作品タイトル不明
624話 知性体
検証を済ませて食卓に戻ると、皆が口をあんぐり開けて俺の横に立つ人物を見つめる。
「というわけで、こちらが生まれ変わったジェネ君です。つっても中身は今までのジェネと変わらないから、みんなよろしくね」
「えーすごっ! 髪はサラサラだし、なんかかっこよくなってるじゃん!」
「ああ、黙ってたらもうなんかの亜人にしか見えねーな」
「本当に、見た目は人ですね……何が起きてこうなったのですか?」
強い興味の眼差し。
特にリコさんはこの手の書物にも纏められていないようなネタが大好物だからな……
「上位種とか希少種とか、地域によって呼び方はマチマチだけど、偶発的に起こる魔物の進化――その最終形態になるのかな?」
「最終、形態……?」
「今から世界でジェネしか所持していないかもしれないスキルの情報とか一通り整理するんだけど……リコさん、良かったら書記官として記録しておいてよ」
「も、もちろんです! すぐ準備しますから少々お待ちを~!!」
言いながら裏の小屋に走ると、すぐ両手に木板や羽根ペンを抱えて戻ってくる。
調理器具や鋸なんかが置かれている、最初期に作った物置小屋にも記録用の道具を備えているとは、やるなぁリコさん。
「で、ジェネ。ご飯の途中だったから説明もなしにどんどん進めちゃったけど、今から伝えることが現状分かっている【魔物統御】のスキル性能だ。効果範囲の具体的な距離数が出てこなかったように、神様から与えられる情報っていうのはあくまで基礎であって全てではない。深く知ることで応用が利いたり、時にはその知識のお陰で自分や誰かの命が助かったりすることもあるから忘れないでね」
「承知しました、我が主」
「じゃあまずは、支配可能な魔物について。これはさっきジェネが"弱き魔物"って言ってたけど、実際は同ランクまでで間違いなさそうだね。ジェネのランクが『A』なのは使役コストの数値で確定しているから、現状はAランクまでの魔物なら引き寄せられるし支配できると思っておけばいいよ」
「ロキよ、個体戦力という可能性はないのか?」
判別に協力してくれていたゼオが問うも、首を横に振る。
「空から広く眺めていてもAランクで弾かれている魔物はいなかったし、判別のためにSランクの魔物を連れてきてボロボロに弱らせてみたけど、それでもジェネの【魔物統御】に反応しなかったからその線はたぶんなしかな。あと支配可能な魔物でも、既に使役済みだとランクに関係なく弾かれてたから、魔物使いが相手の場合は注意してほしい」
「我が主、ランクの判別はどのようにすれば?」
「あ~それはもう魔物それぞれの姿形から覚えるしかない。ただ狩場にはそれぞれのランクに該当する魔物しか基本的には生息していないし、Sランク狩場なんてこの辺りには存在しないから、支配条件が気になるのはあくまでこっちの都合。ジェネはまだそこまで気にしなくていいよ」
「承知しました」
「あと引き寄せの効果範囲は【魔物統御】レベル1の段階でジェネを中心におおよそ半径500M――ここからならウィグがいる死体の山くらいまでかな。魔物のランクによる効果範囲の差もなさそうだし、とりあえず広場の奥の方でなら釣れると思うから、継続して範囲に引っ掛かった魔物を片っ端から配下にしちゃってみてよ」
俺のこの言葉に、死体から絞った血を飲んでいたカルラが驚きの声を上げた。
「えっ? 師匠やロキの【魔物使役】と違って、数の制限がないの?」
「そこがねぇ……ジェネ、管理コストとか支配可能な数に制限が掛かっているような感覚はまったくないんでしょ?」
良い淀みながらジェネに視線を向ける。
個人的にも一番知りたかった部分だが、いろいろと試してみてもその答えははっきりとしない。
「はい、まったくありません」
「消費魔力がクソ重いとか、スキルの使用回数が決まっている可能性も考えて、狩場のランクを変えたりしながら検証してみたんだけどね。どのランク帯でも上空から引き寄せることを意識して動けばすぐに百体くらいは集まってたし、その都度全部支配できたっていうんだから、合計でいったら軽く500体は超えてると思うよ」
「えっ、それって凄過ぎじゃない!?」
「おいおい、マジで魔王討伐伝に出てくる魔王みてぇじゃねーか……」
エニーとロッジ。
二人が挙げる感嘆の声に、ジェネは僅かながら顔を綻ばせる。
本当に人っぽくなったとは思うが――
「……強力なスキルであるほど強い反動であったり制限が掛かるものだ。ジェネよ、今もその全てを制御可能なのか?」
続くゼオの言葉ですぐに表情が曇ったため、ああ、やはりここかと。
このスキルを扱う上で一番の障壁となる部分を理解した。
「ジェネ、ここが一番大事なところだよ。実験のために支配したまま置いてきた魔物達もコントロールできてる?」
「……どうなっているのか把握できていない、というのが答えなのでしょう。全体に"私の所へ来い"と指示は出しているのですが、距離が離れた途端に配下の動きを追えなくなりましたので」
