軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

572話 見えてきた狙いと今後

翌日になってミノ諸島の中心地である魚人の住む町に向かうと、宮殿付近は俄かに騒がしくなっていた。

「どうだった!?」

「駄目です。飲み屋街の方も見当たりません!」

「だとしたらいったいどちらに……魚穎番衆の4人も見当たらないし、やはりまだ出掛けられたままなのか?」

集まっていた兵の会話をこっそり聞いていると、明らかに行方不明の族長を探しているご様子。

精鋭を示す派手な鎧を着た兵も慌てているので、族長が言っていた通り、今回の件も含めて事情を知っている者は相当限られているらしい。

となると、どう切り出そうか少し悩むが……

「あーすみません。ちょっといいですか?」

「む? 随分と装いが違うが、お前は昨日の商人か。なぜまだこの町にいる? 族長に踏み入るなと言われただろう?」

「そう思って島を出たんですけどね。お宅の族長に襲われたんで、こうして来たんです」

言いながら身体中に穴の開いた死体を放り出すと、場は一瞬にして静まり返った。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

カツカツと、俺の立てる足音だけが廊下に響き渡る。

種族の長が殺られたのだ。

死体を見せることで、激高して襲ってくる可能性もそれなりにあるとは思っていた。

しかし――

(思いのほか冷静だな……)

そんな感想を抱きながら、先行して水路を泳ぐ魚人に案内されて1つの部屋の前に立つ。

「こちらです。金庫番頭のノトフ様も中にいると思いますが……」

「ノトフ殿に確認すれば、本当に全てが分かるのか?」

「それを僕に聞かれたって困りますよ。あなた方の族長がそう言ったから、こうして僕も来ているわけですし」

「……」

表情からして、全てを納得しているわけではない。

それでも後ろから付いてきていた精鋭部隊――魚穎番衆の頭だという3メートル近くはありそうな大男が頷くと、左右に立つ筋肉質な見張りが二人がかりで水路を塞いでいた石壁を持ち上げる。

1つ、2つ、3つ……原始的ではあるが、金庫というだけあって幾重にも閉ざされた扉を通過していくと、見た目での判別が難しい魚人の中であっても、これは明らかに歳を食っているなと。

すぐに分かるナマズのような髭を生やした魚人が、俺達の姿を見て何かを悟ったように目を細めた。

「族長ではなく、人間がここに……つまり、族長はお前さんに敗れたわけか」

「ですね。そして族長が死に際、他に事情を知る唯一の人物としてあなたの名を口にしたものですから、直接話を聞ければと」

「話……話か。それで、何が聞きたい?」

この老人に動揺はなく、開き直りというよりは諦めに近い雰囲気を醸し出しながら椅子に腰かけようとするので、まずは把握しておきたかった部分の確認をする。

「マリーとの取引を記録した帳簿はありますか? 卸している素材の品目と量、それに個別の取引価格も知りたいので」

俺の知りたかったことはある程度族長本人の口から聞けたと思うが、この辺りはこのノトフという爺さんに任せていたようで、正確な内容まで把握していなかった。

予想通り、マリーとの取引は裏で行われている。

となると、あとは何かしらの邪魔ができるのかどうか。

「最も新しいモノがこれだ」

机の上に置かれた数枚の木板を眺めていると、真っ先に反応したのは横で一緒になって眺めていた魚穎番衆の頭だった。

「ま、待て……ノトフ殿、今はこれほど安くなっているのか? それにこの、『男』と『女』というのは……」

「ふむ、順番にいこうか。まず安いというのは、かつてザンキが大陸に出入りしていた頃の価格と比較してだろう?」

「そうだ。人間が取引を打ち切ると打診してきた頃の価格は今もはっきりと覚えているが、あの時と比べれば5分の1……いや、それ以下ではないか」

「ふん……そんなモノ、族長の恩人だとかいうあの女が一手に取引を担ってから半年ももっておらんよ。あれこれと理由を付けては買値を下げ、もう10年以上前からこの価格だ。それでも族長は、大陸の人間と取引をしていた当初よりはまだ高いと、取引の再開など検討もせずに了承しておったがな」

「……」

チラリと視線を横に向けると、大男は精鋭部隊の長であるにもかかわらず、明らかに初耳だと分かるくらい驚愕の表情を浮かべていた。

族長の言う通り、やはり魚穎番衆という精鋭集団は、都合良く利用されていた側で間違いないか。

「えーと、ザンキさんですよね? あなたはかつて、大陸で案内役を務めていたわけですか?」

「いや、私は主にAランク狩場の担当だからな。案内役は他の者達の持ち回りだったが、魚穎番衆がここの護衛の他に狩りや大陸からの案内役を務め、人間との取引にも携わっていた。私も大陸の大きな町に魔物を何度も売りに行っている」

