくれて感謝したい。私が……確実に仕留めた筈だったのだがな」

「だが少し厄介な点もある。ゴラオンは……先程私と一緒に案内したメジアの兄なのだよ」

……あまり好かれていない相手の兄ときたか。

どうやらのんびりと観光……とはいかないようだな。