作品タイトル不明
573話 魚人種の秘め事
念のため周囲に目を向けるも、誰もそれらしい情報が浮かぶ者はいないらしい。
それどころか、本当にそんな話があるのかと。
派手な鎧を着た魚穎番衆の面々はお互いに顔を見合わせると、思わずといった様子でノトスさんに問い掛けた。
「い、一応確認だが、本当にそれほどの情報はあるのか? 相手は族長も倒した一国の王……下手な内容では逆に我らの立場が危うくなるし、まずそのような情報など私らには見当も付かんぞ」
「ふむ……我ら魚人ではその価値を碌に見出せぬのだから、正直に言えば、知ってどう受け止めるかは人によって異なるだろう。だが――」
「……」
「もし大陸にその情報が漏れれば、まず間違いなく魚人は滅ぶと言い伝えられてきたのだ。安易に立ち入れぬよう歌姫に歌わせているのも、元を辿ればソレを隠すため。古来より魚人種の族長と相談役の二人だけが情報を抱え、いざという時の武器として途絶えさせぬよう、かつ決して外へ広まらぬよう管理されてきたのだから、他が知る由もない」
「では、あの族長も?」
誰もが思う当然の疑問を俺が口にすると、ノトフさんは首を横に振る。
「その秘め事を伝えるためにも、ワシはあの者に魚人という種の命を背負う覚悟を持ち、手本となって導ける存在であれと、口煩く説いてきたのだ。……結果、伝える前に幽閉されたがな」
「「「……」」」
幸か不幸か、目の前から排除したために族長は情報を手にすることができず、マリーにも伝わらなかったというわけか。
いざという時の武器……それは文字通り武装や兵器としての武器になるのか。
それとも今行われている交渉事のように、自分達を守る最後の切り札という意味での武器なのか。
どちらかは分からないが……
ふふ、面白い。
魚人では扱いきれない代物とはいったいなんなのか。
こうなると俄然興味も湧いてくる。
「ちなみに、その情報を教える条件は?」
「マリーとかいう異世界人の女から我ら魚人を守ってほしい。あれほど我々に利用価値を見出そうとしないのだ。逆にそなただからこそ信用できる」
「まあ、そうなりますよね……ただ――」
一度言葉を止め、思考は巡る。
いくら興味の惹かれる情報であろうと、俺のやりたいこと、やるべきことを我慢してまで得ようとは思わない。
守ると言ってもその意味合いは広く、ノトスさんがどこまで俺に求めているのか。
長く外とのやり取りが断たれていた分、異世界人の認識がだいぶ大陸とはズレていそうな人達が相手となると……
交渉事としてはかなり下手なやり方だが、先にこちらのできることを伝えてしまった方が話も進みやすいか。
そう判断して再び口を開く。
「僕にも優先してやるべきことがありますし、自国には守るべき人達だっています。たとえどんな情報が目の前にあろうと、ここに常駐して魚人の人達を守れという条件であれば呑めません。それは分かりますよね?」
「うむ……」
「なので、僕にできることとなると、2つ――いや、一応3つ、ですかね」
そう言って目の前で指を1本立てる。
「1つは僕の名前を貸すこと。さすがに族長というのはどうかと思いますけど、ノトスさんが就かれていた相談役とか、僕が魚人とこの島に大きく関わっていることを外に公表するくらいであればまだ許容できます。今回の襲撃にどこまでマリーが関与しているのか知りませんが、失敗すれば僕がある程度首を突っ込んでくる覚悟くらいできているでしょうし」
「な、名前だけでそんなに変わるのか?」
「大陸ではその名前欲しさに各国が異世界人を求めていますからね。お互い大きく踏み込めば大惨事になることは分かっているので、僕が本格的に関与し始めたことを知ればマリーも安易に手は出せなくなるはずです。妥協点でも作っておけば尚更でしょう」
「妥協点?」
