作品タイトル不明
フー・アー・ユー
現在騎士団が占拠している、アーストリナ平原に建つ野城。
元々はマクガフィンに過ぎなかった城であるが、戦争が終わった後はいろいろと有効活用されている。
現在は奇術騎士団の団員を療養させるための施設となっていた。
如何に奇術騎士団が気丈でも、助けが来ると信じていても、それでも辛かったのだ。
衛生環境が不十分で、栄養状態も良くなく、その上先代直属の猛者から暴力を受けることもあった。
彼女たちの心は、騎士団の救援が来た時点で弾けていた。
戦術的、戦略的に考えれば早すぎるほどだったが、彼女らからすれば遅かったのだ。
彼女たちは、決して怪物ではない。
だからこそ、心のケアが必要だった。
「安心しろ! もう大丈夫だ!」
「お前たちをイジメていた奴らは、全員首を刎ねてやったぜ! もちろんそれを見て見ぬふりをした奴らもな!」
「お前たちを拘束するように命じた先代は当然のこと、何もできなかった当代伯爵もまとめてぶっ殺してやるさ!」
「俺たちが来たからには安心だ、敵は全員ぶっ殺してやる! 一族郎党皆殺しだ!」
「城を攻め落として、火をつけてやるぜ!」
「奴らの無様な死体を、お前たちの前に持ってきてやる! 期待して待ってろよ!」
その感動的なケアが通じたのか、彼女たちの心の傷は癒えていったのだった。
「ありがとうございます……お願いします……!」
どんな薬よりも心の傷に効くのは『加害者にけじめをつけさせること』であった。
心の傷を癒すことにも、暴力は通用するのである。
とはいえ、体の傷は深刻である。
彼女たちを今動かすのは得策とは言い難かった。
騎士団長たちは集まり、今後の方針について話し合うことになる。
とはいえ、ティストリアの決定がそのまま方針になるのは確定しているのだが。
「彼女たちをこの野城から動かすことは得策ではありません。また、この野城は籠城戦ができるほど堅牢ではありません。そして私達に兵糧の余裕はありません」
ティストリアは五人の騎士団長へ、決定事項を伝えている。
やはりその顔には、何の感情もなかった。
「よって最低限の戦力をここに残し、私たちは伯爵の城へ進撃します。異論はありますか?」
もとよりティストリアは、総騎士団長。
彼女の決定に異を唱えられる騎士団長など一人もいない。
また彼女の言うように、他に選択肢がなかった。
五人の騎士団長は、無言で頷いて肯定する。
「異論がなくて何よりです。それでは明日の朝には出発しますので、それまで英気を養ってください」
彼女は決定を告げると、そのまま去っていく。
残った五人の騎士団長たちは、ここでようやく口を開く。
「よっしゃあ! 野戦だ野戦! 今回は私達豪傑騎士団が一番の武勲を上げてやるぜ……!」
豪傑騎士団団長ヘーラは、全騎士団との共同作戦であるからか、競争意識をむき出しにしていた。
騎士団の中でも随一の純粋な戦闘集団であり、騎士団内でも最強を自負する彼女だからこそ、ここでそれを裏付けてやると息巻いていた。
「ヘーラ卿。そうして和を乱すことを言っていると、居残りを命じられかねないぞ」
「ぐげっ……!」
そんな彼女を諫めたのは、貝紫騎士団団長、セフェウであった。
彼の注意は十分にあり得る可能性だったため、ヘーラは思わず黙る。
「まあたしかにその通りだ。彼女たちを保護することもまた、我らにとっては重要なこと。それを随一の実力者である豪傑騎士団に任せられれば、我らも安心して戦える」
「ぐ、ぎぎぎ! 確かにまあ、私たちもそう思うけどよお……それはないだろ、うん」
三ツ星騎士団団長、オリオン。彼もまたセフェウの意見に乗っていた。
確かにこのタイミングでこの野城を再襲撃されていたら、何のために来たのかわからなくなってしまう。
この野城を守る重要性はヘーラも認めるところだが、ぶっちゃけ面白くない仕事なので勘弁願いたい様子である。
