作品タイトル不明
僕悪くないもん、みんなそう言えよ!
カーリーストス伯爵の城に、腐臭のする荷車が到着した。
疲労しながらもそれを引いてきた兵士たちは、野城で何があったのかを正確に報告する。
当然、現伯爵は表に出てくることはない。彼は戦いのケガで療養している、ということになっている。
代理として、先代伯爵がその『遺髪』を検めていった。
もはや、激憤極まりない……とはいかなかった。
極まりない怒りを百点とすれば、九十八点程度に収まっている。
理由は二点。
一つは 一応(・・) 弔える状態であったこと。
もう一つは、生き残った兵士たちが、この『遺髪』を持ち帰ったことである。
彼の価値観において、二点程度にはなっていた。
「……伝言は以上か。では何か、言い残すことはあるか?」
だがそれは、生還した兵を殺さないほどの減点ではない。
彼は腰から剣を抜いていた。それを振り上げ、次の瞬間には振り下ろそうとしている。
「それを聞き終えるまでは待ってやる」
彼の主観において、この兵士たちはどうするのが正解だったのか。
言うまでもない、死ぬまで戦うべきだった。
彼の古参の部下も死んだのだ、この者達が生きていることはおかしい。
逃げなかったこと、部下の死にざまを伝えたことを合わせて、それなりに優しく殺してやるつもりだった。
「言え」
この若い兵士たちが何を言うのか、彼はおおよそわかっていた。
逃げずに現れたのだが、それは勇敢だからではない。愚かだから、殺されるとは考えもせずにここに来たのだ。
ゆえにこうして殺すと言えば、彼らは逃げるか助命嘆願をするだろう。
先代は、そう思っていた。
「……だ」
だが兵士たちは、どちらとも違っていた。
「お前のせいだ!」
兵士たちは殺される覚悟でここに来ていた。
それもこれも、この先代へ、直接文句を言うためである。
「お前が全部悪いんだ!」
彼らは長い道のりを、重い荷物を引きながら進んでいた。
もちろん、まったく楽しくなどなかった。
だからこそ、その心中はやがて暗い闇に覆われていったのだ。
それをぶつけるために、彼らはここに来たのだ。
「なんで俺たちが、お前の悪事をごまかすために戦わないといけなかったんだ!」
「しかも俺たちは、中にいた奴らを逃がさなかったし、情報を外に漏らすこともなかったぞ! なのに来たってことは、お前が失敗したってことだろうが!」
「それでなんでお前は、俺たちが悪いみたいにほざくんだ! ふざけてるのか、お前!」
年下の、身分が下の、敗残兵たち。
それらから『お前』呼びされ、さらに糾弾されていく。
彼の人生からすれば、ありえないことだった。
「俺たちはな、騎士団総出で囲まれたんだぞ!? どんな気持ちだったかわかるか!?」
「仲間を人質に取られて、それを救助するために全力で来たんだぞ!? そんな義憤に燃えている奴らに詰められたんだぞ!?」
「お前のせいだ、お前の!」
言いたいことがあるから、最後まで言わせてやろう。
自分がそれを許したから黙っている、というわけではない。
こんなことを言われるとは思っておらず、だからこそ硬直してしまっていた。
「お前が自分の手を治させるために、こんなくだらない、バカげた、アホみたいな、クズそのものみたいなことをしたんだろうが!」
「何を格好つけてるんだ!? 悪いのはお前だ、お前!」
「最初からこうなるって分かりきってただろうがよ! どうするんだ、お前!」
硬直していた先代は、やがて再起動を始めた。
「だ、誰に物を言っている!」
「お前だよ! 引退したくせにしゃしゃり出て、自分勝手なことを言い出して、好き放題にしたお前だ!」
「私が先代伯爵であると知って、よくもそんな偉そうなことを言えるな!」
「どうせもう犯罪者だろうが、犯罪者! ええ、この犯罪者が!」
今までなら、怒鳴り散らせばだれもが委縮し、平伏していた。
彼の正しさを認め、己の過ちを認めていた。
そうでなくとも、殴ればわかっていた。
だが今は、暴力を振るっても、何も変わらない。
「この……!」
「おっ!?」
「ああ!? 何しやがる!」
一人を殴って黙らせようとしたところ、他の者が反撃をしてきた。
如何に武勇に優れた彼とは言え、二人も三人も一気に殴れるわけがない。
