軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

499話 主導する者、流される者

【写本】をレベル7まで上げ、二刀流状態で転写している以上、ここから劇的な速度アップを図れる方法はない。

だというのに、ベザートの変革期とも言える状況でちょいちょい町に戻ることも増えたため、以前よりも1日の成果量が落ちることも多くなっていた。

Sランク狩場が見つかればまた別の方法も出てくるけど、まだ見つからないし、見つかる気がしないし。

そんなわけで、日常化してきたのがこのやり取りだった。

「ユマ先輩、今日はこれです」

「ん~、7番目は無駄、10番目は私も読んでないやつだからここ置いといて」

「あざっす!」

朝一番に目分量で自分の転写速度より少し上回るくらいの本を抱え、オープンスペースにいるユマ先輩の下へ直行。

そこで先輩ジャッジの『為にならない本』だけを弾き、そこから転写作業に入るのである。

中には勇者タクヤの『魔王討伐伝』や『イケてる髭の整え方』など、どうしようもないガラクタ本も存在している。

かと言って表題だけでは中身の判別が不十分になる――、そこで協力を仰いだのがユマ先輩だった。

なんせ3年近く図書院に通い詰めている生粋の読書家だ。

学生でいられるうちに完全読破を目指しているようなので、俺の求めている内容を伝えつつ本を見せ、判別してもらい、先輩に未読の本を届けながら自分も無駄を省く。

意外とこの流れがハマっており、二刀流だと中身を理解できないのでサラッと眺めた印象くらいだが、今のところ俺の求めていない貴族の自慢話系は綺麗に除外されているように思える。

不合格を食らった本は別にリスト化し、ガルム側にのちほどゆっくり複製してもらうとかでも十分だろう。

「って、明日2回目の試験日だよ? ロッキーは1回目サボってんだから、明日落ちたら即退学なのにこんなとこいて大丈夫なの?」

「え? 騎士科なら実技ですよね?」

「そうだろうから余計にマズいんでしょ。再入学するにしたって1ヵ月は出入りできなくなるからね?」

「ん~まぁ、大丈夫なはずですけど」

問題があるとすれば、授業に一度も出ていないので、どんな試験を行い、何を合格基準にするのかまったく分からない点だ。

さすがに学生の試験なので、そこまで無茶な内容は求めてこないと思うが……

まぁ参加さえしておけばなんとかなるだろう。

そんな軽い気持ちで翌日を迎えた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

魔法の演習場として利用される、敷地内の巨大な人工池。

なぜかひよこ組の騎士科は、試験会場がこの人工池と掲示板に貼り出されており、推定400人くらいの少年少女達が池の横の広場で冷たい風に晒され縮こまっていた。

これから何が始まるのか分かっていそうな顔をした連中もいるが、どちらかというと不安げな様子で佇んでいる子供達の方が多い。

たぶん1回目の試験はまた別の場所で行われていたのだろう。

というか、池も場所によっては氷が張っているしマジで寒い。

パンパン!

「よーし、そろそろ始めるぞ!」

そんな中で、一人の教師が手を叩きながら野太い声を張り上げた。

生徒達の視線が一斉にその男へ向く。

「今期2回目の試験は長距離走だ! 制限時間は20分。時間内にこの池の周囲を1周できない者は不合格とし、逆に速い者はタイムに応じて加点する。3分毎に鐘を鳴らすから、時間配分の目安にするように」

途端、湧き上がる生徒の悲鳴。

てっきり誰かと模擬戦でもするのかと思っていたら、まさかのマラソン――体力測定か。

改めて池を眺めると、小さな町の一つくらいならスッポリと収まってしまいそうなほどに広大だ。

だから魔法の演習場にもなってるんだろうけど……

うーん、20分以内ってどうなんだ?

「いくら技術に長けていようと、体力の無い者に騎士は務まらない。戦ともなれば守るべき者も守れず、ヘバったやつから敵に狙われ死んでいく。ただし、スキルで己の体力を補うことは可能だ。体力、魔力、それに頭も使い、この程度の制限時間くらいは軽く乗り越えてみせろ」

そう言って強面の教師はニヤリと笑い、壇上を降りていった。

なるほど。

身バレ厳禁なので派手なことはできないけど、速度を上げるためのスキルなら、アクティブ、パッシブとそれぞれにある。

20分となると、【身体強化】でちょうど2回分か……

さすが異世界、結局はスキルも含めた総合力の勝負らしい。

ご~ん。

鐘の合図と共に始まった、騎士科ひよこ組によるマラソン大会。

俺が目指すは、可もなく不可もなくの立ち位置だ。

1回目をサボっているので、いくらここで高い得点を得ようとクラス判定に使われる平均点は期待できないし、今はユマ先輩にも手伝ってもらっている状況なので、いきなり旧図書院を目指す理由もない。

一般的なペース配分が分からず、様子を見るため人混みの中に潜り込んでいると、

(おお?)

全力疾走と見紛うほどの速度で駆けていく生徒も一定数いた。

体力、持つのかな?

