作品タイトル不明
686話 女王への道③
「これはもう、間違いなく……」
驚くシャウラにリエンが問い掛けると、シャウラは長考の末に頷く。
「うむ…………いや、そうだな。ここまで情報が出揃えば、さすがにダリヤ本人と見なして問題ないだろう。女王エディナとの謁見を進めるべく、私が責任を持って動くと約束しよう」
ついに出たこの一言に、リエンとユマは思わず顔を見合わせた。
目的はエルフという戦力を引き出すことであり、女王と出会うことがゴールというわけではない。
しかし、これでようやく難攻不落に思えた女王への道が開けたのだ。
特にリエンは歓喜に震える身体を鎮めるために深く呼吸を整えていると、ティアニスとの会話を終えたシャウラから二人に確認が入る。
「さて、女王エディナがいるのはこの森の奥深くだ。ここにいるエルフ達では立ち入れない領域に足を踏み入れるゆえ、事情説明も兼ねて私が共に向かおうと思うが……問題はここからどうするかだな」
「何か問題が? こちらはできる限り早めに発ちたいのですが」
「そうは言ってもだな。この先馬車が通れるような道はなく、私でも女王エディナがいる深域まで10日くらいは掛かるのだぞ? そなたらの足に合わせれば、半年か、もしくはそれ以上か……どれほど森の中で夜を迎えることになるのか分からないというのに、そのような軽装で耐えられるわけがなかろう」
「えっ? 半年……?」
さも当たり前のようにシャウラから飛び出たこの発言に、ユマは驚きのあまり声を漏らしてしまう。
ここが外域と呼ばれているくらいなのだから、より奥地にエルフの女王がいることくらいは予想していた。
しかし、さすがに半年というのは想定を遥かに超え過ぎている。
経験したことのない森での野営に耐え、女王を無事説得できたとして、それでも向かって戻ってくるのに1年以上……
それではエルグラント王国から見切りを付けらている可能性が極めて高く、再び嫌な汗を額や背中に感じながらリエンに目を向けると、そのリエンは焦った様子もなくシャウラを見つめていた。
「思っていたよりも女王エディナ様の居所は深いのですね。では一度戻って態勢を立て直すことにしますので、1つ、シャウラ殿に許可を頂きたいのです」
「む? 何をだ?」
「【魔物使役】の使い手と共に、空からこの森に入る許可です。道が険しくかなりの距離がある可能性も考慮し、事前に魔鳥使いをこちらで手配しておきました。仰る通り、私達に長期的な野営能力や森を素早く移動し続ける力などありませんが、それなら一度この里を経由し、シャウラ殿も乗せて空から向かえば大幅に時間を短縮できるでしょう?」
リエンも半年という期間には内心驚きを隠せないでいたが、しかし道が開けたとして、そう簡単に女王との面会が叶うとも思っていなかった。
森の奥深くにいるであろうその場所に辿り着くまでにも相応の時間が掛かるのは間違いなく、その時間と道中に抱えるリスク次第では陸路ではなく空路を。
シャウラならば、グリフォード家以外には認められなかった森への入場制限を緩和できると予想し事前に準備を進めていたわけだが、当のシャウラがこの提案に対して首を横に振る。
「それは無理だな……」
「シャウラ殿でも、私達以外の運搬役をただ一人、この森に入れることが認められないと? でしたら【魔物使役】を使えるエルフの方でも構いません。私達と共に一度森の外まで出てきてもらえれば――」
「そういうことではない。上空からこの森には侵入できないという意味で、リエンの案は無理なのだ。まず間違いなく、この森を見張る者達に撃ち墜とされるからな」
「え……? そ、それなら……いえ、それこそ外域統監であられるシャウラ殿がその行為を止められるのではないですか? あくまで一時的なものですし、ご自身もその魔鳥に乗られて向かうわけですから!」
算段が狂い始め、動揺から自然と語気が強くなるリエン。
しかしシャウラは動じることなく事実を告げる。
「確かに、私が指示を出せば一時的に迎撃を止めることは可能だ。しかしどれほどのエルフ達がこのような里を住処に選ばず、自然の中で生活を営みながら防衛の任に就いていると思う? ある程度範囲を絞って周知させたとしても、下手をすれば深域に歩いて向かうより時間が掛かるぞ?」
