作品タイトル不明
501話 反乱軍の覚悟
ガルム聖王騎士国の東部に位置する、国内で2番目に大きい街『オルナート』。
交易都市として複数の街道が交差する東部の中心地であり、親アルバート派の活動拠点にもなっているこの場所で今、幹部による緊急会議が開かれようとしていた。
戦地から集まるのは反乱軍の中核をなす人物達。
とは言っても戦場を留守にするわけにはいかないため、各部隊の指揮官と補佐する数名の同行者が一時帰還したくらいであるが……
「あっ」
「む……」
部屋に入ってそうそう、お互いに顔を見合わせた面々は、そのやつれた青白い表情を見てすぐに事情を察した。
「まさか……ラネード伯爵、あなたも、ですか?」
「シュトラング子爵……その様子はやはり、おぬしもか」
「ということは、テリウム子爵も、それにブルーイン男爵まで……」
この言葉に、無言で頷く二人。
つまり主要戦場を任されている全ての指揮官が同じような悩みを抱えているということ。
そして、この場に呼び寄せた人物。
一番遅れて部屋に入ってきたダムラット辺境伯も――、というより、誰よりも憔悴し、血色の悪い顔色をしているのはこの男だった。
「なんということ……ワシだけが業を背負えば済む話かと思っておったが、そうか。皆も同じことで悩まされているわけか」
「つまり、この『悪霊騒ぎ』で呼び寄せたわけではないと、そういうことですな?」
「その通りだ、ラネード伯爵。だが、まずは確認をしておこう。何をされ、各部隊にどの程度の被害が出ている?」
各戦地は遠く、気軽に意思の疎通を図れるような場所にはない。
それぞれが自分達だけに起きている問題であり、軍人でもあるがゆえに、ただただ負けてはならぬと。
この怪現象で心に傷を負うなど恥ずべきことであると強く認識していた。
だから誰もが、自分からは決して言い出せなかったのだ。
士気の低下に繋がるような体験を、他所の部隊に吹聴できるわけもない。
しかし全員が同じ悩みを抱えているとなれば話は変わる。
気持ちを理解し合える仲間同士、ただひたすら耐えていた感情が決壊したかのように言葉が吐き出された。
「深夜、同じ聖王騎士の鎧を纏った亡霊が黒い靄を纏い、天幕の中で身体を揺らしながら佇んでいるのです! 身体は僅かに透けており、斬りかかろうと鎧に触れることすらできやしない!」
「そ、そうなのだ! 現れる度に"呪い殺す"と、ひたすら目の前で呪詛を吐かれる毎日……最初は数日に1度だったものが、今では日に3度現れることもある……もう気が狂いそうだ」
「なぜかここ半月ほどは、悪霊が呻きながら現れる度に末端の兵まで目を覚ましてしまうのです。連日の寝不足もたたって我が部隊の士気はボロボロ、戦闘の継続すら怪しくなってきています」
「あの、呪いの影響はどうですか……? 最近は悪霊が現れると必ず身体が硬直し、一切身体が動かせません。それに、臓物を腐らせてやると……起き上がれない私を覗き込むようにして呪いを吐くのです。それからはもう腹が下って下って、戦地でまともに立つことすらままなりません……」
「私も皆と同じだ……最近は叫んだ拍子に黒い何かを体内に入れられた。蝕まれたのか、それからは視界が霞むことも多くなってきて、頭が割れるように痛むし、抜け毛も酷い」
「「「!?」」」
4名にとって、ダムラット辺境伯の言っていることは初耳だが。
しかし同じような現象に悩まされていることを知り、これは冗談でも幻想でもなく、紛れもない事実なのだと。
改めて認識したことで強い危機感を募らせる。
それに、少しずつ広まっているのだ。
指揮官から、副官、そして各部隊の一般兵へと……
「……このような状況ですから正直に言いましょう。我が部隊ではこの不可思議な現象に慄き、戦線を離脱した者が既に複数名出てしまっています」
そう告げたのはカーマン・テリウム子爵だが、目を見開き驚いたのはオルナートで全体指揮を執るダムラット辺境伯のみ。
他は同調するように頷いた。
「こちらも同じようなもの。特に直接あの悪霊を目の当たりにした者や、呪いの影響を受けた者は酷い有様です。離脱というよりは、もはや精神が錯乱しての脱走と言ってもいい……」
「まともに眠れぬ者も多いですからな。こちらも似たようなもので、朝になったらもぬけの殻になっている天幕も出てきていますし、噂が広まり武器を握れなくなっている者も現れ始めています」
「うむ……"武器を放せ"と言われ続けているのだから気持ちも分からなくはないが、目前の敵兵を斬るのが怖いとなると、戦場では使い物にならなくなる」
「「「……」」」
この時、"武器を放せ"という言葉に反応し、偶然にも4人の指揮官は同じことを考えていた。
戦地を離れ、オルナートに一時帰還するまでの道中、4人には一度も『悪霊』が現れなかった。
武器を放した途端に久しぶりのまともな睡眠を得られたことで、余計に『悪霊』の呪いが本物であると確信してしまう。
誰かが、どこかのタイミングで討ってしまったのだ。
かつての同胞、仲間の中でもとびきりマズい相手を。
祖国の裏切りという、強い恨みが渦巻く中で。
――少しばかりの沈黙。
そんな中で声を発したのは、唯一の聖騎魔導隊を纏めるシャトル・ラネード伯爵だった。
