作品タイトル不明
623話 変貌
念のためにゼオ以外は食卓に残し、二人で死体が山積した広場へ向かう。
すると頂上付近で淡く光が灯っており、その光景をウィグが唸りながら見つめていた。
「ウィグ! 何が起きたの!?」
すぐに【獣語理解】を発動させて問うと、ウィグはその光から一切視線を逸らすことなく答える。
「分からない……ジェネが急に動かなくなって、そのまま身体が、裂けた」
「は?」
裂けたって、まさかジェネが死んだのか……?
だとしたら理由は?
あの淡い光と、未だに続くこの妙な感覚はなんだというのだ?
意味が分からずその光に駆け寄ると、もはや何者かも判別することのできない肉の塊が蠢動しており、それは少しずつではあるが萎んでいるようにも見えた。
「ジェネ!?」
咄嗟に声を掛けるも、口と呼べる部分すら存在していないのだから答えは返ってこない。
しかしまだ動いているのだ。
ステータス画面から【魔物使役】のタグを確認すると、使役リストの最上段にはジェネという名がはっきりと表示されたままになっている。
『癒せ!』
だったらなんとかなると思って【神聖魔法】を唱えてみるが、特に大きな変化が起きることもなく、そんな様子を横で見ていたゼオが俺の肩に手を置いた。
「落ち着け。傷を負って死にかけているとか、そういった状況とはまた違うだろう」
「だったら、これはなんなの……?」
「我にも分からん……だが、先ほどからスキルが成長し続けているのだ。死の淵を彷徨っているというよりは、何か大きな変貌を遂げようとしているように見える」
「え?」
慌てて【心眼】を発動させると、その肉塊は魔物とは思えないほど多様なスキルを所持しており、眺めている最中にも【騎乗戦闘】のスキルが1つレベル上昇していた。
そして、俺の中で薄らいでいた記憶の1つが掘り起こされる。
「覚醒体……ジェネが前に言っていた上位格に進化しようとしているのかな」
「うむ。その類いではないかと思っているが、我の予想ではもう1つ上だな」
「上?」
「覚醒体のその先に"知性体"とやらが存在すると言っていただろう」
知性体――。
その言葉に激しく胸が高鳴るも、同時に強い疑念が生まれてくる。
確かあの時、ジェネは"段階"があると説明していた。
通常個体があり、覚醒を経て、魔物を統べる知性体となる――。
なのに覚醒体を飛ばして知性体になることなんてあり得るのか?
そんな考えを漏らすと、ゼオは俺の前提が間違っている可能性を指摘した。
「たぶんではあるが、ジェネは覚醒体とやらになっていたのではないのか?」
「ん? どゆこと?」
「だいぶ前から【伐採】や【解体】など、本来ゴブリンジェネラルが所持していないはずのスキルをいくつも覚えていたからな。新しいスキルが生えるという意味では、以前耳にした覚醒体とやらの条件を満たしている」
「それは確かに……」
目立つ戦闘系じゃないからあまり意識していなかったが、よくよく考えれば身体はどんどん巨大化して精悍な顔つきになり、口調もやたらと畏まったような、知性を感じさせる丁寧な内容へと変化していた。
先ほどまでのジェネが覚醒体ではないと否定する材料も見つからず、あとは当人に直接聞くしかないと。
ひとまず命の心配がなさそうなことに安堵しながら見守っていると、次第に人型の身体が形成されていき、淡い光の消滅と共に目を覚ます。
「ジェネ、おはよう。気分は?」
「……最高の気分でございます、我が主」
そう言って立ち上がったジェネは、以前よりも身体は小さくなっており、俺よりも一回り大きいゼオと同じくらい。
緑がかった肌や鋭い歯牙から辛うじてゴブリン種を連想させるという程度で、顔や骨格の造形は限りなく人の形に近くなっていた。
「一応確認させてね。今のジェネは知性体ってことでいいのかな?」
「左様でございます。と言ってもまだ赤子のようなものでございますが」
「赤子……つまりここからまだ伸びるというわけか」
「それは、間違いなく」
「はは、頼もしいね。でも知性体になったというのに、俺を主と判断して大丈夫なの?」
【魔物統御】という、明らかに知性体と繋がりのありそうなスキルを取得し、魔物の王とも呼ぶべき存在になれたのだ。
その魔王が従属的な立場をとっていいものなのか。
念のために確認するも、ジェネは一切躊躇うことなく頷く。
「当然でございます。私を見つけ、育てていただいたご恩は、今もはっきりと記憶に残り続けておりますので。それに我が主とゼオ殿には逆らってはならぬと……なぜかそう思えて仕方がないのです」
「そっか……って、ここにいるみんなとも仲良くやってもらわなきゃ困るからね」
「もちろんでございます」
どうも口ぶりからすると、【魔物使役】による縛りを設けなくてもいいような気もするが……
まあそれは追々考えればいいこと。
今はそれよりも優先して知性体の能力を把握しておきたい。
「ジェネは知性体になって得られた新しい能力の中身を理解できてる?」
「はい」
「じゃあその内容を俺達にも共有してほしいんだけど、【魔物統御】っていうスキルでどんなことができるの?」
問うとジェネは、取得したばかりだと言うのに淀みなく答えを口にする。
「周囲の弱き魔物を引き寄せ、私が望めばその者達を支配下に置くことが可能でございます」
「へえ~弱き、か……ちなみに効果範囲は? ここから周辺の森にいる魔物を引き寄せられる?」
「範囲は【魔物統御】のスキルレベルに依存しているということは分かるのですが……少なくともこの場からでは魔物を引き寄せることができません」
「オッケーオッケー。やっぱり与えられる知識ってそんなもんだよね。じゃあすぐに済むし、軽く検証しに行こうか。ゼオも来る?」
「そうだな。明らかに特異なスキルだ。把握しておいて損はあるまい」
「え?」
ジェネはここにきて初めて人間のように動揺した様子を見せるが、知性体ならこの意味を――より深くスキルの仕様を把握することの重要性をいずれは理解してくれるかもしれない。
そうすれば、魔物の域を超えて強くなれる……
ジェネにそんな淡い期待も持ちつつゼオを引き連れ、俺達3人は拠点をあとにした。