「先ほどお伝えした、大陸の人間を相手にした交易の再開ですよ。交易をしていた当時と違って、その相手はマリーがいるアルバート王国の人々になるわけですから、それなら不満には思っても怒り狂うほどの話ではないでしょう?」
「ふむ……なるほど」
俺からすればそれでも少々不本意だが、地理の関係でアルバートを取引相手から外すというのは、国そのものがなくなりでもしない限り現実的じゃないからな。
それにニッカの人達だってそうだし、対岸に住む人々は海洋魔物の素材を求めているのだ。
マリーが独占していた素材をどこでどう活用していたのかは未だハッキリとしないが……
20年以上前にコソコソと築き上げた独占市場をぶち壊すだけでもそれなりの痛手になることだろう。
そう思いながら2本目の指を立てる。
「ついで2つ目。それでももし、大きな揉め事に発展してしまった場合、呼び出しがあればすぐにここへ来ることは可能です。僕が使役した魔物や動物に緊急であることを伝えてもらうと、寝ていない時であればそれが分かりますので」
「ほう。そうするとあの女のように、いきなりここへ現れるわけか」
「そういうことになります。あまり頻繁に呼び出されても困っちゃいますけど、人よりだいぶ寝る時間は短いので、高い確率ですぐに反応することはできると思います」
ここで一度言葉を切ると、ノトスさんは周囲に目を配り、ザンキさんなど魚穎番衆の面々が納得したように頷く。
となると3つ目。
これはできれば拒否してもらった方が俺としては楽だが、仕上げとばかりにまた指を立て、現実的にできる最後の提案を行う。
「そして3つ目。これは先ほど対策を考えている時に思い浮かんだことで、それでも不安が残る、子供達を奪われないように対策を取りたいということなら、ここに住む人達の一部を僕の国に移住させることも可能かもしれません。もちろん無理強いするつもりはまったくありませんけどね」
「ん? かもしれない、というのは?」
「移住先が川や湖の周辺でも問題ないようなら、そこまで難しい話じゃないんです。ただ海じゃないととなると、たぶんうちの国も南側は海に面しているはずなんですけど……まずは調べるところから始めないといけなくなります」
「なんじゃ、王なのに自分の国を把握しておらんのか?」
「は、はは……まだ国を興して1年とかですし、森ばかりでとにかく広いんで、あまり調べる気にならないんですよねぇ」
これには苦笑いしかできない。
いつかやらなきゃいけないことだと分かっちゃいるが、行きたい所が多過ぎるこの現状では、どうしたって自国の調査は優先順位が低くなる。
南側がどんな状況なのか見に行ったところで、まず俺はちっとも強くなれないだろうし。
「それならば断然海だろう。移住した先でだって生活に必要な物資を調達するための金はいる。金になる獲物を見つけるなら断然海だ」
「ああ、獲れる獲物だって海の方がデカくて美味いしな」
「だがそれは、海の中なら大概は襲ってきても始末できる俺達だからだろう。女や子供となると、場所によってはそうもいかんぞ?」
「それはそうだが……しかし魚人たる者、最低限己の身を守る程度の強さは必要だ。となると、それなりの場所に身を置かねば――」
何やら魚穎番衆の面々が横で熱い議論を交わし始めたが、まだ決定事項というわけではないのだ。
俺にできることを伝えた上で、あとはどう判断するのか。
話の流れから、最も決定権を抱えていそうなノトスさんに目を向ける。
「とりあえず、魚人を守るという意味で僕が動けるのはここまでです。その範囲内で納得できるようなら情報と引き換えに協力しますし、それ以上を望まれるようならその情報自体を諦めることにします」
「ふむ……ちなみに期間は設けるのか? あまりに短過ぎては安心できんでな」
「ん~いや、特にそれは。どちらかが上に立って一方的に何かを得るという話でもありませんし、これを切っ掛けにお互い末永く良好な関係が築ければいいんじゃないですか? 僕が動く期間なんて、実質的にはそう長くないでしょうしね」