「そ、そんな……」
「それに森の深域は、私の指示などなんら意味をなさないしな。だったら空ではなく、陸路で如何に素早く森を抜けられるか、その方法について考えた方が有意義だと思うが?」
「「……」」
シャウラからそのように指摘されてもリエンは現実を受け止めきれず、思考を簡単には切り替えられないでいた。
武芸の経験などほぼ無いに等しい、齢60を超えた大貴族の当主とその孫娘が、長期に渡って現地調達を繰り返しながら魔物が潜む深い森の中を彷徨い歩くなど、覚悟だけでどうにかなるような問題ではない。
立場あるシャウラを従者のように扱うわけにもいかず、このままでは目的地に辿り着くことすら不可能に思えて仕方がなかった。
にも拘わらず、今回はいつ切り捨てられるかも分からない時間の制限まで存在している。
(どうすれば……どうにかして、空の道を……)
一転して窮地に追いやられ、目が眩むほどの焦燥に駆られながら、それでも否定された空路の可能性を模索するリエン。
対してユマは、俯き、未だかつて見たこともない形相で何かを呟く祖母の姿を見て、なんとか状況を好転させるためにシャウラに問うた。
「この森は……この森に住む魔物は、どのランク帯まで存在しているんでしょうか?」
リエンと違い、ユマは素直にシャウラの言葉を受け止めていた。
空が駄目なら、陸路で騎乗できる魔物を用意するしかない。
森の移動に強く、かつ万が一にもやられて旅が頓挫しないよう、この森に生息する魔物よりも格上の魔物を……!
条件さえはっきりさせれば、きっとリエンが伝手を利用し魔物の使い手を見つけ出してくれると信じて答えを待つと、ユマの意図を察したシャウラが少し困ったような表情を浮かべて答えを口にする。
「この大静森に生息する魔物はFランクから精々Cランク程度だ。諸々の事情により出没する頻度も低いため、そのCランク魔物も滅多に見かけることはない」
「じゃあ――」
「だが、エルフは魔物を飼いならす者も多い。我々の守備戦略にも含まれるためあまり詳しいことは言えないが……深域までいかずとも、Sランクの魔物を餌にして喰らうような愛玩魔物が放し飼いにされ、この森の中を跋扈しているのは間違いない」
「ぁ……」
言い掛けたユマの言葉が途切れ、絶望の吐息に変わる。
タイドウ雪原の魔物を複数体使役できるような使い手が見つかれば、きっと森の移動も乗り越えられる――そう思っていたのに、それすら餌にしてしまうほどの魔物がいるとなると、騎乗による高速移動という選択肢もまともにとれなくなる。
シャウラがいればそれら愛玩魔物の脅威は避けられるかもしれないが、それだってできても彼の指示が通る外域まで。
この森の守備のために飼われているような魔物であれば、その魔物を借り受けて内部に向かうなど現実的ではないし、深域に至っては何が存在しているのかも分からず、その指示すら通らない。
となると、もうお手上げだ。
他に短時間で森を抜け、エルフの女王に辿り着く方法が思い浮かばず、ユマは茫然としながら縋るような思いで最後の方法を口にした。
「もう、女王エディナ様にこの里まで――ッ!?」
しかし、リエンが怒気を孕んだ険しい表情を浮かべ、ユマの口を強引に塞ぐ。
その姿を、シャウラも険しい表情を浮かべながら見つめていた。
「大変、失礼いたしました……」
ユマが言い掛けた言葉。
気持ちは痛いほど分かるが、ハイエルフの立場であるシャウラがこの外域で暮らしているのが異例中の異例というくらい、同じエルフという種の中でも血の濃さに応じて厳格な住み分けが行われているのだ。
そんな中で女王相手にこの里まで下りてきてほしいなどという言葉を吐けば、これまで築いた全てが終わりかねないという直感がリエンにはあった。
だからすぐに口を塞いで謝罪の言葉を口にはしたものの、しかし女王との謁見は許されても、早期にその場所へ辿り着く方策は出てこない。
現状をどうやっても覆すことができない。
結局リエンは、いくつかの確認を行い――
「一度、持ち帰り、良策を検討して参ります……」
「……承知した。私の方でもいつでも発てる準備はしておこう」
絶望して蒼褪めるユマを横目に見ながら、最後はこの言葉を吐き出すことしかできなかった。