そして格下の兵へ懲罰を与えているはずなのに、反撃されるなど想像もしていなかった彼は、余りのことにまた混乱する。
「き、貴様ら……この私に……」
「もう終わりだろうが、俺たちもお前も!」
「お前あれだろ? 奇術騎士団は全員死んだって報告しているんだろ!? じゃああの人質たちが首都とかに行ったらどうするんだよ!」
「全員死んだことになってるのに、全員生きてて、ボロボロなんだぞ!? どーすんだよ! お前の犯罪が丸わかりじゃねえか!」
ーー時に人は、男は解決を求め、女は共感を求める……という言葉を使う。
すべての例で間違っているとは言えないが、すべての例で正しいとも言えない。
つまり、男も共感を求めるのだ。
先代伯爵は今まで常に、『俺は偉いんだぞ』と言ってきた。それに対して周囲は常に、同調、共感をしてきた。
だから今も、『そ、そうでした……申し訳ありません』という返事が、合いの手のように帰ってくるはずだった。
なのに今は、『今そんな話してないだろ!』という否定と、現在の状況を整理し、具体的な指摘をされている。
彼は、そんなものを求めていない。
求めていないものをぶつけてくる兵士が間違っているのだから、先代は理路整然と過ちを指摘し、自分の正しさを誰にでもわかりやすく説明できるはずだった。
「私が悪いだと!? 何が悪い!? 私はこの領地の為に、身命を賭してきた! それはお前たちも知っているだろう! それならばお前達は、私に感謝し、私の為に動くべきだ!」
「んなわけあるか、ボケ! っつうか、そんなくだらない話はしてねえんだよ! お前がバカなせいで騎士団が攻めてくるって話をしてるんだよ! なんで俺たちがお前に感謝しているとかしていないとか、そういう話になるんだよ!?」
そういって、若い兵士の一人が、先代伯爵の胸ぐらをつかんだ。
「騎士団が攻めてきて、俺も俺の仲間も全員殺されて、お前も死ぬって言う話をしているんだよ! 簡単な話だろうが!」
「ライナガンマ防衛戦を知ってるだろ!? 相手は10万の軍勢を追い返すような化け物だぞ!? そんなのに勝てるわけないだろ!」
「国中の奴らが知ってるんだぞ!? 騎士団は正義の味方、来てくれたらどんな問題も解決! どんな敵もやっつけてくれるってな!」
「そんなのが全部来たんだ、どうするって話だよ!」
そしてここで、先代伯爵は困惑から一気に激怒へ移った。
デカい口を叩くだけの若者を、一息に切り刻んだのだ。
それができる程度には、彼は強かった。
「お~~、凄い凄い。何日も重い荷車を引いてきた若者三人を、一方的に切り刻むなんて……お前は勇気があって強いなあ。ひゃはははははは!」
その凄惨たる殺害現場を、ガイカクはすぐそばで見ていた。
拍手しながら、その武勇を讃えていた。
「何がおかしい」
「俺の部下を不当に監禁していた奴らが全員死んで、超嬉しい。ついでに俺のことをこき使っていた奴の醜態を見れてすっきり。いや~~、こんな嬉しいことないな」
そうして、先代伯爵の傍に寄っていく。
「アンタ、道化師の才能あるよ。伯爵よりそっちの方が向いてるんじゃない?」
「貴様……私が、お前を、殺せないと思っているのか!?」
「思ってるさ。なんなら、殴ることもできないと思ってる」
ふざけているだけではなく、貶めようとしている。
今のガイカクに、可愛げなどなかった。
「もし万が一~~いや、実際にはほぼ確実に、お前は騎士団に負ける。そうなったら確実に死ぬし、逃げることができても末路は知れたもんだ。でも俺を連れて逃げることができれば、話は変わる」
散々有用性を証明していたガイカクは、どうしていいのかわからない彼にまだ希望を見せていた。
「俺を欲しがっている奴らは大勢いる。そうだな~~、数あるエルフの森の中で、この国と敵対関係にあるところに逃げて、俺を差し出せば……一生いい暮らしができるだろうな~~」
「……!」
「そうそう上手くいくか? とか思ってるだろ? でも安心しな、俺はお前と違ってちゃんとしているんだ。お前が約束を守っていた以上、俺も約束は守るよ」
なんとも厄介なことに、その希望は真実である。
負けたあとも可能性が残っていると……というより、今すぐ逃げた方が希望があると教えていた。
