作品タイトル不明
543話 防戦一方、だが
戦闘を開始してから、まだ5分程度。
しかし防戦一方とも言えるこの状況の中で、少しずつこの魔物の特性が判明してきた。
空を覆う、異質な黒い霧。
厄介なことに、あれが気体と固体の形状を使い分けてくることは確定だろう。
半紙に墨汁を垂らしたような、背後がまったく透けないほど濃密な箇所は固体化を可能とし、それこそステータスの暴力と言っていいほどの勢いで襲い掛かってくる。
当初は柱のような形をした殴打を目的としていたのに、俺がそこまで効いていないと判断したのか。
今となっては先端を鋭利なモノへ形状変化させて襲ってくるのだから、動きも一辺倒というわけではないらしい。
そして固体化したとしても、まともに斬ることもできなければ、掴むこともできやしない。
こちらが攻撃の意思を見せれば固体化をすぐに解除され、盲目効果を与える霧の形状のまま襲ってくるのだから、防戦一方になるのも仕方のないことだろう。
「ああ、くそ……うざったい攻撃だ」
――【神聖魔法】――『治療』
幸いデバフは解除できているので、魔力があるうちは視界を潰されるような事態は防げているが……
軽くはない消費魔力を考えると、早い段階で攻勢に出なければ、後々になって攻撃の手が足らなくなる可能性も考えられる。
加えてかなりの広域を汚染するように濡らし続けるあの雨だ。
とてもじゃないがこの領域から外れて戦うなんて現実的ではなく、仮に外れればどこかに隠れているのか、ダメージを与えられる何かに手が届かなくなってしまう。
倒すためには、無敵とも言える黒い霧の攻撃を掻い潜りながら、この領域でどうにか敵を割り出し破壊するしかない。
――普通ならば、そんなことを考えるのだろう。
「いつまでも 下(・) にいると思うなよ」
まずは、5秒ほどの時を稼ぐ。
――【不動】――
(痛っでぇ……!)
四方から次々と襲い来る、固体化した黒い霧の槍。
回避を捨てたために何本も魔力で覆った鎧に突き刺さるが、それでも今はこの5秒を稼ぐために頭部を下げて腕で守り、ぐっと堪える。
そして――もう十分か。
――『転移』――
黒い霧の上、透けたその先にある空へ飛ぶ。
当然だが、紫の雨は降っていない。
黒い霧が上空に向けて攻撃を繰り出す可能性はあるにしても、結界内で動きを制限されるよりかは、よほどこの方が戦いやすく――
そう思ったが、黒い霧よりも早く俺の顔に向かって飛んできたのは、高速の『線』だった。
「っお……ッ!?」
咄嗟に仰け反りながら距離を取るも、紫色の線はレーザーの如くその状態を維持したまま、追尾するようにこちらへ迫る。
すぐに10本――、いや20本くらいはあるのか?
線同士が交差するたび激しい飛沫を上げているので、あの線も高速で射出されている水なのだと思うが、次々と数が増えるし、黒い霧は俺を墜とそうと様々な形状に変化しながら襲ってくるし……
上を取れば勝ち筋が見えると思っていたのに、どう考えても下より攻撃が苛烈。
ズルは許しませんと言わんばかりの猛攻に若干戸惑いながらも、ならば次だと反撃に出る。
「だったら、とっとと吹き飛ばしてやるよ!」
下で不気味に蠢く黒い霧。
こいつを散らせば何かが見えるのか。
真っ先に感じた疑問の答えを探るように、予め背負っていた『破天の杖』を左手に握り、回避を続けながら詠唱する。
『聖霊よ、生み出せ、 暴風(ストーム) 』
裏ボス相手に手加減なんて、そんなくだらないことをするつもりはない。
今自分ができる、最大級の風魔法を。
生み出した暴風は全方位へ走る津波にように黒い霧を巻き込み、霧散させながら突き進んでゆく。
次第に開け、ぽっかりと大穴が空いたように広がっていく黒い霧の海。
効果は間違いなく出ている。
ならば次に備えて追撃だ。
――【多重発動】――『貫け、光矢』――『散らせ、竜巻』――『封じろ、凍結』――
隠れている何かが現れたなら、着弾の最も速い【光魔法】でまずは直接的なダメージを。
もし追加で黒い霧を生み出すようなら、すぐさま散らせるように【風魔法】を。
そしてまた隠れてしまわないよう、動きを少しでも封じられるように【氷魔法】を。
対象を確認したらすぐに放ち、尚且つ自身も『転移』して直接攻撃を加えられるように息を殺し、かつ目を凝らして何かが露出するかもしれないその瞬間を待つ。
すると――、あれはなんだ?