そう思うも、すぐにその理由は判明する。

「うわ、地面ぐちょぐちょじゃん……」

「ちょっと! 泥が跳ねてんだけど!」

「くそ、滑るし、走りにく過ぎるだろ、これ!」

池の周囲は舗装などされていない。

朝露のせいなのか、それとも元から道に水が被ってたのかは分からないけど、地面はだいぶぬかるんでいた。

たぶんこうなることを分かって、避けるために先行した。

経験者ならそう考えそうな作戦だ。

それに同じコースを辿るなら――、

――【逃走】――

あぁ、やっぱりだな。

後ろの生徒から追われていることを意識すれば移動の速度が上がるわけで、それでも意識的に速度を抑え込めば疲労の貯まり具合が違うことはすぐに分かった。

不思議な感覚だが、なるほど。

頭も使えっていうのはこういうことか。

次第に生徒の集団は縦に長く分散していき、周囲の呼吸も少しずつ荒くなってくる。

ご~ん。

そして遠くから響く、3回目の鐘の音。

半分くらい通過した頃には、だいぶ周囲の動きは露骨になっていた。

(またか……)

泥に足を取られ、ふらついて、俺に当たる。

最初は偶然かと思っていたけど、あまりにも頻度が多く、当たりの強さは池に落としてやろうという意思が透けて見えた。

それに――、見覚えのある連中ばかりだな。

俺を囲うように走っているのは、2ヵ月ほど前、初めて入った教室で自己紹介をしていたのと同じ顔。

ソイツらが揃って俺を見ながら気持ち悪い笑みを浮かべていた。

まだ多くは大して息も上がっていないのだから、敢えて俺のペースに合わせ、標的にしようとでもしているのだろう。

さて、どうするか。

ペースを上げて、強引に突き放してもいいけど……

いやいや、それは違うよなぁ。

俺だからいいが、もしこの悪意があの少女に向けられていたら――、人はあっさり潰れてしまうんだ。

身分差が重く圧し掛かる世界であれば尚更に。

だから、やっていることの重みを、痛みを。

遊び半分であろうと、俺自身に向けられた悪意にはしっかりお返しをして、ちゃんと分からせてあげないとな。

――【魔力纏術】――魔力『500』

目立たぬよう、足裏だけに魔力を纏わりつかせ――

(また、コイツか……)

【気配察知】で狙っていると理解した途端、魔力を地面の泥の中に残したまま、その一歩だけを大きく踏み込む。

「うおっ」

身体を寄せたつもりが対象はおらず、空を切る相手の身体。

そのままたたらを踏んだ足元の魔力を、池に向かって一気に引いた。

「おおっ!?」

すると、ソイツは滑るように張った氷を割りながら池の中へ落ちていく。

「えっ?」

「リードル君!?」

「お、おい、足を滑らして落ちたぞ!?」

後ろは少し騒ぎになるが、今は試験中だ。

俺は当然助けないし、仲間であろうと自分のタイムを気にして助ける者はいない。

なかなか薄情な連中である。

「あぶっ! やば……ってか、足が、……攣って……たすけ……!」

あとは自分が何をやろうとしていたのか、極寒の池の中で身をもって味わっていればいい。

誰かが助けてくれるかもしれないし、誰も助けてくれずに最悪は死んでしまうかもしれない。

でもそれは、誰かを落とした時も同じこと。

あとは人徳と運次第だろう。

そして、目の前で現実的な痛みを知れば、同じ過ちを犯そうとする者はこの場にただの一人も現れなくなる。

(ほーんと、悪党に無駄な優しさや温情は、付け上がらせるための餌にしかならんわな)

そんなことを考えながら快適にマラソンを終え、予定通り無難な結果で試験を終えた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

「くそっ! なんで俺が不合格なんだよ!! お前らが助けてくれなかったからだろ!?」

「え、でも試験中だし……」

「ああ、ちょっと先に見張りの先生もいたしな。落ちたことを報告しに行った方が間違いなかった」

試験をわざわざ無駄にして、冷たく汚い池になんて入りたくない。

誰もがそう思っていたものの、さすがに口にはしない。

そして一応の納得をしたオルトラン王国、バルバロッド侯爵家の次男、リードル・バルバロッドは、カタカタと震える身体を温めながら恨み節を吐く。

「あの平民野郎、調子に乗りやがって……なぁヘイレン、ほんとにアイツは図書院にいないのか?」

「たぶんね。奥の個室まで『ロッキー』って名前で何回か調べたけど、一度も僕の【探査】に引っかからなかったよ」

「ヘイレンの【探査】レベルで見つからないなら、本当にいないだろ」

「じゃあどこにいるんだよ? 修練場の方は第一も第二でも見たことがない。てっきり辞めてんのかと思ったら、なぜか今日はいるし……」

「寮区でも見かけた人がいないなら、普段は学院内にもいないんじゃねーか?」

「そうかもしれないけど、今日合格を狙ってきたってことは、諦めてないってことでしょ。ということは明日から教室に来る可能性もあるんじゃない?」

「くくっ……俺に恥かかせるなんて、絶対に許さねぇぞあの野郎……よし、アイツの机、今から花壇にしてやろうぜ!」

「「「……」」」

主導する者、流される者。

綺麗ごとだけでは済まない一面は、どこの世界であろうと変わらない。

一同は来ることのない男のために、せっせと外の花壇から花を運んでいた。