「して、ダムラット辺境伯。緊急招集の目的が悪霊騒ぎではないとのことですが、我らを呼び寄せた理由とは?」
この言葉にハッと我に返った辺境伯は、神妙な面持ちで懐から1枚の書類を取り出す。
「マリーからのお達しだ。いい加減、王都と学院を押さえろと。唐突に期日まで指定された」
「なるほど……」
ラネード伯爵は渋面のまま数度頷き、他の指揮官もなぜこのような指示が下りたのか、その理由についてはすぐに理解した。
打倒を掲げる王政派は守備一辺倒で説得に回っていたのだから、東部反乱軍からすればわざわざ損耗の激しい戦い方を選ぶ必要はない。
それに交配の成功した赤馬と引き換えに、マリーからは少なくない資金援助がなされていたことも大きいだろう。
慎重に慎重を重ね、兵と民の被害を最小限に抑えることを何よりも優先して戦いを進めてきた結果、大きな損耗や敗退もないまま西へ侵攻を進めて早2年。
未だ王都には辿り着けておらず、確かに時間を掛け過ぎているという自覚はありつつも、この安全策を好しと多くの者達は捉えていた。
しかし、こうして上の指示が下りれば事情も変わる。
形振り構わず、攻める必要が出てきたということ。
「まったく、この状況で敢行の指示が下りてくるとは……我らは女神からも見放されているのでしょうか」
悪霊などという謎の現象まで各地で発生しているのだ。
呪いによる被害は確かに出ており、これ以上攻めれば余計に大きくなる――ほぼ間違いないであろうその可能性に、思わず心は拒絶しそうになるが。
「それでも、やるしかなかろう」
「そうですね。我らが死のうと、その先がある」
「せめて、生き残る者の多い道を」
「ああ、茨であろうと、道があるならば突き進むのみよ」
男達は止まらない。
ガルムの未来を掴むために、確固たる意志で戦う道を選ぶ。
だが、そうだとしても――。
まず目先の問題をどう解決させるか。
悪霊騒ぎの影響が大きい中、王政派の堅固な守りを突き破らねば王都へは辿り着けない。
「ダムラット辺境伯。ここで各所に散っている傭兵戦力を、主戦場となる4ヵ所に纏めることは可能でしょうか?」
だからこそ、最南部の主戦場を任されていたブルーイン男爵は進言する。
この国の傭兵は、そう強くない。
中立を掲げているがゆえに傭兵ギルドの参入にも消極的だった過去があり、内乱の発生と共に止む無く設立の許可が下りたとは言え、まだ国内での稼働は2年弱と、周辺国と比較してもかなり日が浅かった。
歴史があり、名誉でもある聖王騎士になれなかった、もしくは除名された脛に傷のある者達や、国外からの流れ者など……
少数や単独での行動を得意とする傭兵達が各地で動いているが、強硬策を講じるのならば1つに纏めて戦力を集中させたいところ。
しかしダムラット辺境伯は首を横に振る。
「マリーの意向で、こちらが雇っている傭兵は全て王都に向かわせるとのことだ。何か別の目的があるらしい」
「し、しかしそれでは――」
言いかけたテリウム子爵の言葉を、ダムラット辺境伯は手で制する。
「問題ない。ここにはその打開策まで記されている」
「打開策、ですか?」
「これより8日後、おぬし達が仕切る主要4ヵ所の戦場にそれぞれ1名ずつ応援戦力を派遣するそうだ」
応援戦力。
それは結構なことだが、しかし1名という数に指揮官の面々は眉を顰める。
各戦場、それぞれ王政派は数万という規模で防衛線を張っているのだ。
突き抜けた個体戦力が存在していることは十分理解しているが、それでも多くの聖王騎士を抱える相手にどれほど張り合えるのか。
削るのではなく、打ち破ることが必須条件にもなるため、各々が懐疑的な視線を漂わせる中、シュトラング子爵が冷静に問い掛ける。
「もしや国外――アルバート王国からの応援ですか? あの大国からでしたら、1名と言えど期待は持てそうですが」
しかし、ダムラット辺境伯は再び首を振った。
「いや、俄かには信じ難いが……たぶん、それ以上だろう」
「え?」
「オールランカーが各戦場に参戦するらしい。よほど高額なのか、あくまで王政派の守りに風穴を開けるまでが仕事、王都攻めには参加せんようだがな」
この言葉に、一同はピシリと呼吸を忘れたように固まる。
噂でしか聞いたことはないが、噂だけはよく耳にする名が出たからだ。
対象者は公表されておらず、選ばれた者にしかそのリストを見ることもできない。
「なんと、オールランカーですか……」
「傭兵の中でも頂点に君臨する者達となれば、確かに問題ないのかもしれませんな」
「ふむ。つまりどこも王政派が壊滅的な打撃を受けることは必定であり、我らはそのまま走り抜け、王都の手前で一つに合流しろと、そういうことでしょう」
「先行した傭兵連中は、王都を守護する兵の陽動でも任されているのだろう。ならば我らは王を打ち砕くのみ。悪霊などと言っている場合ではないな」
「ああ、今更後戻りなどできようはずもないのだ。真にガルムを――、我らが祖国を守るため、亡霊諸共打ち砕くぞ」
抜けた後はどこで合流し、どのようにして王の下まで辿り着くのか。
覚悟を決めた男達の会議はその後も続く。
それぞれが信じる道のために。
その時、どこかで強欲な女は笑っていた。