軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私の決意

魔物たちの襲撃から数日後……。

犠牲者の弔いも終わり、怪我人の傷も癒えた頃……ロマニオにある大きな屋敷内で結婚式が行われていた。

『それでは、新郎アルベルト様と、新婦パメラ様の結婚式を行います』

風によって響かせた司会の声により、二人の結婚式は始まりを告げた。

こちらの結婚式は前世のように多くの催しは存在せず、結婚する二人を紹介し、神への誓いを宣言した後は食事会のような流れになる。

言葉にするとあっさりとしているが、周囲にきちんと報告する為の重要な儀式だ。

現実的に言わせてもらうなら、結婚式は社交界の一種なので、貴族たちが様々な繋がりを得る場でもある。

なので……。

「初めまして、貴方がロマニオの英雄ですかな?」

「君のような英雄が、私の下へいてくれたら嬉しいのだが……」

「金貨なら幾らでも出そう。私の下で仕えてみないか?」

ロマニオで英雄と呼ばれるようになったレウスの周囲には、多くの貴族が集まっていた。

飛び抜けた身体能力を見せ、 合成魔獣(キメラ) 相手でも恐れず立ち向かう姿を見せていたからな。

それに戦場を一騎当千の如く駆け回り、多くの魔物を斬り捨てていたので、噂が広まってロマニオの人々から自然とそう呼ばれるようになっていた。

「えーと、よくわからねえけどよろしく。悪いけど俺は兄貴以外に仕えるつもりはないんだ」

燕尾服のようなパーティー衣装を着こみ、会場に集まった貴族たちの熱心な勧誘に驚いているレウスは必死に対応していた。

慣れない事で苦労しているようだが、これもまた経験だ。

「大分苦労しているようだな」

「そのようですね。ですが、あれくらいならもっと上手くあしらえるようにならないと駄目ですね」

「まあまあ、レウスも慣れていないんだから仕方がないよ」

そんなレウスを見守っている俺たちだが、こちらも他人事ではない。

なにせ俺の隣には、パーティー用のドレスで正装しているエミリアとリースが立っているからだ。

「ああいう手合いは、視線だけで制圧できるようにならないとしつこいですよ」

黒色のドレスに流れるような銀髪が映えるエミリアの姿は美しく、会場の視線を見事に集めていた。

その姿に多くの貴族が声を掛けてくるが、彼女のはっきりとした拒絶と、エリュシオンの学校で見せていた 完全なる笑顔(パーフェクトスマイル) で全て追い返していた。

レウスの事を自信満々に言うだけはあるようだ。

「あれは力で解決できる状況じゃないからね。私なら会場から逃げてるかも」

リースは青を基調としたドレスに、長い髪を後頭部で纏めていた。

飛び抜けた美しさはないが、不思議と目を引くその姿に声を掛けようとする貴族が何人かいたが、エミリアと俺の威圧を受けて離れていく。

「ねえシリウス、これ凄く美味しかったわよ。貴方も飲まない?」

そして森をイメージした緑のドレスに、エルフが持つ神秘的な美貌を惜しげもなく晒しているフィアが近づいてきた。

ワインでほんのりと頬が赤く染まっている姿が色気を感じさせ、下手すれば主役である新郎新婦より注目を集めている気がする。

もはや別次元の存在なのか、周囲の貴族も下手に声を掛けられないようだ。偶に話しかけてくる勇者も現れるが、フィアは俺の腕に抱きついて一蹴である。

「じゃあいただこうかな? 注ぐ器はー……ああ、すまないエミリア」

そんな人の目を集める女性たちを引き連れている俺にも、羨望や嫉妬等の様々な視線が集まっているが、一人として突っかかってくる者はいなかった。

どうやらパラード側の 合成魔獣(キメラ) を倒したのが俺だと知れ渡っているらしく、喧嘩を売るのは危険だと理解しているからだ。

その話の出所だが……実はフィアだったりする。

俺がレウスの下へ向かった後、パラードの討伐隊が 合成魔獣(キメラ) の死体を見つけた時に、倒したのは俺だとフィアが広めたそうだ。

『でもそれが真実でしょ? レウスだけ有名になるのも可哀想だし、シリウスも前に出るべきよ』

エリュシオンの学校でもそれで気を揉ませてしまったし、俺はそれを受け入れた。

倒した姿を確認されていないが、戦場で活躍した俺の弟子たちが口を揃えて肯定するだけじゃなく、アルベルトも自分を鍛えてくれた師だと周囲に言ったのだ。

なのでレウスに負けじと勧誘を受けるがはっきりと断り、燕尾服の上に着けているリーフェル姫から貰ったマントを見せれば引き下がってくれる。

こいつには結構世話になっているよな。リーフェル姫と再会したら、しっかりとした礼とケーキを送らせてもらうとしよう。

中にはしつこく勧誘してくる貴族もいたので、俺が威圧で追い払おうとしたところで……。

「師匠! 皆さん! 来てくれてありがとうございます」

アルベルトとパメラが俺たちの前に現れたのである。

来賓者の目もあるし、さすがに主役を差し置いてまで勧誘する肝は持っていないようで、貴族は適当に誤魔化しながら離れて行った。

ちなみにレウスと共に戦場を駆けたアルベルトも周囲から評価され、今ではロマニオの次期当主としての座を不動のものにしたらしい。

英雄の友で、実力も十分。そして戦場で見せた指揮官として腕を振るう姿に惚れ、今では多くの貴族から評価を得ているそうだ。