この言葉に、ノトスさんだけでなく魚穎番衆の面々まで首を傾げる。
「どういうことだ?」
「魚人の人達だけじゃないんですよ。僕がここに辿り着くまでにも、多くの人達がマリーに狙われ、財産、家族、居場所――様々なモノを失い苦しんでいました。だからね、もう決めているんです。僕がいずれ、必ず殺すって。そうすればこの地にも再び平和が訪れるでしょう?」
「あの女、他所でも似たようなことをやっておるのか……」
このように伝えたことで、情報など出さずともいずれ解決する見通しを与えてしまったかもしれないが……
ノトスさんは暫く考えに耽ったあと、ザンキさんに視線を向けながら問い掛けた。
「ザンキ、族長が不在の状況となると、長老のワシと魚穎番衆の頭であるお前さんである程度のことは決めていかねばならん。ワシは頼むべきだと考えているが、どう思う?」
「……秘められた情報があると漏らした時点でノトス殿を締め上げ、力ずくでその内容を吐き出させることだってできただろう。にも拘わらず、わざわざこのような提案をしてくれているのだ。我らは……住民の一部移住も含め、このお方に託すべきだと思う。子供達と、それに魚人の未来を守るためにもな」
そう言ってザンキさんが他の面々に視線を向けると、その場に居あわせた人達も異論はないとばかりに揃って深く頷いた。
「では……ふふ、そういえばここまでの話をしておいて、まだそなたの名前すら聞いていなかったな」
「ああ、そういえばそうでしたね。改めまして、僕は異世界人ロキ。大陸中央に存在するアースガルドという国の王をやっています」
「そうか。ではロキ王、古来から続く魚人種の秘め事と引き換えに、我ら魚人をその名と力でお守りいただきたい」
「分かりました。一人も死なせないなんて、そんな大それたことは言えませんけど、魚人に明るい未来が訪れるよう僕も協力します。それとうちの国が海に面しているかは1日もあれば分かりますから、明日にでもお伝えしますよ」
「承知した。ではその内容だが――」
言いながらノトスさんがザンキさんに視線を向けると、すぐに理解したのか。
ザンキさん達が金庫というよりは牢屋になっていたこの部屋から一斉に退出していく。
ふぅ――……
今から、いったいどれほどの情報が飛び出てくるのか。
俺を信用してこの提案を持ち掛けたのだろうから、もし想像以上に情報の中身がショボかったとしても、ピコピコ動くその髭を毟り取るくらいで勘弁してやろうとは思っていたが……
「さて、もうよいか……この話を聞いて、ロキ王がどう動こうとワシにそれを止める権利はない。何が正解で、何が間違った使い方かももはや分からぬしな」
「……」
「だが、できることなら争いではなく平和のために使ってほしいと、そう願っておる」
「正直、この段階ではなんとも言えませんが……分かりました」
その返答に軽く頷いたノトスさんは、なぜか急に話を変えた。
「ではロキ王、この島を含む一帯がなんと呼ばれているかは知っているか?」
「ん? それは、『ミノ諸島』ですよね?」
「そうだ。町がある最も大きなアオキノ島を始め、大小約40の島がこの一帯には存在している」
「……」
「しかし、そのうちの1つは元々なかった島だ」
「ない……というと、海底火山が起きて後々に出来上がった、とか?」
ないものができたというのならそれかと、在り来たりな予想が外れることを期待して答えてみると、案の定ノトスさんは首を横に振る。
「違う。遥か昔、その島は空から突然降ってきたと、そう言い伝えられておる」
「空……」
「かつては存在していたとされる浮遊大陸。その全てか、一部かまでは分からぬが……降ってきた残骸が島の1つとして今も残っており、長い時を経てなお、その島は時折動くこともあったという。そしてこの事実は、当時その光景を目の当たりにした魚人しか知らない」