作品タイトル不明
542話 雨
最低でも【隠蔽】はレベル9以上で確定か。
当然のように【広域探査】も弾かれるし、黒過ぎて視界に映る情報だけでは何も分からないが……
唯一目の当たりにした裏ボス――キングアントが小さかったこともあり、ある程度の大きさまで収束すると思っていた黒い霧の塊は、巨大なまま上空で何かを形作ろうとしていた。
収縮に近い動きを繰り返すことになんの意味があるのか、スキルが覗けないため予測もできない。
だから距離を取り、視線を外すこともなく自己バフを掛けていく。
――【気配察知】――
――【魔力感知】――
――【身体強化】――
――【忍び足】――
――【魔力纏術】――魔力『5000』
――【時魔法】――『自己加速、ファースト』
すると、一度上空で動きを止めた黒い霧は、次第に横へ横へと、それこそ空を覆い隠す雲のように広がっていき――
「雨……?」
ポツポツと、上空から振ってきたのは大粒の雨だった。
「ッ……『封魔』結界」
だから咄嗟に、どちらか悩みながらも結界を張る。
濡れた個所に痛みが走ったということもあるが、何より【夜目】を通して見たその雨粒は、全てが紫色に染まっていた。
こんなの、ただの雨であるはずがない。
酸というよりは、たぶん毒。
元はポイズンクラウドの集合体でもあるのだから、そう考えるのが自然だった。
「さて、どうしたものか……」
思案しながら目を細め、探るように上空を眺める。
薄く広がった分、密度は薄れて僅かに背後の空が透けていた。
ポイズンクラウドの特性を引き継いでいるのだとしたら、この黒い霧のどこかに魔石――裏ボスであればあの小さな魔宝石が存在しており、黒い霧を操るその魔宝石を破壊すれば勝利と。
そういうことになるのだろうが、この可能性はまずないだろうとすぐに俺は切り捨てていた。
最大とも言える戦果を壊すことで勝利とする。
そんなことをフェルザ様が仕組むとは思えない。
あのどんぐり頭の性格に難があることは重々承知しているが、こと"ゲームらしさ"という点では実直というか、この世界の仕組みに拘りのようなモノを強く感じられたので、用途も存在している希少なリザルトをぞんざいに扱うようなことはまずしないだろう。
となると、未だ発見できていないが、魔宝石を内包している魔物の本体がこの黒い霧を操りながらどこかに潜んでいるか。
もしくはポイズンクラウドのようにあの黒い霧が本体そのもので、魔宝石を壊す以外の勝利条件が存在しているのか。
今までとは勝手が違い、分からないことばかりだが……
「まずはあの霧を散らしてみるか」
空を見上げながらそう呟いた時。
ドン! ドン! ドンッ!!
黒い霧からいくつもの太い線が地上に降り注ぎ、その度に激しい音を轟かせながら土煙を上げてゆく。
一瞬、雷か?
そう思うも、そのうちの1本が地上に接触後、突然消失することなく俺に襲い掛かってきたことで、別の何かであることを認識する。
「ぅ、ごぉ……!?」
明らかに質量のある存在。
硬く、そして重く、凄まじい速さで鈍器を振り回されたような、そんな衝撃に思わず手でガードはしたものの吹き飛ばされてしまう。
結界の外に放り出されれば、降り注ぐ紫の雨。
肌の露出した部分は焼かれたような痛みを覚え、鎧に守られている箇所も、ガルグイユの革が次々と黒く変色していく。
「痛っ! 『封魔』結界――ッ!?」
しかも、終わらない。
広域に次々と降り注ぐ、天の裁きかと思わせる黒い柱――そう、あれは鞭のような性質を持つ柱だ。
それらはもう俺を敵と認識しているのだろう。
地面に衝突した直後には方向性を変え、次々と俺に襲い掛かってきていた。
1つ2つと躱すがあまりに数は多く、そして四方から襲ってくるため、このままではジリ貧。
一度捕まると、座標固定の結界内から弾き飛ばされ、毒の雨に打たれる。
ならば、どうする。
斬る……斬ってみるか。
こいつを斬ってダメージを与えられるのかは謎だが……
手にかけたのは、腰に佩いていたオリハルコンの長剣。
ロッジは確かに、魔力伝導率が低いと言っていた。
ならば硬く、そして魔法にも強いこの剣がこの場では最も適している可能性が高い。
元は上空を漂っている霧のはずなのだ。
魔法や魔力によって構成されているのなら、そいつごとぶった斬る。
そのつもりで、地を這うように迫る黒い塊に向かって剣を振りかぶった。
【剣術】――『力刃』
「おらッ!」
が、手ごたえはまるでない。
空を切ったように俺の剣は地面を叩きつけ、物質だったはずの黒い塊は煙の如く俺の身体を突き抜けてゆく。
と、同時に起きる、身体の異変。
痛みはないが……なんだ?
目を、覆われているのか?
俺の視界は黒く霞み、すぐに手で拭うも晴れることはない。
この時、ゲームに長く浸っていたせいなのか。
「おいおい、これってまさか、『盲目』のデバフか……?」
すぐにこの現象がなんなのか想像してしまい、高位の【隠蔽】持ちにそれは反則だろうと冷や汗を垂らした。