「数は? 近くても配下が多過ぎて動きを追いきれないとかはなかった?」
「いえ、私の周囲にいる者達であれば数百という数であっても問題ありませんでした」
「なるほど……で、引き寄せの効果範囲と支配後の統御力。この2つはスキルレベルの上昇と共に効果が上がっていくと、与えられた知識からジェネも分かっているわけだ」
「はい、その通りでございます」
「ふむ……となると、活かすことはできるがまだ局地的か」
「だね」
ゼオがボソリと漏らした言葉に俺も同意する。
二人が考えていることは同じだ。
不足している町の防衛戦力にジェネのこの能力をどこまで活かせるのか。
支配下に置かれた魔物は俺やゼオを一切攻撃してこなかったのだから、統御されている状態であれば守るべき町の人達を襲う心配はないだろう。
しかし距離の問題で統御から外れ、支配下の魔物に暴走されると逆効果になってしまう。
となると、それこそ東の一面とか。
間違いないという限定的な範囲でしか扱えないし、当然司令塔となるジェネも戦いの場に放り込む必要が出てくるため、まだこの段階では失うリスクの方が高いようにも思えてしまう。
そんな二人の雰囲気が伝わってしまったのか。
「申し訳ありません。私が未熟なばかりに」
消沈した様子で謝罪の言葉を口にするジェネに、思わず笑顔を向ける。
「何言ってるの。正直に言うとジェネは俺にとって希望の星だよ。その能力を活かせないなんて欠片も思っていないわけだし、それにまだまだ強くなれるんでしょ?」
「食事を与えていただけるのでしたら、必ず」
「だったら大丈夫。ジェネと、それにウィグが望む食事は必ず俺が用意する――ッから、まずはSランク魔物を支配できるように自己強化を優先してほしい」
「ロキ、大丈夫か?」
「……大丈夫、問題ないよ」
これが衝動的な黒い欲求に対する痛み。
身体の内部を何十本もの針が貫いていったような衝撃を受けるが、耐えられるのなら問題ない。
それにしても――、
なぜ女神様から認知すらされていなかった知性体という存在が、こうして身近に生まれたのか。
その理由もいろいろと見えてきたな。
知性体はこの世界にまったく存在していなかったのではない。
長い歴史の中で、条件さえ整えばどこかに生まれてはいたのだろうけど、ゼオや女神様達の耳に入るほど事が大きくなる前に討伐されていた――きっとこれが正解だろう。
ジェネ自身が赤子と称していたように、生まれてすぐは強いと言ってもまだ常識的な範囲であり、裏ボスの脅威とは根本的に強さの質が違う。
そんな知性体が狩場で生まれ、その狩場から自ら望んで動かないという魔物の特性を持ちつつ周囲の魔物を搔き集めて軍勢を形成すれば、その狩場を糧としている連中や国軍に討伐隊でも組まれて始末されるのがオチだろう。
それでも書物や説話などを通して世に情報が広まっていないのは、それだけ進化条件が厳しく目撃者の絶対数が少ないから。
他じゃ早々生まれない存在が、ここで生まれた理由。
それは――
(人……もしくは着地点が知性体ということなら、脳みそか……?)
ジェネがただの肉塊になっていたあの時。
その周囲には装備や衣類を剥かれ、裸体の状態で食い千切られた死体が大量に散乱していた光景を思い返す。
覚醒体も知性体も。
どちらも魔物や魔石だけでなく人を大量に食らうことも条件とするなら、食らい続ける前に狩場を訪れるハンターによって始末されるのだから、世の狩場で滅多に見かけない存在となるのも当然だろう。
しかし、ここなら俺が好んで死体を持ち帰るのだ。
邪魔をされることもなく既に数万という人の死体を食らい続けたジェネが進化し、後発で仲魔になったウィグが後れを取った理由にも納得がいく。
となると、問題はここから。
ジェネだけでなくウィグも、【解体】などの本来備わっていない生活スキルをいくつも所持していた……
そしてジェネはゴブリンジェネラルという『C』ランクの魔物が知性体となり、『A』ランクの魔王として生まれ変わっている。
ならば元が『A』ランクのウィングドラゴンであり、仲魔にした時には既に『S』ランクの覚醒体予備軍だったウィグは、知性体になることでそれ以上の初期能力を得られる可能性もあるし、最初から『S』ランクの魔物を新たに連れてくれば、それもまた別の可能性が生まれてくるのではないか。
(あ…ぐッ……! 魔物の王が一体だけなんて、誰が決めたよ。そんなのは物語の中だけで十分だ……)
「……ご馳走様。それじゃ俺はベザートの見張りに行ってくるから、ジェネ」
「なんでしょうか、我が主」
「ウィグとも分け合って仲良く仕事しておいてね。それと様子を見てまた夜中に戻ってくるから、職業選択が可能かは念のために確かめといて。結果次第では限界までパワレベもするから」
「パワレ……承知しました」
ベザートと、それにラグリースを生かすためにも知性体の力は現状必要不可欠なのだ。
この世界に害を振りまくことしかできない悪党が湧き続ける限り、餌となる死体は俺がいくらでも用意してやる。
その覚悟を持って、まだ灯りの目立つベザートへと飛んだ。