「それにしても……あの子たち、酷い目にあったよね……本当にかわいそう。もう騎士団にはいられないんじゃないかな」
水晶騎士団団長、ルナ。彼女は傷ついていた奇術騎士団の団員を気遣っている。
常識で言えば前線に復帰できないほどの傷である。
彼女たちの今後を思うと、胸が切ない。
「……ヒクメ卿さえ取り戻せば、彼が何とかしてくれるだろう」
落ち込んでいるルナを慰めるように、オリオンが安心材料を口にした。
実際ガイカクの腕前ならば、死んでさえいなければ何とかなりそうである。
奇術騎士団との同盟関係にあり、付き合いも長い彼だからこその言葉であったが……。
「あ、あの……」
ここで奇術騎士団と因縁が深く、しかし付き合いが全くない箒騎士団団長、イオンが質問をする。
「奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ卿は一体何者なんですか?」
ラミア種特有の長台詞が始まるが、大事なのはその一言目であった。
「聞けばお医者さんでもあって兵器開発もできて遠い国の字も読めて笑い話もできるそうじゃないですかいくら人間だからって何でもできすぎだと思うんですもちろん深く詮索したいわけじゃないですしそんなことを言える立場でもないんですがそれでも気になってしまって誰かご存じだったりします?」
それに対して真っ先に反応したのは、ルナとヘーラであった。
「え、人間なんだから、それができても不思議じゃないんじゃ?」
「だよなあ。人間ってそういうもんだろ?」
なお二人は不思議にも思っていなかった模様。
これにはイオンもあきれているし、オリオンもセフェウもため息をついていた。
もちろん二人の種族を考えればおかしくもないのだが、それでも『騎士団長』なのだからもう少し考えてほしいところである。
「私も気になったので、ウェズン卿をはじめとするトップエリートヒューマンに聞いたことがある。ヒクメ卿のように、多くのことを学び扱える人間はいるかと。答えは否、ありえないとな」
オリオンは二人の考えを否定していた。
獣人である彼は、お世辞にも賢くない。
だが疑問に思い、確認をする程度には真面目だった。
「でもできてるだろ?」
「だよねえ」
なお、二人は今一信用していない模様。
とはいえ実際にできている 人間(・・) がいるので、彼女たちが間違っているわけでもない。
「……そのことだが、他言無用で聞いてほしい」
ここでセフェウは、思い当たることでもあるのか、重苦しく発言を始めた。
「私の同族であるエルフたちは、ヒクメ卿が『どこかの組織で専門的な教育を受けていた』と考えたのだ。だからこそ彼らは必死になって探ったが……そもそもヒクメ卿がどこから来たのかさえ追えなかった。ボリック伯爵の元で私兵をやっていた時代以前は、なんの情報もない」
ガイカクがボリック伯爵の元で私兵をしていた、ということは民衆の中でもそれなりに知られている。
だがそれ以前となると、誰がどう調べてもわからなかった。
「とはいえ、相手はヒクメ卿だ。私も他のエルフたちも、そういうものだろうと思って気にしなかった。だが……私はある仮説を立てるに至った」
ガイカク・ヒクメがいかに天才とはいえ、実験データの蓄積無くして実用化には至らない。
彼が医療などの『正解』を知っているとしたら、それを誰かが何十年もかけて蓄積したということになる。
しかしセフェウの仮説は、その前提を覆すものだった。
「きっかけは、とある違法魔導士の研究施設を制圧したときだ。その違法魔導士は違法な人体実験を繰り返していたのだが……その目的は『不老不死』や『若返り』だった。もちろん、国家の法では不老不死の研究も若返りの研究も合法だ。違法だったのは、非人道的な人体実験だ。だが……ふと思ったのだ。もしかしたらヒクメ卿は、若返りや不老不死の研究を完全に実用化させているのではないかとな」
