作品タイトル不明
495話 助言
食堂で人気だという、パンにソーセージとチーズを挟んだホットドッグのような食べ物を齧りながら、学院内の掲示板を一人眺める。
(うまっ……ん~ユマ先輩の言っていた通りだなぁ……)
目の前に貼り出されていたのは、学院内で生徒が選択できる授業の一覧。
午前中はそれぞれが選択した科目――、俺なら騎士科になるので、まだヒヨコ組のうちはクラス単位で動く団体授業というのも多いようだが……
剣術や槍術、騎乗など、その科目に沿った専門的な授業がそれなりに選べるようになっており、午後になるとその数は増大。
科目の枠を飛び越え、騎士科が火魔法の授業を受けるといったことも可能なコマが2枠あり、最終の一際長く設けられた選択授業ではジョブ系の枠。
それこそ建築や錬金といった仕事に直結するものから作法や舞踊といった嗜みに通じるものまで、かなり豊富な専門授業が用意されていた。
いや、設定時間の長さを考えれば、これはもう放課後の部活っぽく見えてくる。
「最初のオリエンテーションで説明されたでしょ?」
先輩は呆れたようにそんなことを言っていたけど、途中からはステータス画面しか見ていなかったのでまったく聞いてもいなかったのだ。
【魔法学】や【魔道具作成】なんかはちょっと興味も湧いてくるし、少し大学っぽい雰囲気だなーと思いつつも、まぁそれはいいとして。
問題は横にある院内施設の一覧。
こちらが非常に重要だった。
「『第二計測塔』、『武闘館』、『南森林観測地』……あーこれが先輩の言っていた『旧図書院』か……」
" 階位(クラス) によっては出入りが制限されている施設や授業もある"
今朝こんな話をユマ先輩からされた時、俺はさして動揺もしなかった。
それこそ、ふーん、って感じで。
図書院だけに用がある俺としては、どこに制限が掛かろうと足を運ぶ予定もないのだから、ノーダメージだと思っていたわけだが。
「『旧図書院』は三階位以上じゃないと入れないよ?」
そんな話をされた時、俺は放心したようにその場で固まってしまった。
入学してからもう1ヵ月。
昨日、完全にすっぽかした初回の試験は終わっているのだ。
そんな日まで当たり前のように図書院通いしているから、先輩も疑問に思って俺に確認してきたみたいだけど……
わざわざ試験直後に言わないでよっていう気持ちと、図書院ってここだけじゃないのかよっていう気持ちと。
それに、まだ本があるのかよって。
そんな感情も大きく混ざっていた。
だから図書院を抜け出し、わざわざ確認しに来たのだ。
考えてみれば、学院内で食べる初めての昼食。
昼時だからか、内紛絡みで減ったという割には人が多く、こんなに生徒数のいる学校だということも今日初めて知ったくらいである。
(どの道、今いる図書院の蔵書もまだまだフルコピーには時間がかかるのだから、試験をスルーしたこと自体はまったく問題ない……けど、これでさらに作業時間が延びる……『旧図書院』には――、それに存在を仄めかされた『旧旧図書院』には何冊の本が存在しているんだ……?)
一番の問題はここだった。
仮に探査系で場所を特定できたとしても、その数まではよほど少なくなければ把握できない。
施設案内にも表記されている『旧図書院』と、今は校内施設の一覧にも載っていないが、昔は間違いなくあったらしい『旧旧図書院』。
この2つが新たに出てきたおかげで、ゴールがまったく見えなくなってしまっていた。
もう転写速度にそこまでの伸びは期待できないし、もっと根本的に何かを変えねば学院から抜け出せなくなってしまう。
ガルムの王様に聞けば、もしかしたら本の総数くらいは教えてくれるかもしれないが。
(マズいな……どうせなら全てをコンプしたいところだけど、もしガルムに複製作業を任せたとしたら、マリーの窃盗事件の時で回復まで10年以上……そんなの俺が悠長に待てるわけもないし……)
「あっ、この人! この人です!」
「あら、まだ学院にいたとは、良かったじゃないですか」
(となると、割り切って数年学生を続けながら暇を見て図書院に通うか、もしくは女神様達にひたすら深夜バイトをお願いするくらいしか……)
「あの……ロッキー君、だよね?」
「ん?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには二人の学生が立っていた。
うち一人は見覚えのある顔。
あの時、無駄な自己紹介のせいで、悪い意味での注目を浴びていた――確か、レフィと名乗った少女だったか。
そして横には似たような歳の、髪を緩く巻いた金髪の少女も立っている。
「えーっと……そうですけど、何か用でしたか?」
「私、同じクラスのレフィです! その、用というか、ずっとお礼を言いたいと思ってて……あの時、庇ってくれてありがとうございました!」
そう言って急に頭を下げた少女。
庇うというより、あの状況を平然と放置している教師に苛立ってやったことなのだ。
お礼を言われる筋合いはまったくないんだが……
でもまぁ、顔を見ているとたぶん、大丈夫そうなのかな。
「気にしなくていいですよ。ここを見ているとクラス単位の授業もあるようですけど、あれからは特に問題ないですか?」
「うん! 王女様にも目を掛けていただいてるから」
そう言って少女が横の金髪少女に視線を向けると、短いスカートを摘まんで優雅にお辞儀をした。
おぉ凄い、これがカーテシーというやつか。
何気に初めて見た気がする。
「ノイス・ラ・フェスタル・グリニッドと申します。同じ1期生ですので、気軽にノイスと呼んでください」
「あ、えーと、騎士科のロッキーです」
学年という考え方がない代わりに、3ヵ月を1期とし、卒業までの12期のうち、今が何期目かを示すことがある。
自分は通算で14期目くらいだと、なぜか自信満々に語っていたユマ先輩からそう聞いていたので、1期というのが同じタイミングでの入学であることは理解するが……
何やら仰々しい名前に優雅な所作。
先ほどは王女様と呼ばれていたし、この雰囲気はたぶん本物なんだろうな。
それに、名前の『グリニッド』か。
はっきりとした位置関係までは分からないけど、大陸北東に位置する大きな漁港を持つ国という情報を書物の中で見かけた記憶がある。
まぁ、だからなんだという話だし、なぜわざわざ俺に自己紹介したのか分からんが。
「では、僕はこれで」
そう言って立ち去ろうとすると、レフィと名乗る少女の方から呼び止められた。
「あ、待って! その、言いにくいんだけど……ロッキー君を探している人達がクラスの中に結構いて……」
「ん? 探している?」
「うん。あの、私の代わりに、目立っちゃったから……それで、だと思う。ごめんなさい」
「……あぁ、そういうことですか」
申し訳なさそうに俯く姿は、自己紹介のあの時と同じだ。
おおよそ何が起きているのか、雰囲気からすぐに察する。
そしてこの王女様が、なぜ俺に名を告げたのかも。
「だから、何かあれば私に言ってください。レフィも私が近くにいることで下らぬ考えを持つ者が近寄ることはなくなりましたし、必要があれば力になりますから」
「わざわざありがとうございます。でも僕なら大丈夫ですよ。授業に出るつもりもありませんから」
「えっ? それじゃロッキー君は、普段何をやってるの?」
「図書院で勉強ですよ。今はその方が重要だと思っていますので」
そう告げ、今度こそその場を立ち去る。
魔導士科の王女様か。
あれはただの優しさや正義感からなのか、それとも他に狙いでもあるのか。
あの表情と雰囲気はどちらなのかな?
去り際の、あの少し作ったような笑みを思い返しながら、足早に人目の付かない場所へ移動。
もう自室と化した図書院の個室へ転移した。