軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

628話 アルバートの状況

日の出と共に動き始めるこの世界の住民なら、朝の7時くらいに出向けば失礼には当たらないだろう。

そんな気持ちで侯爵家が住むという、町の中心部に存在する砦のような建物に向かうと、目の前の大きな通りにまで緊張感を漂わせた兵士達がずらりと立ち並び、閉ざされた門の奥からは声だけでもかなり慌ただしい様子が感じられた。

【広域探査】が反応を示しているのだから、セルリック侯爵が中にいることは間違いない。

が、ここで兵士に声を掛けたとして、アポイントもないというのにすんなり会えるものだろうか……

そう考えると面倒事になる未来しか見えてこず――

『ロキです。セルリック侯爵、急用で屋敷の前まで来ていますので、少し時間をもらえませんか?』

【遠話】を使用し直接本人に声を掛けると、見覚えのある女性のような容姿をした侯爵が何人かを引き連れ開かれた門の前に立つ。

この時、侯爵を含む数人は、身に着けている最中だったのだろうか。

胸当てなど、中途半端に鎧の一部を身体に纏っていた。

「ほ、本当にご本人でしたか!?」

「突然ですみません。急用だったので直接来てしまったんですが、どう見ても忙しそうですよね?」

そう問うと、侯爵は焦ったように首を振る。

「何をおっしゃいますか! こちらも確認させていただきたい点がいくつもあったのです。面会が叶うのでしたら、これ以上に重要なことなど他にありません」

「ということは、既に情報が入ってきているということですね?」

「ええ。それもあって、新王都『ミケーレア』への召集命令が下り、今このような準備を」

「ミケーレアっていうと、旧マラガ領の中心部に位置するあの町か……」

旅の中で立ち寄った旧マラガ王国の王都を思い出す。

確かに大きな町だったし、中心部には林の中に佇む宮殿のような巨大な施設がいくつも存在していた。

アルバートの中央に位置するあの町なら移ったと言われても何も違和感はないが、新王都か……

そこからは周囲に兵士がいるせいか、無言のまま足早に屋敷の中へと案内され、落ち着いた雰囲気はあるものの様々な魔道具に囲まれた応接室へ通される。

そして正面に座ったセルリック侯爵は、一転して能面に近い、感情を殺したような表情でこちらを見つめた。

「ではロキ王様、何があってこのような事態になっているのか、詳しくお聞かせ願えませんか?」

……問われるのも当然か。

国そのものには興味がないと。

そう答えたからマリーを始末してほしいと俺に依頼してきただろうに、結果として移転を余儀なくされるほど王都が壊滅的な打撃を受けたのだ。

きっと、誰を信用していいのかも分からない、そんな状況。

だからあの日、王都で何が起きたのか。

こちらから一方的に話すことが得策ではないと知りながらも、順を追って伝えていく。

すると、王と思しき人物やその周囲を取り巻く者達を始末したと伝えたところで、暫く黙って話を聞いていた侯爵が口を開いた。

「なるほど……王家は全員殺害されたと国から報告を受けていましたが、その点は事実でしたか……」

「王家はたぶんとしか言いようがありませんけどね。豪奢な服を身に纏い、兵士に担がれ地下道を移動していた集団がいたのは事実です」

「ならば間違いはないでしょうし、仮に逃げ遅れた者がいたとしても、まず間違いなく殺されているか、二度と表に出てくることはないでしょうから大差ありません」

「……つまり、成り代わった者がいると?」

分かり切った答えを思い浮かべながら問うと、侯爵は眉根に深く皺を寄せながら頷く。

「新王を名乗り、今回の召集を掛けたのもマリー侯爵ですから。しかし国の要とも言える国軍の精鋭は王都の崩壊と共に姿を消し、未だ死体すら満足に見つかっていないと聞いております。国として危機的な状況の中で、マリー侯爵の私兵とも言える黒騎士や傭兵達が各地に送り込まれ、追撃に備えた防衛体制を整えているのも事実……私からすれば不満の声を潰すための監視も兼ねているのだろうと判断していますが、こうなると表立って文句を言うわけにもいかず、民衆からも現状は感謝を示す声しか上がっておりません」

「自らが招いた種だというのに、国へは自分こそが尽力しているように見せかけているわけですか。その汚さは相変わらずですね」

「その通りです。黒騎士が敗れたなどという話はこちらにまったく降りてきておりませんし、争いの切っ掛けだと仰った巨大な塔――魔天閣からの砲撃も、我々には許されざる裏切りにより外部へ情報が漏れ、その結果ロキ王ではなく町を大きく焼いた後、混乱に乗じて他勢力からの大規模な攻撃を受けたと説明されています」