来賓者の相手に忙しそうなので、落ち着いてから顔を出そうと思っていたが、わざわざ向こうから来てくれるとはな。

更に周囲の視線が集まるが、まずは賛辞を送らせてもらうとしよう。

「いや、こちらこそ招待してくれてありがとうな。二人とも、結婚おめでとう」

「おめでとうございます、アルベルトさん、パメラさん」

「アルベルトとお幸せに」

「おめでとう、パメラ。それにしても、結婚なんて羨ましいわね」

「うふふ……ありがとうございます。皆さんのドレスも凄く似合っていますよ。何でしたら、この場で皆さんの結婚式も行いませんか?」

やると言えば本気で実行しそうなパメラの申し出に、三人は満更でもなさそうに頬を染めていた。

だが、今回の結婚式はあくまでアルベルトとパメラの二人だし、それに……。

「悪いけど、彼女たちとの式はいずれ俺たちで正式に行う予定だから断るよ。今度は俺たちが二人を招待する番だな」

「まあ! 楽しみにしていますわ」

「その時は私の方から言葉を送りたいと思います!」

背後から聞こえる尻尾を振る音が速くなったり、俺の腕や袖を握っている彼女たちの力が強くなるのを感じていた。

そこでふと、気付けば見当たらなくなっている人物について聞いた。

「ところで、マリーナはどうしたんだ?」

「あの子は……覚悟を決めている頃です」

「覚悟……ね」

新郎新婦の紹介があった時は肉親ということで近くにいたのだが、気付けば姿を消していたのだ。

アルベルトの意味深な言葉に首を傾げていると、レウスの方で新たな動きが見えた。

貴族たちの勧誘が終わったかと思えば、今度は縁を結ぼうと貴族の女性たちに囲まれ、会場で行われているダンスに誘われているようだ。

箔付けの為ならともかく、純粋に好いている者もいるのでレウスもどう返事すればいいか迷っているようだが……。

「レウス様、私と踊りませんか?」

「いいえ! 私とですわ!」

「英雄様。結婚を前提にお付き合いをお願いしますわ!」

「いや、俺はー……」

「レウス……」

それは他の女性の声に埋もれそうな声量だったが、レウスはしっかり聞きとって顔を向けていた。

「マリーナ?」

アルベルトの実家に行った時とは違う赤いドレスを着たマリーナは、笑みを浮かべながらレウスに手を差し伸べていたのである。

「私と……踊ってくれる?」

「……ああ!」

少し驚いたものの、レウスは迷うことなくその手を取ってからダンス場へと向かっていた。

その際、小声で行っていた二人のやりとりが口の動きからわかった。

「なあ……いいのか?」

「いいの。気にする必要なんて……ないんだから!」

そして一番目に付くのは、マリーナが三本の尻尾を幻で隠さずに堂々と周囲に晒している点だ。

そのせいでレウスに話しかけていた女性たちは一歩引き、どうすればいいか困惑しているようだが、マリーナは全く気にする事なくレウスと手を繋いだまま歩いている。

「なるほど。覚悟を決めるってのはこういう事か」

「はい。本当に尻尾を怖がっているのは自分だと気付き、ようやく前へ踏み出したのです。レウスと……そして皆さんと出会えた御蔭ですね」

「私たちより主にレウスでしょうね。あ、シリウス様ご覧ください。二人が踊るようですよ」

母さんが施した従者教育にはダンスも含まれていたので、多少だがレウスは踊ることができる。

しかし久しぶりなので上手く踊れていないようだが、マリーナが上手くリードしているので何とか形になっているようだ。

華麗なダンス……とはとても言えないが、時折口喧嘩をしながらも二人は楽しそうに踊っていた。

「それより……お兄ちゃんとして、あれはいいのかしら?」

そんな二人を微笑ましそうに眺めていたフィアがアルベルトに意味深な視線を送るが……。

「そうですね。レウスは女性に関心があまり無くて、素直な事を口にし過ぎてマリーナをよく怒らせています」

「悲しいですが、否定できませんね」

「ですがそれはレウスの長所でもあります。それに何より……彼は私の友です。共に鍛え、共に戦い、彼の良き部分を私は沢山知っています。そんなレウスならば……構いません」

アルベルトは、二人が踊っている姿を嬉しそうに眺めていた。

そして二人は一頻り踊ったところで、会場の視線を集めているのに気付いたようだ。そしてマリーナがこっそりと耳打ちをし、二人は会場にある人気の少ないバルコニーへと移動していた。

仲睦まじく見える二人を見送りながらワインを飲んでいると、フィアが俺の前に立って手を差し出してきたのである。

「今度は私たちの番よね。シリウス、踊りましょ」

「踊るのは構わないが、フィアは踊れるのか?」

「こういうパーティー用のダンスは踊れないわね。けど、周りの人たちと同じように動けばいいんでしょう?」

その自信はどこからくるのやら。

ちなみに俺は前世の仕事で、パーティー会場に潜入する場合があったので踊れる。勿論向こうとの違いはあるが、母さんから足運びやテンポは教わっているので問題はない。

とにかく簡単な動きだけでも確認しようかと考えていると、エミリアとリースが俺の前に立って、スカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をしていた。