「なるほど……で、当時――値段が上がる前と比較すれば、Bランク素材は僕の把握している情報より少し高い取引額になってますけど、Aランク素材もこの取引額なら少しは高いということで間違いないんですか?」

「……ああ、本当に少し、だがな」

「そして、族長があの足付きに代わってから、値上げの指示があったと」

「そうだ。我々が狩る海洋魔物の価値はもっと高いと言われ、指示通りに動いてみるとそう時間も掛からず10倍近い値まで付くようになったのだ。だから当時、大陸で生活されていたからこその知識と力を以て、我ら魚人の生活を豊かに導いてくださると、そう思っていた」

あくまで過去形ね……

これは、今このような事実を知ってということではなく、ニュアンス的にはもっと前から。

それが、きっと――

「ノトフさん、この『男』と『女』というのは?」

「文字通り、魚人一人当たりの買値だ。子供のみ、特に男児は一定以上の能力がある者に限定されていたが――」

ドンッ!

「どういうことだ!?」

突然目の前の机が豪快に圧し折れ、木の板が宙を舞う。

激高したのはザンキさんだが、よく見れば案内役の兵や他に数人付いてきていた魚穎番衆も殺気立った表情をしていた。

「だから今、それを説明しておったというのに。『表立った交易が途絶えた以上、人間との関係が疎遠になり過ぎても望ましくない。だから魚人種の今後を見据え、優秀な魚人を対岸アルバート王国の中枢で働かせる』――、外じゃそう言われておったのだろう?」

「そ、そうだ! だから、俺だってしょうがなく息子を……いつか立派になって戻ってくると、そう信じて……!」

「ザンキの息子もおったのか……酷な話だが、それは方便というやつでな。実際は人の売買、大陸で言う『奴隷』と何も変わらん」

「そ、そんな……そんな話など一言も聞いていないぞ!?」

「当然だろう。あの女に言われて動いていた族長と小間使いにされたワシしか知らぬし、いくら指示されたとは言え、あの阿呆に踊らされてワシを20年以上こんな所に幽閉しているのだから伝えようもない」

「くっ……」

「それに、数多の子を売った金が20余年前と比べて豊かになったと、今も錯覚しているであろう町の者達の生活物資に換わっているはずなのだ。……阿呆が自分のために金を使っていなければな」

「「「……」」」

はぁ……

敢えて口を挟まず聞いていたが、相変わらず酷いモノだ。

きっとケイラちゃんのように、マリーもどこかで族長という、魚人種を落とす切っ掛けを偶然見つけたのだろう。

潜らせて内部から魚人達を掌握し、大陸との交易を止めさせた上で資源の独占を狙いつつ、若く優秀な人材を引き抜いていく。

自分の利益が最大限になることだけを考えているのだろうから、マリーが動けば周囲はボロボロ。

そんなのは今までにも見てきたというのに、やはり慣れるものではない。

「ちなみに唯一事情を知る存在として、ノトフさんが族長から選ばれた理由は?」

「ふん、ワシは魚人の長老であり、元々前族長の相談役でもあった。だからあの男が族長に成り代わった時も、力だけで何も知らぬあの男に魚人とはなんたるかを教えていたのだ。そうしたらワシにわけの分からぬ役職を与えてここに閉じ込め、さらに面倒な事は全て丸投げしてきおったのだから、よほど疎ましく思われていたのだろう」

「なるほど……前提が魚人のためではなく、マリーのために族長の座についているわけですからね」

そんな男に魚人のアレコレを説明したところで、邪険に扱われるのも無理はない。

となると、他は全員が被害者。

ここに俺が『執行』すべき対象はもういない。

その確認は取れたものの、問題はここからどうするのか。

本来は俺が気にすることじゃないと思うが、立場の高そうな二人はちょっと険悪な雰囲気だし、肝心の族長はスパイみたいなモノで俺が殺してしまっているからな……

「一応、魚人種の今後に繋がりそうなことをお伝えしておきますと、 族長は【奴隷術】に掛かっていたので、早ければもうマリーは族長の死を理解している可能性があります。が、だからといって動きを止めるのか、それは僕にも分かりません」

「……取引の継続を望む可能性もあるというわけか」

「ええ。族長が死んだところで既に下地は出来上がっていますし、ノトフさんというパイプもありますからね。もしマリーなら、一番楽なノトフさんを新たな族長にしてしまうか……もしくは立場に強さが必要なら、適当な人物に金と弱みを使って無理にでも従わせようとするんじゃないですか?」