「ん? 他勢力……? 僕から、ではなくてですか?」

聞き流せない言葉だった。

問うと、侯爵はさらに眉間の皺を深く寄せながら答える。

「ええ。未だどこに機密情報が漏れ、どの国、どの勢力と敵対し、旧王都『ロミナス』が壊滅するほどの攻撃を受けたのか……その辺りの情報が不自然なくらい閉ざされていて、我々貴族ですらまったく知らされていないのです」

「だから裏切り者と判断されても仕方がないと思っていた僕の言葉を、こうもすんなり呑み込んでくれているわけですか」

「貴族だけでなく、国民に対してもあれほどロキ王様への敵対感情を煽っていたのです。ならばロキ王様が王都を焼いたと、そう説明された方が多くの者達も納得するというのにその名前が伏せられている時点で、公にできない別の事情があるのだろうと思ったのが1つ。それに国からの報告が情報の全てではありませんからね。ロミナスで生き残った者達からも数名報告が入ってきておりますが、事の流れは国ではなくロキ王様の語る内容にどれも近かったものですから」

「なるほど……」

その後もどのような報告が国から齎されているのか。

詳しく聞いてみるも、やはり印象は変わらない。

あの黒髪女の存在や所業を理解しているのかまでは分からないが、少なくとも俺とは別に介入していた第三者の存在に気付いているから、マリーの意識は外ではなく内へ。

黒騎士を投入してまで警戒を強めているのだろうし、その力の入れ具合からすぐのすぐにベザートが攻め込まれるような雰囲気は感じられなかった。

そのことにほっと小さく息を吐くと、その様子を見ていた侯爵が呟く。

「追撃のため……というよりは、報復の準備がどこまで整っているのかを確認するために――といったところでしょうか」

核心を突かれた言葉。

思わず視線を向けると、侯爵は表情を変えることなく言葉を続ける。

「為政者ならば誰もが考えることですから、ロキ王様を責めたいわけではありません。特に今回は直接手を下されたわけではなく、別の存在――と言ってもあの王都を壊滅させるほどの力を持つとなると、まず間違いなく西側の異世界人なのでしょうけれど、そちらに都合よく押し付けられたような格好になっているようですしね」

「……」

「ただそれでも今一度確認はさせていただきたい。あの依頼は今後も有効と考えてよろしいのですか?」

侯爵側からすれば一番重要なのはここだろうからな……

その問いについては素直に頷く。

「もちろん、依頼があろうとなかろうと、マリーは僕が殺しますよ。と言っても今回のように逃がすと面倒にしかならないですし、願わくはもっと慎重に事を進めていきたいところですけどね」

すると侯爵は僅かに口角を上げるが、まだ納得しきれていないような……そんな様子がありありと伝わる。

と、すぐにその理由は判明した。

「では、ロキ王様が出会われたという、その黒髪の女性は?」

「……濡れ衣を着せられそうになったのは事実ですし、僕も纏めて攻撃を受けていたので敵対する可能性は高いかと思いますが……ただ敵は自分自身で見定めますよ。アルバートのために動くわけではありませんので」

警告の意味も含めて、やんわりと釘を刺す。

正義感がどうたらと以前に言っていたが、方々に遺恨をばら撒いて敵を作ってきたのはマリーであり、そのマリーを囲ってある意味利用してきたアルバートの責任。

侯爵やアルバートにとって都合の悪い敵の処理に利用されるつもりなどないからな。

それでもゆっくりと侯爵の唇は弧を描き、先ほどより満足した様子で頷く。

「敵対の可能性が高いと伺えただけでも十分です。では私も可能な限りマリー侯爵の牙がロキ王様へ向かわぬよう、尽力させていただきましょう」

「そんなことができるのですか?」

「できるかどうかではなく、何をしてでも実現させるのです。それがアルバートの未来に繋がるのならば」

「……」

「ロキ王様と接触した時点で私の命などあってないようなモノ。なのでご安心ください。私が死のうと意志を引き継ぐ者は既に用意しておりますので」

「そう、ですか……」

こうして協力関係は残したまま、念のために連絡用の使役した猫を屋敷に残し、その場をあとにする。

しかし、最初に受けた印象と変わらず、どうにもやりづらい相手だ。

奴隷化も言えば受け入れてくれるし、悪意や敵意のようなモノも感じないが、死をも厭わぬあの覚悟は、単純な強さとは別種の圧や恐怖を感じさせる。

「牙の矛先……つまり、意図的にこちらへマリーの敵意を向けるように動くこともできると、暗に示してきたかな……」

下手を打って敵に回せば、それはそれでかなり面倒になりそうな相手――だがまあ、時間稼ぎにはなる。

そのことを理解し、拠点に帰還した。