「シリウス様。私をダンスのお手本にされてはどうでしょうか?」

「わ、私も姉様に教わりましたので、多少なら……」

「あら、じゃあ先に二人のを見てから踊ろうかしら? どうせなら少しでも上手く踊りたいもの」

フィアは踊る順番に拘りはないようだ。それが身内であれば尚更である。

というわけで、ダンスの経験が一番ありそうなエミリアの手を握った俺は、ダンス場へ足を踏み入れてお辞儀をし合う。

そして互いの手を取り、奏でられる音楽に合わせて踊り始めた。

この世界のダンスは、男は相手の女性を上手くリードしながら踊るのが常識である。

しかしエミリアは俺の動きに完璧に合わせてくるので、リードどころか一人で踊っているんじゃないかと錯覚する程だ。

「……凄いなエミリア。完璧じゃないか」

「ありがとうございます。私の夢が……また一つ叶いました」

正式な場で俺と踊る……それが母さんにダンスを教わっていた頃に抱いた夢の一つだったらしい。

俺たちはしばらく気持ち良く踊っていたが、途中でエミリアが蕩けそうな笑みで俺を見上げているのに気づいた。

「先程のお言葉と……このダンス。私は幸せでございます」

「そうか、エミリアがそう思ってくれているなら俺も嬉しい。これからもよろしく頼むぞ」

「はい! どこまでも付いていきます」

そしてエミリアとのダンスを終え、次はリースの番となった。

少しぎこちないが、リーフェル姫に習ったと言うだけはあって俺の足を踏むような事は起こらず、こちらがリードすればしっかりと付いてくる技術を持っている。

「いいぞ、上手いじゃないか」

「え、えへへ……シリウスさんがリードしてくれるからですよ」

俺たちの息は徐々に合い始め、いつしかぎこちなさは消えて一体感を覚え始めていた。それに何とも不思議な話だが、一生懸命なリースを見ていると何故か癒される。

「ふむ……こういうのも良いものだな」

「うん、エミリアの幸せな気持ちがわかるなぁ」

「俺もリースと踊っていると落ち着くよ。機会があればまた踊ろう」

「はい! 次はもっと上手く踊れるように練習しておきます」

鼻息を荒くしながら気合いを入れるリースに笑いかけ、俺たちは曲が終わるまで踊り続けるのだった。

「よーし、次は私の番ね!」

最後は予想がつかないフィアの番だ。

観察である程度は覚えたと口にしていたが、はたしてどうなる事やら。

「こんな感じだったかしら?」

「……何か違わないか? 別の動きが入っている気がするぞ」

「ああ、やっぱりか。癖が付いちゃってるから難しいわね」

どうやらフィアの故郷に伝わるダンスが混ざってしまうらしい。

二つのダンスを合わさり、即興で作ってしまったオリジナルダンスになろうがフィアに迷いや恐れは一切ない。

好奇心が旺盛な彼女らしいダンス……とも言えるな。

「私が言うのも何だけど、シリウスもよく付いてきているわね」

「動きも音楽もそれ程早くないし、動きを追うだけなら何とか……な」

「ふふ、貴方ならそう言ってくれると思ったわ。もう少し速くするけど付いてこれるよね?」

なるほど、信頼ゆえの言葉だな。だったらその信頼に応えなければなるまい。

なにより……型に嵌ったものより、自由なのがフィアだからな。

「いいだろう。本気で行こうじゃないか」

「ふふ、頼もしいじゃない。なら行くわよ!」

「よしきた!」

そこから急に速度が上がったが、俺は 並列思考(マルチタスク) を使ってまで彼女の動きを追い続けた。

先程までのダンスはお互いの体を離さないように踊っていたが、フィアとのダンスはくっついたり手を繋いだまま離れたりと、動きが大袈裟なのが多かった。

そんな動きに付いていくのは大変だが、楽しそうに踊るフィアを見れるなら些細な問題だな。

「よし、大分リズムが掴めてきた。もっと速くても構わないぞ!」

「やっぱり貴方は最高ね!」

周囲からは完全に浮いているが、俺とフィアはダンスを全力で楽しみ続けた。

