軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

500話 お返し

「マリー様、最重要監視対象である第五の異世界人、ロキに関する報告が届きました」

若執事シェムから渡された報告書を手に取り、マリーは真剣な眼差しでその内容に目を通す。

が、すぐに舌打ちを漏らし、報告書を突き返した。

「大して代わり映えのしない内容だね」

「今回から試験を受け始めたということは、学院生活の延長を求めていることが分かったくらいでしょうか」

「あとは偽名だけでなく、目立つ行動も控えているね。王が直々に緘口令を敷いたくらいだ。こっちに情報が洩れているとも知らず、健気に存在を隠そうとしてるんだろうさ」

「なるほど……」

ロキの学院内に関する報告が届けられたのはこれで4度目。

その度にマリーは苛立ちを募らせていた。

当初は千載一遇のチャンスとばかりに寮を探り当て、寝ている最中に殺せる可能性を僅かながら期待したものだが、【空間魔法】の所持者相手にそう都合の良い話はなく……

そこからはこれといった進展もないまま、ロキが学院生活のすべてを図書院の個室で過ごしているという報告ばかりが届いていた。

一見すれば、まるで機械。

もしくは中身の枯れた爺だろうか?

学院と言えば青春時代でも思い返して心が浮き立ちそうなものだが、この男の報告内容を見る限り、本という目的以外は一切無頓着にも思えてくる。

しかし、マリーは分かっていた。

目的が無いのではなく、まだこちらが見えていないだけなのだ。

空間魔法所持者であれば、個室の中からいくらでも移動はできる。

それに本から知識を得た先で、この男は何をしようとしているのか。

対策の立てようがないのだから、行動の指針が掴めない相手ほど怖い相手はいない。

「ようやく表へ出てきたってのに、相変わらず人脈を広げる動きもなければ、若い女に現を抜かす様子もなし……東部、ダムラット辺境伯の報告は変わらずかい?」

先日、遠目からではあるが、直接戦地の状況を見て回ったのだ。

若執事シェムは、マリーが予想する通りの答えを口にする。

「はい、依然として主要4か所の戦況は膠着状態にあり、王政派に明確な攻撃の意思は見えないと。武器を捨てるよう説得が続いている模様です」

「ロキは未だ東部の反乱軍に手を出していない。つまり、ガルムの後ろ盾を拒否した。うちと真正面から対立するような動きは避けたと見るべきだが……そうなると緘口令を敷いたまま、ロキが素性を隠す意図はどこにある……」

「貴族院だからこそ、王だと判明すれば騒ぎにもなるでしょうし、誰にも邪魔をされず、静かに本を読みたい、とか?」

「……」

王政派の中に紛れた内通者からも、宮中は変わらず現状維持という程度で、新しい情報は出回っていないと報告が上がっていた。

ならば何かしらの理由はあるのだろうが、それがなんなのか、今手元にある情報だけでは判断がつかない。

シェムが言っている程度の狙いである可能性もあれば、こちらに悟られることなく遂行しておきたい目的を持っている可能性もある。

となれば――、

「もう様子見は十分、そろそろ動くかね」

仮にこのままロキを放っておいたところで、東部の親アルバート派が攻撃を受ける可能性は極めて低い。

動くつもりなら、この2ヵ月という期間を無駄に空ける理由が見当たらないからだ。

対ガルム用の策に支障は見当たらず、そう遠くない未来に損耗なく土地と軍馬の配合施設、それにクルシーズ高等貴族院も丸ごと手に入れることはできるだろう。

しかしこのまま放置するということは、もし良からぬ策を練っていた場合にこちらが不測の事態に陥る可能性があり、かつ学院生活を続けようとするロキに知識を吸われ続けるということ。

そうなると今は良くても、先々で大きな損害に繋がる恐れが出てくる。

ヤツに――、ロキに知識を与えてはかなり危険な気がする。

直感ではあるが、分別関係なく本を読み漁っているという報告内容からも、自然とマリーはそう思えてしまった。

「動くとは、具体的に何を? あ、籠っている図書院に奇襲を掛けるおつもりですか?」

「ふん、それで解決するなら悩みやしないよ。闇討ち専門のクロイスが殺られた時点で、小僧が起きているタイミングでの奇襲は相当難しい。僅かな可能性に賭けて狙ったところで、替えの利かない戦力を無駄に減らすだけだろうさ。それに暗殺なんて露骨なやり方が失敗した日には、そのままアルバートに乗り込んでくる可能性だってある」

