作品タイトル不明
687話 アンダーシーク
寒風吹き荒れるアイオネストの地を一旦離れ、俺はリステと共に大陸中央の町に移動していた。
理由は待ちに待ったあの日がようやく訪れたからだ。
喧騒溢れる自由都市ネラスの大通りを抜け、町の中心部に建つ、トラント服飾店と書かれた看板を二人して見上げる。
「まったく会場には見えませんが……本当にここなのですか?」
「みたいだね。招待状にもこの店の名前が書かれてるし」
と言っても、内心は俺だってドキドキだ。
懐疑的な表情を浮かべるリステと共に店内へ入ると、一目で貴族向けだなと分かる衣類が所狭しと売られていたが、そんなモノには目もくれず、派手な帽子が並ぶ一角へと足を運ぶ。
そして、商品の埃を取っていた従業員に声を掛けた。
「すみません。"ディガーラッドの羽根帽子"が欲しいんですけど」
「……承知しました」
指示通りに商品名を告げると、さすが貴族向けのお店だ。
試着だけでなくそのまま商談も行えるような個室に通され、その従業員が無言のまま壁に飾られた絵画を押すと、その壁の一部が跳ね上がり、地下へと延びる階段が出現する。
(おおっ!?)
なんなんだ、この映画のような展開は……
もしかしたらこれらの設計や演出も、建神とまで呼ばれている主催の一人、異世界人ゼナンが手掛けたのか?
そんなことを考えながら魔道具の光で照らされた階段を下っていくと、大きな扉の前に黒い二つの人影が。
一瞬、マリーの黒騎士かと警戒度が跳ね上げるも違ったらしく、そこそこやりそうな門番役に招待状を見せると、重厚な扉を開いてくれる。
そして広がる光景に、再び胸がときめき顔が歪んだ。
(きたきたきた……これが裏オークションか……!)
作り自体はかなり薄暗いというくらいで、初級ダンジョンを抱えるサヌールのギルドオークションとそう大きくは変わらない。
会場の中心にはステージがあり、そのステージを囲うように客席がズラリと並んでいるが、しかしその規模は一回り小さく、座れても精々100名程度の規模感のように感じられた。
……席と席の間に座ると隠れる程度の間仕切りがあるため分かりにくいが、パッと見渡す限りで強く警戒が必要そうな相手は存在していない。
と、すぐに一人の女性がこちらに気付き、声を掛けてくる。
「会員制オークション『アンダーシーク』へようこそ。本日は私が専属でサポートをさせていただきます。まずはこちらを」
「?」
「仮面です。お持ちでなかったようなので、もし素顔を隠されたいようでしたらどうぞご使用ください」
「あ、ああ……」
手渡されたのは目と鼻が隠れる、顔の上半分を覆うタイプの仮面だ。
軽い装飾も施されており、ますます映画の世界かよと心の中で突っ込みを入れてしまうが、受け取ったその仮面を流れるようにリステの前に差し出す。
今日のリステは気合の入れようが凄まじく、いったい何を参考にしているのか、纏うドレスも以前のスケベドレスを上回る露出と妖艶さを醸し出していた。
それこそ目立ち過ぎて歩く度に周囲の時を止めまくっていたので、自然な流れで仮面を付けてもらえるならそれに越したことはない。
「では、お席へご案内いたしますが、お客様はアンダーシークのご利用は初めてになりますか?」
ついでに俺も仮面を付けるとそう問われ、頷くとサポーターだという女性は俺達をテーブルも備えられた二人掛けのソファタイプの席へと案内してから、ここのルールを説明してくれる。
「オークションの開始は正午からとなります。出品品目は変更なく50点となり、招待状と共にお送りしている出品目録の通りに進行いたしますので、ご入札予定の品が近くなりましたら必ずこちらの席でお待ちいただきますようお願い申し上げます」
「この順番の通りですね……分かりました」
「また当オークションは、表のオークションと違い事前に保証金をお預かりするようなことはございません。認められた極一部の方々にのみ招待状をお届けしておりますので、特に制限なくご自身の資産に合わせて入札にご参加いただけます」
「え? それは楽でありがたいですけど……でもそれって間違いが起きたりしないんですか?」
俺みたいにステータス画面で所持金総額を把握できるならまだしも、この世界の人達にそんな便利機能はないのだ。
おまけに代理人が参加するケースもあるわけだから、故意に予算超過を狙うような輩はいなくとも、単純な勘違いや熱くなって気付けば予算オーバーなんてことくらいはザラに起きそうなもの。