主役よりも目立ってしまったが、こうしてアルベルトとパメラの結婚式は終わるのだった。

二日後……俺たちはアルベルトとマリーナ、そしてパメラを連れてディーネ湖のとあるほとりにやってきていた。

パメラ曰くここは穴場らしく、危険な魔物があまり近づいてこないので湖の幸が豊富に採れるらしい。

「へぇ……中々良い場所じゃない」

「うふふ。本当なら私たち一家だけが知る場所ですが、皆様なら構いませんわ」

「そいつは光栄だな。じゃあ早速準備をするとしますか」

ホクトの牽いてきた馬車を停め、俺たちは手分けして積んであった物を降ろしたり、石を組んで簡易的な竈を作っていた。

傍から見れば、ちょっとしたキャンプの準備である。

「あの、料理は得意ですから、私もお手伝いしますわ」

「そうです師匠。私も何か手伝いをー……」

「主賓が手を出されちゃ困るんだが、何もしないのも嫌か。なら向こうでフィアと一緒に食材確保に協力してくれ」

二人に用意した釣竿モドキを握らせ、フィアの説明を受けながら釣りを始めていた。

釣りもレジャーみたいなものだし、釣り糸を垂らしながらも二人は肩を寄せ合って幸せそうなので、しばらく放っておいても問題はあるまい。

ここで準備をしているのは、新婚の二人を俺たちなりに祝おうと思ったからだ。

結婚式は終わったが、あれは周囲への報告と儀式みたいなもので堅苦しさもある。

それにこの世界では新婚旅行なんてものは存在しない。

なので二人にはのびのびと楽しんでもらおうと思い、このような催しを開いたわけだ。

それにこの辺りでの用も済んだし、俺たちもそろそろ旅立つからな。ちょっとしたお別れ会も兼ねている。

色々と説明したが、ここで美味しい物を作って、皆でワイワイ食べよう……というわけだ。

調理は俺とエミリアとリースが担当し、食材調達はホクトとレウスとマリーナである。そしてフィアは主賓二人の接待と護衛だ。

「調理台はこれでいいか。結婚祝いだからな、豪華に行くとしますか」

「ところで兄貴。今日は何を作るんだ?」

町で買ってきた調味料や湖では取れない食材を並べて、俺は調達班でもある二人と一頭に顔を向けた。

「とりあえず魚介パエリアを中心に、湖の幸を使った鍋を予定している。後はお前たちの取ってきた食材次第だな」

「どれだけ豪勢になるかは貴方たちにかかっていますよ。頑張ってらっしゃい」

「任せとけ! 行くぞマリーナ!」

「もう、少しは落ち着いて行動しなさいよ」

「オン!」

レウスとマリーナは銛と網を持って湖へ向かい、用意した小船に乗り込んでいた。

ちなみにホクトは豪快に湖へ飛び込んで魚を取りに行ったようだ。アルベルト夫妻の釣りを邪魔しないよう、離れた場所で行う気遣いを忘れていない。

その間にバーベキュー用の網や、二十人分はありそうな鍋で昆布の出汁を取っていると、小船を止めて銛を構えるレウスの姿が確認できた。

『うーん……やっぱり底が見えないか。仕方がねえ……』

『ちょっと!? あんたは何をやっているのよ!』

そのまま銛を突くかと思ったが、突然レウスは上半身の服を脱ぎ捨てて湖に飛び込もうとしていた。

魚よりエビやカニのような甲殻類が欲しいと伝えていたので、直接潜って取りに行こうとしたらしい。

結局湖に飛び込んだレウスに呆れつつも、その表情は仕方ないなと言わんばかりに優し気である。

「全く……上だけとはいえ、女性の前で突然脱ぐのは感心しませんね。まあ、マリーナも悟っているのが救いですが」

「まあまあ。それにしても、マリーナは意外だったね」

「そうですね。てっきり私たちに付いてくると思っていたのですが……」

結婚式を終えた次の日に全員とこれからについて話し合っていると、ふとマリーナの話が挙がったのである。

もうアルベルトに依存しているわけではなさそうだし、俺たちの旅についてくる可能性も考えていたのだが、レウスが聞いた話によるとマリーナはロマニオに残るとはっきり口にしたそうだ。

