作品タイトル不明
37.とどめの一撃
「どうして私がこんなっ! それに、このドレスを偽物呼ばわりするなんて、あの女……許せないっ!」
強制退場させられたというのに。そして、そのドレスが偽物だとあの場の誰もが認めたというのに。
それを認めていないのは、彼女ただ一人だ。
シリルは、ギャーギャーと喚きながら歩く妻の姿に嘆息した。
ポーリーンが何か企んでいることはわかっていた。
自分の護衛たちを使って第三者と接触し、王都の外れにある空き家で職人たちに作業させていたことも、彼は全部把握していた。
だが、あえて放置していた。
止める必要などない。何故なら、シリルはポーリーンが何かをやらかすその瞬間を待ち構えていたのだから。
そして、彼女はまんまとやらかしてくれた。
よりにもよって、オマリー 絹(シルク) の偽物を作るなんてね……。そして、大事な夜会にそんなもので仕立てたドレスを身に纏うなど。
それに、仮に本物だとして。
オマリー 絹(シルク) の技術は、確か特許を取得していなかったか? それを無断で使用したとすれば、犯罪じゃないか。
ポーリーンの人となりはわかっているつもりだったが、知れば知るほど驚かされる。
有能だと認めている、あのテレンス=エイベラルでさえ手に負えないというのだから、ある程度は覚悟していた。だが、それ以上だった。
なにせ、話が通じない。
自分の都合のいいことしか脳が認識しないのか、都合のいいように勝手に解釈されるのか、返ってくる言葉はいつも的外れ。
侍女をつけてもしょっちゅうクビにするし、注意も聞かない。助言などしようものなら烈火のごとく怒りだす。
だから、もう好きにさせることにした。彼女を世話する侍女たちにも、何も言わなくていいと言ってある。言われたことをそのままやればいい、と。
だから、あの下品なドレスを着ていても誰も何も言わなかった。
王も王妃も王太子も王太子妃も皆、眉を顰めながらも見て見ぬ振りをした。
問題のある人物だと知りながらも、シリルの意思を通し、グランデ王家に迎えてしまったから──。
彼らは今、それを心底後悔していることだろう。
ポーリーンが、いつか大きなやらかしをすることはわかっていた。そして、それが今夜であることも。
彼女は、見事シリルの期待に応えてくれた。想定以上だ。
今夜の目玉ともいえるオマリー 絹(シルク) のドレス(しかも偽物)を着て、あろうことかオマリー商会に喧嘩をふっかけた。
二コラ=オマリーに個人的な恨みがあるのか、得意げに、堂々と、とんでもないことを言い放ったのだ。
それに対し、相手は冷静だった。
おそらく、ポーリーンのドレスがオマリー 絹(シルク) の偽物であるとすぐに見破ったのだろう。淡々と言い返していた。
ポーリーンが反論しても、ことごとく返された。彼女に為す術はなかった。呆気なく返り討ちにされてしまったのだ。
あれで審美眼を誇っているのだから、笑える。
いまだ喚き散らしているポーリーンを横目に、シリルは皮肉げに口角を上げる。そして、彼女の護衛たちに視線をやった。
護衛五人の反応は様々である。
ポーリーンと一緒に憤っている者、がっくりと肩を落としている者、半々といったところか。
面白いのが、彼女の一番のお気に入りの護衛の表情が冴えない。というか、忙しげに視線をきょろきょろと動かしている。
ふーん……。何かするつもりなら、手を貸してやろうか。
オマリー商会に喧嘩を売ったことも大きなやらかしだが、まだ少し足りない。できれば、それを上回るようなとどめの一撃が欲しい。
もしかすると、彼がそれをシリルに与えてくれるかもしれない。いや、くれそうだ。
シリルは呼吸を整え、柔らかな表情を作った。そして、妻の名を呼ぶ。
──彼女の意識をこちらに向けるために。
「ポーリーン」
「え? あ、はいっ。シリル……私……」
今更だというのに、ポーリーンは上目遣いで瞳を潤ませ、シリルをじっと見つめてきた。
何も知らなければ、庇護欲をそそられる表情。しかし、知っているからこそ醜悪に見えてくる。
つい舌打ちしたくなる気持ちを抑え、シリルは彼女を慰めるように言った。
「君は、何者かに騙されてしまったんだね」
「そ、そうなの! 私、オマリー 絹(シルク) だと言われて買ったのよ。それなのに、偽物だったなんて……!」
涙を浮かべ、肩を震わせる。
彼女は王族ではなく、役者になるべきだったな。
内心でそう呟き、シリルは彼女の肩を抱き寄せた。
「それは災難だったね。でも、エイベラル王国の王女だった君が、本物と偽物の区別がつかないなんて……何か深い理由でもあるの?」
「あの、えっと……お、お姉様と、あの二コラ=オマリーが、オマリー 絹(シルク) を独占したの! 購入しようにも、あの二人に邪魔されてっ……」
「そうか。だから、君は本物を見たことがなかったんだね」
「そうなの! 酷いでしょう? 私、あの二人から嫌われているの……。特に、二コラからは憎まれているわ」
ポーリーンは俯き、はらはらと涙を流す。
よくもまぁ、これだけスラスラと、息をするように嘘をつけるものだ。
いや、これが真実だと思い込んでいるのかもしれない。
そう思えるほど、彼女の言葉は真に迫っていた。
二コラ嬢から憎まれるのは当然だろう? 婚約者を奪っておきながら、何を言っているのか。
呆れ果てながらも、シリルも負けじと演技を続ける。
と同時に、彼女の護衛の一人がいなくなっていることを確認した。
堪らず、行ったか。
シリルは密かにほくそ笑みつつ、彼女に慰めの言葉をかける。
やがて、ハッと気づいたようにこう言った。
「あれ? 君の護衛が一人足りないようだよ?」
「え? あら、本当だわ。フランシス、フランシスがいない! ねぇ、フランシスはどこ?」
護衛たちも今初めて気がついたようで、皆が顔を見合わせている。
一人がどこかへ行ってしまったにもかかわらず、誰も気づかないとは……。
ポンコツにも程があるな。
もう呆れるを通り越して、笑えてくる。
シリルは、残りの護衛に命じた。
「フランシスを探してくるように。あぁ……もしかしたら、婚約者に会いに行ったのかな? 彼は、二コラ嬢の婚約者だっただろう?」
この言葉に、ポーリーンが激しく反応する。
「違うわ! フランシスとあの女は、もう婚約を解消しているのよ!」
「そうなの? でもここにいないということは、会いに行った可能性が高いんじゃないかな?」
「どうして?」
「彼の方に未練があるのかも」
「そんなっ……そんなはずないわっ!」
ポーリーンはそう叫び、くるりと踵を返す。そして、一目散に駆けだした。彼女の護衛たちも、慌てて追いかけていく。
彼らの後ろ姿を眺めながら、シリルは肩を竦めた。
「やれやれ……旦那を置いて護衛を追いかけるって、不貞を証明しているようなものだよね」
「シリル殿下、どうされますか?」
付き添っていた衛兵たちが、戸惑いの表情で尋ねてくる。
シリルは微笑み、「放っておいて。あと、各自持ち場に戻っていいよ」と彼らに命じ、再び歩みを進める。
衛兵たちは訝しげにしながらも、それに従うしかない。
「はっ」
彼らがこの場を後にする。
シリルはそれを確認し、ポツリと呟いた。
「さて、最後の仕上げといこうかな」
その微笑みに、嗜虐性が潜んでいることは誰も気づかない。
知っているのは、シリル本人だけだった。