軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

629話 不器用な夫婦

あれから20日ほど。

昼は残されたエリアのマッピングを進めながら、魔力に余力が生まれればみんなの装飾品をコツコツと作り、夜間はアルバートのAランク狩場《シトラスの森》で、エルダートレントをしばいて素材集め。

そんな日々を繰り返しつつ様子を見ていたが、特に大きな変化もないまま無事にアルバート王国全域のマッピングが終了する。

途中で向かう先を南に変え、かつての王都ロミナスを目指したこともあって、最後の最後が縁のある地になるとは思わなかった。

「ここか……」

『トムズソース店』と書かれた看板。

古ぼけた木製のドアを押して入るとすぐに食欲のそそられる匂いが鼻を突き、この程度でも電流のように走る痛みに耐えながら声を掛ける。

すると店の奥から床をギシギシと鳴らしながら、愛嬌のある女性が現れた。

「いらっしゃい。見ない顔だけど、何をお求めだい?」

「えっと、店主のトムズさんはいますか?」

「うちの旦那なら、アーリアの町までソースを売りにいっているから暫くは帰ってこないけど……知り合い?」

「知り合いというほどではないんですが、以前に別の町でソースを大量に買わせてもらいまして、その時にお店の場所や店名を教えてもらったんですよ」

「あ~もしかして壺ごと全部のソースを買ってったっていう少年かい!」

どうやら旦那さんから俺のことは聞いていたらしく、店の在庫を可能な限り購入したいと申し出ると、嬉々としながら大きさのまったく異なる壺を用意してくれる。

「ここまでは君も以前に買ったことがあるやつだね。一番大きい壺を用意したから、このまま凍らせておけば店の料理に提供したって相当もつはずだよ」

「助かります」

「で、ここら辺はうちの旦那も他所に売り歩かないモノだ。こんなに買っていく人なんて初めてだから、お役人様とかほんの一部のお店にしか卸していないモノも一応用意してみたけど、かなり高価だからね……それでも買ってくかい?」

「へ~そう言われると尚更に……って、あれ? これってマヨネーズじゃないですか?」

「へ? 見ただけで分かったの?」

「え、ええ。口にしたことがありますので」

見た目から思わず反応してしまったことでちょっと微妙な空気になってしまったが、まあいい。

購入を前提に少し舐めさせてもらうと、想像していた通りの懐かしい味で。

これは間違いないなと思いながら言われた通りの代金を支払い、ホクホク顔の奥さんにさりげなく確認する。

「そういえば、これらのソースを生み出したのは一人の天才料理人だと聞きましたが、その方は今もこの町にいらっしゃるんですか?」

「あ~ビスカさんかい。彼女はもう20年以上も前に行方が分からなくなっちまってねぇ……従業員だった私達やビスカさんのご家族にすら行方を告げずに消えちまったんだ。どうせ碌でもないやつらに取っ捕まっちまったに決まってる」

「ああ、そのパターンでしたか……でもそうなると、二人とも怖くないんですか? これだけの味をいくつも受け継がれているのですから、それだけ狙う者達も多そうな気がしますけど」

前例があるなら避けるのが普通じゃないのか。

そんな考えが頭を過るも、奥さんは鼻の穴を膨らまし、フンと豪快に息を吐く。

「そんな理由でせっかく教えてもらったこの味を廃れさせるなんて耐えられなかったからね。だったら増やしてやれって、うちの旦那が教えまくったのさ。それこそ町の住人は大半がこれらのソースを作ろうと思えば作れるくらいにね」

「え……すごっ」

「まあその代わりに商売が難しくなって、うちのバカ旦那が泣きながら魔法を習得して他所で売り歩くようになっちまったけどさ」

そう言って豪快にガハガハと笑う奥さんを見て、合点がいくと同時に様々な考えが脳裏を巡る。

当初はボーラさん達がどうにかこの味を再現できないかと、そんなことばかり考えていたが……

改めて店内を見回し、きっとこの夫婦にとってもプラスになる提案だろうと信じて切り出した。

「受け継いだ味を守り、広めたいという考えが根底にあるようでしたらどうでしょう。いっそのことうちに来ませんか?」

「え?」

「不足している材料や住まい、それに販売するお店はこちらで用意しますし、これらのソースを十分に活かせる料理人も、それに各地へ運んで広めてくれる商人だって町には多く出入りしています。旦那さんにその気があれば【氷魔法】の能力を大きく引き上げる術もありますし、より深い魔法知識を学ぶための学校に空いた時間で通っていただいてもいいですしね」