「レウスの良きパートナーになると思ったのですが……残念ですね」

「彼女が自ら選んだ道だ。それは尊重してやらないとな」

ただ兄と離れたくないわけじゃなく、マリーナにはマリーナの考えがあって残るようである。

『ぷはっ! 見ろよマリーナ! こんなにでかい鋏を持ったやつが捕れたぜ!』

『ちょ、ちょっと気を付けなさいよ! そいつは人の腕くらいなら容易く斬るんだから、もっと丁寧にー……』

天然で時折暴走するレウスを抑える人が増えると期待していたんだが……少し残念である。

しばらくして食材を確保した二人と一頭が戻ってきたので、調理する俺たちは忙しくなった。

大きな魚は適当な大きさに切って網焼きや鍋に入れ、カニやエビ等を煮込んで出汁を取っていく。

そして料理が完成し、全員で鍋を囲みながら思い思いに騒いでいた。

やはり俺たちはこういう風に騒ぐのが性にあっている。

「これがパエリア……ですか。甘めの実に魚介の味が染み込んでいて美味しいですね。私に作り方を教えてもらいたいですわ」

「では後で私が。是非アルベルトに食べさせてあげてください」

「相手の心を胃袋で掴むと聞きますから、頑張ってくださいね!」

「まあ! ではお二人も料理でシリウス様の心を?」

「「えーと……」」

パメラの尊敬するような眼差しに、エミリアとリースはそっと視線を逸らしていた。

「あらら、実は胃袋を掴まれた側だって言えないみたいねぇ」

「言ってやるなよ」

「ちなみに私は三割……くらいかしら? 残りは貴方の男気よ」

「そこまで詳しく説明しなくてもいい」

事実なのに……と呟きながら、フィアはワインを美味しそうに飲んでいる。

「オン!」

「ちなみにホクトさんは、兄貴の優しさと愛情に惚れたってさ」

「よしよし、撫でてほしいんだな」

「クゥーン……」

そして食事も食べ終わったところで、俺は昨夜から準備していたケーキを馬車から運んできた。

先日の結婚式で用意しても良かったのだが、この世界ではケーキに妙な中毒性があるので止めておいた。

あんな貴族が大勢いる場で中毒者が続出したとしたら……考えるだけでも気が滅入る。

さすがにこんな場所ではガルガン商会に投げる事もできないし、俺はすぐに夜逃げしただろうな。

「ウェディングケーキには程遠いが、二人の門出を祝って大きく作ったぞ!」

「「「わーい!」」」

「「おおっ!」」

「まあっ!」

すでにアルベルトたちにも食べさせた事があるので、出てきたケーキに全員が目を輝かせるのだった。

――― マリーナ ―――

『きっとマリーナは苦労してきたんだろうな。けどさ、それなら尚更強くなれよ』

『前にマリーナも強くならないと駄目だって俺は言っただろ? あれは心が強くなれって事だよ。そんなくだらない事で悩むくらいなら、頑張ってひっくり返してみろよ』

『アルの為に頑張るお前を悪く言う奴なんていないと思うし、言う奴はただのアホだ。そんなの気にせず頑張ればいいのさ』

何というか……あいつらしい真っ直ぐな言い方だったと思う。

こっちの葛藤なんて全く気にしていない言葉だったけど、少なくとも私は救われた。

尻尾が多い人が暴れる話なんて伝承に過ぎない。

過去は過去で、私は私なのだと……あいつに気付かされた。

そんな事に気付くのに、私は一体どれだけ悩んできたのだろう?