そんなバカな、と誰もが言いかけた。
それこそゴブリンやオーガでも、若返ったり不老不死になるなんて、ありえないと知っている。
だがガイカクならそれができてもおかしくない、と思える。また同時に、ガイカクにそれがあればその知識量にも説明がつくのだ。
「ヒクメ卿は永遠の命を持っており、その時間を魔導の研究に費やしている……だからこそ、余人が諦めた研究も完成させているのではないか、とな。まあ……そこまで考えて、ありえないと思ったのだが」
「あらららそこまで言ってありえないと思ったんですかセフェウ先生私すっかり信じちゃうところでしたよでも不老不死や若返りがあり得ないって意味じゃないですよね?」
「うむ……ヒクメ卿の人柄を聞いていると、とてもそうとは思えなくてな」
危うく『ガイカク・ヒクメ不老不死説』を信じかけていたオリオンは、ガイカクの人柄を思い出していた。
「確かに……何百年も生きている怪物、には見えませんな」
ガイカクの言動は、礼儀正しい一方で若さが垣間見える。
道化めいた振る舞いもさることながら、ルナやヘーラのような若い者達と衝突することもしばしばだ。
もしも老練なら、それこそ上手くやるだろう。
「それにだ。自分で医療技術を開発しているのなら、それこそ医療技術の革新や普及に尽力して然るべきではないか? なのに彼は、むしろ医者と呼ばれることさえ嫌がっており、それに関する仕事に就こうとしたことがない」
「……たしかになあ」
「そうだねえ」
「それに加えて、『余分』な技術が多すぎる。栄養士はわからんでもないが、建築士や航海士のスキルが医療にどう役に立つ? なんの関係もないだろう。ましてや笑い話の芸も修めているなど、いろいろと説明がつかない」
ガイカクは、多くの知識や技術を持っている。
量に関しては不老不死で説明がつくが、その種類の豊富さは不老不死でも説明できないのだ。
「まだあるぞ……彼が一番関心を置いている兵器開発だが、アレはかなり『若い技術』ではないか? 頻繁に新型へ更新しているらしいが、それは完成していない証拠だろう」
「不老不死の割には、未熟ですなあ」
「だからこそ私は、一周回って『高等な教育を受けた者』という結論に帰らざるを得なかった。それなら興味がないことでも無理やり教えられることもあるだろう。笑い話も国語の一環と言えなくもないしな」
「あれ、でもセフェウ先生もさっき言ってましたけど、ありえないんじゃ?」
「何分ヒクメ卿は天才だからな。それに……案外そういう種族のエリートなのかもしれない」
人間と見分けがつかないが、人間とは違う種族。
全能力値がまんべんなく上がるのではなく、知性が高くなりやすい種族のトップエリート。
そういうものならば、比較的簡単に説明ができる。
なにせ種族差とは『そういうもの』なのだから。
「要するにアンタもよくわかってないのかよ」
「そういうことだ。まあつまり……ヒクメ卿を不老不死だと思うな、ということだな。その可能性を私が潰したわけだ」
ガイカク・ヒクメは不老不死ではない。
セフェウは一つの可能性を潰していた。
それはそれで、いいことなのかもしれない。
しかし結局何もわかっていないので、ヘーラは呆れるばかりだった。
「結局本人に聞くしかないんですけどそんなことをしても応えてくれないでしょうしティストリア様にいいつけられちゃうだけですねティストリア様はそのあたり厳しいですから怒られちゃうだから黙ってます」
イオンが切り出した話は、イオンが結んでいた。
実際のところ、ガイカクの過去は、ティストリアですら詮索できない。
なにせ彼女はそういう約束でガイカクを引き入れたのだから。
また、彼は自分の部下にもそれを話したことがない。
正体不明の天才魔導士ガイカク・ヒクメ。
その秘密を知る者は、騎士団にさえ存在しない。
だが彼は、ほどなくしてそれを明かすことになる。