「え……えっ……?」

「教えられた味を残し、広めるために苦難の道を歩まれているようだったので、それならどうかなと思っただけです。もちろん強制するようなことはありませんから、よろしければ旦那さんが戻られた時にでも相談してみてください」

そう言って台の上に置かれた壺を収納し始めると、奥さんは目を見開きその光景を見つめる。

「君は、もしかして……」

「申し遅れました。僕はロキ、異世界人で小さな国の王をやっています。なのでもし来てもらえるのでしたらお二人とこの懐かしい味を守り、最大限に広めるための協力はさせていただくつもりです」

普段ならまだしも、王都が壊滅的な被害を受けたあとの話だ。

偽るわけにもいかないが、かと言ってどんな反応をされるのかも分からず、最悪はもう売ってくれなくなるかもしれない。

それでも今の生活が苦肉の策で成り立っているのなら、もっと豊かで理想に近い選択肢を――。

そう思っての問いに、奥さんは困惑した様子で呟く。

「あのマリー侯爵と同じかい……」

「本音を言えば一緒になどされたくありませんが、まあ端から見たら似たような存在に見えるのでしょうね」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。それにこうして提案してくれているんだから中身は全く違う」

「……何か知っているんですか?」

予想外の反応に戸惑いながら問うと、奥さんは渋い表情を浮かべながら深く頷く。

「あくまで噂。でもビスカさんを連れ去ったか、もしくは人攫いから買って私達の手の届かない所に隠したのはマリー侯爵かもしれないんだ」

「え?」

「うちが卸している高級料理店の店主がね、マリー侯爵の晩餐会で口にしたソースと同じだって、喜ぶ貴族の客と今まで数人出会っているらしいんだ。なんならそのままうちのソースを買いに来た客もいたしね」

「なるほど……」

「うち以外にもこの町でソースを売っている店はあるから絶対とは言い切れないし、もしかしたら本人は恵まれた裕福な生活を送れているのかもしれない。でもビスカさんのご両親は最後まで安否が分からないままの娘を思い、嘆きながら死んでいったんだ。噂が本当なら私は絶対に許せないよ」

確たる証拠もないのだから、俺がどうのと口を挟める状況ではない。

が……優秀な人材を各地から集めていたという事実はあるのだ。

まず間違いなくそれだけの土台が揃っているなら、ビスカさんはマリーが抱え、表舞台から隠してその知識を自分の利益のために独占しようとしたのだろう。

問題はその手の人材をどこで囲っているのか……

並べられた壺を収納しながらそんなことを考えていると、ちょうど仕舞い終わったところで奥さんが口を開く。

「アルバートもだいぶ物騒になってきたみたいだし、そんなに私達のソースを求めてくれるなら、うちが旦那を説得してみるよ。悪いけど10日後くらいにまた来てくれないかい?」

「もちろんです。結果はどうであれまたその時にソースは買いますので、できる限り大量に作っておいてくださいね」

断られてしまったならそれはそれでしょうがない。

でも折角なら人の良さそうなこの夫婦に来てもらいたいなと。

そう願いながら店をあとにし、ぼんやりと考える。

「ビスカさんか……まだ生きてるのかな……」

マリーが人材集めに精を出していることは分かっていても、具体的にどういう人物が被害にあっているのか分からなければ探しようもない。

探査対象の枠が広く、絞り方が曖昧になるほど精度も甘くなる――それは経験上確定していることで、逆に『名前』は探す上で非常に効果が強いことも分かっていた。

【魔力纏術】の練度を上げながらマッピング中にやることを1つ追加するだけ。

大した労力が掛かるわけでもない。

「だったら魚人の子供達と一緒に探してみるかな」

そう心に決め、ボーラさん達に購入した壺の中身を託してからラグリースの王都ファルメンタに移動した。