実際、ロマニオとパラードを魔物の大群が襲ったあの日から……周囲からの目が少しだけ変わった。

私はただ兄上を助けようと、そして置いて行かれないよう必死についていっただけなのに、多くの人から感謝された。

魔物の目を逸らそうと、何度も生み出した幻によって助かった人が大勢いたようなのだ。

その時は尻尾を隠す魔力さえも惜しかったから、思いきり尻尾が三つ見えていたのにも関わらずにである。

そこではっきりと私は理解した。

尻尾が三つなんて大した事なんかじゃない。

尻尾を怖がっていたのは周りじゃなくて……私なんだって。

そして私はレウスをダンスに誘い、一頻り踊った後で会場にあるバルコニーへとやってきていた。

月明かりが降り注ぐバルコニーには誰もいなくて、二人きりになんだと思っていたら少しドキドキしてきた。

まるで恋人同士みたいだけど……。

「何か凄い注目されていたよなぁ。ビックリしたぜ」

……うん、レウスにはなさそうね。

いつも通りに笑っている点から、二人きりなんて関係なさそう。

私は内心で溜息を吐きながら、レウスの背中を軽く叩いてから隣に並んだ。

「当り前じゃない。今のあんたは英雄なんだから」

「俺は英雄なんかじゃねえけどなぁ。それより助かったぜマリーナ。囲まれていたのを助けてくれたんだろ?」

「……あんたがあまりにも情けないから、仕方なくよ」

「はは、悪い悪い。どうもああいうの苦手でさ」

私の裸を見ても平然としていたし、女に囲まれて鼻の下を伸ばしていたわけじゃないってのはわかるのよね。

レウスが困っている姿を見ていると何だかモヤモヤして、気付いたら手を差し伸べていた。

戦いだとあんなにも勇ましいのに……変な奴よね。

本当ならもっと前……貴族の人たちに勧誘されている時に助けようと思ったけど、私はあの空気に臆して入りこめなかった。

次こそはきっと……。

「上手く踊れていたけど、まだまだね。リズムが何度も崩れてたわよ」

「踊り方は教えてもらってるけど、やっぱり久しぶりだったからさ。でもまあ、マリーナと踊るのは結構楽しかったぜ」

「そうね、私も楽しかったわ」

それから私たちは他愛のない話を続けた。

さっきのダンスから始まり、魔物の大群と戦い、ホクトさんの背中に乗せてもらった事と……話はどんどん過去に遡っていった。

そして兄上がシリウスさんに弟子入りを申し込んだ辺りで、レウスは思い出したかのように手を叩いていた。

「そうだ。前から言おうと思っていたんだけど、マリーナも俺たちと旅をしないか?」

「旅……かぁ」

「そうさ。兄貴と姉ちゃんたちもきっと歓迎するぜ?」

「レウスは……私に来てほしいのかしら?」

「俺か? そうだな、マリーナと一緒だと面白そうだから来てくれると嬉しいな」

正直に言うなら、レウスたちと一緒に旅をするのも良いな……なんて考えていた。

だって私はこの尻尾によって居心地が悪いし、兄上にはもう姉上がいる。更にロマニオの次期当主として忙しくなる兄上に私を構う余裕はない筈だ。

それにレウスたちなら安心して旅ができそうだし……誘われて本当に嬉しかった。

「ありがとう。でもやっぱり……止めておくわ」

魔力量が優れているわけじゃないし、幻もそこまで万能じゃない。

あのレウスや兄上が化物と戦っている時、私は何もできなかったのだ。

今の私では、確実に皆の足手纏いになると思う。

「何でだ? 兄貴なら説得するぜ?」

「守られているだけじゃ、今までと変わらないもの」