「お前、俺の部下を一人も殺さなかっただろ?」
「……ああ」
「俺はお前の主治医ごっこをする羽目になったから、心拍数や血圧、平均体温を嫌でも把握することになった。つまりお前の嘘をあっさり見抜ける状態だったわけだな。だからお前がちゃんとしていたことは把握していた……まあ結果として全員保護されたんで、お前が俺との約束を反故にすることはもうできないわけだから……今後もお前の指示には従ってやるぜ?」
おそらく、約束は守られるのだろう。
それは先代伯爵も察していた。
もちろん、但し書きがついていることも把握している。
「……ティストリアが目の前に現れるまでは、だろう」
「当たり前じゃん、俺はティストリア様の忠実なる下僕なんだから」
ガイカクは今も、ティストリアの命令に反していない。
なんであれば、先ほどの伝言で『現状維持してなさい』という形で肯定されたほどだ。
ゆえに彼女が目の前に現れて復帰しろと言えば、あっさりとそちらに戻るだろう。
「でもさあ、それお前、考える必要ある? 俺の前にティストリア様が現れるってことは、お前死んでるぞ?」
「そのティストリアが死んでいなければ、な」
「はははははは! はははは! はははは!」
ここでガイカクは、バカにする意図など一切なく、ただ心のままに大笑いをした。
「この俺が、絶対に勝てないと思っているお方が、全戦力をかかえてこっちに来てるんだぞ? それをお前がどうにかできると思ってるのか!?」
「……!」
先代伯爵は、一度も騎士団に依頼をしたことがない。
ゆえに騎士の存在を知っていても、騎士に会ったことはない。
ゆえに、ティストリアがどんな女か全く知らない。世間一般の認識と相違ない。
だがこのガイカクの異常さは理解している。何でもできる、を体現している男だ。
殺すのが惜しい、殺すに殺せない、それを自覚している男だ。
それをいつでも躊躇なく殺せる女がいるとすれば、それは心のない怪物に他ならない。
「もう分かってるだろ? ここまでくれば、よ。逃げることに成功すれば、お前は俺を使ってよい待遇で亡命できる。でも逃げられない、騎士団を相手にそれは無理だ。戦って勝つなんて、まず不可能だ。今降参しても、まず受け付けてもらえない。お前には選択肢があり選択権があり主導権さえあるが、どれをどう選んでも死ぬだけだ」
頭がいい人間なら、実行する前からこうなるとわかる。
頭の悪い人間ですら、なんとなくそう考える。
自分のことしか考えていない人間だけが、直前になって直面する。
「お前は、息子に止められたとき、止めるべきだった。そこが最後の分岐点だったな」
「……ふざ、けるな、よ」
自分のことしか考えていないから、直面してなお認めないのだ。
「お前の部下が……あんな雑魚どもが、雑兵どもが、お前という最高の医者によって最高の医療を受けられるのに、 英雄(・・) たる私がそれを受けられないことを……受け入れろと!?」
「受け入れる必要はないさ。世の中は理不尽だ、と嘆いていればよかった。そうすれば少なくとも、俺を悪者にすることができた。俺もそれぐらいは受け入れている」
「私は悪くない、お前が悪いと喚いていればよかった、と!?」
「そうだろ? 俺の前ではずっとそうしていただろ。今さっきもな」
彼は、アドバイス、解決など求めていない。
彼が求めているのは、共感だ。
自分は正しい、という主張への共感だ。
それが真実であるかどうか、確かめたいとも思っていない。
「……おい。私の腕をすぐに治せ。健康に被害があってもいい、早くな」
「ん、いいぜ。じゃあ処置室にいこうか」
ここで彼が求めたのは、抵抗だった。
そんなことを言われても困る、ティストリア様にお前が勝ってしまうじゃないか。
そういって抵抗されたうえで、渋々治療を引き受けてほしかった。
もちろん、治療に手を抜かずに。
そんな理不尽な願いを、彼は抱えていた。
それが叶わないことに憤るが、やはり言葉にはできず……。
「後悔させてやる」
「何を?」
「私を治療することを、だ」
「お前何がしたいんだよ」
「……!」
結局、からかわれるだけだった。
一度でも悪魔と取引をした者は、誰でもこうなってしまうのだろう。