「うっ……じゃあ、他に何が――」

「だから自前ではない軍を使って揺さ振る。ダムラット辺境伯に命じときな。もうこれ以上は待てない、兵の損耗なんて気にせず全軍王都に攻め入れとね」

ここは強硬策に切り替えてでも、先々に対しての不安を断ち切る。

そのためにマリーは大きく舵を切った。

「え? それではせっかく手駒にした親アルバート派の聖王騎士を捨てるということですか?」

「それだけじゃない。学院も捨てる」

「あ、あの、金のなる木を……いや、でもそうか。ついでとばかりに学院の書物も消し炭にして、ロキにこれ以上の知識を与えないようにするわけですね。マリー様は既に書物を所持していらっしゃるわけですし、親アルバート派とは言え、内乱の末に起きた結果となればこちらには飛び火しにくい」

ポンと手を叩き、若執事シェムは感心したようにそう呟くも、マリーは冷めた表情でタバコパイプに火を落とし、細く煙を吐きながらその姿を眺めるばかり。

どうやら回答が不十分だったらしい。

「だからお前は顔と身体だけだと言われるんだ、シェム。目的は複数持たせることで、濁り、 晦(くら) ませ、より大きな効果を引き出せると、いつもそう言っているだろう?」

「はい……それは、もう」

「この小僧の性格を考えてみな。なぜ土地も得ずにヴァルツと争い、レサ奴隷商館を綺麗に潰してくれた?」

「え、っと、妙な正義感を持ち合わせているような……? あっ、そういえば、そのような報告も入っていましたね」

少女を庇うような動きをしたため、一部の生徒達から睨まれていると、そのような報告もされていたのだ。

今までマリーの計画を潰してきた経緯を考えても、ロキにはそのような側面があるようにシェムは思えた。

相対した相手は死体すら残らず消えていく、歪で恐ろしい正義感だが……

「じゃあそんな性格の持ち主が、王都や学院を踏み荒らそうとする反乱軍の侵攻に直面したらどうする?」

「助けるために、戦う?」

「ふふっ、自分も巻き込まれる形で襲われるんだ。ロキが聞いている通りの性格と実力なら、兵を失いたくない王政派の前で東部の連中を蹂躙する可能性は高い。自発的であろうと、ガルムに頼まれた結果であろうと、後ろ盾を願った頼みの綱に国としての止めを刺されるんだから、一部からは大いに恨まれるだろうさ」

「なるほど……」

「それにあの厄介な機動力は、ロキであろうと簡単に捕まえられるもんじゃない。大規模戦闘となって打ち漏らせば、巻き添え食らって貴族や王族のガキ共も、反撃に出た王政派の騎士達も、王都に住む住民だって大量に巻き込まれて死んじまうかもしれないねぇ……」

「学院には、アルバート王国出身の者達も多くいると思いますが……?」

「だからなんだい」

「……」

「ロキを大陸中の敵に回してやる機会はここくらいでしか作れない……ふふっ、全部、無理やりにでも実現させるんだ、必ずね」

「ど、どうやって、ですか……?」

あまりにも強欲過ぎる指示にシェムは顔を引きつらせながら問うも、マリーから答えは返ってこない。

代わりにスラスラと、狡猾な笑みをうかべながら書き連ねたのは一枚のメモ書き。

マリーは大きく煙を吐きながらそれを差し出し、封もされていないその内容に視線を落としたシェムは目を剥いた。

「それぞれ今日のうちにでも指示を出しておきな」

「いや、しかし……ここまで派手に動かれると、心配されていた火種を落とすことになるのでは……?」

「何言ってんだい。こっちは当初の予定通り、本気でガルムを落とそうとしているだけ。素性を隠しているロキが学院にいることなんて知らないんだ……ふふ、ふふふっ、今までのお返しってやつさ」

「お返し……」

いやいや、だから、それが火種に繋がるのでは?

シェムはそう思って疑問を口にしようとするも――

「これでついでに、他の目的もいくつか果たせそうだね」

独り言のように呟いたこの言葉を聞いて、口を噤んだ。

追い付かないのだ、思考が。

マリーが何を考え、何を狙っているのか。

横にいて会話をし、時折解説を受けるも、それでも理解が及ばない。

「手配を、進めてきます……」

だから言う通りに動いておけば、間違いない。

そう思って部屋を出るも、立て続けに裏で動いていた策を潰されたせいか。

"本当に、大丈夫だろうか?"

シェムはそんな疑念が湧いたことを自覚し、振り払うかのように首を振った。

どこまで踏み込み、転がすか。

相手を読み解き制御するのは、この方の得意とするところ。

最も覇者に近い存在であるマリー様に、間違いなど起こりようはずもないのだから。