でも、断った理由はそれだけじゃない。

先程の会場で、レウスが貴族たちの対応に困っている姿を見て私は決心していた。

「だから私はここで強くなるわ。これからも堂々と尻尾を晒して、兄上を支えられるくらいに心が強くなりたいの」

レウスは戦う事には強いけど、頭を使った駆け引きが苦手なのは見てわかる。

それにこのまま旅を続けていたら、今日のような勧誘は何度も起こると思うし、いつか騙されて貶められる可能性も高そう。

いつまでもシリウスさんやお姉さんたちが傍にいるとは限らないし……。

「それで強くなったら……あんたの秘書になってあげる。私が貴族たちと交渉してあげるわ」

「へー……そりゃあ頼もしいな。けど、それならここじゃなくてもいいんじゃないか?」

「これから兄上は当主としての勉強をするだろうし、隣で学ぶには丁度いいもの。それに、兄上に今までの恩返しもしてあげたいの」

姉上っていつも笑っているように見えるけど、敵と見なした者や理不尽な要求をする相手にははっきりと拒絶する。つまり相手を躊躇なく切り捨てる非情さを持ち合せているのだ。

だから私もそれを学ぼうと思う。

そして兄上に恩返しが済んだその時こそ、私は……。

「エミリアさんとリースさんから聞いたけど、貴方には将来を約束した従者がいるんでしょ?」

け、結婚までとはいかないけど、貴方を支えたいという意味ではその子と同じだと口にしようとしたところで、レウスは困った表情をしていた。

「あー……何か知らないけど、いつの間にかそうなったんだよな」

「え? その子の事が好きじゃないの?」

「うーん……ノワールはまだ小さいし、俺も恋とかよくわからねえからな。だけどノワールは泣かせたくないし、大事にしてやりたいと思ってるから……好きなんだろうなぁ」

「そ、それは難しいわね。そのノワールって子が大きくなってからでもー……」

「そう考えると、マリーナにも同じ気持ちを抱いているんだよな。うん、きっと俺はマリーナの事も好きなんだろうな」

「……は?」

あれ…………これって、告白かしら?

それにしてはレウスはいつもと変わらないというか……納得するように何度も頷いているというか……。

「マリーナは子供じゃないし、俺の家族でもない。つまりこれって、兄貴と姉ちゃんのように男と女としての好きってやつだな」

男と女として……。

その瞬間、体中が熱くなり、顔が真っ赤に染まっているのがわかった。

「あ……あはは。冗談……よね」

混乱した私は、咄嗟にそう返すのが限界だった。

けどレウスは首を傾げてから……。

「冗談なわけないだろ? 大切な事はしっかりと伝えるべきだって兄貴も言っていたしな」

恥ずかしさなんて微塵もなく、私に笑みを向けてくれた。

何で……何でこいつはこんなにも真っ直ぐ言えるのよ!

「だから、マリーナがそう決めたのなら俺は応援するよ。そんで強くなったら俺の秘書を頼んだぜ!」

ああ……不味い。

短いとはいえ、レウスの性格を知ったからこそわかる。

レウスはこっちの気持ちをよくわかっていない。

だからこのままだと、私は秘書になってくれる女だと……それだけ受け止めて納得する気がする!

やっぱり私の気持ちをはっきり伝えないと…………ああもう!

「レ、レウス!」

「何だ? って、おい!?」

「う、動いちゃ駄目だからね!」

「いや、動くなって……これじゃあ動けないけど」

「口を閉じなさい!」

「はい!」

レウスの顔を掴んだ私は……。