右前方の遥か先。
魔物には見えないが、あからさまに不自然な黒い球体が1つ、宙に浮いているのを確認する。
何かを守るように固体化しているのか?
小さそうに見えるその塊はかなり濃密で、あれが黒い霧の 核(コア) だと言われてもなんら違和感はない。
まぁそれならそれで、その塊を砕くだけだ。
――『発動』――
待機状態にさせていた3種の魔法を、一斉に黒い塊に向けて放つ。
しかし――
「当たってない……?」
撃ち込んだ魔法によってダメージを与えたような雰囲気はなく、それどころか着弾したかどうかというところで、魔法の軌道が逸れたように見えた。
まぁいい。
黒い霧を新たに生み出していないのならば、とりあえずは構わない。
それなら近づいて破壊する。
また気化して襲ってくるのかもしれないが、多少黒い霧に呑まれようと周囲を固めるように守るアレは大きくないのだから、完全に視界が潰される前に中身を曝け出してやればいい。
その覚悟で転移をしようとした時。
「ッ……ぐ、あぁ!?」
一瞬、気配を拾って飛び退くも、全ては躱し切れず。
背後から強烈な痛みがいくつも走り、直後には皮膚の奥を焼かれような痛みと熱が加わる。
咄嗟に後ろを見回すと、霧散したはずの黒い霧が背後で集まり、いくつかに分離した状態で細い槍のような刺突や紫の水流を俺の背中に向かって繰り出している最中だった。
様々な耐性や防御力、それに纏わせている魔力のお陰か。
幸い腹の中までは貫通していないようだが……
毒が体内に回っていることは明らかで、脳が揺れたように平衡感覚を失い、宙を浮きながら思わずフラつく。
それでも、まずは体内に食い込もうと動き続けるこの黒い槍を断ち切りたい。
その想いで背後に剣を振り回すと、やはり固体化は解除され、ふわりと浮いた黒い霧は俺の身体を覆うように通過していき、再び視界は軽度の盲目にさせられる。
「は、はは……」
黒く滲む視界。
周囲に目を向けると、散らしたはずの黒い霧が小さく集まり、数百という塊を作ろうとしている光景が映し出されていた。
先ほどの攻撃を考えれば、あの一つ一つが独立して紫の水流を飛ばし、また黒い霧を凝縮させて固体化した攻撃を行なってくるのだろう。
そう考えると、頭の中は冷静なはずだったのに、自然と笑いがこみ上げてくる。
表ボスを簡単に討伐できる程度には強くなったはずだった。
それなりに自信もあったはずだ。
だが、これは――。
「ああ、クソ……強いなぁ……」
ここまで苦戦するのはいつぶりくらいだろうか。
リルとの模擬戦だって、なんでもありのスキル全開放で挑んでからは圧倒できていたというのに、この癖が強過ぎる魔物はそうさせてもらえない。
それどころか未だ正体も掴めないまま、こちらばかりが命を削られるようにダメージを受けている。
――【神聖魔法】――『治療』
悔しいけど、結局俺はまだまだ弱い。
このクラスが相手では、とてもじゃないが無傷に近い、スマートな勝ち方など難しいらしい。
ならば、ここからは泥臭い耐久戦だ。
腹の中までは貫けていないと分かったのなら、それこそ死ぬ気で耐えて、潰してやる。
――【鏡水】――
――【闘気術】――
――【結界魔法】――『封魔』――魔力『2000』――
詠唱を口にできなくなるため、ここで【不動】は使えない。
それでも予測される猛攻撃に耐えるべく、燃費も意識しながら防御に意味のあるスキルを発動させていく。
そして――――
『聖霊よ、生み出せ、 大地(アース) 』
俺は上空に、空を覆うほどの巨大な大地を生成。
多くの黒い霧を巻き込むように、島のようなその大地を地上へ落とした。