そう言ってザンキさんを見つめると、"弱み"に思い当たる節があるため、顔を歪めながらすぐに目を逸らした。

しかしその姿を見ていた別の魚穎番衆が、覚悟を決めたような眼差しで口を開く。

「つまり抗うためには、我ら魚人が一丸となって武力で対応するしかないということか?」

「いや、それも難しいでしょうね。まず相手が都合よくあなた達の得意とする 海(フィールド) で戦ってくれませんから」

「だ、だが、陸戦であろうと我ら魚穎番衆の力と連携があれば――」

個人ではなく、魚人という種に対して搾取の体制が整ってしまっているのだから、反旗を翻したいという気持ちも分からなくはないのだ。

だが、覚悟だけでどうにかなるものでもない。

人との表立った交易を止め、情報が入らなくなった弊害が出てしまっていることを強く感じ、思わず言葉遮るように事実を伝えた。

「ちなみに、その連携とやらを使って派手な鎧を着た魚人の方達が4名、あなた方が得意とする海の中にいたら襲ってきたので、止むを得ず僕が始末しています。それに、その気になればですが――たぶんこの規模なら、1時間も掛からずこの町を殲滅できるんじゃないですかね」

「……え?」

「もう一人、僕の知っている異世界人も本気で動けばできそうですし……そうなると、マリーも損になるからしないというだけで、やろうと思えばできてしまう可能性があるんですよ。まず【空間魔法】を所持している時点で、取引のために訪れているこの地には音色の阻害など関係なしに来られますし、同時に戦力だって送り込めるわけですから」

「「「……」」」

だから一番の問題は、武力ではない別の方法で、マリーの搾取を止められるかどうか。

暫し考え込んでいると、横で鼻を鳴らし、『そういうことか』と小さく呟く声が聞こえる。

視線を向けると、ノトフさんは何かに気付いたように、冷めた表情で俺を見つめていた。

「ワシには強さのことなど分からぬが、要はあの女の後釜をお前さんは狙っているわけか」

「へ?」

「……俺も同じことを考えていた。結局俺達魚人を都合良く統治したいだけじゃないかって。何者かは知らないが、あんたに縋る代わりに相応の対価を寄越せって、そういうことなんだろう!?」

「くそ……子供達まで金で買われているっていうのに、あんたはただ平和に過ごしたい俺達にいったい何を求めるんだよ!」

「いや、何も求めていませんけど」

「え?」

「というか、困るので簡単に縋るのは止めてもらえませんか?」

「「んっ?」」

「こっちだって必死に魚人だけで対抗できる手段がないか探しているのに……ちょっとは自分達でも解決策を考えてくださいよ」

「「「……」」」

このままではラグリースの二の舞。

そんな手間と責任だけが増える方法なんて真っ平ごめんである。

横でノトフさんが「あれ~?」とすっとぼけた声を漏らしているけど、魚人からしてみれば、養殖とは言えそれでも明らかに一番強かった族長が死んだだけで一歩前進なのだ。

あとは自分達の土地くらい自分達で守れと、本当なら声を大にして言いたい。

「い、一応、もしここを統治すると、かなり希少な海の魔物素材が安定して手に入るんだが……?」

「素材は自分で獲れますから大丈夫です」

「「「……」」」

「さ、先ほど族長の死体をどこからか出し入れしていただろう? 商人ならその力を使って、あの女のように大きな利益に繋げられるんじゃないのか?」

「たまにならいいですけど、定期的に訪れなきゃいけないのは仕事みたいで嫌なんですよ。それより大陸の人間が取引の再開を希望してこの地に人を送っていたみたいですし、そっちと取引を再開させたらいいじゃないですか」

「「「……」」」

「結構可愛くてボン、キュッ、ボボンな女、いっぱいいるけど?」

「残念ながら、尻はほどほどの大きさが好みでして」

「「「……」」」

「いや、待て。族長を倒す強き者が次代の族長になる、それが魚人の習わしだ。つまりお前が次の族長ということに――」

「僕、人間ですよ? 魚人の族長に人間選んでいる時点でおかしいでしょう。それにこれでもとある国の王をやっているので、尚更に無理ですよね」

「「「……」」」

いったいなんなのだ。

さっきまで反対していたくせに、今はやたら強めの押しで族長になれとか、もう考えを放棄しているとしか思えない。

と言っても、魚人種だけでマリーに対抗する術なんてそう簡単に思いつくものでもないけど……

俺だって必死に考えても逃げの引っ越しくらいしか出てこないし、いやでも――、魚人なら海の中に逃げるという選択肢も有り得るのか?

そんなことをブツブツ呟いていると。

「ふ……ふはは……」

暫く静かにしていたノトフさんが急に笑い出したため、俺を含め、自然とその場に居合わせた者達の視線が集まる。

そして――

「こうまでして拒絶されると、それはそれで魚人としての誇りがズダズダに切り裂かれる思いだな……ふん、良かろう。どう頭を捻ったところで我らにもう後はなさそうなのだ。今となってはワシしか知らぬ、魚人のこれ以上ない秘め事も条件に加えてやろう」

そう言って、終始諦めに近い表情を浮かべていたノトフさんは、ここに来て初めて生を感じさせる挑戦的な笑みを浮かべた。