作品タイトル不明
496話 悪霊(本気Ver)
「ッ……ぁあ、……っ……」
声にならぬ悲鳴を上げ、眼を見開き、寝た姿勢のまま硬直している副官を一瞥してから次の場所に転移する。
幾度となく試行を重ね、ようやく形になってきた悪霊役。
本当の意味で『説得』ができるならば、それが一番理想だろう。
そう思って亜人差別を止めさせたラグリースの時のように、戦争回避を目的に女神様が教会経由でアプローチを掛けるのは無理なのか。
ダメ元でアリシアに確認してみたものの、過剰な干渉に当たるということで、それはもうあっさりと却下されていた。
あの時はリアの神罰が根本の原因だからと、呼びかけた理由も当時聞いていたので、まぁ予想通りの結果ではあったが……
そうなると自分でなんとかするしかなく、もはや『説得』ではなく『脅し』になってしまっているけど、それでも心が折れてきていることは間違いないのだ。
殺さずの依頼もしっかり守れているのだから、今のところは順調と言ってもいいだろう。
さて――時刻は深夜3時。
なんと本日は2度目のご登場だ。
3時間ほど前は副官を対象にしたので、岩肌の目立つ北の戦地で、既に何度も顔を見ている親アルバート派の指揮官を探す。
――【探査】――『カーマン・テリウム』
しかし、いつもの大きな天幕にはおらず。
闇に紛れて上空から少し探すと、一般兵の寝泊まりする小型天幕の中に敵将がひっそりと紛れていた。
――【気配察知】――
――【魔力感知】――
――【熱感知】――
――【聞き耳】――
しかも一人じゃ怖いのか、外に見張りを立て、中でも誰かと一緒に寝ているらしい。
ははは、どうやらだいぶ効いていらっしゃるようだ。
まぁ、白旗をあげるまで止めないが。
――【透過】――
まずは姿を消して、
――【呪術魔法】――
足跡を残さないよう【飛行】しながら、天幕越しに中の人間へ即効性のある『睡眠』、『麻痺』、『毒』を魔力消費量など度外視で入れていく。
目視せずとも指定箇所に魔法を放てることは、リルに殺された最初の模擬戦辺りから分かっていたこと。
一番反応の掴める熱源を頼りにすれば、天幕越しでも狙って対象にデバフを入れることは容易かった。
見張りを立てようと、恐怖で眠れず目だけを瞑っていようと関係ない。
今この時だけは強引に眠らせ、身体をそのまま縛り付ける。
毒はまだ、腹痛を誘う程度の弱いモノ。
尻が決壊するだけで、この程度ならば死ぬことはない。
準備ができたら一度その場を離れ、ベストな立ち位置の確認だ。
一番重要であり難しいのはココ。
位置ズレを起こさないよう、かなり俺自身が距離感を掴むために特訓した。
――【風魔法】――『風』
まずは天幕をほんのりと揺らし、
――【遠話】――『カーマン・テリウム』
『ぁ゛………ぁ゛……ぁ゛…ぁ゛ぁ゛っ……ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……ぁ゛……』
最近ではこれも明らかに反応があるので、場を盛り上げるために呪音とも呼べるナイスな呻きを耳元へお届け。
――【魔力纏術】――魔力『1000』
――【陽炎】――
――【強制覚醒】――
そして、起こす。
部隊の連中も、纏めて、強制的に。
「あびゃぁあああああッ!?」
「うぅ……また、か……また……」
『絶対に、許さぬ……武器を放さぬ限り、貴様らの臓物が、腐り落ちるほど……呪って、呪って、呪い殺して――……』
一斉に周囲の天幕がざわつき、中から漏れ出る悲鳴。
そんな中で、思い付きの呪詛をこれでもかと吐き散らす。
いつ音を上げるかは分からない。
たまに聞こえる会話から、並々ならぬ決意というか。
なんとしてでも耐えて進もうとする意志や覚悟は相手からも感じられた。
でも少しずつ……少しずつだ。
徐々に重く、積み重なり、対象が広がることで恐怖が増し、いつか心が壊れる前にポキリと折れる。
そう信じて俺は動くしかない。
都度、"武器を放せ"と、救いの道は示しているのだ。
耐えるのなら、何度でも。
このままいけば、最終的に相手部隊は眠ることすらできなくなる。
そうなる前に、早くマリーを切り捨て、元の王政派へ戻ってくれれば――。
そう思いながら【陽炎】を消し、魔力回復も兼ねて夜の砂漠に転移した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
この世界には……って言っても俺だけだけど、可視化されたステータスがあるわけで。
その数値を見れば、間違いなく俺の『幸運』が低いわけはないと思っていた。
けど、今となっては本当にこの数値って仕事してんのかよ、と。
疑心暗鬼になってしまうほど、目の前には憎しみの込められた『正』の字がズラリと並ぶ。
「とうとう、100回か……」
2つ目の城下町エリアは12回目で引き当てたのだ。
内心、100回も潜ればまず到達するだろうくらいに思っていたが、どうやらその考えは甘かったらしい。
ちなみに草原エリアが91回、城下町エリアは9回。
中階層とも言える2つ目の突入率を考えれば、いい加減そろそろ引き当ててもいいと思うんだけどなぁ……
しかし昔やっていたゲームのように、コンマのあとに0がいくつも並ぶような確率だったら、俺の異世界人生が砂漠の徘徊という謎の行動だけで終わってしまう。
そんな恐ろしい想像をしながら目の前の木板を下にズラすと、逆さにしても顔に見えそうなダンゲ町長の禿げ頭が見えてきた。
はぁ……ちょっと現実から目を逸らしたのに、まだ髭が逆立っていらっしゃる。
「100回ってなんじゃ! 100回って! 木板で顔隠したって問題は解決せんぞ!」
「それは重々承知しておりまして。いや~どうしましょうね。とりあえず余ってる奥のデカい家でも貸し出します?」
そう言いながら立てた親指をクイッってやったら、また怒られた。
「アホか! どこの世界に引っ越し先の借り住まいが貴族の豪邸なんて、そんなバカげた話があるんじゃ!?」
「ですよねー」
唐突な仲魔からの呼び出し。
と言ってももう慣れたもので、早速ベザートに飛ぶと、眼下にはかなりの人だかりができていた。
チラホラと見覚えのある顔が確認できることから、それがフレイビル北部の街――ロズベリアで捕まっていた強制奴隷の人達であることはすぐに分かったわけだけど……
如何せん、数が多過ぎたのだ。
それはもう、ダンゲ町長が茹ダコになってクレームを入れてくるくらいに。
選別をしない代わりに、自分達で辿り着くくらいやる気があるなら歓迎するって言っちゃったし、ギルマスのオムリさんにちょっと"分からせる"ため、その規模も大きくしちゃったからな。
一応町長には事前に伝えていたけど、ただでさえ移民や俺宛ての来訪で日々てんやわんやしているのに、馬車が一気に50台以上も纏めて入ってきたことで堪忍袋の緒が切れたらしい。
……住まわせる家もないのだから当然である。
「自分で蒔いた種だししょうがないか……」
日中とは言え、寒空の下、簡素な服を着た人達が待っているのだ。
そんなことを言っている場合じゃないと立ち上がり、奥で他人事のようにやり取りを眺めていたペイロさんへ声を掛ける。
「ペイロさん、出番ですよ」
「え?」
「だから、出番です」
「こ、今度は何させるんですかぁあああ!!」
なぜか逃げ出そうとするペイロさんの首根っこを掴み、俺はベザートの南西部へと向かった。