しかし、サポーターの女性は淡々とした様子で答えを返す。
「落札後、代金と引き換えに商品をお渡しする猶予期間が一月ほどございますので、皆様それまでには必ず落札代金を工面されていらっしゃいます。万が一にも清算期日を超えるようなことがあれば、アンダーシークへの参加権が永久に失われてしまいますので」
「ああ、なるほど……そのリスクもあって、仮に予算を超えたとしても絶対になんとかしてくるわけですか」
それはそれで厄介な仕組みだ。
支払いの猶予期間が一月もあれば、持ち金以上に踏み込むことも当然できるが、人気の集中する商品は余計に値が釣り上がってしまう。
そのシステムが俺にとって損か得か。
現実的に1月で自分が稼げそうな額を頭の中で試算していると、サポーターの女性は必要最低限の説明を終えたのだろう。
それでは何かあればお申し付けくださいと。
そう言ったあとは、俺の横に立ったまま動かなくなる。
「「……」」
えー……いやいや、ちょっと気まずいというか、そこに立たれると落ち着かないんですけど。
専属と言っていたし、他を見ても1組に付き一人、席の横で同じような恰好をした男女が立っているので、俺達だけが特別張り付かれているというわけではないようだが……
「あの、ここにいる人達は、サポーターの皆さんに何を頼まれるんですか?」
「皆様必ずと言っていいほどご利用されているのが、お飲み物や軽食のご依頼でしょうか。オークションは約5時間から6時間ほど続きますので、ご要望がございましたら可能な限りこちらで手配させていただきます」
「おお……ではパンが食べたいと言ったら、買ってきてくれるわけですか?」
「はい? それはもちろんでございます、が」
「へ~凄いな……めっちゃVIPじゃんか」
それなら先ほどの道中で見かけた、拠点にもまだ持ち帰ったことがないちょっと変わった料理とワインをリステ用にお願いしたら、あとはサポート不要ということで外れといてもらおうか。
そんなことを企んでいると、サポーターの女性から気になる言葉が飛び出す。
「……あとは入札の発声代行や、各出品物の履歴や情報を求められることも多いですね」
「ん……? 発声代行はそのままの意味だと思いますけど、各出品物の履歴や情報というのは、過去に同じ品がいくらくらいで出ていたとか、そういう意味ですか?」
「はい、そのような情報も含めて、ということなります。私共サポーターは過去にアンダーシークで出品された品々がどのような結果に終わったのか、全て記憶することを義務付けられておりますので、該当の品と同等、もしくは近い品が過去にどれほどの落札額だったのか、これより以前はどれほど前に出品されていたのかなどを分かる範囲でお答えし、入札のサポートをさせていただきます」
「す、凄っ……」
つまりは入札額の指標を得られるだけでなく、出品頻度からスルーした場合のリスクまでおおよそ図れるということ。
やっているサポートの内容が想像を大きく超えていて、VIPじゃんとか滅多にない待遇にちょっとはしゃいでいた自分が恥ずかしくなってくる。
確かにスキルで記憶力を引き上げられる世界なのだから、やってやれないことはないのかもしれないが……
どうも時代にマッチしていないというか、ここまで気の利いたサービスはたぶんこの世界の人達の発想じゃないよなぁと、ついついそんなことを考えてしまう。
となると……
「リステ、どう考えても有利に働きそうだから、このままこの人に居てもらってもいい?」
マリー本人が現れてもおかしくない状況だ。
いざという時のために【神通】は残しておきたくて、そっとリステの耳元で呟けば、軽く搦めていた俺の腕を抱きかかえるように掴んでくる。
「もちろんです。ロキ君の思うがままに、私はどこまでもついていきますので」
「「ぇ」」
……なんか横からも驚きの声が漏れたような気もするけど、リステが怒ってないならまあいいか。
ひとまず食べ物と飲み物をお願いし、暫く仮面を付けた参加者達のスキルや様子を眺めていると、食事が届けられたタイミングで鐘が鳴らされ、ステージに似たような仮面を付けた進行役の男が登場する。
そして軽い前説のあと、ステージに出品物が運ばれ、1発目のオークションが開始された。
「それでは開始いたします。1品目はこちら――魔導書『レメゲトン』、開始価格は200億ビーケからでございます」